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第二章 青春謳歌編
幕間 その頃残された三人は
しおりを挟む……エランが去り、残された三人は、魔石採集を再開していた。
三人とはいえ、それはチームメンバーの数。実際に動いているのは、二人しかいない。
「……エランさん、遅い、ですね」
そう呟くのは、キリア。平民である彼女は、正直この空間がいたたまれない。早くエランに帰ってきてほしいと願うばかり。
なにせ、自分は平民で、そこにいるのは貴族なのだから。
その気持ちを知ってか知らずか、彼女と少し離れたところにいた人物は口を開く。
「ったく、どこでなにやってんだか」
それは、イザリ・ダルマスのもの。キリアは、はっと口をふさぐ。まさか自分の言葉に反応するなんて。というか聞こえていたのか。
半ば独り言のようなものだったのだが。
彼は憎らしげき舌打ちをする。初めは魔石採集に乗り気ではなかったものの、エランに乗せられて魔石採集に参加したようなものだ。
その、人を焚き付けた本人が、この場にいないとは。
サボっている、とはあの性格から考えにくいが。
作業していた手を、ふとイザリは止めた。
それから、視線は地面に落としたまま……
「大丈夫なのか?」
「……え、私ですか?」
こくり、とイザリはうなずく。
まさか、自分に話しかけられるなんて……しかも、それはなにかを心配するような、言葉だ。
しかし、なにか心配されるようなことがあっただろうか。
「さっき、倒れかけたろ」
「あ……」
そこまで言われて、ようやく思い至った。
キリアは、先ほど倒れかけた。原因は、魔力酔いによるものだ。
魔力酔いとは、魔力を強く感じることができる者が陥りやすい現象。その原因は様々あるが……
彼女の場合、人よりも魔力の流れをを感じやすい。それだけならば、なんの問題もないが……そこに、突然として膨大なまでの魔力が流れこんでくれば、別だ。
人波に酔う、という言葉があるが、それを魔力に置き換えたようなものだ。
膨大な魔力の流れに当てられたことで、体調を崩してしまった。しかも、キリアがこれまでに感じた程のないほどに、膨大且つ邪悪な。
もちろん、魔力の大きさだけで言えば、エランを見ているから特に大したことはないのだが……
「はい、すっかり……とはいきませんが、問題ありません。
ご迷惑をおかけしました」
「ふん」
貴族の、それもダルマス家の長男である男が、平民の自分なんかを心配してくれるとは。
口こそ悪いが、いい人なのでは……と、キリアは思い始めた。
彼の評判は、噂程度にしか聞いたことがない。
貴族至上主義……彼に限らず貴族であれば、ほとんどがこの価値観を持っている。
平民はもちろん、自分よりも身分の低い者を見下す傾向がある。それでも、貴族同士であれば多少の節度なりは存在するが……
イザリ・ダルマス。彼もまた、例に漏れず貴族至上主義の人間で、平民を見下している人種だ。それどころか、自分よりも階級が下の貴族にも偉そうな態度を取り、一部では評判が悪い。と。
だが、今ここにいる彼は、こうしてキリアのことを心配してくれている。
本当は元からこういう性格なのか……
それとも……彼の中でなにかが変わったのか。そう、例えばエランとの決闘を経て……
「で、てめえはいつまでそこにそうしてるんだ」
「……んン? もしやワタシに言っているのかイ?」
「以外にいねえよ」
軽く舌を打ちながら、イザリは上空に話しかける。
……否、上空ではなく、木の上だ。そこに優雅に寝転がる、一人の男に。
クラスメイトであり、残念ながら同じチームのメンバーとなった、ブラドワール・アレクシャン。
彼は、しかし魔石採集には協力せず、木の上に寝転がり鼻唄さえ歌っているのだ。
共に、エランにダルマ男、筋肉男と変なあだ名を付けられた者同士ではあるが、その共通点があったところで二人の相性は、最悪だ。
「愚問だねェ。ワタシがそのような、泥臭い遊びに参加するとでもモ?」
「遊び、って……」
ブラドワールは、悪びれる様子もなく言う。
その言葉に、返す言葉がないのはキリアも、そしてイザリも同じであった。正しくは、返すつもりもないのだが。
貴族という存在は、平民にとっては憧れと恐れのある、自分たちの理解が及ばない存在だ。だから、貴族の考えていることは時に、自分たちの想像の上を行く。
行く、のだが……彼のことは、どれだけ考えてみてもまったくわからない。
自分を正しいと信じて疑わず、何者にも左右されない精神というのは貴族らしいと言えばそうだが……
彼、ブラドワール・アレクシャンの家、アレクシャン家は、有名貴族を多く輩出している。
しかし、そのどれもが、変わり者だったという話。
彼を見ては、その噂も真実だと結論づけざるを得ない。
「ちっ」
イザリの方は、これ以上関わるのはやめたらしい。舌打ちをしつつ、背を向ける。
仕方ないのでキリアも、魔石採集へと戻るが……
「……なんだか、森が騒がしい、ですね」
先ほどから、地鳴りのような、かと思えば空気が震えているような……そんな、感覚があるのだ。
それに、感じていた魔力とは別に、もっと大きな魔力が動いているのも、キリアは感じていた。
なにか、この森で起こっているのだ。
もしかしたら、エランはその異変を察知していたのか。あのとき、悲鳴のようなものが、聞こえた気がするし……
「案外、魔獣でも出ていたりしてねェ」
「えぇっ、魔獣、ですか!?」
ふと、まさかのブラドワールの声が落ちてくる。その内容に、キリアは驚きを隠せない。
もしその通りなら、騒ぎなんてもんじゃない事態になっているが……
しかし、それをイザリは鼻で笑う。
「ふんっ、そんなわけがないだろう。
この森は魔導学園の敷地内だぞ、魔獣なんて入り込める隙はない」
「そ、そうですよね」
「生徒を魔獣と戦わせる、そんな授業はこの先あるかもしれないが……危険を禁じた時点で、この森に魔獣を放っておく理由もない。それも、魔石採集の授業で」
可能性は、なくはない。
魔獣を放ち、それと生徒と戦わせる。もちろん、安全を考慮した上で。
しかし、それを入学二日目の生徒に強制するとは思えない。それに、今回の実習は魔石採集だ。
危険は事前に先生たちが排除してある。魔獣のような危険なんて、あるはずもない。
「少し考えればわかることだ」
「……そうだねぇ、魔獣なんテ……出てくるわけがない、サ。フフッ……」
薄く笑みを浮かべる彼の姿は、当然二人には見えなかった。
……その後、先生により一同は集められ……
トラブルが発生したため、魔石採集の実習は中止すると、連絡があった。
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