上 下
160 / 739
第四章 魔動乱編

156話 ルリーの過去③ 【遭遇】

しおりを挟む

 ……エルフとダークエルフ。一括りにエルフ族という種族ではあっても、もちろん両者には違いがある。
 煌めく金髪を持ち、日焼けもしたことがないほどと思わせる白い肌を持つエルフ。対して、輝く銀髪を持ち、健康的に思える褐色な肌を持つダークエルフ。
 見た目は違うところはあれ、共通している部分もある。人には見られない尖った耳、そして宝石のようにきれいな緑色の瞳だ。

 両者の違いは、なにも見た目だけではない。根本のところであれば、精霊に好かれるか邪精霊に好かれるか、だ。
 要点だけを纏めるならば、エルフは精霊に好かれ、ダークエルフは邪精霊に好かれる。というか、基本的に邪精霊と心を通わせることができるのは、ダークエルフしかいない。

 その代わりというべきなのかはわからないが、邪精霊に好かれるダークエルフは精霊には好かれない。
 精霊とはすなわち人が魔術を使うために、なくてはならない存在。その精霊に好かれないということは、ダークエルフは一般的な魔術が使えないということだ。

 一方で、邪精霊に好かれるダークエルフにしか使えない魔術も存在する。それが、闇の魔術だ。
 ダークエルフは、本来精霊と心を通わせれば使えるはずの魔術は使えず、闇の魔術のみを使うことが許されている。
 そしてその闇の魔術こそが、ダークエルフが、そしてエルフが人々から迫害されるようになった理由である……

「って、聞いたことはあるけどよー。わっかんねえよな」

「そもそも、エルフなんてのがいるのかどうかも眉唾だね」

「エルフどころか、人族ってのも見たことがねえしなー」

 ある日の昼下がり。ルリーたちいつもの六人は、話に花を咲かせていた。
 誰が言い出したのか、昔大人から聞いた、エルフという存在について……それを話しているうち、すっかり夢中になってしまったようだ。

 多少大きくなったとはいえ、六人はまだまだ子供。
 森の外に出たことがなければ、他の種族を見たこともない。自分たちダークエルフ以外に見る存在なんて、せいぜいが森に迷い込んできたモンスターだ。

 六人は、まだ魔術というものを使ったことがない。魔導の練習として魔法を使うことは多々あるが、魔術はまだだ。
 精霊……いや邪精霊と心を通わせるには、並大抵のことではないらしい。それでも、古来より自然と触れ合うことの多いエルフは、精霊と心を通わせやすいのだという。
 それはダークエルフも同義で、邪精霊と心を通わせやすい種族だ。まあ、この場合ダークエルフ、邪精霊それぞれとしか、心を通わせることはできないのだが。

 ゆえに、六人もその気になれば、邪精霊と心を通わせることはできる……のかもしれない。
 しかし、子供だからかはたまた別の理由か。未だに、邪精霊との対話は許されていない。

「ラティーアさんが言うには、闇の魔術は危険だから、もっと心身が成長してから、ってことだけど」

「心身ねぇ……そもそも、本当に魔術なんてあんのかよ。
 村の誰も、使ってるところ見たことねぇぞ」

 リーサの言葉に、しかしアードは疑って魔術の存在を認めようとしない。
 ラティーアの言うことが正しいなら、少なくとも大人たちは魔術を使えるはずだ。だが、魔術を使っているところを見たことがない。

 ……ダークエルフは、闇の魔術以外は使えない。精霊と心を通わせることができないからだ。
 なので、闇の魔術を見たことがなければ当然、他の属性魔術も見たことがない。闇以外の魔術の存在すら、あやふやなのだ。

「……でも、ラティ兄が嘘つくはずないもん」

 疑いの言葉に、しかし反対の意見を述べるのはルリーだ。
 ぷくーっと頬を膨らませた彼女の姿に、リーサはニタニタと笑みを浮かべていた。

 そして、彼女とネルの手を引き……

「ちょーっと、私たち席を外すわね」

「どこ行くんだよ」

「女の子にそういうこと聞くの、デリカシー、よ」

 べ、と意地悪げに舌を出し、リーサは二人の手を引いて森の奥へと消えていく。
 女の子だけで用事があるのだろう、ならば追いかけるわけにはいかないと、ルランたちはその場で男同士、暇をつぶすことにした。

 ……ルランたちから離れたところで、リーサは足を止める。

「ど、どうしたのリーサちゃん」

「どうしたの、じゃないわよルリー。
 アンタってばホントわかりやすいわね」

「わかり……?」

「ラティーアさんのこと」

「!」

 びしっ、と指を突きつけられ、指摘された内容……というか名前に、ルリーは肩を震わせる。
 その顔が赤くなっているのをごまかすため、ふいっと顔を背けるが……残念ながら、長い耳まで赤に染まっているため、全然隠せていない。

 その様子を、ネルはその辺に生えていた葉っぱを千切って舐めながら、見つめていた。このあたりに生えている葉っぱには、味がついているのだ。
 これはちょいしょっぱい。

「ななな、なんのこと……」

「ごまかしてもムダ。ラティーアさんのことになると、すぐ顔色変わるんだから。
 好きなんでしょ?」

「うっ……」

 そんなの、なんの証拠もない……と突っぱねようかとも考えるが、リーサの目はもはや真実を射抜いている。

 これはもうごまかしようもない、と感じてか、ルリーの耳がぺたんと垂れる。昔から、隠し事が苦手だと言われている。
 それはなんともかわいらしい姿だ……思わず抱きしめてしまいたくなると見つめるリーサ。同時に彼女はウキウキを隠しきれない。

「まあでも、ルリーとラティーアさんって、結構お似合いな気がするわ」

「え、そ、そう?」

 先ほどまでこの場から逃げたくなるほどに羞恥を感じていたルリーであるが、リーサの言葉にパァッと表情を明るくさせる。
 満更でもないルリーである。

「そうよ。ねぇ、ネルもそう思うでしょ?」

「あたし、ラティーア兄さんはルランくんと相性がいいと思うの」

「あーーー…………うん、そうね!」

 両手を頬に当て、うっとりとした表情を浮かべるネルを見て、リーサは考えるのをやめた。
 ルリーとはまた違った方向でかわいらしい子なのに、どうしてこんなことに……そう思っても、本人が満足そうならいいかと、リーサは若干諦めている。

 ネルからの同意は得られなかったが、それはともかくとしてリーサはルリーの背後から抱きついた。

「きゃ!? り、リーサちゃん!?」

「ホントもー、ルリーがその気になれば、誰だって落とせると思うわよ?
 この胸とかさぁ、使えば男なんてイチコロなんじゃない?」

「ひゃあ!? 触らないでぇ!」

「ほれほれー、ここがええのんかー」

 背後から抱きつくに飽き足らず、リーサはルリーの身体をまさぐっていく。じゃれ合いと言ってしまえばそれまでだが、そこには若干の嫉妬も込められている。
 自分よりも年下だというのに、自分よりも発育がよろしい……そんなルリーの身体に、少しくらい意地悪してもいいよねとリーサが考えるのは、必然でもあった。

 二人の少女のじゃれ合いをのんきに見つめていたネルは、おもむろに自分の胸元をペタペタと触る。
 ……ペタペタと、触る。

 そんなときだった。

「……あれ?」

「ね、ネルちゃん! 見てないで助けて……」

「あそこ、誰か倒れてる? というかついさっき倒れた」

「へ?」

 ぼんやりとしたネルの言葉に、ルリーとルリーの胸をもてあそぶリーサは動きを止めた。そして、ネルの視線を追う。
 とはいっても、ここは森の中だ。今は昼とはいえ、この場所は薄暗い。

 いくらエルフ族は目がいいとはいっても、この条件下では……

「あっち? 行きましょ」

 しかしリーサは、ルリーの身体をもてあそんでいた先ほどのおっさんみたいな態度とは一変して、ネルの指差す方向へと足を向けた。
 それに続くように、ルリーとネルもついていく。

 エルフ族の"魔眼"は、目がいい以外にも魔力の流れを見ることができる。が、それもルリーたち子供にはまだあまりよくは見えない。しかし、ネルは秀でて目がいいのだ。
 ルリーやリーサには見えない、感じ取れないなにかを見つけたのだとしても、不思議はなかった。

 やがて、三人が足を止める。どこに、倒れている誰かがいるのか……
 それを確認する必要は、なかった。なぜなら、すでに彼女たちの足元に、その人物はいたからだ。

「ホントだ、倒れてる……」

「い、生きてる、よね……?」

 不安がるルリー、彼女を安心させるように頭を撫でつつ、リーサは屈んだ。
 うつ伏せに倒れているため、顔は見えない。しかし、きれいな金髪だ……サラサラだし、女性だろうか?

 そうして、リーサはその人物を仰向けにしようとして……彼女の耳が、目に入った。

「……私たちと、同じ?」

 その耳は、尖っていた。無意識に、リーサは自分の耳に触れていた。
 自分たちと、同じ耳……その特徴に合致する種族は、一つだけだ。だが、自分たちとは違って金髪で、白い肌だ。

 ……その印象を持つ種族の話を、先ほどしたばかりだった。
 この人物は、ダークエルフ……ではない。ダークエルフと、とてもよく似た種族……

「まさか……エルフ?」

 リーサたちにとって、初めて見る自分たち以外の種族、エルフが……ダークエルフの森に足を踏み入れ、倒れていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

処理中です...