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第三章 王族決闘編
115話 訪れる決着の時
しおりを挟むドォオオオ……!
…………激しい音を立てて、会場全体が震えているような錯覚が起こる。実際に揺れているのか、それともそう感じているだけか。
放たれた四つの攻撃は衝突し、大きな爆発を起こした。どちらの攻撃が勝ったのかわからない。
私か、ゴルドーラか……三つの魔術と、魔術に相当するサラマンドラの炎は、その優劣が決まり切る前に爆発してしまった。お互いに互角で、相殺したということだろうか。
周囲は爆煙に包まれ、少しの前すらも見えない状況。そんな中で、私は……
「……」
「っ……」
手に持った杖を、正面へと……眼前にいるゴルドーラの喉元へと、突きつけていた。誰かが息を呑む音が、聞こえた気がした。誰かっていっても、ゴルドーラしかいないけど。
じっと正面を見つめ、煙が晴れた先に……ゴルドーラの顔が、あった。
魔術を撃った私は、前も見えない中でなんとか進み、ゴルドーラの眼前へとたどり着いた。そしてゴルドーラが動くよりも先に、杖を突きつけた。
私からはゴルドーラしか、ゴルドーラからは私しか見えない状況……周囲の爆煙は、風に流されてもすべてがかき消えるまで、多少の時間がかかるだろう。
決闘の決着は、相手を戦闘不能にするか、審判が判断するか。この状況では、審判である先生はまだ見えないだろう。
なら、煙が晴れる前に……いやゴルドーラがなにかする前に、魔法を撃って、ゴルドーラを倒す。決着をつけるべきだ。なんかさっきより目がチカチカするし、頭もぼんやりとしてるし、身体中痛いけど……
あと、少しなんだから。
「……まさか、ここまでとはな」
ポツリと、ゴルドーラの声が聞こえた。ふふん、どんなもんだい。これが、私、エラン・フィールドの実力さ。
ゴルドーラは下級魔導士相当の実力者。いつか師匠を超えるためには、こんなところでつまずいてはいられない。
この、勝負……
「へへ……わた、しの…………勝ち、だ……ね……」
……あれ、おかしいな。魔法が……使えないや。魔法が出ない……いや、魔導のイメージが、湧いてこない。
イメージができないと、魔導を具現化できないのに。イメージするには、頭の中、整理して……しゅ、ちゅ、しない、と……
おっ、か、しいな……なんか、からだが……ふら、ふらして……しかいが……ゆれ、て…………?
「……?」
……あ、れ……なんで、わたし…………けしきが、へん、だ……なんで、ゴルドーラの、あしが、見えているんだろう…………あぁ、いま、たおれ、てるの……か?
なんか、ほおが、つめた、い……し、かたい…………じめんに、よこ、たわって……るのか?
だめだよ、わたし、もう、ちょ、っとで…………あぁ、なんだ、っけ……なんか、やらな、きゃいけない、こと……が……あれ?
……それに、なんだ、か……ねむ、い……な……
「けっ…………うしゃ! ゴル…………ラ…………ニ・ベ……ザ!」
みみに、きこえ、た……あんまり、きこえ、なかったけ、ど…………それをさいごに、して……
わた、しの、いしき……は…………とだえた。
――――――――――
…………激しい音を立てて、会場全体が震えているような錯覚が起こる。実際に揺れているのか、それともそう感じているだけか。
放たれた四つの攻撃は衝突し、大きな爆発を起こした。どちらの攻撃が勝ったのかわからない。
さすがというべきだろう。攻撃の衝突により発生した爆発は、実際に会場を揺らしていた。結界がなければ、観客も残らず巻き込まれていただろう。
それほどまでに大規模な魔術の衝突は、生徒はもちろん、長年学園に勤めている教師でも見ることのできる機会は少ない。
爆発、そして爆煙により観客は……そして審判も、視界の情報を遮断された。そして、それは魔術を放った本人たちも同じ。
エラン・フィールド、そしてゴルドーラ・ラニ・ベルザ。両者の視界には、ただ煙のみが映った。
使い魔であるサラマンドラが残っていれば、あるいはゴルドーラは自由に移動できたかもしれない。使い魔の目は特殊だ。とりわけゴルドーラの使役する使い魔なら、この程度の煙は妨害にもならない。
だが、サラマンドラは力を使い果たしてしまったために、すでにその姿はここにはない。
無論、使い魔に頼るつもりはない。警戒は充分。それに、先ほども規模は違うとはいえ、魔術の衝突に突っ込んだのだ。あと一歩で、エラン・フィールドには逃げられてしまったが。
今回も、同じことをすればいい。この規模の爆発だ、突っ込めば先ほどとは違ってただでは済まないだろう。だが、それはエラン・フィールドも同じ。そう思っているからこそ、虚を突く。
そう考えたゴルドーラは、爆煙の中に潜むエラン・フィールドを探すために突っ込むことを決意する。分身が消えているか、それともまだ残っているかはわからないが……
とにかく、見つけてとどめを刺す。まだ正常に働く頭で、考え、結論を出した。
……考えて、しまった。
「っ……!?」
その、考えるほんの数秒の時間……それが命取りとなることを、ゴルドーラは突きつけられた杖を見つめることで、思い知らされた。
いつの間にか、喉元には杖が突きつけられている。誰の……とは、考えるまでもない。
そこにいたのは、未だ姿は見えずとも、決まっている……エラン・フィールドだ。
ゴルドーラが、爆煙の中に突っ込みエランの虚を突く……その、数秒を考える時間。その間にすでに、エラン・フィールドは爆煙の中へと突っ込んでいたのだ。
まさか、先ほどの自分と同じことを、彼女がするとは……それも、規模の段違いな爆煙を相手に。
撃った魔術は、サラマンドラの炎は……相殺した。火属性の衝突、そこに水属性の魔術も加わったことで、蒸発した水分がいっそう深い煙を生み出した。先ほどとは比べるまでもなく、濃く、そして熱い。
その中を、この娘は……
「……まさか、ここまでとはな」
素直に、称賛に値する。なにも、この行動だけではない……決闘が始まってからの、全てに対してだ。
魔法の使い方や多彩さ、魔術の威力、初めて使用するであろう魔導具の使い方。……対人戦の経験値はないと言った。しかし、彼女はこの戦いの中でも、成長していた。
まだ荒いが、類稀な戦闘のセンス。発想の応用。そしてさらに経験値を積めば……彼女は、よりいっそうに化ける。
不思議と、悔しさはなかった。王族であること、勝ち続けなければならないこと……それはゴルドーラにとって、重みだった。この決闘では、久しぶりにそれを忘れた。
この小さな女の子に、夢中になってしまった。まったく、王族が聞いて呆れる。
だがまあ、こんな結末も……悪くはないのかもしれない。どこか、そんな清々しい気分で、目の前の相手を見つめる。
……煙が晴れ、ついに露わになったエラン・フィールドの顔。それは、どこか誇らしげに笑っていて……
「…………な……?」
エラン・フィールドが視界から消えた……ふと、ゴルドーラは視線を動かす。
そこには、地面に倒れた、彼女の姿があった。
その直後……視界を覆っていた煙が、晴れていく。会場全体を包み込んでいた煙が、晴れていく。
視界がクリアになった周囲の目に映ったのは……立っているゴルドーラと、倒れているエラン・フィールドだった。
「決闘の勝者! ゴルドーラ・ラニ・ベルザ!」
「おぉおおおお!」
決闘終了の合図がなされ……瞬間、会場は沸き立った。先ほどとはまた別の意味で、会場を揺らすほどの歓声が、響き渡った。
誰が見ても、思うだろう……そして、現実に勝敗は決した。勝者が、ゴルドーラとして。
そのゴルドーラは、果たしてなにを思うのか。少なくとも、勝利を与えられた現状を、手放しで喜べはしない。
……俺は、負けていた……
倒れているエラン・フィールドを見て、ゴルドーラは己の敗北を認めた。エラン・フィールドは力尽き、倒れた……しかし、煙が晴れるのがもう少し早かったら……
いや、そんな次元の話ではない。魔導を使う者として……そして、心の問題で。ゴルドーラは負けを認めたのだ。
最後、彼女はボロボロの状態で分身魔法を使い、その上で二重に魔術を唱えてみせた。果たして、自分に同じ真似ができるだろうか?
まして、同じ条件で。彼女にとっておそらく、初の試みだったはずだ……あの状況下で、あのボロボロの状態で、あのようなことを思いつき、実行に移すなど。果たして自分に、同じ真似ができるだろうか?
それに、勝敗を分けた最後の場面。
彼女は、なにも考えることができないほどに衰弱したからこそ、躊躇なく爆煙の中に突っ込んだ。対して、ゴルドーラはまだ正常であったからこそ、考えた。
その時間の差こそが、この結果を生むことになったというわけだ。
必ず、勝つと……そう思っていたからこそ、気持ちが体を動かした。その心は、とても強く……気高い。それほどまでの覚悟が、果たして自分にはあっただろうか。忘れていた、そんな熱い気持ち。
この小さな少女は、自分なんかよりもよほどに……
ゴルドーラは、周囲の歓声を浴びる中で……自分に挑んできた小さな少女へ、確かな敬意と、忘れていたことを思い出させてくれた感謝とを、感じていた。
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