162 / 769
第四章 魔動乱編
158話 ルリーの過去⑤ 【対立】
しおりを挟む目覚めたエルフ……しかし、彼あるいは彼女が発した言葉の中には、確かに恐怖があった。
すぐに起き上がり、立ち上がろうともするが……転んでしまう。
それでも、必死に体を動かして、座り込みながらも、後ずさりをしていく。
その姿に、ルリーも、リーサも、ルランも……一様に、黙っていた。
初対面であるエルフに、怯えられる覚えなどない。なにせ、エルフと会うのはこれが初めてなのだから。
……いや、心当たり自体なら、ある。
「リーサ! ルリー、ルラン!」
「! ラティ兄!」
緊迫した場に、聞きなれた声が響いた。その声に、ルリーは嬉しそうな表情で振り返る。
そこにいたのは、こちらに向かって走ってくるラティーアの姿。彼を案内するようにネルが先導し、その後ろをアード、マイソンが走る。
ネルたちが呼んできた大人、それがラティーアだ。
その姿にほっとする三人……対して、エルフの表情は強張る。
「! エルフ……本当に……」
「ね、言ったとおりでしょ」
この森にいるはずのないエルフ……その姿を認め、ラティーアは足を止めた。
エルフにとっては、新たなダークエルフが四人も増え、いよいよ体の震えが止まらなくなっていた。
その姿に気付いてか気付かずか、エルフに近づいていくのはネルだ。
「あ、ネル……」
「大丈夫?」
制止の声も聞かず、ネルはエルフの前に立ち……手を、差し伸べた。
本当ならばエルフの方が長身だろうが、座り込んでいるため、両者の視線は同じくらいの高さだ。
初めて見るエルフ……誰しもが混乱の最中にいるところ、ネルだけがいつも通りだ。
倒れているエルフを最初に見つけたのはネルだ。表情には出さずとも、きっと心配しているのだろう。
自分に伸ばされた手を、エルフは戸惑いがちに見つめる。なんとも、小さな手だ。
その手に、恐る恐ると、自分の手を伸ばしていって……
「近寄らないで!」
その手を、はたいた。
「ぁ……」
「! お前……!」
エルフを心配して伸ばされたネルの手は、他ならぬエルフに弾き返された。
その光景に、アードが声を荒げる。こちらが心配しているのに、その態度はなんだというのか。
自分よりも、小さな子供の剣幕。それを受け、しかしエルフは「ひっ」と体を丸める。
それでもアードの気持ちが収まることはない……だが。
「アード、落ち着いて」
「っ、けど、ラティー兄!」
アードの肩を掴み、彼の動きを止めるのはラティーアだ。
納得いかないとばかりにもがくアードだが、その手をネルが掴む。
「大丈夫、わたしは気にしてないから」
「……そうかよ」
手を払われたネル本人が、気にしていないと言えば、もうアードはなにも言えない。とはいえ、それで納得できるわけでもない。
そんなアードの頭を、ネルはポンポンと撫でた。
「でも、ありがとね」
「べ、別に……」
他のみんなも、ネルの心配を無下にされたことに思うところ、言いたいことはあっただろう。しかし、今のやり取りを見てそれぞれ、言葉を抑えた。
それを確認し、今度はラティーアがエルフに近づいていく。
その姿を見上げ、エルフは肩を震わせた。
「な、なによ……」
「なぜ、エルフがこんなところにいるんだ」
ラティーアの表情は、ルリーの位置からは見えない。
けれど、その声は……口調こそいつもと同じなのに、なんだかいつもと違うような気がした。
ルリーは、昔両親から聞いた話を思い出していた。
その昔、ダークエルフの先祖が、闇の魔術を使い他の種族を滅ぼした。それが原因で、生き残った人間族などからは嫌われ、今では数少ない同胞だけで人目につかない場所で暮らしているのだと。
そして、同じ『エルフ族』という括りのせいで、エルフまで人々から迫害されることとなった。
だから、エルフがダークエルフを嫌う理由は、正直理解できる。
だが……このエルフの挙動は、嫌悪などではなく、どちらかと言えば怯えだ。いや、怯えが勝っている、ということだろうか。
「答える必要、ない……」
「ここは我々が暮らしている森だ。無断で立ち入っておいて、その言いようは通用しない」
「ダークエルフの……
だから、全然精霊の気配がないのか……」
ラティーアの言葉に、エルフは憎々し気に舌を打つ。
ここはダークエルフの住まう森。つまり、ダークエルフを好く邪精霊が好く場所ということでもある。
邪精霊が好くということは、精霊は好まない場所ということだ。
ここでは、エルフはいっさいの魔術は使えない。
魔法ならば使えるが、対するダークエルフは七人……内六人が子供とはいえ、魔導の扱いに長けたエルフ族にとって年齢の差などたいした問題ではない。しかもここは、ダークエルフの住む森だ。
……ここで騒ぎを起こせば、たとえこの場を切り抜けられても他のダークエルフに捕まるだろう。
下手な抵抗は、逆効果だ。今のところ、ダークエルフに敵意は見られない。
「……住んでいた里が、人間に襲われて。みんな、死んで……なんとか、逃げてきた。
でも、夢中で走ってたから、どこをどう走ってきたのかもわからなくて……」
「……なるほど」
先ほどに比べれば落ち着いたエルフの言葉を、一同は黙って聞いていた。
住んでいた場所を、人間に滅ぼされた……それは、聞いただけで背筋が寒くなってしまう内容だ。
人間族。当然、ルリーたちは見たことがない。
聞いた話では、この世界には始まりの四種族がいた。竜族、鬼族、魔族、そして今のエルフ族である命族。命族は、残る三種族を滅ぼしたとされているが……
人間族とは、いったいいつ、どこから出てきたのだろうか。
「ラティ兄、このエルフどうするの?」
「追い出すのか?」
今の話が本当ならば、このエルフも被害者だ。ルリーは、ラティーアへと選択を迫る。それに続いて、マイソンが聞く。ラティーアの答えを待っている。
それは、他のみんなも同様だ。
子供たちからの視線を受け、ラティーアは……
「とりあえず、長のところに連れて行こう」
「いいの?」
「あぁ。さすがに俺が勝手に決めるわけにもいかないし……
このエルフに敵意があるなら別の道を考えたけどね」
すでに、エルフに敵意は感じられない。それは、ある程度落ち着いたことを示しているのだろうか。
それでも、まだ怯えが見て取れるが。
ここで追い出すとか選択肢を取らないラティーアを、優しくてらしいな、とルリーは思っていた。
と同時に、こうも思った。エルフは、ダークエルフに敵意を向けるが……逆に、ダークエルフがエルフに敵意を向ける理由は、ないのだと。
10
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました
瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。
レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。
そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。
そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。
王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。
「隊長~勉強頑張っているか~?」
「ひひひ……差し入れのお菓子です」
「あ、クッキー!!」
「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」
第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。
そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。
ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。
*小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる