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第四章 魔動乱編

167話 強い子

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「……ここまでが、私が覚えていることです。
 次に目を覚ましたときには、さっきまでいた森の中じゃなくて……お兄ちゃん以外、誰もいませんでした。私が目が覚めたのに気づいたお兄ちゃんは、そのままどこかに行っちゃって」

「……」

 ルリーちゃんが話してくれた、ルリーちゃんの過去。それは自分の口から話すには、あまりにも重すぎる内容だっただろうと思う。
 ほとんどルリーちゃんが一人でしゃべっていた。当然だ。私とナタリアちゃんは、時折相づちを打つくらい。

 はじめこそ、幸せな記憶だった……だけど、それはだんだん、不穏なものへと変わっていって。
 最後には、絶望の展開になっていた。それに耐えかね、ルリーちゃんは気を失ってしまったんだ。

「す、すみません。こんな空気に……なるかもな、とは思ってましたけど。お二人が、気にすることじゃないです」

 ルリーちゃんに、ルリーちゃんのことを教えてくれと言ったのは私だ。結果、自分の過去を話して、その内容に私たちが黙ってしまったのを、自分が重い話をしてしまったからだと思っている。
 それ自体は、まあそうなんだけど……それを、ルリーちゃんが謝罪するのは間違っている。

 謝ると、するなら……

「ごめん、嫌なこと、思い出させたね」

 ルリーちゃんにこんな話をさせ、思い出させてしまった私だ。これまでルリーちゃんは、自分のことを話そうとはしなかった。
 それを、私が無理やり聞き出したのだ。

 頭を下げる私に、ルリーちゃんは慌てた様子だ。

「あ、頭を上げてください! エランさんが謝る、ことなんて……」

「ううん、謝らせて」

 ……私には、師匠と暮らす前の記憶がない。家族がいたのかどうかも、わからない。だから、家族が目の前でいなくなるのが、どれだけつらいのか、わからない。
 でも、つらいってことだけは、わかる。私にはわからない、つらいことを思い出させてしまった。

 ダークエルフには、並々ならぬ過去があることはわかっていた。ルリーちゃんにも……ルランの様子を見れば、なにかあったのだろうことは想像がついた。
 軽はずみに聞くべきじゃ、なかった。

「……本当に嫌なら、エランくんの頼みだってルリーくんは聞いてないと思うよ。でしょ?」

「はい! エランさんと、ナタリアさんだから……私をダークエルフと知って、受け入れてくれている二人だから、話したんです」

 ルリーちゃんにとって、つらい過去……でも、私たちだから信頼して、話してくれた。
 それを聞くと、少しだけ胸が軽くなる。

 ……しかし、ルリーちゃんの過去の話を聞いて。ルランの行動原理がわかってきた。ルランは、人間に激しい憎悪を抱いていた。
 これを踏まえれば、その憎しみも妥当と思える。代わりに、リーサはまた違った様子なのが気になったけど。

 それに……

「ルリーちゃんは……人が、憎くないの?」

 今の話を聞くに、ルリーちゃんこそ人間を憎んでも仕方ないと思える。でも、そんな素振りはない。
 それどころか、人ばかりのこの魔導学園に、たった一人で訪れた。

 ダークエルフの認識を改めたい、と以前は言っていたけど……それだけで、この環境に身を置けるものだろうか。加えて、気になることも増えた。
 ……ルリーちゃんの話に出てきた、エレガ、ジェラという人間についてだ。

「ダークエルフをめちゃくちゃにした人間って、その、私と……」

「エランくんと同じ黒髪黒目だもんな」

「ナタリアちゃん!?」

 自分でも言いにくいことを、ナタリアちゃんはさらっと言い退ける。いや、事実だし私も聞こうと思っていたことだけどさぁ!
 そう、ダークエルフたちをめちゃくちゃにしたのが、よりによって私と同じ特徴の人間だという。

 この世界では、私のような黒髪黒目の人物はめったにいないみたいだ。師匠は、私で初めて見たと言っていたし、私もこの国に来てから同じ特徴の人物を見ていない。
 ……あ、ヨルがいたか。

 ともかく、それほどに珍しい色なのだ。それがまさか、ルリーちゃんの話に、憎むべき対象として出てくるとは。

「……実を言うと、はじめは怖かったんです」

「そうなの!?」

 今明かされる、衝撃の真実。まあ、今の話を聞けばわりと納得できるのではあるけども。
 ただ、私からは……あのときのルリーちゃんから怯えとかは、感じなかったけどな。

「は、はじめはですよ!?
 ……確かに、学園に来るのもすごく悩みました。でも、リーフェルさんが言ってたんです……魔導を極めたエルフが、遥か昔にその学園に通ってたって。
 だから私……人間は怖かったけど、すごく、行きたかったんです。魔導学園に」

 どこか懐かしむように、ルリーちゃんは話す。
 人間は怖いけど、それ以上に魔導への熱が抑えられない。エルフ族ってのは、より魔導に近いところにいると聞いたことがある……ルリーちゃんも、魔導を極めたい思いが、恐怖に打ち勝った。

 うん、なんか私にもわかるな。なによりも、魔導を極めたいって気持ち。
 ……というか、魔導を極めたエルフって、もしかしなくても……

「それに、ラティ兄が言ってたんです。いつか、ダークエルフとエルフと、人間と……みんなで、笑って過ごせるときが来るといい、って。
 だから、そんな世界を作りたくて。大げさかもしれないけど」

「……立派な目標だね」

「はい!」

 魔導を極めることへの憧れ、そして兄と慕っていたダークエルフの思い……それが、ルリーちゃんの奥底にあるってわけか。
 ルリーちゃんは、嬉しそうに笑いながら……私を見た。

「入学前、エランさんに助けてもらったとき……正直、泣き叫びたいくらいでした」

「そりゃ、仇と同じ特徴の人間が現れたんだもんね」

「グサグサ言うなぁ」

 ルリーちゃんは、恐怖を告白した……わけではないだろう。それどころか、入学前の騒動で危うくまた人間を嫌いになるところだった。
 あのとき、私はルリーちゃんとダルマスの間に割って入った。

 それをルリーちゃんは、どう見ていたのだろう。

「怖くて、足がすくんで動けませんでした……でも、エランさんは私のために、正々堂々と向き合って、戦ってくれました。
 私のことを、友達って、言ってくれて」

 嬉しかったんです……と、ルリーちゃんは頬を染めて、胸に手を当てる。それが、混じりっけなしの本音だということは、すぐにわかった。
 まさか、そこまで嬉しいと感じてくれていたとは。なんだか照れくさい。

 しっかし、ルリーちゃんの過去を思えば……初対面で、いきなり背中から攻撃されなくてよかったと思うよ。

「ただでさえ人前に顔を出すのは、勇気がいるだろうに……ルリーくんは、立派だな」

「あははは、顔はフードで隠してますけどね」

「だとしても、だよ」

 あれだけ怖い目にあって、それでも人間から逃げるのではなく自分から関わろうとするなんて……強くないと、そんなことできない。
 ルリーちゃんは、強い子だ。それが、よくわかった。

 ……だからといって、人間を憎み殺し回っているルランの心が弱い……とは言えない。むしろ、ルランの方が自然なあり方だとさえ感じる。

 ただ、どんな理由があっても、無関係の人まで巻き込んでいる彼のやり方を、認めるわけにはいかないけど。
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