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第五章 魔導大会編

333話 ラッへの力

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 ラッへの鋭い視線が、シルフィドーラを射抜く……
 もちろん、表情はフードに隠れて見えてはいない。

 しかし、自身が睨みつけられていることを、シルフィドーラは感じていた。
 それは、三ツ目族の第三の目によるものか、それとも本能によるものか……

「お、お待ちなさい……」

「!」

 ドサッ、という音が聞こえて。もう聞こえないと思っていたはずの声が、そこから聞こえる。
 ラッへは、首だけを振り返る。

「ま、まだわたくしは、立っていますわよ……」

 よろよろと、立ち上がるノマの姿があった。
 その姿に、ラッへは軽くため息を漏らす。

「意識があるどころか、立てるんだ。呆れた頑丈さだね。そっちの人間はもう意識がないってのに。
 ……やっぱりあなた、もう人間じゃ……」

「隙ありぃ!」

 今の一撃は、人間であればまず意識を刈り取るレベルのものだ。ましてまだ立ち上がれるなんて、あり得ない。
 もっと痛めつけないとだめか……と、ラッへは己の魔力を高める。

 そこへ、背後から奇襲する冒険者の姿。振り下ろされた刃は、ラッへの脳天へと直撃して……

「"止まれ"」

「……っ!?」

 ……その寸前で、動きを止めた。
 なぜ、動きを止めたのか……それは、冒険者本人にもわからない。

 ただ、腕が、足が、体のあちこちが、動かないのだ。力を込めても、まったく。
 まるで、自分の体が自分のものでは、ないみたいに。

「さっきのお兄さんを見てなかったの? そんなもの振り下ろしたところで、私には傷一つつけられないよ」

「なっ……ぐ……!」

「わざわざ魔力防壁で防ぐほどでもない。"これ"で充分」

 ラッへは、動けない冒険者の男に近づき、くいっと顎を持ち上げる。
 冒険者からは、自分を見上げることになるラッへ……その瞳が、怪しく光り、冒険者を射抜く。

「"意識を失え"」

「! ぁ……」

 ラッへが何事かつぶやいた瞬間、冒険者は白目を剥き……その場に、倒れた。
 ラッへがなにを言ったのか、シルフィドーラにも他の選手にもわからない……だが、ノマだけには聞こえていた。

 "魔人"の体となったノマの聴力もまた、向上していた。その耳が拾った、"意識を失え"という言葉。
 冒険者はその言葉通りに、意識を失った。その前もだ。
 "止まれ"という言葉に、冒険者の体は止まった。自分の意思とは、関係なく。

 それは、まるで……

「こと、だま……」

 ノマは、ポツリとつぶやいた。
 言霊……その言葉の意味することは、直接見てないので詳しくはわからない。だが、その言葉を聞いたことなら、ある。

 それは、エランからだ。あれは、新任の教育実習生ウーラスト・ジル・フィールドが、エランのクラスに来たという日の話。
 その教育実習生はエルフで、グレイシア・フィールドの弟子だと名乗り、なんやかんやあってエランが勝負をふっかけた。


『言霊……だっけ。そういう、言葉に魔力を宿す、ってよくわかんないの使われてさー。手も足も出なかったんだよー』


 悔しー、と本人は頭をぶんぶんと振っていた。
 言葉に魔力を宿して、それ現実のものとする。そういう説明だった気がする。
 現にエランは、ウーラストに放った魔法を"キャンセル"された。

 今ラッへがやったのは、まさしくそれだ。"止まれ"、"意識を失え"……どちらも相手の意思を無視して、相手に発動させた。
 エルフ族特有の技なのか、そうでないのか……とにかく、ラッへが相当レベルの高い魔導士であることは、疑いようもない。

「もしかして、さっき皆さんが倒れたのも……」

 ふと、試合開始直後に、約半数の選手が倒れたのを思い出す。
 あれは言霊……込められた魔力に抗えなかった者たちが、倒れたのではないだろうか。

 その後、ラッへの超スピードにより、残った選手も軒並み倒された。

「さて……あとは、ちゃっちゃと終わらせようか」

 再び、ラッへの右手に、すさまじい魔力が集まっていく。

「……先ほど、魔力防壁を張る必要もない、とおっしゃいましたわね。わたくしを倒すために、よそに魔力を持っていく余裕がなくなっただけじゃありませんの?」

「……」

 今、ラッへの周囲に魔力防壁は張られていない。今なら、攻撃も通るはずだ。
 無論、簡単なことではない。相手は手のひらに魔力を溜めている、それを回避して懐に……

「……あれ?」

 そこまで見て、ノマは気づく。ラッへの手には……魔導の杖が、握られていない。
 魔導の杖は、魔導を制御する上で不可欠なものだ。ノマたち生徒はもちろん、学園の教師だって握っている。

 魔導の杖がなければ、魔導を制御できない……つまり、杖を持っていないということは、杖の存在を重視していないか……
 己の魔導に、よほどの自信があるということ。

「……!」

 ラッへの足が、かすかに動いた。あの超スピードだ、一挙手一投足を見逃せない。
 今のノマであれば、その動きを捉えることができる。

「……んん?」

 かすかに動いた足、それをさらに動かそうとしたラッへだが……自分の体への異変に、気づく。
 足を動かそうとしても、動かないのだ。いや、足だけではない。

 体が、動かない。

「……これが、三ツ目族の力ってわけか」

 振り向くことなく、ラッへは口を開いた。
 背後に居る、三ツ目族へ向かって。

 ラッへの背後から、ラッへを睨みつけるシルフィドーラ……その額にある第三の目は大きく開き、ラッへの動きを封じていた。
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