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第三章 王族決闘編
116話 知らない天井だ
しおりを挟む「…………んん……」
……あれ、なんだろう……目の前が真っ暗だ。
……あぁ、目を閉じているからか。でも、なんだろう……なんだか、まぶたが重たいや。それに、背中が柔らかい……柔らかいものに、寝転がっている?
そっか、私今、寝ているんだ。
……なんで?
「! エランさん!」
「エランちゃん!?」
うぅん……私の名前……あぁ、よく知った声がするよ。そこに、居るの?
まぶたが重たいけど、開けないと。ゆっくりとだけど……開けていく。視界に、光が差し込んでくる。
視界の、先には……
「……知らない天井だ」
「エランさん!」
「エランちゃん、起きたのね!」
少し視線をずらすと、そこには……ルリーちゃんと、クレアちゃんがいた。私の顔を、じっと見つめている。私が寝転がっているのは、ベッドか。ふかふかぁ。
えっと……なんでそんな、心配そうな顔をしているんだろう?
そもそも私、なんで眠って……
「二人とも……っつ……」
「あぁ、エランさん!」
「まだ起き上がっちゃダメよ!」
起き上がろうとしたけど、頭の中に鋭い痛みが走る。なんだ、こりゃ。
ここはお言葉に甘えて、寝転がったままにさせてもらおう。
「えっと……私、なんでこうなってるんだっけ」
「覚えてないの?」
「エランさぁん……!」
二人とも心配してくれているのはわかる。特にルリーちゃんなんて、さっきから私の名前を呼んでばかりだ。
ただ、私にはこんなにも心配してもらう理由がわからない。なんだって、私は……?
思い出そうとする私の頭を、クレアちゃんがそっと撫でてくれる。
「エランちゃん、決闘の途中で倒れちゃったのよ? で、運ばれて……あ、ここは保健室で、私たちは付き添いね」
「あ、ずるい、です!」
「はいはい」
あたたかかったクレアちゃんの手が離れ、今度はルリーちゃんにバトンタッチ。ルリーちゃんの手は、ひんやりしててこれまた気持ちいいな。
それにしても、けっとう……ケットウ……あぁ、決闘!
そうだ私は、ゴルドーラと決闘してたんだ。それで、最後に全力で、挑んで……意識が……ダメだ、思い出してきたけど、まだ頭がぼんやりしてる。
でも、途中で倒れたってことは……
「負けちゃったのか、私は」
決闘に負けた……ということか。そうか……
……負けちゃったのか。
「エランさん……」
「ん……そんな、悲しそうな顔しないでよ。負けちゃったけど、なんか不思議と、悔しくないんだ」
これが、負けるってことか……師匠との訓練では常に負けてたけど。その時に抱いた気持ちとは、全然違う。
年の近い子と、一対一の決闘をして……負けた。
悔しい……はずなのに。なんだろう、どこかスッキリしている自分がいる。
もしかして、全力を出した上で、負けたから……だろうか。全力を出しても、まだ勝てない相手がいる。それも、相手は下級魔導士相当の実力者。
つまり……私が勝てなかったゴルドーラよりも、強い人はまだまだいる。
「そういえば、ゴルドーラ……さんは?」
「実はね、エランちゃんをここまで運んでくれたのは、そのゴルドーラ様なのよ! それも、お姫様抱っこで!
キャー、あのときの光景って言ったら……脳内保存バッチリなんだから!」
「むぅ」
「運んで、くれた……」
あぁ、全然覚えてないや……初めて会ったときの印象、いや決闘中も含めた印象だと、倒れた女の子がいても我関せずで、去っていきそうだったのに。
なんていうか、意外だ。
でも、運んでくれた当人がいないのは、どういうことだろう。
「驚いたんですよ、ゴルドーラ様がエランさんを運んで……心配だった私たちも、後を追って。
そしたら、ここでベッドに寝かせた後、私たちにこの場を残して帰っちゃったんですから。こっそり後を尾けてたつもりだったのに」
「へぇ……なんで、ルリーちゃんは不機嫌なの?」
「なんでかしらねー」
不機嫌……というか、拗ねている? はて、私はなにかしただろうか。
……もしや、私がゴルドーラにお姫様抱っこされたことに嫉妬してる!? え、ルリーちゃんってゴルドーラのことが好きだったの!?
「多分、エランちゃん的外れなこと考えてるわよ。
……ま、ゴルドーラ様は先生に呼ばれてたって言ってたし、決闘の諸々について話があるんじゃない?」
「あー」
決闘について……か。だとしたら、私も当事者なのに押し付ける形になっちゃって……なんだか、申し訳ないな。
私も行きたいけど、これじゃあ動けそうにないし……
……不思議だなぁ。
「決闘で、あんなに傷ついたのに。そこまで、ひどい傷じゃない?」
まあ、巻かれた包帯であんまり傷の様子とか見えないけど。
「今は席を外してるけど、さっきまで保健室の先生がいたからね。手当てしてもらったのよ。
そもそもの傷については……それが、結界の恩恵ってこと」
結界の中でのダメージは、一定以上は本人にダメージが行かないようになっている……だったか。
もしも、決闘のダメージがそのまま残っていたら……とてもじゃないけど、今こうして無事ではいられないだろう。
なんせ、体内まで爆発させられちゃったわけだし。やっぱ鬼みたいな相手だったな。
「とはいえ、結界の中でも気絶しちゃうまで疲弊しちゃうなんて……」
「普通は、そんなことないの?」
「そりゃ、ね。結界はダメージは吸収してくれる……でも、疲労はそうはいかない。疲労が溜まれば、こういうこともあるけど……大抵は、決闘相手に気絶させられる。自分で、気絶するまでってのはあまり聞かないわ」
「そういえば、ダルマスも私のパンチで気絶してたもんねぇ」
懐かしいなぁ……とはいっても、あれからまだひと月も経ってないんだよなぁ。
あのときはまさか、自分がこんなことになるとは、思っていなかったよ。
決闘して、負けて……なんてね。
負け……
「あ……」
「どうしたんですか?」
「や、なんでも、ないよ」
ふと、思い出す……決闘をするにあたって、避けては通れない重大な問題があったことを。
それは、賭け……決闘開始の際に、相手に要求する賭けのことだ。
決闘の勝ち負けは、ただ勝ち負けで終わらない。相手から要求されたものを、吞まなければならない。
それを私は、承知の上で決闘に望んだわけで……
『私が賭けてもらいたいのは、あなたの弟、コーロラン・ラニ・ベルザへの謝罪。謝罪を要求します』
『俺が望むのは……貴様を、我が手中に収めること。
エラン・フィールド。貴様が賭けるのは、貴様自身だ』
お互いに、こう要求していたわけで。
私は、負けちゃったから……
「私、ここから逃げたいかも」
「なに言ってんの、ダメよ」
どうしようどうしよう……いや、決闘を挑んだ以上、こうなる可能性もあったんだけど……
今になって、現実味を帯びてきた。
あの男の雰囲気から、冗談では済ませてくれないだろうしなぁ。そもそも、決闘に冗談を持ち込んでいいはずもない。
あぁ、私はこのまま、あの男のものになってしまうのね……
コンコン
「はい」
ふと、戸が叩かれた。それにクレアちゃんが返事をすると、戸はゆっくりと開かれる。
クレアちゃん、ルリーちゃん以外にも、お見舞いに来てくれたのだろうか。ノマちゃんかな、ナタリアちゃんかな、それともそれとも……
「失礼する」
「!?」
戸の向こう側から現れたのは、今考えていたあの男……ゴルドーラ・ラニ・ベルザだった。
こいつぅ……さっそく、私を引き取りに来やがった!?
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