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第五章 魔導大会編

343話 晒されたもの

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「ちょっ、ルリーちゃん! なにして……」

「クレアちゃんまで……」

 ラッへを助けるために魔法を放ったのは、観戦席から舞台へと移動してきたルリーだ。
 その後ろから、クレアも遅れながらやって来る。その腕に、フィルを抱えて。

 いったい、なぜここに……
 クレアはおそらく、ルリーを追いかけてきたのだろう。ならば、ルリーは?

 魔獣と、それを操る存在を前に、どうしてこんなところへ来たのか。

「……もしかして、ルリーちゃん……」

 息も荒く、包帯男に手のひらを向けたままのルリーを見て、エランは思う。
 もしかして……ルリーは今、ラッへを、助けようとしたのではないか。ラッへを掴んでいた、包帯男の腕を狙い、ラッへを救出した。

 なぜ、ルリーがラッへを助けたのかはわからない。だが……

「そ、その人から、離れて!」

 震える声で、それでもルリーは、果敢に挑む。
 足は震え、小さな体はとても頼もしさは感じない。それでも。

 ……ダークエルフとして、エルフを見捨ててはおけない。そんな気持ちがあるのかもしれないと、エランは思った。
 ダークエルフもエルフも、根本的には同じ、エルフ族なのだから。

 しかし……

「あー?」

「ひっ」

 包帯男の視線が、ルリーを射抜く。
 いくら認識阻害の魔導具があるからとはいえ、ルリーの正体がバレてしまえばどうなってしまうか。

 ラッへの正体が、エルフだと判明して乱入してきたこの男。ルリーの正体がダークエルフだとわかれば、いったい……

「させない……!」

 もしもそんな事態になっては、ルリーがどうなってしまうかわからない。
 だからエランは、一刻も早くルリーの下へ……

「ギャオオオォオオオ!」

「!」

 しかし、上空のウプシロンがそれを許さない。耳を塞ぎたくなるほどの大声は、会場中に響き渡っている。
 それを受け、人一倍に反応しているのは……ルリーだ。

 それは、なぜか……考えるまでもない。エランは、思い出す。
 ルリーから聞いた、過去の話を。魔獣に故郷を滅ぼされたという、あの話を。
 そして、学園に魔獣が現れたときも。

 ルリーにとって魔獣は、恐怖の対象だ。
 それがわかっていて、この場に来た。

「っ、ねえ三人とも! あの魔獣任せていいかな!」

「ん?」

 歯嚙みし、エランは近くにいた三人……フェルニン、ブルドーラ・アレクシャン、アルマドロン・ファニギースに向けて叫ぶ。
 もうこんなことになっては、決勝もなにもあったもんじゃない。よく知らない人だが、協力し合うしかない。

 本当なら、魔獣と戦いたい気持ちはある。だが、そうも言ってられないのだ。

「彼女は、友達か?」

「うん!」

「なら、行くといい。あの魔獣は私が止めておく」

 真っ先に答えてくれるのは、フェルニンだ。Aランク冒険者で、魔導士。魔獣との戦闘経験もある。
 時間が惜しい。他の二人の答えを聞くより先に、エランは駆け出していた。

 残っている魔力で、身体強化。脚に集中。ルリーを守るように、走る。

「エランさん!」

「ルリーちゃん、無理しないで」

 嬉しそうな声を上げるルリーを背に庇い、エランは包帯男を睨みつける。
 不気味な男だが、本来壊れないはずの結界を壊す力を持っている。

 ここは、慎重に相手の出方を伺って……

「あれ? んん……? んー……あれれぇ?」

「?」

 出方を伺う。しかし、様子がおかしい。
 包帯男は、エランを見て……なにやら、愉快そうな声を漏らした。

「お前……あぁ、お前さぁ。あのときの、ガキか……?」

「? 私?」

 見られているエランは、不快そうに顔をしかめる。
 なにやら向こうはこちらのことを知っているようだが、エランには覚えがない。そもそも、包帯で顔が見えない。

 不快感を露わにするエランに、違う違うと包帯男は手を振る。

「お前じゃねぇよ、後ろの奴。フードの、そうお前だ」

「……私?」

 包帯男が指摘するのは、エランではなくその後ろにいる、ルリー。
 エランは警戒心を露わに、後ろのルリーを、そしてさらに後ろのクレアを守るように立つ。

 包帯男の、目と口元以外は見えない。そんな相手に、覚えてるみたいなことを言われても、誰だとわかるはずもない。
 それを理解してか、包帯男は笑う。

「俺だよ、俺……この顔、忘れちまったんじゃねぇだろうなぁ」

 言いながら、包帯男は顔を覆い隠している包帯男の一本を手に取る。そして、それをほどいていく。
 ほどいていくにつれ、露わになる顔……見えていく姿に、エランは息を呑む。

 漆黒の瞳は、先ほどから見えていた。今更そこに驚きはしない。
 問題は、男の髪だ。包帯から解放された"黒い髪"は、ひそかに風に揺れる。

 包帯が完全に取れ……素顔が、晒される。
 その顔に、ルリーは……そしてエランは、目を見開いて、言葉を失った。

「ぁ……え……?」

 それはどちらのものか。言葉が、うまく出てこない。
 そんな二人の様子を見て、包帯男……黒髪黒目の男は、凶悪に笑った。

「よう。まさかまだ生きてるとは思わなかったぜ……元気にしてたか、ダークエルフのガキぃ」

「エ……レガ……?」

 素顔を晒した男は……ルリーに視線を向け、言う。認識阻害が効いているはずの、ルリーに向かって……その、正体を。
 それは、遠い記憶。しかし、ルリーは瞬時に、男の顔を思い出した。

 かつて、ダークエルフの故郷を襲った男。魔獣を操り、故郷を、仲間を蹂躙した、黒髪黒目の男。
 エレガと名乗った、あの男が……かつてと変わらない姿で、そこに立っていた。
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