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第二章 青春謳歌編

65話 ヘトヘトに疲れたよ

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「ふはぁ、疲れたぁ」

 膝をついた私は、再びどっとため息を漏らす。
 魔獣との一戦……師匠がいない中で初めての経験だったけど、こんなに疲れるなんて。

 けれど、目の前で立派な氷像になった魔獣は、もう動かない。
 それに、周囲にも被害は出てないようだ。

「す、ごい……」

「あはは、扱いを間違えたら、対象以外も凍っちゃうんだけどね」

 魔術とは、使えるようになってもそのコントロールになお、時間を要する。
 コントロールを間違えれば、自滅してしまう可能性も高くなる。今の魔術なら、扱いを間違えれば魔獣以外周囲の景色も凍ってしまう。

「おーい!」

「おっと」

 ふと、声が聞こえた。私たちのものではない。
 声の方向に首を向けると、そこにはこちらに駆けてくる先生の姿があった。
 多分、ラルフクラスの担任だ。

 騒ぎを聞きつけて、ここまで来たのだろう。
 それを確認して私は、ルリーちゃんに杖を向ける。

「え」

「じっとしてて」

 イメージするのは、風と水……分量を間違えるな。
 師匠と暮らしていたとき、いつもこの魔法で服を洗っていた。そして、今朝、ピアさんが同じような方法で、自分の体をきれいにしていた。

 また少し魔力を消費しちゃうけど、仕方ない。
 ルリーちゃんの体を、水で汚れを流して、風で乾かす。どちらかの力が大きすぎてもいけない。

 作業は一瞬だ。ルリーちゃんの体は、たちまちきれいになる。

「これでよし、と」

「あ、え、エラン、さん?
 なんで……私は、怪我すらしてないのに……汚れ、なんて。まずは、自分の怪我を……」

「いや、あのままってのは……」

 自分の体をきれいにするくらいなら、私は自分の怪我を治すべき……ルリーちゃんは、そう言っている。
 それも言い分はわかるけど、それを後回しにしてでも私は、ルリーちゃんの体をきれいにしておきたい理由があった。

 ルリーちゃんの顔は、涙と鼻水でまみれていた。
 それだけならともかく、下の方は失禁までしていて……

「あれを、見られるのはさすがにね……」

「……!」

 そこまで言って、気づいたのだろう。ルリーちゃんは顔を真っ赤にして、内股で座り込んだままスカートをぎゅっと押さえる。
 あんな姿、誰にも見られたくないはずだ。しかも、ルリーちゃんの担任は男の人だし。

 そういう意味で言うなら、ルリーちゃんのチームメイトは気絶してくれていてよかった。
 あっちで座り込んでいる先生も、こっちを気にする余裕はないみたいだし。

「あ、私はその、なるべく早く忘れるから!」

「……」

 さすがに、魔法で記憶は消せないしなぁ……私だって、同じような立場だったらさっさと忘れてほしいと思うし。
 うん、頑張ろう。

「な、なんじゃこりゃ!
 ま、まさか魔獣……か?」

「えっと、とりあえず……あっちで、サテラン先生の治療をお願いしてもいいですか」

「なに……?
 ……さ、サテラン先生!?」

 ラルフクラスの先生は、大木に寄りかかっているサテラン先生を発見し、驚愕した様子。私は軽症……かはわからないけど、ルリーちゃんに怪我はない。他の生徒も気絶しているだけ。
 ならば、治療のために優先すべきなのは、サテラン先生だ。

 魔獣にとっては、私たちがハエを叩くのと同じような感覚。しかし私たちにとっては、それだけで死にかけるほどの威力。
 それをまともにくらい、しかも大木に打ち付けられたのだ。傷は深い。
 が、絶対に治してほしい。

 先生がいなかったら、魔獣を倒すことはできなかった。もしできても、そのために被害は広がっていただろう。
 魔術詠唱の際、先生のフォローのおかげで、安心して魔術を使えたのだから。

「早く、先生を……」

「わ、わかった! お前たちも、じっとしておくんだぞ!」

 焦ったように、先生は走っていく。サテラン先生の様子は、任せておけばいいだろう。
 こんなに力を使ったのは久しぶりだからだろうか、あまり動きたくない。

「わ、なんて傷……!
 だが、血が止まっているのが幸いだな」

 と、サテラン先生の様子を確認した先生は、彼女の治療に当たっていく。
 さすが魔導学園の先生だけあって、回復術も使えるようだ。よかったよかった。

 血が止まっている……のは、実は私がやったことだ。
 先生が魔獣にやられた時点で、精霊さんに呼びかけて出血を止めた。応急処置ってやつだ。
 さすがに、傷の手当てなんかは余裕がなくて難しかったけど。

 ともあれ、それをわざわざ言うつもりはないけど。

「エラン、さん! 私、治します!」

「ぉ……悪いね、もうヘトヘトで」

 その場に寝転がる私。その腹部、傷口に手を当て、ルリーちゃんが魔力を込める。
 魔導は、なにも攻撃や防御のためだけではない。傷を治す、これも立派な魔導だ。

 とはいえ、魔法では自分の魔力の許容量以上の傷は簡単には治せない。この程度の傷なら大丈夫だろう。サテラン先生の方は、ちょっと苦労するかもしれないけど。

「……」

 ルリーちゃんの魔力によって、傷が癒やされていく……その感覚をあたりがたく思いながら、私はふと考える。
 あの、魔獣のことだ。

 あいつは、エルフを狙っていた。言葉の意味をわかっているかはともかく、状況からそう判断するしかない。
 それが、ルリーちゃんを執拗に狙った理由であり……私が勝機を掴めた理由でもある。

 魔獣は、エルフを殺すことだけを目的として動いていた。そこに、戦略も知略もない。
 もっとも、言語を話したとはいえ魔獣に知能があるかは別だけど。

 もしも、魔獣が"私を殺すためだけ"に行動を変えていたとしたら、結果はわからなかった。

「エランさん、痛くないですか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

 あのとき、魔獣は私を敵と認識し狙ってきた……とはいえ、それは正確には"エルフを殺そうとする自分の邪魔をする目障りな敵"という認識だろう。
 私個人を狙ったわけじゃなく、私の後ろにいたルリーちゃんを狙った延長線上に過ぎない。
 私だって、ずっとルリーちゃんを庇うように立っていたんだし。

 それに、あの四本の腕。魔獣は、その数の有利を全然活用しなかった。片手で拳を振るったり、触手を動かしたりしただけ。
 もしも魔獣が、それに加えて四本の腕を駆使していたら。それだけで、私の戦術は大きく変えられただろう。

 なにより、最初からルリーちゃん一択狙いではなく、ルリーちゃんの魔術を受けた後のようになりふり構わずあちこちに攻撃されていたら。
 私はより、防戦一方になっていただろう。

「はい、終わりました」

「ん、ありがとうね、ルリーちゃん」

「いえ、こちらこそ……」

 傷口も治った。さすがはルリーちゃんだ。
 私は、ゆっくり起き上がる。

 ……そういえば、ルリーちゃんの魔術。魔獣の視覚を封じるほどの強力なものだったけど……
 あれは、私、知らない感じの魔術だったな……火でも、氷でも、風でも雷でもない。

 ……闇、か。
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