261 / 751
第四章 魔動乱編
256話 未熟な私
しおりを挟む『キミには魔導の才がある。
圧倒的に足りないものがある。
……経験だ』
……その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。それは、いつだったか誰かに言われたものと、同じような言葉だったからだ。
そしてそれが、いつ誰にであったか、考えるまでもなく……思い出す。
『対人との戦闘経験が乏しい……といったところか。おそらく、魔物や魔獣とはそれなりの場数を踏んできた。
だが、人相手に……戦闘の経験は、少ないのではないか?』
私にとっては、印象に残る出来事だったからだろうか。それが、ゴルさんに言われたことであると、すぐに思い出した。
経験がない……それは、事実だった。
師匠と、十年を共に過ごしてきた私は、モンスターや魔物を除けば、人相手に訓練したことがあるのは師匠相手しかいない。
もちろん、師匠との訓練は私にとって、すごいためになるものだったけど。
それでも、経験というものは……師匠一人相手だけだと、なかなか積み重ねられるものではない。
「……っ」
この学園に来て、いやゴルさんとの決闘から、いろんな人と訓練をしてみたり、授業に取り組んできたりはしたけど。
そんな短期間で、経験を多くは積み重ねられないらしい。しかも相手は、長寿のエルフだ。
ただでさえ、人間とエルフとでは経験の差があるというのに、私は……
「そこまで!」
そこに、審判である先生の声が響いた。
私は、まだ戦える……とは言えるけど。それは、体がまだ動く、魔力はまだ残っている、という意味だ。
背後を取られ、杖を突き付けられた時点で……これが実戦なら、私は死んでいる。
「この勝負、ウーラスト・ジル・フィールドの勝ちだ。
……実力を見るのは、私も久しぶりだが。見事なものだな」
「いやいやいやいや、運がよかっただけっすよ。まっ、幕切れは呆気なかったっすがねぇ」
「……」
いちいち癇に障るけど……それは事実だから、なにも言えない。
魔法も魔術も通じずに、あんな簡単に背中を取られて……勝負の前は、あんなに自信満々だったのに。
それが、あれだけの攻防で見事に、プライド的なものが打ち砕かれた。
力の差がある者同士の勝負は、いい勝負、にすらなりはしない。この勝負が、いい例だ。
私は……この人より、ずっと弱い。
「ちょっとちょっとー、なんか反応してくれないと、オレオレがただの性格悪い奴みたいになっちゃうじゃん。
言霊使うのはずるいーとか、いろいろあんじゃん?」
「……負けたのは、事実だし。……ですし」
さすがに、ここでなにか言い返すほど私の神経は太くない。
確かに、私のよく知らない言霊ってやつの影響は大きかったけど。私だって、気づいてなかったとはいえ、魔導具持ち込んでたんだし。
それに、私は最初決闘のつもりだった。決闘なら、相手が自分の知らない技術を使ってきても、それが卑怯だとは言えないし。
「フィールド、気は済んだか?」
「…………はい」
はぁ、なにやってるんだろ私……なんかいきなり現れた変なエルフが、師匠の弟子を名乗ったからって、それでムキになって……
言い訳するわけじゃないけど、それが原因で熱くなって冷静に相手を見れてなかった。結果として、あんな散々な結果になってしまった。
実力以上に、精神面が、未熟だった。
「いやぁ、そんな落ち込みなさんな! 人間で、それもそれもその年であれだけの魔力、将来有望だよ! あははは!」
バンバン、と私の肩を叩いてくるこのエルフは、やっぱりちょっと気にくわないけど。
「とはいえ、これで少しはすっきりしてくれたら嬉しいかな」
「……師匠の弟子だと疑ってたことは、謝る。……ります」
この人はこんなだけど、ちゃんと私に向き合って相手をしてくれた。それに、精霊さんも……この人には、悪印象を持っていないようだ。
きっと、師匠の弟子だっていうのも嘘じゃない。本当は、師匠に出てきてもらって、自分の弟子だって証明してもらえば一番いいんだけど。
師匠が今どこに居るのかもわからないのに、そりゃ無理か。
「まあまあ、それはお互い様ってことで。
オレオレも正直、グレイ師匠の名を騙る不届きな人間がいるんかって疑ってたわけだし!」
「……」
私も、師匠の弟子だって疑われていたのか……いや、それは当然かも。ある意味、この人より疑わしいのは私かもしれない。
エルフがエルフの弟子なのはわかるけど、人間がエルフの弟子なんて……なにも知らない人が聞いたら、疑いたくなる要素しかないもんね。
この人から見れば、私の方がよっぽど疑わしかったってことだ。
「でもま、それはオレオレの考え過ぎだったみたいだ」
「……というと?」
「キミも、グレイ師匠の下で過ごしたんだって、わかったってこと」
……これまでのやり取りで、私が師匠の弟子だって確信したっていうのか? いったい、どのタイミングで?
わからない、けど……
「キミは、少しグレイ師匠と似てるとこがある」
「! 師匠と?」
「そ」
師匠と似ている……その言葉は、これまでに貰ったどんな言葉よりも、嬉しかった。
そうか、そうか……私、師匠と似ているのか!
なんか、嬉しいかも……!
「さっきまで落ち込んでたっぽいのに、ちょろいなー」
「! なっ……まさか、今の嘘!?」
「さてさて、どうだかね」
「おいお前ら、教室に戻るぞ」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ私たち……というか私を制するように、先生が手を叩く。そこで私は、ようやくみんなの方へと目を向けた。
みんな、驚いた様子で私たちを見ているようだった。いったい、なにを思っているんだろう。
ゴルさんに続いて、負け続きだから……みんな、私のことがっかりしているのかもしれないなぁ。
「はぁ」
「なんだなんだ、ため息ついてると幸せが逃げるぞ」
「……ご忠告どうも」
10
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた
黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」
幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる