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第五章 魔導大会編

351話 忘れられない相手

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「おっとと……危ないじゃなのいきなり」

「ちっ」

 渾身の蹴りが止められ、ラッヘは距離を取る……ように見せかけ、魔力の塊を何発と放つ。
 それはエレガに直撃するより先に、打ち消える。

「魔力防壁……それも、高度な」

「さっすがエルフ」

 並大抵の防御では、エルフであるラッヘの魔法は防げない。
 それを防ぐということは、単純な話だが……並以上の力を持っている、ということだ。

 こういう相手に、様子見は不要。一気に、かたをつける。
 ラッヘは距離を詰め、全身に魔力効果を及ぼす。

「ただ、エルフ族だからこそ……俺たちにとっては、御しやすい」

「は? ……っ!」

 次の瞬間、ラッヘはとてつもない殺気を感じる。とっさに身を丸め、右側面へ防御態勢。
 その直後、激しい衝撃がラッヘを襲う。

 たまらず、その場から吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「かはっ……」

 受け身も取れず、背中から地面に衝突。体内の酸素が、血が、吐き出される。
 それでも、ラッヘはすぐに体勢を立て直す。起き上がり、今しがた自分を襲ったものを見る、

 ……それは、巨大な腕だった。

「なっ……に……?」

「あーあ、防いだのかよ」

 黒い、巨大な腕……血管だろうか、赤いなにかが、浮かんでいる。
 腕を振り回すのは、ジェラだ。彼女は、巨大化した腕を振るい、ラッヘを襲った。

 右腕が、禍々しい変化を遂げている。
 あれは……なんだ? 獣人か? いや、獣人でも、あんな生き物は見たことがない。

「なんだ、それっ……!」

「知りたいことを素直に教えるほど、私は優しくないわよ。このバカエレガみたいにね」

「あぁ?」

 ……あれがなにか考えるのは、とりあえず後だ。
 ラッヘは口から流れる血を拭い、口から血の塊を吐き出す。

 右手に魔力を集め、それを投げつけて……

「ぇ……」

 しかし、それはうまくはいかなかった。
 手のひらに集めていた魔力が、消えたのだ。自分の中にある魔力、その制御を御せないなどあり得ない。エルフ族ならばなおさらだ。

 だが、今自分の意思とは別に……魔力が、消えた。

「な、んで……!」

 再び魔力をおこそうとしても、今度は魔力を集めることも出来ない。
 魔力は流れてはいる……だが、魔力が扱えないのだ。

 こんなこと、初めてのことだ。

「言ったろ、エルフ族だからこそ御しやすいと。
 ……俺たちがこれまで、どれだけのエルフ族を殺してきたと思ってる」

「……っ」

 向けられた、言葉に……初めてラッヘは、恐怖する。
 見たこともない腕、制御できない魔力……そして、エルフ族をゴミのように扱う目。

 ……エレガとジェラたちは、ダークエルフたちを蹂躙した。ルリーの仲間たちを、故郷を、奪い尽くした。
 だが、当然それで終わるはずもない。他の場所を拠点としていたダークエルフも、エルフも、等しくその手にかけてきた。
 自らの手で、魔獣の手で……数え切れない数の、エルフ族を。

 そんな彼らにとって、エルフ族の扱いは、この上泣く御しやすい。

「さぁて……待たせちまったなぁ、ダークエルフ」

「ぁ……」

「まっ……ぐっ」

 エレガの視線が、ルリーを射抜く。
 魔法が使えなくなったラッヘは、せめて体術で抵抗しようとするが……巨大な手に、体を掴まれた。

 ジェラが、冷たく見ていた。

「ひっ……ぁ…………っ、お、お前、たちが……」

「あん?」

「お前、たちが……お、お兄ちゃんを……お、お母さんがを、お父さんを……みんなを……」

 一歩一歩と近づくエレガに、ルリーは怯えたまま、しかし強く睨みつける。
 あの人間は、家族を、仲間を、故郷を奪った男だ。

 あのときのことを思い出すと、足が震える。クレアに拒絶されたこととは別に、純粋な恐怖が走る。
 でも、ここで逃げるわけにはいかない。いや、逃げてどうなる。

 エランはレジーという人間に足止めされている。助けは期待できない。
 ……なにを言っているんだ。いつまで、彼女に助けられているつもりだ!

 やれる。相手がどんなにおっかない人物でも。いつまでも、守られてばかりの存在じゃない。
 あのときの悲しみを、怒りに変えろ。そして、冷静に対処しろ。

「あー……お前、誰だ?」

「…………え……」

 しかし、そんなルリーの覚悟は……エレガの言葉により、砕け散った。
 それが、こちらを煽るためのものなら……どれだけ、よかっただろう。しかし、そうではないとわかった。わかってしまった。

 エレガは本当に、覚えていない。ルリーのことを……彼女のすべてを奪っておいて、彼女自身のことは、まったく覚えていない。
 奪われたルリーは、覚えていた。忘れられるはずがない。あの光景を、あの悲劇を。

 だというのに……エレガにとっては、ルリーはしょせん、数多く滅ぼしてきたエルフ族のうちの一人。

「ぁ……あ……」

 その事実に、ルリーは膝から崩れ落ちる。
 自分の全てを、奪っておいて……なんでこの男は、それも覚えていないんだ? 奪われた私の気持ちは、どこにぶつければいい?

 エレガにとって、ルリーは……ただ"運よく逃げ切ったダークエルフ"でしかないのだ。

「? なにぶつぶつ言ってんだ、気持ち悪いな。
 ま、動くつもりがないならちょうどいい」

 エレガはその手に持っていた、透明な魔石をルリーの足元へと投げつける。
 コロン……と音を立てて転がる魔石は、ルリーの膝に当たり……白い、輝きを放つ。

 魔石の輝きは、ルリーの周辺に異変をもたらす。
 彼女を中心として、円状の魔法陣が展開する。魔法陣が輝きはじめ、ルリーの体を包み込んでいく。

 魔石には、いろいろな種類がある。その種類によって、当然効果は違ってくる。
 明かりを灯すもの、水を出すもの、風を起こすもの……取り込んだ魔力により、おおまかな能力は決定する。
 だが、時として……稀な能力を有する魔石も、存在する。

 この、"転移能力"を持つ魔石があるように。

「じゃあな、あばよダークエルフ」

 魔法陣の中にいるルリーは、もはや転移から逃れることはできない。もっとも、本人に逃げる気力も残ってはいないが。
 光がダークエルフを包み込み、この場所から、その姿を消し去って……

「だぁあああああああああ!!!」

 ……光が完全に、ルリーを包み込む直前。
 白髪黒目の少女が、猛スピードで迫り、ルリーへと手を伸ばした。
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