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第五章 魔導大会編
320話 魔力がなくても
しおりを挟むそこに立っているのは、リリアーナの魔術に閉じ込められていたはずの、ブルドーラだ。
その体には、少々の切り傷が刻まれていた。……少々の、だ。
あの魔術を受け、ほとんどダメージがない。どうなっているのか。
「なんなんだあいつ……」
「ば、バケモンか?」
残っている選手も、その光景に物怖じする。
魔法も、魔術も、通用しない。試合開始直前の、そして先ほどの魔術は、ブルドーラの肉体を証明することとなっていた。
「魔導士といっても、こんなものか……」
ぽつりと、ブルドーラは呟く。伝統あるアレクシャン家に生まれ、魔力がまったくなかった自分。
両親は魔力のない自分ではなく、魔力に恵まれた弟をかわいがった。
弟を憎んだことはない。が、魔力がないからと自分を虐げる両親に思うところはあった。
だから、魔力とは……魔導とは、どれほど素晴らしいものなのか。この身で、確かめたくなった。
「オラっちを虐げた魔導が……こんなものか!」
「ぶふっ!」
元々、アレクシャン家は変わり者が多いと言われている。その中でも、ブルドーラはまた異質だった。
魔力を持たず、野蛮な恰好をして言葉遣いも乱暴。そんなブルドーラは、アレクシャンを名乗ってこそいるが、もう家を出て関係は切れていると言ってもいい。
ちなみにブルドーラがアレクシャンを名乗り続けられるのは、それが「アレクシャンだから」というほかない。
そして、とにかく己の体を鍛えた。
鍛えて、鍛えて、魔導なんてものがどれだけちっぽけか、証明する。そのために、この大会に名乗りをあげた。
「げは!」
「ぐあぁ!」
次々倒される選手たち、残っているのはもはや、コーロランとリリアーナのみ。
ここまで残っている二人も、さすがと言うべきだが……
他選手たちとの戦いを経て、もはや力は残っていない。対して、あれだけのことがあって、ブルドーラは息切れ一つ起こしていない。
「くっ……そ!」
コーロランはありったけの魔力を込めて放つ魔法も、ブルドーラに弾き落とされた。
リリアーナも魔法を連撃するも、やはり通用はしない。
「ハッハァ! アーイムナンバーワーン!!」
「!」
「ぐ……」
ブルドーラの太い腕が、コーロランを、リリアーナを弾き飛ばし……場外へと、ぶつけた。
それだけでなく、二人の意識は狩りとられ……舞台上に立っているのは、もうブルドーラ一人しかいなかった。
その圧倒的な展開に、会場はしばし息を呑み……
『た、ただいま決着! 決着しました! 最後まで立っていたのは、魔力を持たない武闘家ブルドーラ・アレクシャン!
驚くことに、魔法も魔術も、その身一つで弾き、勝利をもぎとりました! 信じがたい光景です!』
司会の言葉が、会場に響く。直後、場内が湧く。
誰も、予想すらしていなかっただろう。魔導の猛者集まるこの試合で、勝ち残ったのが魔力を持たない人間などと。
かつて、魔力を持たずともブルドーラのように身一つで出場した者、魔導具を使って出場した者はいた。
だが、ここまで圧倒的な存在を刻み、勝ち残った者は、いなかった……
――――――
「いやあ、すごかったねぇ」
試合を観戦していた誰もが息を呑んでいた……そんな中、モニター越しに試合を見ていたタメリア・アルガは、感心するように言葉を漏らした。
それは、ひとり言として……ではない。隣に立つ、エラン・フィールドに向けてだ。
エランも、試合の状況を確認していた。いっとき、あの筋肉男の関係者が出てきた時には取り乱してしまったが……
それでも、勝ち残るならリリアーナかコーロランだと、そう思っていた。
「あんな戦い方、あるんだ……」
エランはつぶやく。終わってみれば終始、試合の中心には彼がいた。
師匠であるグレイシア・フィールドは言っていた。魔導士は魔法や魔術を使うものだが、体も鍛えてこそ一流の魔導士になれるのだと。
だからエランも、魔導とは別に体を鍛えてきた。
しかし、ブルドーラがやったみたいに、魔導なし身一つで、あんな芸当ができるだろうか。
……無理だ。
「リリアーナや弟くんは残念だけど、仕方ないねぇ。
俺らの試合でも、ああいうのがいるかもしれないから気を付けないとね」
タメリアは、いつものように軽い調子だ。
同じ生徒会のメンバー、その身内がやられても、顔色一つ変えない。まあ、大会だからと割り切っているだけかもしれないが。
魔導士として。
魔法はともかく、魔術を撃たされる前にやられたのならわかるが……魔術を撃ち、それが通用しなかったときの気持ちは、いったいどんなものだろうか。
もっとも、あんなのがたくさんいるなんて、思いたくはないが。
「あの筋肉男も……いや、考えるのやめよう」
いつも制服がパツパツの彼も、ブルドーラのような肉体なのだろうか。
授業風景を見る限り、少なくとも魔力なしではないようだが。かといって、授業に真面目に取り組んでいるようにも見えない。
魔石採取の授業がいい例だ。
エランにとってはある意味で、ヨルよりも謎の多い人物だ。
「ふぅー……うーん、ワクワクしてきた!」
ともあれ、Cブロックが終わり、Dブロック試合開始まであと少し。時間が近づくにつれ、エランは胸の高ぶりを抑えられない。
それを見て、タメリアは笑う。
「はは、緊張とかじゃないんだ」
「もちろん!」
「初めてでたいしたタマだね」
驚くことはたくさんあった。正面からぶつかり合うだけが戦いではないこと、自分を負かした相手と渡り合う相手がいたこと、ノーマークだった選手が勝ち残ったこと……
エランにとって、しかしそれは怯む理由にはならない。
まだまだ、知らない強い相手がたくさんいる。
冒険者が、魔導士が、魔力すらない人間が。まだまだたくさんいるのだ。
だから、エランは……
『まもなく、Dブロックが開始となります!』
聞こえてきた司会の声に、軽く息を整えて……舞台へ続く道へと、足を踏み出した。
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