上 下
349 / 809
第五章 魔導大会編

341話 晒された素顔の向こう側

しおりを挟む


『おぉっと、ついにラッへ選手のフードが脱げ、素顔が明らかに…………えっ!?』

 大きく叫ぶ司会の声が、困惑を含む。そしてそれは、司会だけではない。
 先ほど、Eブロックの試合とは違い……露わになったラッへの素顔は、今度こそ晒される。

 モニターにも映し出され、その顔は会場中へと知れ渡った。
 金色の髪、白い肌、尖った耳、緑色の瞳……

「え、エル、フ……?」

 場内の、誰かが言った。
 その言葉を皮切りに、人々の間に、動揺が広がる。

「エルフ……え、あれが?」

「本で読んだわ、髪の色に瞳の色、それに耳が尖ってるって」

「エルフってあれだろ、大昔に……」

「でも、グレイシア・フィールドってエルフなんでしょ……?」

 場内のざわめきに気を取れたのか、魔術が止む。
 ざわついている観客……その中心にいるラッへの表情は、なにを思っているのか。エランは、その表情から感情を読み取ることが、できない。

 エルフ族……遥か昔に犯した罪により、人々から恐れられ、または迫害されてきた種族。
 正確には、罪を犯したのはダークエルフであり、エルフはその飛び火を受けたようなものだ。だが、その事実を知る者が、果たしてどれだけいるだろうか。

 また、昨今はエルフグレイシア・フィールドの働きにより、エルフに対する意識は変化しつつある。
 安心や恐れではない、その中間のざわめき……それが、今のエルフに対する、考えだ。

『こ、これは……驚きました。ラッへ選手、その正体はなんと、エルフです!
 し、しかし、これは……』

 エランはこの国に来てから、エルフを見ていない。この国にエルフは、いないのだ。
 ダークエルフであるルリーはその正体を隠し、その兄であるルラン等も、姿を隠し生活している。

 エルフで、この反応なのだ……ダークエルフが晒されてしまったら、いったいどうなってしまうのか。考えたくもない。

「ほぉ、エルフだったとは」

 ラッへのフードを払った、アルマドロン・ファニギースが、興味深そうに告げる。
 その視線を受け、ラッへは表情一つも変えない。

「悪い?」

「いや、エルフなど初めて見たな、と思っただけだ」

 この国にはエルフはいないし、それは国の外も同じこと。今や希少種なのだ、エルフは。
 簡単に見れるような存在ではない。

 初めて見た、エルフという存在。試合が、誰の策略でもなく、止まる……
 そんな中で、ラッへの顔に、眉を寄せ睨みつける者がいた。

「……なあにお姉さん。なにか、言いたそうだね」

 フェルニンだ。

「えぇ。……別にエルフがここにいるのが悪いとか、そもそもエルフに悪感情を持っているとか、そういう問題じゃない」

「それは、どうも」

「それより、気になっていることがある。
 ……なぜ、彼女……エラン・フィールドと、同じ顔をしている」

「……」

 驚愕に震えるフェルニンが紡ぐ、言葉……そして、視線を移す。ラッへも、そしてアルマドロン・ファニギース、ブルドーラ・アレクシャンも。
 さらには、会場上の視線が、エランに注目した……そう、エランは感じた。

 金色の髪、白い肌、尖った耳、緑色の瞳……それは、エルフの特徴だ。
 しかし、そういった"エルフの特徴"を除き去ってしまえば……

 そこにあるのは、エラン・フィールドと瓜二つの、顔だった。

『これは、どうしたことでしょうか……!
 素顔が表れたラッへ選手、しかしその素顔は、同じく試合舞台に立つ、エラン・フィールドとそっくりです!』

 会場のざわめきが、いっそうに強くなる。
 黒髪黒目、珍しい特徴を持つ少女エラン。エランと同じ顔をした、エルフ。

 状況は、困惑の中にあった。

「なぜ、と聞くか。なぜ私に聞く……?」

「……」

「聞きたいのは……こっちだよ……!
 "潰れろ"……!」

 フェルニンの問い、それにしばし考える様子を見せたラッへは……その瞳に怒りを宿す。
 直後、放たれるのは"言霊"だ。

 それは、容赦なく目の前の人物たちに、襲い掛かる。

「っ……」

「ぐぅ……」

 フェルニン、エランは、真上から掛かる負荷に体が潰されてしまいそうな感覚に陥る。
 倒れてしまわないよう、なんとか踏ん張っている。

 一方で、アルマドロン・ファニギースとブルドーラ・アレクシャンは、平然と立っていた。

「……"言霊"を人に向けて放つには、魔力で押しつぶさないといけない。平時の状態なら届かなかった"言霊"も、精神が動揺したおかげであの二人には通じた。
 なのに、そっち二人には効いてないんだね」

「あいにくと、やすやす揺らぐ精神力は持ち合わせていない」

「そもそも、私はあの少女のことはよく知らない。キミと顔が似ているからといって、なにを動揺することがある」

 "言霊"の効果が、表れている者と表れていない者。なるほど、エラン本人とエランを知っている人物なら、この顔に動揺するが……
 そうでなければ、たいした動揺にはならないということだ。

「くっ……あぁあああ!」

 押しつぶされそうな感覚の中、エランは必死に抵抗を始める。
 相手はエルフだとか、自分と顔が似ているとか、いろいろ気になることはある。だけど、今はいい。

 今はただ、試合に勝つことだ!

「ぬ、ぅうううう……!」

「無駄だよ、"言霊"の力からは……」

 凄まじい力に、押しつぶされそうだ。しかし、エランは諦めない。必死に抗い、強く、睨みつける。
 その瞬間、彼女の体に異変が訪れる。

 髪が……彼女の黒髪が、白く変わっていく。
 同時に、溢れ出す魔力。それは、破れないはずの"言霊"の拘束をも、破ろうとして……

「! なん、なんだその力……なんだ、その目は……!
 なんでお前は、私と同じ顔をして……なんでお前は、私と同じ……!」

「ジ、エンッドゥ」

 エランの底知れない力に、ラッへが忌々しげに叫ぶ。
 自分と同じ顔をした相手に。そして、自分と同じ……

 ……そのすべてが言い切られる前に、声が響いた。この場にいる誰のものでもない、男の声が。


 パリンッ……!


 なにかが、割れる……そう、結界が割れた。
 そして、何者かが上空から、降り立つ。包帯で顔をぐるぐる巻きにして、顔を隠した何者かが。

「だ、誰……」

「残念だが……大会は、これにて中止だぁ」

 外部からの干渉は、不可能……そのはずの、結界を砕いて。
 乱入者が、不敵に笑っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

異世界で幸せに

木の葉
ファンタジー
新たな生を受けたキャロルはマッド、リオと共に異性界で幸せを掴む物語。 多くの人達に支えられながら成長していきやがては国の中心人物として皆を幸せにしていきます。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました

ネコ
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。

「私は誰に嫁ぐのでしょうか?」「僕に決まっているだろう」~魔術師メイドの契約結婚~

神田柊子
恋愛
フィーナ(23)はエイプリル伯爵家のメイド。 伯爵家当主ブラッド(35)は王立魔術院に勤める魔術師。 フィーナも魔術師だけれど、専門高等学校を事情で退学してしまったため、魔術院に勤務する資格がない。 兄が勝手に決めた結婚話から逃れるため、フィーナはずっと憧れていたブラッドと結婚することに。 「結婚しても夫婦の行為は求めない」と言われたけれど……。 大人紳士な魔術師伯爵と自己評価低い魔術師メイドの契約結婚。 ※「魔術師令嬢の契約結婚」スピンオフ。キャラ被ってますが、前作を未読でも読めると思います。 ----- 西洋風異世界。電気はないけど魔道具があるって感じの世界観。 魔術あり。政治的な話なし。戦いなし。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ※本作は2021年11月から2024年12月まで公開していた作品を修正したものです。旧題「魔術師メイドの契約結婚」 ----- ※小説家になろう様にも掲載中。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

処理中です...