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第四章 魔動乱編

235話 魔人

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 ノマちゃんを、あんな目に……殺そうと、した。そう、レジーは悪びれもなく言う。
 それを聞いた瞬間、私の中で血が熱くなっていくのを感じる。

 この気持ちは……怒りだ。

「お前……!」

「あー、誤算ってのもちょっと違うか。元々は"そういうつもり"でやってたことなんだからな」

 私の怒りに気づいているのかいないのか……いや気づいていないわけがない。私が怒っているとわかった上で、こいつはヘラヘラと笑っている。
 私を怒らせたいなら、それは正解だ。私は今、こいつを思い切りぶん殴ってやりたい。

 それどころか……

「おいっ、いきなりどうしたというんだ!」

「……」

 レジーの襟元を掴み上げる私の手首に、ルランが触れる。その感触に少しだけ頭が冴えて、手を離す。
 少し浮いていたレジーは、受け身も取れずに地面に落ち尻をつき……げほげほ、と咳き込む。

 けれど、その表情から笑みが消えることはない。あぁ、なんて腹立たしい顔なんだろうか。

「……そういえば、俺が手を下したわけじゃない、魔石による被害者が出たと聞いたな。
 まさかそれが……」

「……」

 ルランも、どうやら話くらいはわかっているみたいだ。ルランがやったのとと同じ手口で、被害者が出たこと……いや、元々ルランはレジーたちの真似をしていたんだから、同じ手口ってのも違うか。
 なんにしても、被害に遭ったのが、私にとって大切な人だというのは、理解したみたいだ。

 ……やっぱりルランは、あれ以降事件は起こしていないようだ。その理由は今は、どうでもいい。
 今は……

「おーおー、怖い目だ。アタシを殺したい、そう思ってるな」

「殺してやりたいとは思ってるよ」

 初めてだ……誰かに対して、こうも怒りの感情を覚えたのは。
 そうか、これが……殺意、ってやつか。

 ただ、まだだ……まだ、こいつには聞かなきゃいけないことがある。

「さっき……まじん、とかなんとか言ってたよね。それ、どういう意味」

「どういうもなにも、言葉通りの意味さ。
 そもそもアタシらが人間に魔石を飲ませてたのは、魔人を作り上げるためだったんだからな」

 隠す気はないのか、私の質問に素直に答えている。ただ、質問の意味に対しての答えではない。
 魔人、ってのがなんなのかはわからないけど、どうやらそれを作り出すために、こいつらは人々を襲い続けていたみたいだ。

 ……そして、ノマちゃんがその、魔人という存在なのだと。

「魔人って、なに」

「おいおい、こんなとこでのんきに話してていいのか?
 オミクロンを倒したあの二人、さっきからお前を探しているみたいだけど……」

「……質問に答えろよ」

 ゴルさんと先生は、私を探してくれている……二人の視点だと、ダークエルフが現れて眠らされて、気がついたら私だけいなくなっていた。
 しかも、目が覚めたら魔獣が町中で暴れ回っていたんだ。私を探すどころじゃなかっだろう。

 で、落ち着いた今探してくれている……
 その気持ちはありがたいけど、私は今、こいつから目を離すわけにはいかない。

「おー怖。まあ隠す必要もないから、特別に教えてやろっかなー」

 ……教えるつもりはない、と突っぱねることもできるだろう。だけど、そうしない。
 むしろ教えると言って、今みたいに焦らすことで、私の気持ちを逆なでしているようにすら感じる。捕まって、抵抗もできない相手に、いいように転がされている。

「まあ教えるっつっても、本当に言葉通り以上の意味はない。魔と人の中間にある存在……それが魔人さ」

「……魔物や魔獣とは、違うの?」

「あれらは魔の獣だろう? そうじゃねぇ……人が、人のまま魔の力を手に入れた存在。純粋な人間でも、魔族でもない存在のことさ」

 魔人……聞いたことないけど、言葉通りの意味ってことか。魔の人ってことで、魔人。なんか、すごい物騒な響きだ。
 そう、ノマちゃんには人の血と魔の血が流れていると言っていた……って、ことは……

 魔石が人の体内に流し込まれて、魔石に溜まっていた魔力が弾ける。それが体内で暴れ回り、普通なら死んじゃうけど……どういう理由か、二つの魔力が混ざりあった。
 それが、魔人と呼ばれる存在だと。でも……

「でも、肝心なことを聞いてない。魔人ってなに。言葉通り以上の意味はないって言ったよね、だったらなんでノマちゃんを魔人なんかにしたの。魔人ってのがなんなのか、知ってないとこんなことしようとは思えない!」

 のらりくらりとかわされているが、こいつはやっぱり核心は隠している。言葉通り以上の意味はないとか言いながら、本当は知っているんだ。魔人っていうのがなんなのか。
 それを教えようとしないのは……私への嫌がらせか……?

 知らなければ、わざわざあんな大勢殺してまで魔人を作ろうとはしない。
 そう、魔人がどういう存在なのかを知っていないと、あんな事件は起こさない。だから、こいつは知っている!

「別にそのノマってのを魔人にしたくてしたわけじゃねぇよ。たまたま、そいつに適正があっただけのことだ。数撃ちゃ当たるって言うだろ……」

「そういうことを聞いてるんじゃ……!」

「おいよせ。……こいつはおそらく、なにも話すつもりはない。ただ俺たちを弄んで楽しんでいるだけだ」

 ルランに止められ、私は荒くなった息を整える。落ち着け、深呼吸だ……
 この女が、なにも話すつもりはないというのはわかった。結局わかったのは、ノマちゃんが魔人っていう存在になったってことだけ……その魔人が、なんなのかもわからない。

 たとえなんであっても、私はノマちゃんの味方だけど。

「……ルラン。キミもこいつを許せないのは、わかるよ。でも、私だってこのままこいつとはいさよならするわけには、いかない」

「……言っておくが、人間に渡すつもりはないぞ。お前たちの監視下に置かれれば、俺が簡単にこいつに話を聞きに来れなくなる」

 この飄々とした態度が続く限り、ダークエルフのことも魔人のことも、いつ聞き出せるかわかったもんじゃない。
 喋りたくなるまで弱らせるか、他の方法を取るか……とにかく、時間が必要だ。

「わかってるよ。……一つ、考えがある」

 これまで話をしていて、気持ちを乱されたりしていたけど……一旦落ち着いてみると、思い出したことがある。
 それは、師匠との生活の中で教えてもらったもの……聞いても、絶対に使わないだろうと思っていたし、師匠も私が使うと思っていなかったかもしれない魔法の話。

 ……『絶対服従』の魔法。それを、今からレジーにかける。
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