上 下
119 / 751
第三章 王族決闘編

116話 知らない天井だ

しおりを挟む


「…………んん……」

 ……あれ、なんだろう……目の前が真っ暗だ。
 ……あぁ、目を閉じているからか。でも、なんだろう……なんだか、まぶたが重たいや。それに、背中が柔らかい……柔らかいものに、寝転がっている?

 そっか、私今、寝ているんだ。
 ……なんで?

「! エランさん!」

「エランちゃん!?」

 うぅん……私の名前……あぁ、よく知った声がするよ。そこに、居るの?
 まぶたが重たいけど、開けないと。ゆっくりとだけど……開けていく。視界に、光が差し込んでくる。

 視界の、先には……

「……知らない天井だ」

「エランさん!」

「エランちゃん、起きたのね!」

 少し視線をずらすと、そこには……ルリーちゃんと、クレアちゃんがいた。私の顔を、じっと見つめている。私が寝転がっているのは、ベッドか。ふかふかぁ。
 えっと……なんでそんな、心配そうな顔をしているんだろう?

 そもそも私、なんで眠って……

「二人とも……っつ……」

「あぁ、エランさん!」

「まだ起き上がっちゃダメよ!」

 起き上がろうとしたけど、頭の中に鋭い痛みが走る。なんだ、こりゃ。
 ここはお言葉に甘えて、寝転がったままにさせてもらおう。

「えっと……私、なんでこうなってるんだっけ」

「覚えてないの?」

「エランさぁん……!」

 二人とも心配してくれているのはわかる。特にルリーちゃんなんて、さっきから私の名前を呼んでばかりだ。
 ただ、私にはこんなにも心配してもらう理由がわからない。なんだって、私は……?

 思い出そうとする私の頭を、クレアちゃんがそっと撫でてくれる。

「エランちゃん、決闘の途中で倒れちゃったのよ? で、運ばれて……あ、ここは保健室で、私たちは付き添いね」

「あ、ずるい、です!」

「はいはい」

 あたたかかったクレアちゃんの手が離れ、今度はルリーちゃんにバトンタッチ。ルリーちゃんの手は、ひんやりしててこれまた気持ちいいな。
 それにしても、けっとう……ケットウ……あぁ、決闘!

 そうだ私は、ゴルドーラと決闘してたんだ。それで、最後に全力で、挑んで……意識が……ダメだ、思い出してきたけど、まだ頭がぼんやりしてる。
 でも、途中で倒れたってことは……

「負けちゃったのか、私は」

 決闘に負けた……ということか。そうか……
 ……負けちゃったのか。

「エランさん……」

「ん……そんな、悲しそうな顔しないでよ。負けちゃったけど、なんか不思議と、悔しくないんだ」

 これが、負けるってことか……師匠との訓練では常に負けてたけど。その時に抱いた気持ちとは、全然違う。
 年の近い子と、一対一の決闘をして……負けた。

 悔しい……はずなのに。なんだろう、どこかスッキリしている自分がいる。
 もしかして、全力を出した上で、負けたから……だろうか。全力を出しても、まだ勝てない相手がいる。それも、相手は下級魔導士相当の実力者。
 つまり……私が勝てなかったゴルドーラよりも、強い人はまだまだいる。

「そういえば、ゴルドーラ……さんは?」

「実はね、エランちゃんをここまで運んでくれたのは、そのゴルドーラ様なのよ! それも、お姫様抱っこで!
 キャー、あのときの光景って言ったら……脳内保存バッチリなんだから!」

「むぅ」

「運んで、くれた……」

 あぁ、全然覚えてないや……初めて会ったときの印象、いや決闘中も含めた印象だと、倒れた女の子がいても我関せずで、去っていきそうだったのに。
 なんていうか、意外だ。

 でも、運んでくれた当人がいないのは、どういうことだろう。

「驚いたんですよ、ゴルドーラ様がエランさんを運んで……心配だった私たちも、後を追って。
 そしたら、ここでベッドに寝かせた後、私たちにこの場を残して帰っちゃったんですから。こっそり後を尾けてたつもりだったのに」

「へぇ……なんで、ルリーちゃんは不機嫌なの?」

「なんでかしらねー」

 不機嫌……というか、拗ねている? はて、私はなにかしただろうか。
 ……もしや、私がゴルドーラにお姫様抱っこされたことに嫉妬してる!? え、ルリーちゃんってゴルドーラのことが好きだったの!?

「多分、エランちゃん的外れなこと考えてるわよ。
 ……ま、ゴルドーラ様は先生に呼ばれてたって言ってたし、決闘の諸々について話があるんじゃない?」

「あー」

 決闘について……か。だとしたら、私も当事者なのに押し付ける形になっちゃって……なんだか、申し訳ないな。
 私も行きたいけど、これじゃあ動けそうにないし……

 ……不思議だなぁ。

「決闘で、あんなに傷ついたのに。そこまで、ひどい傷じゃない?」

 まあ、巻かれた包帯であんまり傷の様子とか見えないけど。

「今は席を外してるけど、さっきまで保健室の先生がいたからね。手当てしてもらったのよ。
 そもそもの傷については……それが、結界の恩恵ってこと」

 結界の中でのダメージは、一定以上は本人にダメージが行かないようになっている……だったか。
 もしも、決闘のダメージがそのまま残っていたら……とてもじゃないけど、今こうして無事ではいられないだろう。

 なんせ、体内まで爆発させられちゃったわけだし。やっぱ鬼みたいな相手だったな。

「とはいえ、結界の中でも気絶しちゃうまで疲弊しちゃうなんて……」

「普通は、そんなことないの?」

「そりゃ、ね。結界はダメージは吸収してくれる……でも、疲労はそうはいかない。疲労が溜まれば、こういうこともあるけど……大抵は、決闘相手に気絶させられる。自分で、気絶するまでってのはあまり聞かないわ」

「そういえば、ダルマスも私のパンチで気絶してたもんねぇ」

 懐かしいなぁ……とはいっても、あれからまだひと月も経ってないんだよなぁ。
 あのときはまさか、自分がこんなことになるとは、思っていなかったよ。

 決闘して、負けて……なんてね。
 負け……

「あ……」

「どうしたんですか?」

「や、なんでも、ないよ」

 ふと、思い出す……決闘をするにあたって、避けては通れない重大な問題があったことを。
 それは、賭け……決闘開始の際に、相手に要求する賭けのことだ。

 決闘の勝ち負けは、ただ勝ち負けで終わらない。相手から要求されたものを、吞まなければならない。
 それを私は、承知の上で決闘に望んだわけで……


『私が賭けてもらいたいのは、あなたの弟、コーロラン・ラニ・ベルザへの謝罪。謝罪を要求します』

『俺が望むのは……貴様を、我が手中に収めること。
 エラン・フィールド。貴様が賭けるのは、貴様自身だ』


 お互いに、こう要求していたわけで。
 私は、負けちゃったから……

「私、ここから逃げたいかも」

「なに言ってんの、ダメよ」

 どうしようどうしよう……いや、決闘を挑んだ以上、こうなる可能性もあったんだけど……
 今になって、現実味を帯びてきた。

 あの男の雰囲気から、冗談では済ませてくれないだろうしなぁ。そもそも、決闘に冗談を持ち込んでいいはずもない。
 あぁ、私はこのまま、あの男のものになってしまうのね……


 コンコン


「はい」

 ふと、戸が叩かれた。それにクレアちゃんが返事をすると、戸はゆっくりと開かれる。
 クレアちゃん、ルリーちゃん以外にも、お見舞いに来てくれたのだろうか。ノマちゃんかな、ナタリアちゃんかな、それともそれとも……

「失礼する」

「!?」

 戸の向こう側から現れたのは、今考えていたあの男……ゴルドーラ・ラニ・ベルザだった。
 こいつぅ……さっそく、私を引き取りに来やがった!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...