367 / 739
第六章 魔大陸編
359話 私の人生を奪ったやつ
しおりを挟むラッへ……いや、本名エラン・フィールド。
私と同じ名前、同じ顔をした彼女は……私の師匠、グレイシア・フィールドの娘だという。
正直、本当に娘なのかの証拠はないけど……なんとなく、わかる。
これは、うそではないって。
それに……
「死んだと思ってた娘の名前を……って、どういう……」
「……はぁ。ここまで言ったら、もう全部ぶちまけたほうが楽か」
そう言って、彼女は近くの岩の上に座る。
彼女は、私を……師匠にとって、娘の代わりだと言った。
師匠に限って、そんなことない……と、思いたい。でも、師匠に娘がいること自体知らなかったんだ……なにが本当なのか、わからない。
「てめえは、あいつのことはどこまで知ってんだ」
「……いろんなとこを、旅してた、ってくらい」
「はっ、なにも知らねえんだな」
改めて、気づく……私、師匠のことなんにも、知らないんだ。
彼女の言葉は悔しいけど、事実だ。なにも、言い返せない。
師匠と、十年も暮らしてたのに……私は、師匠のこととは、なにも知らない……
「なら、てめえが拾われる前のことも、知らないわけだ」
「……うん」
師匠は、旅の中で私を拾って、私を育てることを決めてくれて、それからは一緒に暮らしていた。
元々師匠は、自分のことは話さないし、私もあんまり聞こうとはしなかった。自分から話さないのなら、私から聞くことでもない、と思って。
だから、師匠が私を拾ってくれたそれより前のことは……ただ、旅をしていた、くらいしか知らない。
師匠に家族がいたのかすらも、知らない。
私は、なにも聞かなかった……なんで、なにも聞かなかったんだろう。
「あの、グレイシア様は、どうしてあなたを、死んだと思って……?」
恐る恐る、といった感じで、ルリーちゃんが聞く。それもわりと突っ込んだことを。
キミ、結構大胆だよねやっぱり。
ただ、さっき全部ぶちまけたほうが、と言ったためか……ルリーちゃんの言葉にも、彼女は不機嫌そうにはしていなかった。
「私も、小さかったからよく覚えてるわけじゃねえ、事故のショックで記憶も曖昧だしな」
「事故?」
「ま、単純な話だ……事故に遭って、私は生死不明の状態に陥った。あいつは、回復魔術でも治らない私を死んだと思い込み……そんで、私を捨てたってことだ」
……師匠が、娘を捨てた……
それは、少し捉え方の問題なんだと思う。師匠は、娘が亡くなったと思ってしまった……だから、娘を置いていった。
でも、実際にまだ生きていた彼女は、そうは思わなかった。
自分が死んだものとして、置き去りにされた。だから、彼女は師匠に捨てられたと……
「じゃあ、あなたは……師匠に、自分を捨てた復讐をしたいの?」
ラッへという言葉の意味は、復讐だという。
もし、私の考えていることが正しいのなら……
「さあな……少なくとも、私にとってはてめえにも、我慢ならねえんだ」
そう言って、彼女は私を、見た。
「私……?」
「驚いたよ。私はグレイシア・フィールドの弟子だって? 名前がエラン・フィールド?
……あの男は、死んだ娘の名前を、どこの馬の骨とも知れねえガキに付け、育てていた。とんだ家族ごっこだよ」
「……っ」
……彼女にとって、私は……自分のものだったはずの名前を付けられた、わけのわからない人間。
名前だけじゃない。師匠と暮らして、本来は彼女が過ごすはずだった時間も……なぜかそっくりな、この顔も……全部……
師匠が私を拾ったのって、娘の顔に、よく似ていたから……?
「そ、それは……エランさんには、関係ないことじゃないですか。エランさんはなにも、知らなかったんですよ」
言葉を失う私をフォローするように、ルリーちゃんが言葉を返す。
なにも知らずにいた私は、無関係だと……
……でも……
「そんなの、知ったことじゃない。私にとっては、勝手に死んだことにされ、私とそっくりな顔の赤の他人……それも人間なんぞに、私の名前をつけられ、そいつは能天気に暮らしてたんだ。
私の人生を奪った奴を憎んで、なにが悪い?」
彼女からしたら、それこそ、関係ないことだ。師匠も、私も……
知らなかったとはいえ、私は彼女の本当の名前を名乗って、今日まで過ごしてきた。それは彼女にとって、どれほど我慢出来ないことだっただろう。
……エルフ語で、『復讐』という意味を持つ、ラッへという言葉。その意味を、向ける相手っていうのは……
「本当なら、今にでもてめえをこの手で締め上げたいんだ」
「……そうしないのは、ルリーちゃんがいるから?」
ここに転移される前、ルリーちゃんは結果的に、彼女を助けるために乱入してきた。
だから、彼女はルリーちゃんに免じて、気絶していた私に手は出さなかった。
「それもある。あとはまあ、てめえを殺そうと思ったら、そこのダークエルフも相手取ることになる。
この魔大陸で、ダークエルフを相手にするのはキツい」
ルリーちゃんは、彼女が私を殺そうとすればそれを阻止し、私の味方についてくれるだろう。
そうしたら、二対一。いくら彼女でも、キツいのだろう。
………いや、それだけじゃないか。この魔大陸は、エルフにとっては体調が悪く、ダークエルフにとってはむしろ体調が優れる環境だったんだ。
そういった意味でも、ルリーちゃんを敵に回したくはない……か。
「そんなことまで、素直に教えてくれるんだ」
ただ、そんな弱気なことまで教えてくれるとは、思わなかった。
これじゃあ、自分に自信がないと明かしているようなものだ。
「少なくともこの魔大陸にいる間は、てめえを殺そうとはしない。お互いに協力して、この窮地を脱しようじゃねえか。
それとも、先んじててめえらが組んで、私を殺す……ってんなら、私に抵抗する手段はないけどな」
「そんなこと……」
しばらくは、私に対する殺意は引っ込めてくれるという。
それが本当かはわからないけど、わざわざ弱みまで見せたんだ。信じてみてもいいと思う。
私が、彼女を殺すなんて、そんなこと考えもしない。というか、あんな話を聞いて、できるはずもない。
彼女は、それをわかって、あんな話をしたんだろうか……
0
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる