334 / 769
第五章 魔導大会編
326話 これぞ大乱闘!
しおりを挟む「かっ……!」
その瞬間、エランの体を襲ったのは、凄まじい痛みだ。背中を、斬られた。
痛みがある。幻影ではない。……当然だ、今の今まで、イザリと打ち合っていたのだから。
魔導を使った久しぶりの実戦、イザリとの再戦、魔導剣士との戦い……それはエランを夢中にさせ、一瞬周囲への注意を怠った。
その一瞬が、致命的な隙となった。
「なっ……」
その光景を正面から見ていたイザリは、たまらず声を漏らす。
これはバトルロイヤル、一対一の決闘ではない。だから戦いの最中、誰が乱入してきても文句は言えない。
しかし……
「やれ!」
誰かの声が響いた後、地上に残っていた選手たちが、一斉に魔法を放つ。
その先は、空中で斬られ、身動きが取れなくなっているエラン。
「っ……」
エランはそれに気づきながらも、魔法が彼女に着弾する方が早い。
何人からも撃たれた、何発もの魔法が、エランを狙い撃ちする。
エランの背中を斬った男は、すぐさまその場から離脱し、地面に着地していた。
「こ、こりゃあ……」
タメリアは驚いたように、周囲を見回す。地上に残っているのはざっと十人……自分を除いたそのすべてが、エランを狙って魔法を放っているのだ。
先ほどのブロックでも、選手同士組んで戦っていた。だからこれも、エランに対する対処と考えれば不思議はないが……
なにか、おかしい。
エラン一人を狙うにしたって、この光景は……
「……ん?」
そして気づく。すべてではない……一人、魔法も撃たずにニタニタと笑っている男がいる。
『なんと、残っているほとんどの選手がフィールド選手を攻撃している!
ルール上問題はありませんが、すごい光景です!』
いい年した大人が数人がかりで、無防備な少女に魔法をぶつけている……つまりはこういうことだ。
エランの力を脅威に思えば、ということだろうか。
会場はざわめき、エランを心配する声も上がる。
そんな中で、タメリアは杖の先端を、ニタニタ笑っていた男に向ける。
「その魔導具のせいだな、連中の様子がおかしいのは」
「……ぐぇひひひひ」
男は口を大きく開け、笑みを浮かべた。
血色の悪い、痩せ細った男だ。男が手にしているのは、手のひらサイズの黒い石。
一見どこにでもありそうな石だが、それは魔導具だ。
「よく気づいたな」
「これでも、魔導具に触れる機会は多いんでね。
そいつで、連中を操ってエランちゃんを攻撃してる……そんなところか?」
「ぐぇへへへ、半分当たりで……半分、ハズレだ」
ドサッ、と、空中で魔法総攻撃を受けていたエランが地面に落ちる。
元の元気な姿は、どこにもない。
『どうやら魔導具の影響で、選手たちがフィールド選手に集中攻撃をしていた模様!
フィールド選手、さすがにあれだけの魔法を受ければ、もはやダウンか!』
あらゆる魔法を受けたためか、意識を失っているのか。結界内で大事にならないとはいえ、相当なダメージだったはず。
もう立ち上がることは、できまい。
「こいつは、人の……そう、認識を、ちょこっと変えるだけ。
そこのガキを、最優先に駆除すべき敵と定めただけ」
「……駆除ねぇ」
あまりスマートな言葉ではない。それに、自分は手を下さずに、というのもいただけない。
その魔導具を壊せば、連中は元に戻るのか……
いや、戻るもなにも、倒すべきエランを倒した後なら、もうなにも意味は……
「……きひっ」
「!」
ゾワッ……と、タメリアは、男は、ダルマスは。その場にいた誰が、驚愕する。
この状況で、そんなはずがない……しかし、彼女は確かに、笑っていた。
タメリアは、振り返る。そこには、先ほどまで倒れていたはずのエランが……立ち上がっている姿だった。
『おぉっ、なんとフィールド選手! あれだけの魔法をくらって、立ち上がった! 寸前に魔力防壁でもかけていたのか!』
「エランちゃん……わりと、元気そう……」
「きひっ、ひひひ……!」
驚く司会の言葉は会場に響き……目の前で立ち上がるエランを見て、タメリアはほっと一息。
ゴルドーラとの決闘のときも思ったが、やはり彼女は規格外……
……なのだが。なんだか、様子がおかしい。エランはうつむいたまま、肩を震わせて……笑っているのだ。
今まで、見たこともない笑い方で。
――――魔法総攻撃を受けているとき、エランが感じていたのは……怒りでも、悲しみでもない。
結界内とはいえ体は痛いし、油断した自分が悪いとはいえあれだけの人がこんなに攻撃してくるなんて、なんておとなげない。
そんな気持ちはあったが……そんなもの、些細なものだ。
けれど、思ったのだ……あらゆる魔法攻撃を受け、みんなして自分を倒そうとしている……そんな状況で……
『あぁ、愉しいな』、と。
「きひひひひっ、たーのしーな!」
「!」
瞬間、エランがその場から消え……次の瞬間、魔導具を使っていた男は、吹き飛んでいた。
目の前に現れたエランに、驚く間もなく……顔面を、殴り飛ばされたのだ。
その姿を、タメリアは追えなかった。事が起こったと気づいたのは、ガンッ、と鈍い音がしたあとだ。
振り向けば、男は吹っ飛び、エランがそこにいた。
消えたように錯覚するほど、エランの走る速度が、上昇している。
魔力で身体強化をしているのか? それにしたって……
「いや……」
「これこれ、これだよこれ! みんなで入り乱れて、大乱闘! 大会って言うからにはこれくらいでなくちゃ!
あー、たのしーなー! きひっひひひひ!」
手を広げ、大口を開けて笑うエラン。その姿は、タメリアは……いや、誰も見たことがないものだ。
彼女は確かに、脳天気なところがあるし、ゴルドーラに決闘を挑むほど血の気が多い。それでいて、魔導というものそのものを楽しんでいる。
そう、それだけ見ればいつものエラン……なのだが……
「……?」
笑い、振り向くエラン。笑い方こそ変だが、その姿は見慣れたエラン・フィールドだ。
しかし……目にわかるように、変化が起こる。
彼女の、珍しい黒髪……その黒い髪が、白く、変色していったのだ。
0
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました
瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。
レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。
そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。
そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。
王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。
「隊長~勉強頑張っているか~?」
「ひひひ……差し入れのお菓子です」
「あ、クッキー!!」
「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」
第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。
そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。
ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。
*小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる