356 / 751
第五章 魔導大会編
348話 拒絶
しおりを挟む「ひっ、い、やぁ!!」
「あっ……」
これまでに聞いたことのないような……そして、おそらく本人も出したことがないだろう、悲鳴。
エランもルリーも、あっけに取られている中で。ルリーの膝の上にいたクレアは起き上がり、ルリーの胸を押し、突き飛ばす。
座っていたため、突き飛ばされてもたいしたダメージにはならない。
しかし、それ以上に……立ち上がり、自分から距離を取るクレアを見て、ルリーはショックを受ける。
そして、ショックを受けるのは……エランも、同じだ。
「く、クレア……ちゃん?」
「あ……え、エランちゃん!」
目の前のダークエルフを見て、クレアは身を震わせている。足も、肩も……全身が震え、顔色は悪い。ひどく青ざめているのは、先ほど死んだ影響……とは思えなかった。
そんなクレアの様子に、エランはポツリと言葉を漏らす。
その声が届いたのか、クレアは肩をはねさせて、周囲をキョロキョロと見回す。
その目に、ダークエルフではなくエランを認め……クレアは、エランへと駆け寄った。
「え、え、エランちゃ、ん! あ、あそ、あそこっ……だ、ダークエルフ、が……!」
「……っ」
その怯え方は、やはり尋常ではない。
ダークエルフ……ルリーを指差して、髪を振り乱し、必死に首を振っている。
その姿に、いつものクレアの姿はない。ダークエルフが人々から嫌われている、という話は聞いていたが、ここまでとは。
いや、クレアは混乱しているだけだ。彼女が友達……ルリーだとわかれば、落ち着くはずだ。
「あ、れ? いや、あれ……わた、し、さっき、刺され……あれ……?」
ルリーは、魔導具による認識阻害で、自身がダークエルフだということを隠していた。
さらに、なぜいつもフードを被っているのか、とあまり疑問に思われないように、していた。
だから、ルリーがダークエルフだとわからないのは、当然のことだ。見知らぬダークエルフがいれば、誰だって混乱してしまう。
先ほど刺され殺されたことも重なれば、なおさらだ。
だからエランは、伝える。彼女はルリーだと……怯えるべき、相手ではないと。
「お、落ち着いてクレアちゃん! あの子はルリーちゃん、ね! クレアちゃんを、助けてくれたの! ルリーちゃんだよ、お友達だよ!」
……伝えて、しまった。
「……は……ル、リー……は? アレ……が……?」
エランの言葉に、クレアは……虚をつかれたように、目を丸くして、固まった。
エランの想像通り、落ち着いた。落ち着いてくれた。
瞬間、クレアの頭の中で、様々なピースがハマっていく。
いつもフードで顔を隠していたルリー……いつも聞いていたルリーの声……それが、あのダークエルフと同じ声であること……おどおどしている仕草が、見慣れた姿であること。
……ルリーが、ダークエルフであること……それが、エランの口から、もたらされた。
「……っ、いや、うそ……そん、な……うそで、しょ……?」
「クレアちゃ……」
「いや、ウソよ! うそ、うそうそうそウソうそうそ嘘ウソウソうそ嘘うそうそウソ!!」
その事実を認められず、クレアは頭を抱える。目を見開き、その目からは涙が流れている。
あまりに異常な光景。エランは手を伸ばすが、それが触れていいものなのか、わからない。
ふと、ルリーが一歩、近づいた。
「来ないで!!」
「ひっ……」
強い、拒絶。それを受け、ルリーは足を止める。
今にも泣きそうなほど、その体を震わせて。
ルリーにとって……もしかしたらそれは、初めてのことだったのかもしれない。
ルリーは、世間のダークエルフに対する評判は、知っている。だからこそ身を隠してきたし、これまでに友達と呼べる存在は、同族以外にいなかった。
初めて……同族以外の、友達ができた。
もしかしたら……と、思っていた。たとえ自分がダークエルフだと知られても、もしかしたらクレアならば、受け入れてくれるのではないか。
……そんな淡い期待は、激しく向けられる拒絶……敵意によって、打ち砕かれた。
「あ、わ、わた、し……」
「っ、近寄らないで! "ダークエルフ"!!!」
ルリーのか細い声では、クレアには届かない。
はっきりとした拒絶は、ついにルリーの名前をも呼ぶことはなくなった。
その態度に、カッとなるのはエランだ。
「く、クレアちゃん! ルリーちゃんに、なんてこと……今まで、仲良くやってきたじゃん! ダークエルフだからって、そんな、こと……関係ないじゃない!」
「わかってないのはエランちゃんよ! ダークエルフってのが、どんな存在か……わからないの!? それに、そいつは私たちを騙して……いや、もしかして、エランちゃん、知ってたの? 知ってて、なんで……」
「友達だから、仲良くするに決まってる!
それに、ルリーちゃんはクレアちゃんを、助けてくれたんだよ! なのにあんなの、あんまりだよ!」
「……たす、けた?」
お互いに、ここまで感情を露わにしたことなどない……エランとクレアの言い争い。
それは、エランの一言を聞いたクレアが押し黙ったことで、一旦の中断を見せる。
自らの両手を見て、クレアは、手を握り、開き、握り、開き……を繰り返す。
その顔からは、血の気が失せていた。
「ま、さか……さっき、のって……気の、せいじゃ……」
思い出すのは、自分が意識を失う直前の出来事。それを確認するために、クレアは腹を触る。
傷は、ない。痛みも。やはり、気のせいか。
次いで、視線を動かし……手で触れている場所を、見た。
服が、破れている。服に血が、ついている。まるでそこだけ、なにかが刺さった痕のように。
その瞬間、思い出した……自分が、刺されたことを。その瞬間、生命活動が止まったことを……理解した。
なのに、今自分は、生きている。動いている。
……いや、生きて、いるのか……?
「はーっ……はーっ、はー……」
「クレアちゃん……?」
額から流れる汗が、止まらない。激しくなる動悸が、止まらない。
自分は、一度死んだ……それを理解した瞬間。言いようのない衝撃が襲ってきた。
しかし、クレアが真に恐ろしく感じたのは、自分が死んだことではない……今こうして、生きていること。
否、生き返ったことだ。
「や……いや、いやぁ……こん、なの……あんまり、よ……!」
「クレアちゃん、いったいどうし……」
「なん、で……! なんで私を、生き返らせ、たの!? なんで、こんな……こんな、こと……!」
ひどく取り乱すクレア……ダークエルフの存在、ルリーの正体、生き返ったこの体。そのすべてが、クレアに重くのしかかる。
あり得ない、認めたくない。
クレアの言葉に、エランは言葉を失った。クレアは、自分が生き返ったことを喜ぶどころか……そんな自分を、そうさせたエランとルリーを、ひどく恐ろしいものを見る目で、見ていた。
「くく……くっふふ……」
困惑する状況の中で、似つかわしくない笑い声が、聞こえた。
エランが反応し、首を動かす。そこにいたのは……
「くふっ、ふふふ……あは、っはははははは!
お、面白すぎるだろ……っ、くぁはははははは!」
「っふふふ……なんて、友達思いで……なんて、哀れなのか。
あっははははは……!」
抑えようとした笑いを、堪えきれず……腹を抱えて吹き出す、エレガ。そしてその隣に立つジェラ。
これまで、状況に関与してこなかった……二人の人間だった。
ゲラゲラゲラゲラと、邪悪な声で、邪悪に笑っていた。
0
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる