270 / 841
第四章 魔動乱編
265話 自分を殺そうとした相手
しおりを挟む地下牢に捕らえられているレジー。これまで、なにを聞いても口を開くことはなかった。
そこで、私が呼ばれたのだ。私なら、なんとかできると思って。
なんせ、レジーには『絶対服従』の魔法をかけてある。私の意思には、逆らえないはずだ。
「あんまり長居したい場所じゃないから、手っ取り早くいこう。
なんで、聞かれたことに答えないの」
「……答えたところで、アタシにメリットはない。
それに、必要な情報を聞いたら後は殺されるだけだ。殺されるってわかってて、誰が話すかよ」
「……」
なるほど……話したら殺される、か。
『絶対服従』の魔法は強力だ。術者の意思にはほとんど逆らえないけど……術者以外の相手には効果がないのと、もう一つ。本人の強い意思があれば通用しない。
強い意思って言っても、ただ嫌だと考えるだけでこの魔法を防げるものじゃない。それはたとえば、強迫観念……
これをしたら、死んでしまう……死の恐怖という、生物の本能的な反応。それは、時にあらゆる魔法を跳ね返す。
平然としているように見えて、レジーにもちゃんと、死への恐怖がある……ってことなのか。
「別に、なにを聞いたからって殺さないよ……」
「うそだろ」
「うん、うそ」
レジーがしたことを思えば、とても許されるものじゃない。私にとっては、ノマちゃんをあんな目に遭わせた時点で万死に値すると思っているけど……
そうでなくても、実際に一人殺している。ダンジョンの人だ。
……なら、それとは比べられないほどの数を殺したルランの罪は、いったいどうなるんだろう。
「実際、彼女の処罰はどのようになるんですの?」
「ま、死刑は免れないでしょうな。ただ、なんの情報も引き出さずに処刑することもまたできはしない……
なのでこうして、仕方なしに生かしている状態です」
「ジャス爺しんらつー」
このままでは、ルランの起こした事件の罪も全部被ることになる。それも含めれば、おじいちゃんの言うように死刑は免れない。
ならば、せめて自分の起こした事件じゃないものは、そう証言すればいいのに。なぜそうしないのか。
それとも……それは意味がない、と思っているのか。
「ダークエルフに罪を被せても、誰にも信じてもらえないから……」
私は、口の中で小さく呟いた。
ダークエルフという存在は、世間から嫌われている。そんな存在が今回の事件を起こしたのだと叫んでも、実物がいなければ信じてもらえないのがオチだ。
この世界には、あの悪い出来事はダークエルフのせいだ、とダークエルフにあらぬ罪を被せてきた事件がたくさんあると聞いたことがある。
だからこそ、下手にだからこその名前を出せば、罪から逃れたいために嘘の証言をしているのだと、思われてしまう。
「……わたくしのこと、覚えていますか?」
「ノマちゃん?」
魔法をかけている私なら、なんとかできると思ったけど、本能的な恐怖がレジーにある以上望んだ答えは得られない……そう、思っていた時。
私の後ろに立っていたノマちゃんが、一歩、また一歩と、前に出た。
その瞳は、まっすぐと檻の中の、レジーに……自分を殺そうとした人間に、向いていた。
「……あぁ、誰かと思えば、アタシが魔石を突っ込んだ奴じゃねぇか。
どうだ、魔石の味は。うまかったか?」
「! お前……!」
ふふ、とまるで、こちらをバカにしたような笑い方に、そしてその言葉の内容に、私は全身の血が熱くなるのを感じた。
思わず足を進めようとする、けど……他ならぬノマちゃんに、止められた。
私の前に腕を伸ばして、目で「大丈夫ですわ」と訴えてきた。
「そうですわね、残念ながら美味とは言えませんでしたわ。お次はもっと美味なものを頂きたいですわね。
これでもわたくし、味にはうるさいですのよ?」
「……そうかよ」
レジーの皮肉を正面から受けて、けれどノマちゃんは怯まない。その様子に、レジーのほうがバツの悪そうな顔になっている。
おぉ、ノマちゃん強いな。
自分を殺そうとした相手だ。いくら冷静を装おうとしても、腸が煮えくり返ってもおかしくないだろうに。
「一応聞いてみるけど、ノマちゃんはレジーと面識はないんだよね?」
「えぇ。あのときが初対面ですわ。
フィールドさんの帰りを待っていたら、いきなり部屋の中に入ってきて……そういえば、当日の朝わたくし、記憶が曖昧なのですよね」
ノマちゃんとレジーは、当然ながら初対面……嘘をついているとは思えないし、そもそも理由がない。
その最中に、思い出すのはノマちゃんの朝からの異変。
あの日は、珍しく……ノマちゃんとは別行動だった。いつもは一緒に登校するのに、用事があるからとノマちゃんとは別行動になった。
ただ、なぜそのような行動に出たのか……ノマちゃん自身、記憶が曖昧なのだという。
「それって、思い出せないままなの?」
「えぇ。検査でも、なにもわからず……」
異常なしとされた検査結果だけど、わからないこともまだ多い。単にノマちゃんが忘れてしまっているだけなのか、それとも……
ただ、いつもとは違った行動を取ったその日に、事件が起きた。偶然とは思えない。
もっと尖った見方をするなら、ノマちゃんを一人にするために、予めレジーがなにかを仕掛けた……という線も考えられるけど。
それはさすがに、考えすぎだろう。
0
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。
ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。
小説家になろう様でも投稿しています。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。

私のことを嫌っている婚約者に別れを告げたら、何だか様子がおかしいのですが
雪丸
恋愛
エミリアの婚約者、クロードはいつも彼女に冷たい。
それでもクロードを慕って尽くしていたエミリアだが、クロードが男爵令嬢のミアと親しくなり始めたことで、気持ちが離れていく。
エミリアはクロードとの婚約を解消して、新しい人生を歩みたいと考える。しかし、クロードに別れを告げた途端、彼は今までと打って変わってエミリアに構うようになり……
◆エール、ブクマ等ありがとうございます!
◆小説家になろうにも投稿しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる