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第二章 青春謳歌編
62話 その涙の理由は
しおりを挟む……エランがルリーの下に到着する、少し前。
「急げ、急げ!」
魔石採集の実習中……
私の耳に聞こえたのは、確かにルリーちゃんの悲鳴だった。
この実習は、私たちのクラスだけでなく、別のクラスどの合同だ。別のクラスも、この森に入っていることになる。
そして、そのクラスこそラルフクラス……ルリーちゃんの所属している、クラスだ。
魔石はモンスターが好む、魔力のこもった石。だけど、先生たちはここの安全は確認していると言っていた。
ならば、この場所での魔石採集なんて、危険はないはず……なのに。
「……いた!」
自分でもただ一目散に走っていた。魔力によって視界をクリアにし、身体強化で脚力の速度を上げ、目を凝らして、先を見る……そこに、ついに見つけた。
開けた場所、ざっと十メートルはあるだろう大木に迫るほどの巨体……
その側に、誰かがへたり込んでいる。
……いや、誰かなどではない。
「ルリーちゃん!」
あの巨体は、今にもルリーちゃんを押し潰そうと、手を伸ばしている。
あんなものに潰されたら、人間なんてぺちゃんこだ。ぐちゃぐちゃになってしまう。
なんで、ルリーちゃんは逃げない……いや、逃げられないんだ。
今から声をかければ……いや、もうルリーちゃんが動いても、間に合わない。
だったら……!
「っ、当たってよ!」
私は杖を取り出し、巨体へと差し向ける。
頭の中で、具現化する魔力のイメージを……いや、そんな時間も惜しい!
「アイスボール!」
私は、頭の中でイメージを練るのを中断し、放つべき魔導に付けた"名前"を口にする。
その直後、杖の先端に魔力が集中し……次の瞬間には、アイスボールと名付けた氷の玉が、撃たれていた。
魔法を使う際、魔導のイメージを頭の中で手っ取り早く繋げるため、名前をつけることがある。今みたいに、氷の玉ならアイスボール、とわかりやすいものが好ましい。
名前とは、そのものを象徴するイメージだ。名前をつけることで、名前を口にすることで"それ"をパッとイメージすることができる。
これが、手っ取り早い魔法の撃ち方。
放たれた氷の玉は、一直線に巨体へと向かっていき……
「ギャァア!?」
激しい音を立てて、命中した。
よし、バランスが崩れた! 今のうちに……!
「とうっ」
助走をつけて飛び……着地。ルリーちゃんを背に、巨体を睨みつける。
巨体が倒れ、周囲には土煙が舞う。
とはいえ、すぐに動き出す様子はない。
私は、後ろに首を回す。
「ごめん、遅くなった!」
「エラン、さん……!」
……目にしたルリーちゃんの姿は、私の想像を遥かに超えてひどいものだった。
フードは取れ、きれいな銀髪や尖った耳が露に。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、座り込んでいても足は震え、彼女が尻をついている地面が濡れていた。
ひと目見て、ルリーちゃんがひどく怯えていることが、わかった。
「ルリーちゃん、もう大丈夫だから……」
「エラン、さん……エラ、ンざぁん……!」
なるべく安心させるために声をかけるけど、エランちゃんは泣き出してしまう。
私が来て安心し、緊張の糸が切れた……のだろうか。
だとしても……その泣き方が、どこか異常だ。まあ、ルリーちゃんが泣いているところを見たことは初めて会ったとき以来ないんだけど……
人目も憚らず、号泣している。見ているのが私しかいないとはいえ、だ。
ルリーちゃんは……強い子だ。
ダルマ男たちに、ダークエルフだと罵られても、こんなに泣きじゃくってはいなかった。
それなのに……
「グ……ゥウ……!」
「!」
おっと……起き上がってきたか。ていうか、さっきの魔法ほとんど効いてないな。
ルリーちゃんには落ち着いてほしいけど……この状況じゃ、難しい。
……ルリーちゃん以外に、三人の生徒が倒れている。ルリーちゃんのチームメンバーだろう。
気を失っているが、パッと見生きている。それに、気絶しているおかげでルリーちゃんがエルフだと、バレていない。
さて……先ほどのルリーちゃんの悲鳴。そして衝撃音。
それに、気づいた人もいるはずだ。もうじき人が増える。
そうなれば、この変な巨体だって、倒すことも……
「って、なんだこいつ。きも……」
「グゥウ……エルフ……コロス……!」
「!?」
起き上がる巨体の姿を改めて見て、思わず気持ち悪いと口に出る。顔がなく、あるべき場所からなんか、うねうねしたものが生えている。
それに、お腹に口のようなものが横開きに開いている……牙もあるし。けど、実際にそこから声が出ている以上、それは口なんだろう。
ていうか、これ魔獣だよね。
でも、私が衝撃を持ったのは、あとに続いた言葉だった。
「エルフ……殺す?」
聞き間違い……と思いたい。それとも、それは意味のない言葉ってだけか。
そもそも、魔獣の中でも言葉を話すものは"上位種"とされる。そんなものが、ここにいることにも驚いたが……
魔獣は喋るとはいっても、それは人間の言葉を真似ているだけで意味のないものだ。そのはずだ。
だから、なにを話してもそこに意味はない……はずなのに。
「ルリーちゃんを、狙ってる……?」
実際に、魔獣はルリーちゃんを狙っている。これが、例えば「ニンゲンコロス」とかで私が狙われたなら、そういうこともあるだろうで終わる。
けれど、人間ではなくエルフだ。エルフは、この学園に……それどころかこの国に、多分ルリーちゃんしかいない。
正体を隠して暮らしている可能性もあるけど、それでも多くはないだろう。
そんな中、ピンポイントにルリーちゃん……エルフを、狙いに来た?
これは果たして、偶然か……?
「って、考えてる時間もないか」
起き上がった魔獣は、私に狙いをつける。完全に怒らせちゃったか。
ふん、怒ってるのは私だ。
とはいえ、咄嗟に放ったとはいえアイスボールが効いていない。
ここは森だから、火を始め高火力の魔導は使えないし……
さて、どうしようか……
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