85 / 769
第二章 青春謳歌編
83話 魂の叫び
しおりを挟む「あーもう!
なんなのあいつ!」
結局棄権してしまった筋肉男。
意味の分からない言葉を並べた挙げ句、意味の分からない理由で棄権するなんて……
本当になんなんだあいつ!
「……お気持ちはお察ししますが、わたくしとしてはあの筋肉の方とお話をしている片手間にこちらの攻撃を全て捌いていたフィールドさんこそ、なんなのあなたって感じですけど」
「えぇ?」
なぜか、ノマちゃんに不服そうな表情を向けられてしまった。
……まあ、もういいや。あいつのことは忘れよう。
そう、あんなやつは初めからいなかった。それでいいじゃないか。
私たちは、改めて、試合に望むことに……
「フィールド様」
「おわっふぉおおお!?」
決意を新たにしようとしたところに、突然後ろから声が。
その、いきなりのことに私はひどく驚き、間抜けな声を出してしまった。
同時に、飛び退き距離を取りつつ、背後にいた人物を見る。
そこにいたのは……
「か、カゲ、くん?」
「お久しぶりでございます」
ぴんと立ち、丁寧な姿勢でお辞儀をしてくるのは、カゲ・シノビノくんだった。
ノマちゃんの、お世話係という男の子だ。
カゲくんの家、シノビノ家は、代々ノマちゃんの家エーテン家に仕えているらしく、その影響でお世話係の役についているらしい。
というのも、私がカゲくんと初めて会ったときに、その事情を聞かされて……
って、今はそんなことはどうでもいい!
「ノマちゃんと、一緒のクラスだったんだ」
「はい。
この上ない幸福にございます」
いちいち言葉遣いが大袈裟なんだよな、この子……
この場にいて、且つ私のクラスにいないって時点で、彼がノマちゃんのクラスと一緒だということがわかる。
つまり、この試合においては敵同士のはずだ。
にも関わらず、私の背後を取っておきながら、攻撃することはなかった。
……背後を取られたのに、気配を感じなかった。
「舐められてる、ってことかな」
相手の背後を取ったのに、攻撃するどころか声をかけ、自分の存在を明かす……
舐められているといっても、不思議じゃない。
私たちの部屋に音もなく侵入したり、ただ者じゃないとは思っていたけど……まさか、ここまでとは。
ワクワクと、同時に舐められたという悔しさとが、同時に湧き上がってきて……
「フィールド様、お尋ねしたいことがあります」
「……なに?」
冷静な様子で、私に尋ねたいことがあるなんて、言ってきて。もしかして……
『思ったより、たいしたことないんですねぇ』
なんて、とんでもないことを言われるんじゃないかと覚悟をして……
「先ほどの、筋肉のお方……
あの方の、お名前を教えてもらいたい」
「……ん?」
考えていたこととは、全然違うことを言われた。
……えぇと?
「筋肉男の、名前?」
「はい」
「……なんで?」
なんで、ここで筋肉男の話が出てくる。
カゲくんは、なにがしたいんだ? 私の背後を取ってまで、なにがしたかったんだ?
私の問いに、カゲくんは……
「なぜ、と……それは、その……
素敵な、筋肉をお持ちの、素敵な方だなと、思い……少し、気になるだけで……」
なぜか、頬を赤く染めながら、照れくさそーに口を開いた。
なぜか、少しもじもじしている。
え、なに……私、なにを見ているの? これはなんなの?
ふと、頭の中で思い出す。
『カゲの恋愛対象は、異性ではないのですから』
『ノマお嬢様はもちろん、フィールド様にも手を出すなんてことはありえませんので、ご安心を』
「あぁああああぁあ!?」
「!?」
これかぁああああ!?
確かに初めて会ったとき、こんなこと言ってたよ! カゲくんは、女の子じゃなくて男の子に興味があるんだよ!
するってぇと、あれか!? この、話の流れは……
なぜか筋肉男の話題、頬を赤らめるカゲくん、少し照れてるっぽい、恋愛対象……
バラバラたったピースが、嫌なことに一つになっていく。
「か、カゲ、くん……」
「まったく、カゲ。そんな私情で、わたくしとフィールドさんの戦いに割り込んできたんですの?」
「申し訳ありません、ノマお嬢様。
しかし、湧き上がる己の気持ちを、抑えることなどできず……」
「……」
周囲がドンパチやっている中で、私はなにをしているんだろう。
私は、背後を取られた。気配に気づけなかった。いくら周囲でが騒がしいからと言って、だからこそ気を配っていたはずなのに。背後を取られて、けれど、攻撃はされなくて。
その理由が……よりによって、筋肉男の名前を、知りたいから……なんて……
「うっ、私……どうしたらいいんだよぉ!?」
「名前を、教えていただければ」
もー!
友達のお世話係が筋肉男に興味を持つし、その本人は早々に棄権するし!
なんなんだよこれー!
私の魂の叫びがこだました。
――――――
「はぁ!」
一人の少年が、剣を振るっていた。彼の名は、イザリ・ダルマス……以前エランと決闘をして、完膚なきまでに負けてしまった。
それ以来、彼は徹底的に、自分を見つめ直した。あれからの短い時間で、どれだけ成長できたのか……この試合は、それを試せる絶好の機会だ。
先ほどは、クラスメイトのブラドワール・アレクシャンが棄権するという想定外の事態が起こったが……
あんなのは、初めからいなかったものと考えよう。
自分は、将来ダルマス家の名を背負って立つ男。この剣は、その証……家宝だ。
この試合で戦果を上げてこそ、自分の大きな自信になる。
「お前、ダルマス家の長男だな?」
「!」
固まっていたクラスメイトは相手クラスの策略でバラバラになり、さらに飛び交う魔法の影響で戦況は混乱を極めていた。
そんな中で、イザリもまた、戦いに身を投じていて。
目の前にいる、相手クラスの男は、不敵な笑みを浮かべている。
獲物を前に、舌なめずりをするハンターのようで。
「へへ、聞いたぜ。お前、決闘をして負けたらしいな」
「……」
「ダルマス家の長男といえば、魔導剣士としての資質があるって話に聞いてたが……
どうやら、噂にゃ尾ひれがつくものらしい。いやいや、別にしょうがないとは思うぜ? 相手はあのグレイシア・フィールドの弟子だってんだからな。
けどまぁ……しょせんは聞いたこともない女に負けるあたり、底が知れらぁな。そんな弱っちぃてめえを、ここで俺様が、完膚なきまでに……っ!?」
「話が長い」
……次の瞬間には、男は倒れていた。
イザリは剣を振るい、刀身についた血を払う。結界の中で一定以上のダメージは無効化されるとはいえ、血は出るのだ。
男の話を最後まで聞くことはなく、イザリは勝負を決めていた。その剣の速さたるや、身体強化の魔法を使っていないのに、以前エランと決闘した際に身体強化して見せた動きと、同等の速度を有していた。
「確かに、俺はエラン・フィールドに負けた……
だからといって、俺がお前よりも弱い理由には、ならないだろう」
結界外に弾き出される男を背に、イザリ・ダルマスは再び混乱の中へと飛び込んだ。
10
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました
瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。
レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。
そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。
そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。
王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。
「隊長~勉強頑張っているか~?」
「ひひひ……差し入れのお菓子です」
「あ、クッキー!!」
「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」
第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。
そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。
ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。
*小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる