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第四章 魔動乱編
236話 『絶対服従』の魔法
しおりを挟む「考え? なんだそれは」
一つ、考えがある。そう言った私に、ルランは怪訝な表情を浮かべている。
こうも強情なレジーを前に、いったいどんな方法があるというのか。それがわかっていないようだ。
私はレジーを前にしたまま、ゆっくりと杖を取り出す。
「おい……」
「師匠から教わったものがあるんだ。……いや、教わったってのは違うかな。こういう魔法もあるよって感じで、使う際には注意するものの一つだって、言われたもの」
「師匠……教わった?」
ルランには、私の言っていることが理解できないだろう。それでいい……別に、理解してもらおうとは思っていないから。
私がこれからやろうとしていることは、ルランと同じくらいに、ひどいことなのかもしれない。けれど、こうするしか手がない。
……『絶対服従』の魔法。師匠が言っていた、扱い方を充分注意しなければいけない魔法。これを今から、レジーにかける。
「はっ、拷問でもするつもりか? 言っとくが、アンタみたいなお人好しがなにしたところで、アタシは……」
「そうだね……うん、そうだね。穏便に済ませたかったけど、仕方ないよね」
私は、自分の中の魔力を練り上げていく。魔法を使う時に、いつも感じている気持ち。
ただ、慣れた魔法であれば、いちいち意識しなくても、ほとんど無意識でできるようになる。いや、無意識でできるようになるからこそ、慣れた魔法なのか。
私はほとんどの魔法は無意識でイメージを組み上げられるけど、これはそうはいかない。つまり、これまでに使ったことがない、使うことが少ない魔法だ。
「……おい、なにしてる」
魔力の気配が、濃くなっていく……それに対して声を上げるのは、ルランではなくレジーだ。ここに来て、初めて表情を崩したようにも感じる。
言葉には出していないけど、ルランも同じようなことを思ってはいるようだけど。
ただ、私は二人の反応は気にしない。集中するのは、ただ自分の中の魔力のみ。
「……」
「おい、なんとか言え!
ちっ、ダークエルフ、やめさせろ! こいつ、なにしようとしてるか知らねえが、このままじゃ……」
自分のものとは思えないくらいに、どす黒い魔力が練り上がる。以前感じた、闇の魔術とはまた違った感覚だ。
けれど、不思議と嫌悪感はない。どす黒いと思っても、自分の魔力だからとわかっているからだろうか。
自分の魔力に集中する中で、師匠とのあの時間が、自然と頭の中によみがえってくる……
『ししょー、こんな森の中でどうしたの? またモンスター焼くの?』
『エラン、私が好き好んでモンスターを焼いているような言い方はやめるんだ。それは魔法の訓練だからね?
そうではなくて。一概に魔法と言っても、扱いが充分危険なものもある。それを教える』
『きけん?』
『そう。元々魔法は、魔導の杖がないと制御できないなど、危険な面はある。
だが、それとは別に……単純に、危険な魔法というのが存在する。今から見せるのは、そのうちの一つだ』
『おぉ、わくわく!』
『……あんまりわくわくするような内容でもないんだけどね。まあいい……あそこのモンスター、あれを良く見ておくんだ』
『わかった』
……そのとき、言われたとおり、私はモンスターを見ていた。それは、二足歩行の獣……知能も人に近いと言われる、モンスターだった。
モンスターは、草陰から見ている私たちに気づいてはいなくて……でも、途中から肩を跳ねさせ、まるでなにかに怯えているように、周囲をキョロキョロと見回した。
それもそのはずだ。だって私も、隣にいた師匠のどす黒い魔力に、驚いていたんだから。
そして、師匠はモンスターに杖を向け……魔法を、放った。その名は……
「『絶対服従』」
口から出た言葉は、間違いなくあのとき師匠が言ったものと同じだった。
本来、魔法には呪文のようなものは必要ない。慣れていない場合は、イメージする魔法に名前をつけておく場合もあるけど。
名前をつけておくことで、イメージが即座に固まり、素早く魔法を放てるようになる。
ただ、これは慣れている慣れていない以前に、呪文を口にしなければならない。そういう魔法なのだ。
そして、この魔導は魔術ではなく魔法だから……使うのは、当然自分の魔力だ。
呪文を口にする。その直後……唐突に、変化は訪れた。
「……っ!?」
杖を向けていた先にいたレジーが、驚愕に目を見開き、手を動かした。手首は縛っているけど、腕は動かせる。
その先は、首……まるで、蚊にでも刺されたかのように、首筋に手を当て、それどころか爪を立てている。
首に違和感がある。見るだけでわかる。そして、その違和感がなんなのかは、私たちにもすぐに、目に見える形で表れる。
「……なんだ?」
困惑した様子で、ルランが口を開いた。やっぱり彼にも、見えているんだな。
……レジーの首に現れた、首輪のようなものに。
レジーの首は、一部が紫色に光っている。それはまるで、首輪のよう。
そしてそれが、首輪のようなものではなく……実際に、首輪であることを私は知っている。
「てめっ……なにを、しやがった!?」
私を睨みつけるレジーは、自分の首の状態は見れないはずだ。でも、自分の首がどうにかなっているのは、わかっているみたいだ。
私は、ゆっくりと近づいていく。そして……
「黙って」
重く、言葉を述べる。
次の瞬間……口を開いたままなにかを言おうとしていたレジーの喉から、言葉が止まった。
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