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第二章 青春謳歌編
90話 良き友
しおりを挟む私は、二人の王族……コーロラン・ラニ・ベルザとそのお兄さんの前に、姿を現す。
その場には、二人以外にも三人、いた。お兄さんの側についているから、彼の友達なのだろうか。男の人二人、女の人一人だ。
突然私が現れたことに、王子様はぽかんとしている。
「え、エラン……さん?」
「どもー」
そういう空気ではない……が、私はあえて軽めに、挨拶をする。
王族と対面するって、なんか緊張しそうな場面だけど……全然、そんなことないな。
「な、んで……ここに……」
ま、やっぱり聞かれるよねー。
「あー……トイレ?」
自分でも、なんて下手な嘘なのだろうと思う。もう、ここまで来たらどうとでもなっちゃえとでも思っているんだろうか。
相変わらず王子様はポカンとしたままだけど、もう一人は違う。
「……キミは、エラン・フィールド……だったか」
私を見定めるように、この場にいるもう一人の王族が口を開く。
うわー、近くで見るとすごい威圧感だ。
王子様が爽やかで近寄りやすい雰囲気なら、この人は厳格な近寄りがたい雰囲気だ。
ぱっと見の見た目は王子様と似ているのにな。
「下手な嘘はいい。なにか、用があるのかな?」
あちゃー、やっぱバレますよね嘘。
それに、なにか用がある……って、言い当ててきた。言い当てたって言っても、私自身、なにを言いたいかわかっていない……
……いや、そんなことないな。
「用ってほどでもないんですけど。
ちょっと、厳しすぎやしないかなと思いまして」
「……聞いていたのか」
どうやら、私の今の言葉だけで、さっきの会話を聞いていたことを悟ったらしい。賢い人だな。
私としても、もう下手にごまかすのはやめよう。
「キミには関係ないことだろう」
「……ま、そりゃそうなんですけどね」
それは、ごもっともだ。私には関係ない。他人の家のことに、口を出すべきじゃあない。
それは、わかっているんだ。
……わかっていても、止められない。
「彼は、あれだけのゴーレムを生み出す魔術を使えるんです。それはすごいことなのは、きっと誰の目にも明らか……
それを、あんな言い方して突き放すのはどういう……」
「だが、こいつは負けた。敗北した。話を聞いていたならわかるだろう。
王族に、敗者は必要ない」
……だめだな。こっちの話、聞こうともしない。
それに、さっきから王子様に、弟に向けるとは思えないほどに冷めた目を向けている。
……王族に敗者は必要ない、ね。
「敗者はいらない。強者こそ我が手中に収めたいと思うもの。
……その点、キミはむしろ高評価だ」
「はい?」
高評価……いきなり、褒められた……のだろうか。
いや、褒められている顔ではまったくないんだけど。褒めてるつもりなら少しくらい微笑んでくれない? 睨まれてるみたいで怖いんだけど。
「その実力の高さ……魔導の精密さ。それだけでない。この状況において、その肝の太さ……実に、好ましい」
「そりゃ、どうも……?」
なんか、褒められている気がしないんだけど……ゴーレムを倒したさっきの魔術が、評価されているんだろう。
だけど、私自身のことを褒められても仕方がない。
私のことよりも、弟のことを……
「どうだ、我が友人として、この手を取るつもりはないか」
……はい? 友人? 今、そう言ったの? 飛び過ぎじゃない?
聞き間違いじゃないよな……王子様は、驚いた表情を浮かべている。周囲の三人も、彼ほどではないけど。
もしかして、それほどに珍しいことなのかな。
「友人、ですか」
「あぁ。俺が友として自ら手を差し伸べることなど、滅多にないことだ。なぁに、学年の差など気にする必要はない。俺は、その者の中身を見て判断する」
……すごい偉そうだなこの人。友達ってこうだっけ?
ただ、好ましい、という言葉通り、私に興味を抱いてくれているのはわかるんだけど……
「ったく、相変わらず突拍子もない奴だなぁ」
そこで初めて、別の男の人が口を開いた。その口ぶりは親しげで、これまでにも似たようなことはあったのだろう。
この人は彼の友達なんだろうか。
他二人の顔も、似たようなものだ。呆れたような、しょうがないなという顔だ。
「にしても、新入生を誘うとは思わなかったが」
「言ったはずだ、俺は学年は気にしない。
もしも、一人が不安なら……向こうで隠れている者も、共に来るがいい」
「ふぇ!?」
「友人か? キミの友人ならば、一人や二人くらいは構わぬ」
あらら、クレアちゃんが隠れてるのバレてるよ。
いきなりのことに、クレアちゃんは動転して飛び出してきてしまった。
……クレアちゃんと一緒に、この人の友人……ね。
「……友人、ですか。それもいいですね。
私、この学園で友達をいっぱい作るのが、一つの目標なんです。あなたなら、いろんな人脈もあるだろうし、夢が叶いそう」
こちらに駆け寄ってくるクレアちゃんの姿を見つめながら、私は言う。
この学園で、魔導を学ぶ以外に友達を作る目的があるのも、事実だ。
それが、向こうから友達になろうと言ってくれている。
「ふむ、正直だな。嫌いではないぞ」
私の答えに、彼は満足そうにうなずいて……
「では、エラン・フィールド。
そんな敗者など忘れ。我が友として、この先の道を共に歩もうでは……」
「だけど……ね。お断り、だよ」
「……なに?」
吐き捨てるような私の言葉に、それまで上機嫌そうにしていた彼が、初めて私に対して、不機嫌そうな雰囲気を見せた。
空気が、変わる。クレアちゃんは、ガタガタ震えている。
けれど私は、言葉を止めない。
「あんたと友達になる? そんなのお断りって言ったの。
あんたと友達になるより、私はこっちの王子様……コーロランと友達になる方が、万倍嬉しいね」
「!」
それまで、黙りっぱなしだった王子様が初めて、反応を示した。自分は会話に置き去りにされたと、思っていたのだろうか。
クレアちゃんと、王子様を背に……私は、目の前の男を見上げる。
そして、私は……太ももに付けたホルダーから杖を抜き、手に持ち。それを、眼前の男へと向ける。
杖の切っ先が、目の前の男へと。突きつけられるような形になった。
そのまま、杖の切っ先を……チカ、チカ、チカ、と、三度光らせる。
それを見た瞬間、彼はピクリと、眉を動かし……反応を見せた。
「……貴様……その意味は、わかっているのだろうな」
「もちろん」
「……そうか。
良き友に、なれると思ったのだが」
心底残念そうに、男は言う。
私も、できるなら友達になれる可能性のある人は、その可能性を潰したくはなかったんだけどね。
彼は、彼の取り巻きは、王子様は、そしてクレアちゃんは。
私の行動を見て、それぞれなにを思っただろう。
「私は……」
この行動の意味、それはこの場にいる者なら、いや学園に在籍する者なら誰でもわかるものだ。私は、クレアちゃんに教えてもらったんだけどね。
対象となる相手に、杖を向けて……その状態のまま、杖の切っ先を三度、点灯させる。
これは、意味のある行為。私が、まさか自分で使うとは思わなかったけど。
この、行為の意味。それは……
「私、エラン・フィールドは。
ゴルドーラ・ラニ・ベルザ。あなたに、決闘を申し込む」
決闘を申し込むサインだ。
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