上 下
305 / 778
第四章 魔動乱編

幕間 ママと呼ばないで

しおりを挟む


 魔導大会。それはこのベルザ国をあげての大きな大会だ。

 私、クレア・アティーアはこの国で生まれ育ったため、小さい頃から魔導大会を観戦していた。
 自分もいつかあそこで競ってみたいなと思いながらも、大きくなるにつれてそれは果たしていつのことになるのか……と現実に打ちひしがれることが多くなった。

 もちろん、大会に出たからって優勝しなきゃいけない、勝ち進まなきゃいけない、なんて決まりはない。でも、出るとなればそれなりに勝ちたいのが人の心。
 今の私の実力じゃ、出場しても恥を晒して終わりだろうな、ってのがわかってしまうから、出場に踏み切れなかった。

 けれど、魔導学園に入学するためにこの国に来たエラン・フィールドちゃんは、魔導大会に出場する気満々である。
 まさかそんな、超前向きな友達ができるとは思わなかった。他にも、ナタリアちゃんやノマちゃん……みんなを見ていると、とても自信に満ち溢れている。

 なんだか、いろいろと考えて悩んでいるのがバカバカしくなってくる。みんなを見ていると。
 だからって、今更出場しようって気持ちにはならない。
 でも、いつかは……と。そんな気持ちは、強くなった。

 さて、来週に迫った魔導大会。その意気込みが熱いエランちゃんは、さっき食堂から席を外した。
 そして現在、戻ってきたわけなのだけど……

「……その子は?」

「……えっと……」

 戻ってきたエランちゃんの傍らには、小さな女の子が立っていた。エランちゃんは小柄だけど、そのエランちゃんの腰ほどの高さしかない。
 エランちゃんは困った表情を浮かべ、女の子はエランちゃんの後ろに隠れていた。

 ……エランちゃん曰く、この白髪の少女は学園の敷地内で出会った。さっき、席を外した時に窓の外にいたんだという。
 多分、六歳前後じゃないかと思う。この学園にはいろんな種族の人がいるため、見た目で判断できないが……子供なのは間違いない。

 おまけに制服でもないから、生徒ではない。
 ただ、生徒でもない子供が、なんでこんなところにいるのかわからなかった。

「えっと……お嬢ちゃん、お名前は? どこから来たのかな?」

 ルリーちゃんが、優しく聞く。
 普段落ち着きのない彼女だけど、小さな子相手を怖がらせないよう、席を立ち目線を合わせるため屈んでいた。

 ただ、フードで表情はよく見えないけど。どうしていつもフード被っているんだろう?
 暑くないのかしら。

 ルリーちゃんの問いかけ。それに、女の子はうーんと考えるように、口元に指先を当てる仕草をして……

「フィルは、ママのこどもだよ!」

 ……と、エランちゃんを指して、ママと……そう、言ったのだ。

「……」

「エエエ、エラエエラ、ラエエラ、エエラ、ラ、エラエ、ランさん……!?」

「エランくん、キミは……」

 その衝撃の発言に、私は言葉を失い、ルリーちゃんは見るからに動揺して、ナタリアちゃんはなんともいえない表情を浮かべている。
 私たちからの視線を受けて、エランちゃんは首を振る。

「わかってる、言いたいことはわかってる。でもね、私だって好きでこんなにトラブルに巻き込まれているわけじゃないの。それだけはわかってほしい」

 エランちゃんはどこか、落ち着いた様子だった。
 というか、遠い目をしていた。多分、本人が一番衝撃が大きいのだろう。

 ただ……いつまでも、こうして呆然としているわけにもいかない。
 食堂に、小さな子供がいる。まだ誰も気づいてないけど、誰か気づけばあっという間に注目の的だ。

 なので、見つからないうちに食堂を出る。幸い、みんな食事は終わっていた。
 この子の存在はともかく、エランちゃんのことをママなんて言ってるのが知れたら大騒ぎだ。

「えっと……フィル、ちゃん?」

「あい!」

 ひと気のない所に移動して、改めて女の子……フィルと名乗ったその子に話しかける。
 元気がいいのはいいことだ。その調子で、質問に答えていってほしい。

「えっと……どうしてエランちゃんがママなのかな?」

「ママはママだから!」

 ダメだ、会話にならない。頑なにエランちゃんをママと言って譲らない。
 というか、話してみた感じ……六歳くらいに見えたこの子だけど、実際はもっと幼いのかもしれない。

 うーん、名前以外にもいろいろと聞きたいことはあるんだけど……

「その前にエランちゃんに、確認したいんだけど……」

「私ママ違うよ!」

 まずはエランちゃんに確認を……そう思っていたら、先に本人に答えられてしまった。なぜか変な喋り方で。
 それはまあ、そうだろう。この子がいくつにしろ、エランちゃんは私たちと同い年。こんな子供がいるとは思えない。

 ただ、そうするとどうしてこの子が、エランちゃんをママと呼ぶのかわからないわけで。

「それにしても、きれいな白い髪ですわね」

「うん! ママとおそろい!」

「あはは、ママは黒髪ですわよー」

 ……さすがというかなんというか。ノマちゃんはすでにフィルちゃんと馴染んでいる。
 子供の扱いに慣れているのか、精神年齢が同じなのか……ノマちゃんの名誉のために、前者と捉えておこう。

 それにしても、この子……普通に考えれば、本当のママとエランちゃんを見間違えた、と考えるのがしっくり来る。
 見間違えるほど似てるなら、フィルちゃんの本当のママはかなりの童顔で背も低いってことになるけど。

「……そういえばエランちゃん、昔の記憶がないって言ってたっけ」

 思い返せば、確かエランちゃんは記憶喪失だったって話だ。グレイシア・フィールドが、倒れていたエランちゃんを拾い、それ以前の記憶がないと。
 なら、もしかしてエランちゃんの身内、親戚、そういった関係の人の子供、とか。
 それならば、エランちゃんがママに似ている理由もつく。

 それと、フィルちゃんがママとお揃いの髪だっていうなら、白髪の女性。それに、親子で瞳の色が違うってこともないから、黒目。
 ……白髪はともかく、黒目なんて特徴的な人物がいたら、すぐにわかりそうなものだけど。

「どこから来たかはわかりますか?」

「あっち!」

「方角だけじゃなぁ……」

「なら、迷子ってことで憲兵さんのところに連れていきましょう」

「やだ! ママと一緒にいる!」

 わからないことだらけ。ならば憲兵に渡すのが一番なんだけど……フィルちゃんは、エランちゃんに引っ付いて離れようとしない。
 これは困ったと、エランちゃんも苦笑いだ。

 無理に引き剥がしたりなんかしたら、大泣きしちゃいそうだ。そうすると、やっぱり騒ぎになっちゃうし。
 ……どうしたもんかな。

「ママー、ママー!」

「わ、わかったから! とりあえず、ママとは呼ばないでー!」

 エランちゃんには悪いけど、見ている分には……面白くは、ある。

 結局、昼休みの時間で解決することはできず……かといって、フィルちゃんを放り出すわけにもいかず。
 離れないフィルちゃんを連れて教室には戻れないので……エランちゃんは、午後の授業を欠席することになってしまった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

処理中です...