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第四章 魔動乱編
128話 ダンジョン内で起こる悲劇
しおりを挟む魔石採集は、順調に進んでいく。
冒険者のガルデさんたちは、似たようなシチュエーションで何度も魔石を探しているためか、さすが手慣れた様子で魔石を見つけている。
だけど、そんな彼らよりも、スムーズに魔石を見つけているのが……
「やぁー、キリアちゃんのおかげで予定よりだいぶ早く終わったよ。
どう、今からでもウチ来る気ない?」
「え、えぇ?」
魔力の流れを感じる、という体質に長けたキリアちゃんだ。彼女のおかげで、魔石採集の目的個数は達成された。
今なんか、ガルデさんたちから冒険者にならないか、と誘われているくらいだ。
キリアちゃんは冒険者に憧れていたし、だから今回誘ったんだ。キリアちゃんとしても、悪い話ではないだろうけど……
「はいはい、キリアちゃんは私の大事な友達でクラスメイトだから。まだまだ学園で学ぶことがたくさんあるんだから、取らないでよ」
「エランさん……」
「あははは、こりゃ手厳しいや。
じゃ、勧誘はまたの機会にするよ」
ここで冒険者にスカウトされるってのは、すごいことなんだろう。ただ、だからってここで冒険者になるのは違う気がする。
学園に在籍しながら冒険者に、ってのもできなくはないのかも、しれないけど……
せっかく、魔導学園に入学できたんだ。それも、平民であるキリアちゃんはすごく頑張って。その頑張りをここで放り出すのは、もったいない。
ガルデさんも、キリアちゃんを気に入ったのは違いないけど、同時に無理やり引き抜くつもりもないんだろう。明るく笑っている。
初めてのダンジョンで、最初は不安もあったけど……今じゃすっかり、その不安もなくなっちゃってるな。
あとは、採集した魔石を持ち帰って、私のお仕事は終わり……
「うぉおおお!?」
「きゃあああ!?」
「!?」
そのときだ……ダンジョン内に、悲鳴が響き渡る。洞窟の内部のような空間だ、声は反響する。
その声の主は、ケルさん。そしてルリーちゃん。さっき、もう少しあっちに行くと言っていたけど……
この、悲鳴は……!
「ケル!? それに……
って、エランちゃん待て!」
ガルデさんの制止も無視して、私は声の聞こえた方向へと走り出す。
ルリーちゃん、悲鳴……あの、魔獣騒ぎのときのことを思い出す。あのときも、こうして私は……
まさか、また魔獣が出たのか!? こんな、ダンジョンの中に……
「ルリーちゃん!」
見えた先には、その場に座り込んだルリーちゃん。腰を抜かしているのか? そして、傍らにケルさん。
近くに邪悪な魔獣の気配はなし。それに、二人は……なにかを、見ている?
とりあえず二人の無事を確認しつつ、私は二人の背中へと近づいていく。
「ルリーちゃん、ケルさん。さっきの悲鳴はいったい……っ」
二人の背中越しに、二人が一点を見ているのが見えた。だから私も、二人の視線の先を見て……二人が見ているものを、見た。その瞬間、時間が止まったような、感覚がした。
私も、悲鳴を上げていたかもしれない……それほどの光景が、目の前にあり、二人が悲鳴を上げた理由も理解してしまった。
だって、目の前にあるのは……
「え、エランちゃん……やっと追いついた!
だめじゃないか、単独行動は。必ず二人一組で行動するようにと……」
追いついてきたガルデさんが、私に説教をする。それは、反省すべき話なんだけど……
残念なことに、返す言葉が見つからない。
私の、そして悲鳴を上げたルリーちゃんとケルさんの反応がないのを察して、不思議に思ったのだろう。そして、次に取る行動は必然だ。
……ガルデさんも、私たちと同じものを見て……驚愕する。
「おい……こ、りゃあ……」
「あ……キリア、ちゃんには……!」
ここでようやく、私は衝撃から戻ってきた。同時に、まだこの場にはいないキリアちゃんに、この光景を見せるべきではないと考えた。
すでに見てしまったルリーちゃんは、もうどうしようもないけど……あの子には、刺激が強すぎる!
その直後、こちらへと走ってくるキリアちゃん、ヒーダさんの姿を見て、ガルデさんが二人へと駆け寄ってくれた。
私の気持ちを汲んでくれたのだろう。キリアちゃんをここに近づけないようにしてくれている。
そう、あの子には、こんなひどいものは……見せられない。
「……っ」
再び、それを見る。
……壁を背に預け座っている男は、口から、目から、鼻から、耳から……あらゆるところから、血が流れ出していた。外傷こそ見当たらないが、あちこちが血でべったりだ。
明らかに……死んでいる。
「……なんで、こんなとこに……"魔死者"が……?」
唇を震わせ、思わぬ事態に呟くのはケルさんだ。その言葉に……私は、やっぱりそうかと思っていた。
外傷はないが、全身から血が流れ出した死体。前に聞いた、"魔死者"の特徴と一致する。
妙な死体……全身から血が流れているこれだけでも妙ではあるが、決め手はそれではない。"魔死者"と呼ばれる死体に一致している特徴が、体内の魔力暴走。
信じられない話だけど、体内の魔力が暴走して、その結果体を内側から破壊してしまうという。それが、"魔死者"の特徴。
さすがに見ただけで、その人の体内の魔力までは感じられない。それに、外よりも魔力が満ちているダンジョン内では、彼個人の今の魔力状況を調べることも難しい。
あまりに周りの魔力が強すぎて、彼の魔力だけに集中できない。
"魔眼"を持つルリーちゃんやナタリアちゃんなら、もしかしたら魔力の流れがどうなっているか、見ることが出来るかも……って、それって……!
「る、ルリーちゃ……」
「うぅ……う、えぇ……」
ある引っかかりがあり、ルリーちゃんへと声をかける……けど、一歩遅かったらしい。
ルリーちゃんは口を押さえ、その場にうずくまった。そして、耐えきれないといった具合に……吐いてしまった。
「お、おいルリーちゃん!?」
「大丈夫か!」
突然、その場で吐いてしまったルリーちゃんを心配したケルさんが、彼女の背中を擦る。みんな、心配している。
……しまった、うかつだった……!
"魔眼"は、人の魔力の流れを見ることが出来るという。人には人の、エルフにはエルフの……それぞれ、種族ごとに流れる魔力の違いがあるらしい。まあ、今は種族云々の話は置いておこう。
問題は、魔力の流れを見ることが出来る、というもの。その感覚は私には、わからない。けれど、もしもその眼を持つ人が、魔力の流れがぐちゃぐちゃなものを見てしまったら。
今の、"魔死者"がまさにそうだ。体内の魔力が暴走し、そのために死に至った。つまり……体内の魔力は、めちゃくちゃのぐちゃぐちゃになっているはずだ。
それを、ルリーちゃんは見てしまった。
「うぇっ、えっ……ぅげほっ!」
「しっかりしろ……っても、無理な話か。
いきなりあんなもんを見ちまったんだ、平常心でいろって方がどうかしてる」
どうやらケルさんは、あまりに凄惨な死体を見て吐き気を催した、と思っているらしい。もちろん、それもあるだろうが……
ルリーちゃんが、魔力の流れに気分を害して吐いた……とは思ってないみたいだな。
魔力の流れがぐちゃぐちゃ、なんてよくはわからない。ニュアンスとしては、内臓がぐちゃぐちゃになっている……という感じだろうか。
「……このダンジョンって、出来たばかり、って話でしたよね」
「あぁ……入るのは、俺たちで初めてだ。先んじて誰かが入ってたって話も、聞いてねえが……」
そう、このダンジョンに足を踏み入れたのは、私たちが初めて。入り口には憲兵さんがいて、勝手に入ることもできないのに……
いや、それはまだいい。問題は……ここで、こんな死に方をしていること。
ゴルさんたちの話だと、"魔死事件"は事故でなく事件……つまり、"魔死者"を故意に生んだ犯人がいるってことになる。
「みんな、とりあえず、ダンジョンから出て……」
私と同じ考えに至ったのか、ガルデさんが口を開く。
ここにこのまま居続けるのは、危ない。早く、ここを離れないと。
……そんな私の、逸る気持ちとは裏腹に……グルルル、と獣の声が、ダンジョン内に響いた。
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