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シルビィとシオ
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「なんだって? 一体誰がこんな馬鹿な事を?」
メガネを掛けたオールバックの野獣――――、という表現が似合いそうなナシシ市長テッテツが、目の前に座る仏頂面のドワーフに驚いて問う。
「わからん。巧みに伝票を改ざんして、帝国に鉱石を流した奴がおる。こっそりと魔人族の秘書に【読心】で怪しいと思える従業員を片っ端から見させたが、それっぽい奴はおらんかった・・・」
鉱山王と呼ばれるドワイト・ステインフォージは、オーナーにも拘らず、よく鉱山に出向いて指揮をしている。なので経理に関しては、信頼できる従業員に任せっぱなしだった。
「このまま各種鉱石の取引値段が下がり続ければ、従業員の解雇もやむなしじゃわい」
しかしそんなドワイトに、ヒジリは顎を擦りながら反論した。
「それだけは止めておいた方がいい。私が設置した機械の操作にもそれなりの技術がいる。そろそろ従業員も使い方には慣れてきた頃だ。スキルを身に着けた従業員を捨てるのは勿体無い。それに彼らだって生活の安定を求めるものだ。簡単に解雇する雇い主は信用しなくなるし、次に君が募集をかけた時、解雇した従業員達は他の仕事に就いていて見向きもしない、なんて事もあり得る。雇用が増えた今、労働力は引く手数多なのだよ、ドワイト。よく考えて行動することだ」
「ふむ・・・。しかしな・・・。そうじゃ! いっそ、外国から安い労働者でも入れるかの?」
「それはもっと愚策だな。そうなれば恐らくだが、帝国のスパイがどんどん入ってくるだろう。今回の件が帝国と関わりがあるかどうかは知らないが、産業スパイによる被害は、この程度じゃ済まなくなるだろうし、住民と外国人労働者の間で起こるいざこざはどうするね? 文化や宗教の違いから起きる摩擦を放置し、ステインフォージ鉱山会社とは全く関係のない住民に尻拭いさせたりすれば、その怒りの矛先は君に向くだろう」
「しかし安い労働力で経済が回れば、うちと関係のない者にもいずれ恩恵が巡ってくる。無関係とは言えんじゃろ」
「君が利益を溜め込まずに、従業員や住民に気前よく、目に見えるような形で還元すれば、いくらか我慢してくれるかもな」
「陛下はさっきから否定ばかりで代案を出さんな。はぁ・・・、いっそレイバーみたいな装着型鉄傀儡ではなく、自分で考えて動く鉄傀儡でもいればな・・・」
「それも無理だ。私の貧乏王の名は伊達じゃないぞ。そんな高性能なアンドロイドを投入したら、BPがいくらあっても足りん。古い技術だと無料なのだから、それで我慢してくれ」
時々ヒジリ王はわけの判らん事を言うな、と錆色の髭を撫でながらドワイトは思う。発した彼の言葉の何割かは理解出来なかったが、自分の鉱山で使っている鉄傀儡や設備を、ヒジリ王が無料で手に入れた事を知る。
(お人好しのノームに貰った技術か? 中抜きしおって)
と、ドワイトは悔しくなったが、そもそもノームの住む島にまで行くのが大変なのである。
敵対している帝国領を通らないと行けないし、すんなり帝国に入れても、馬車が通れる街道は海岸の遥か手前で終わっている。そこからは、海岸までは危険な湿地帯を歩いて進む事になる。
誰彼構わず襲ってくる危険なヒュドラーやリザードマンを掻い潜ってどこかで船を借り、更に危険な海を航海して島へ行けたとしても、変人で早口のノームとの交渉が待っている。
その見返りが鉄傀儡と鉱山設備だけというのは、全くもって割が合わない。幾らそれらが便利だとしてもだ。
(やはりヒジリ王は凄いな。光属性のわしらドワーフがそんな事をすれば、旅は更に困難なものになる。人を雇って丸投げなどしたら、経費はもっと莫大になるしな)
「暫くは樹族国に宝石などを売って凌いでくれたまえ、ドワイト」
「ふん、あんな光るだけの石を何故、樹族が欲しがるのか判らんわい」
「符魔して高く売るのでしょう。宝石は魔法を篭めやすい。グランデモニウムの魔人族は、武器や防具に符魔するのを好むが、彼ら樹族の符魔師は、装飾品に魔法を籠める事を好む」
テッテツはそう言ってメガネを中指で上げた。
「では、魔人族が符魔をした宝石を売ればいいじゃろううが」
鉱脈や鉱山の事以外に疎いドワイトに、ヒジリは即答する。
「そうなると関税がかかってしまう。ただでさえ高い品物が、更に高くなって誰も買わない」
「その関税を何とかするのも、王の役目ではないか?」
否定ばかりするヒジリ王にドワイトが噛み付いた。
「向こうだって自国の利益や産業を守らねばならんのだ。魔人族の魔法の篭った高品質な装飾品を売れば、樹族の符魔師に勝ち目はない。それに敵に塩を送ってどうするね? そんな良い物を樹族に渡したら、今の五分五分の力関係は破られてしまうだろう。こちらには魔人族の強力なマジックアイテムがあるからこそ、魔法の不得手な者が多い我が国の戦い手達が、樹族の魔法から身を守れるのだ」
「この国には符魔師が多いというのに、勿体無いのぅ」
「仕方あるまい。現状ですら闇取引で、樹族国に売りつける者がいる。私の知り合いにも、全財産を投じて歩くマジックアイテムと化した者が一人いるぞ。恐らくあれもグランデモニウム王国製装備だろう」
ヒジリはシルビィの黒い全身鎧を思い浮かべる。
が、途中から彼女の顔が変顔に変わった。ヒジリが彼女を見る時は高確率で、奇妙な顔をしているのだ。なので、その印象がついてしまったのだ。
(そういえば、久しく会っていないな)
「とにかく、直ぐにでもウメボシを鉱山に向かわせて、売り物になりそうな新しい素材を探させる」
「まぁ・・・。陛下がそう言うなら従うが。色々と恩があるしの」
「では市長、ゴデの街の経済特別区化と、運搬輸送路の開発についてだが・・・・」
シルビィは休日を部屋で悶々として過ごしていた。枕に顔を埋め足をジタバタさせている。
「あー! ダーリンに会いたい! 最後に会った時は暗い話しかしてない・・・。もっと楽しい話がしたかったぁ!」
枕に顔を擦り付けると、少年漫画の主人公のような赤い癖毛がワサワサと動く。
それから気が済むまで枕に顔を擦り付け、ピタリと動きを止めた。
「はぁ・・・明日はクロス地方の闇市の取締か。外国が絡むから仕方がないのだろうけど、そんな仕事は別に独立部隊にやらせなくてもいいだろうに。そうだ! グランデモニウム王国との国境だし、偶然ダーリンと出会えないかな・・・。っているわけないか。ダーリンはもう一国の王なのだぞ」
むくりと起き上がって鎧掛けを見る。そこにある高価な魔法鎧は、対チャビン用に買った私物なので、自分の部屋にあるのだ。
「転売されて流れてきたとはいえ、私もこれを闇市で買ったようなものだな。グランデモニウム王国製の魔法の鎧やその他の装備・・・。取り締まれる立場にない者が明日闇市を取り締まるなんて」
これまで、自分は何度、騎士の典範に背く行為をしてきただろうか。命令違反も数々ある。それでも元老院派から弾劾されないのは、父の圧力とジュウゾの情報操作のお陰だろう。
「あぁ鬱々としてきた! えぇぃ! アルケディアの城下町でやけ食いだ!」
執事長が召使いを同行させると言ったが、それを振り切って一人で城下町にやって来たシルビィは、何となくやけ食いする気も起きず、ただウロウロとしていた。
「こういう時に友達がいれば、暇な時間も楽しいのだろうけど・・・」
生まれて八十一年。過去を振り返ると、戦いの日々ばかりだったと嘆く。
「気晴らしにやって来たのに、またネガティブな気分になっている・・・。ハァ」
シルビィが肩を落としていると、後ろからちょっとした喧嘩の声が聞こえてきた。
「お前、父ちゃんの入れ歯みっかった? って毎回聞くけど、なんなんだよ、それ」
「あれ? お嬢ちゃんの父ちゃんは、大事な入れ歯を失くしたんじゃなかったっけ?」
「そもそも親父は既に死んでいる。ボケてきたか? アホ杖!」
「そりゃあ一万年も生きりゃ、ボケてもくるわな」
「一万年とか・・・。嘘ばっかり・・・」
「嘘じゃねぇぞ! 俺は博士直々に、試作機一号としてだな・・・。ってあれ? 博士って誰だ?」
「いよいよおかしくなってきたな。ウメボシに検査してもらうか?」
「いや、いい。ウメボシちゃんに体を見られると、何だかゾワゾワして興奮しちゃうから」
「何言ってんだか・・・」
夢中になって喧嘩をして歩くシオと杖を見つけたシルビィは、これでボッチじゃなくなると嬉しくなり、手を振って彼らに近づいた。
「やぁ! シオ!」
「おわぁ! シ、シルビィ様!」
タスネの上司シルビィはニコニコしながらこちらを見ているが、シオは名門ウォール家の令嬢に緊張を隠せない。
「君がタスネに任されたクロス地方から出てくるなんて、珍しいな」
赤い髪の下で男前な顔がこちらを見ている。女性なのだから男前と思うのは失礼だが、そう言うしかないほどキリリとした顔をしている。シオは自分の女っぽい顔が急に恥ずかしくなってきた。
「はい。事務仕事ばかりだと体が鈍るので、休日は趣味でギルドの依頼を受けているのです。今日はアルケディアの地下下水道に現れるゴーストを退治しに来ました」
「へぇ! それは感心だな! エライ! そう言えば君は対アンデッドメイジみたいなものだったな。光魔法と火魔法を得意とし、僧侶も兼ねているせいか、メイジなのにしぶとい生命力を持っている」
「ゴキブリみたいなもんでさぁ。ブシャシャ」
杖が茶化す。
シオは杖のボコボコした頭の部分を地面にグリグリと擦りつけて罰を与える。
「俺がシルビィ様と話してんだ。勝手に割り込むな」
「そうだ! 私は退屈している。君のゴースト退治に同行させてはくれないだろうか?」
突然の言葉にシオは目を丸くして驚いた。
「でも、シルビィ様に何かあれば俺は斬首刑ですよ! それに今は綺麗なお召し物を着ているじゃないですか!」
男物のダブレットを着る彼女は、下半身だけは女らしさを強調するかのようにミニスカートとニーソックスを履いている。盾もメイスも持っていない。恐らくワンドだけで戦うつもりだろう。
(そんな格好じゃ、戦闘になった時に目のやり場に困るって・・・)
シオが困っていると「ほう?」とヒジリみたいな声のトーンで、シルビィは顎を擦る。
「この私が・・・。憤怒のシルビィが、ゴースト退治如きで死ぬと?」
明らかにヒジリの真似をしている。シオはツッコミたかったが、ぐっと堪えた。
「滅相もない! 火魔法の使い手、シルビィ様がいれば、百人力ですよ!」
ハハッと笑って自信に満ちた顔をするシルビィに合わせて、同じようにハハッと笑うシオは、内心、冷や汗の海に溺れているような気分だった。
(大変な事になってきた・・・。下水道では、シルビィ様を是が非でも守らないと!)
メガネを掛けたオールバックの野獣――――、という表現が似合いそうなナシシ市長テッテツが、目の前に座る仏頂面のドワーフに驚いて問う。
「わからん。巧みに伝票を改ざんして、帝国に鉱石を流した奴がおる。こっそりと魔人族の秘書に【読心】で怪しいと思える従業員を片っ端から見させたが、それっぽい奴はおらんかった・・・」
鉱山王と呼ばれるドワイト・ステインフォージは、オーナーにも拘らず、よく鉱山に出向いて指揮をしている。なので経理に関しては、信頼できる従業員に任せっぱなしだった。
「このまま各種鉱石の取引値段が下がり続ければ、従業員の解雇もやむなしじゃわい」
しかしそんなドワイトに、ヒジリは顎を擦りながら反論した。
「それだけは止めておいた方がいい。私が設置した機械の操作にもそれなりの技術がいる。そろそろ従業員も使い方には慣れてきた頃だ。スキルを身に着けた従業員を捨てるのは勿体無い。それに彼らだって生活の安定を求めるものだ。簡単に解雇する雇い主は信用しなくなるし、次に君が募集をかけた時、解雇した従業員達は他の仕事に就いていて見向きもしない、なんて事もあり得る。雇用が増えた今、労働力は引く手数多なのだよ、ドワイト。よく考えて行動することだ」
「ふむ・・・。しかしな・・・。そうじゃ! いっそ、外国から安い労働者でも入れるかの?」
「それはもっと愚策だな。そうなれば恐らくだが、帝国のスパイがどんどん入ってくるだろう。今回の件が帝国と関わりがあるかどうかは知らないが、産業スパイによる被害は、この程度じゃ済まなくなるだろうし、住民と外国人労働者の間で起こるいざこざはどうするね? 文化や宗教の違いから起きる摩擦を放置し、ステインフォージ鉱山会社とは全く関係のない住民に尻拭いさせたりすれば、その怒りの矛先は君に向くだろう」
「しかし安い労働力で経済が回れば、うちと関係のない者にもいずれ恩恵が巡ってくる。無関係とは言えんじゃろ」
「君が利益を溜め込まずに、従業員や住民に気前よく、目に見えるような形で還元すれば、いくらか我慢してくれるかもな」
「陛下はさっきから否定ばかりで代案を出さんな。はぁ・・・、いっそレイバーみたいな装着型鉄傀儡ではなく、自分で考えて動く鉄傀儡でもいればな・・・」
「それも無理だ。私の貧乏王の名は伊達じゃないぞ。そんな高性能なアンドロイドを投入したら、BPがいくらあっても足りん。古い技術だと無料なのだから、それで我慢してくれ」
時々ヒジリ王はわけの判らん事を言うな、と錆色の髭を撫でながらドワイトは思う。発した彼の言葉の何割かは理解出来なかったが、自分の鉱山で使っている鉄傀儡や設備を、ヒジリ王が無料で手に入れた事を知る。
(お人好しのノームに貰った技術か? 中抜きしおって)
と、ドワイトは悔しくなったが、そもそもノームの住む島にまで行くのが大変なのである。
敵対している帝国領を通らないと行けないし、すんなり帝国に入れても、馬車が通れる街道は海岸の遥か手前で終わっている。そこからは、海岸までは危険な湿地帯を歩いて進む事になる。
誰彼構わず襲ってくる危険なヒュドラーやリザードマンを掻い潜ってどこかで船を借り、更に危険な海を航海して島へ行けたとしても、変人で早口のノームとの交渉が待っている。
その見返りが鉄傀儡と鉱山設備だけというのは、全くもって割が合わない。幾らそれらが便利だとしてもだ。
(やはりヒジリ王は凄いな。光属性のわしらドワーフがそんな事をすれば、旅は更に困難なものになる。人を雇って丸投げなどしたら、経費はもっと莫大になるしな)
「暫くは樹族国に宝石などを売って凌いでくれたまえ、ドワイト」
「ふん、あんな光るだけの石を何故、樹族が欲しがるのか判らんわい」
「符魔して高く売るのでしょう。宝石は魔法を篭めやすい。グランデモニウムの魔人族は、武器や防具に符魔するのを好むが、彼ら樹族の符魔師は、装飾品に魔法を籠める事を好む」
テッテツはそう言ってメガネを中指で上げた。
「では、魔人族が符魔をした宝石を売ればいいじゃろううが」
鉱脈や鉱山の事以外に疎いドワイトに、ヒジリは即答する。
「そうなると関税がかかってしまう。ただでさえ高い品物が、更に高くなって誰も買わない」
「その関税を何とかするのも、王の役目ではないか?」
否定ばかりするヒジリ王にドワイトが噛み付いた。
「向こうだって自国の利益や産業を守らねばならんのだ。魔人族の魔法の篭った高品質な装飾品を売れば、樹族の符魔師に勝ち目はない。それに敵に塩を送ってどうするね? そんな良い物を樹族に渡したら、今の五分五分の力関係は破られてしまうだろう。こちらには魔人族の強力なマジックアイテムがあるからこそ、魔法の不得手な者が多い我が国の戦い手達が、樹族の魔法から身を守れるのだ」
「この国には符魔師が多いというのに、勿体無いのぅ」
「仕方あるまい。現状ですら闇取引で、樹族国に売りつける者がいる。私の知り合いにも、全財産を投じて歩くマジックアイテムと化した者が一人いるぞ。恐らくあれもグランデモニウム王国製装備だろう」
ヒジリはシルビィの黒い全身鎧を思い浮かべる。
が、途中から彼女の顔が変顔に変わった。ヒジリが彼女を見る時は高確率で、奇妙な顔をしているのだ。なので、その印象がついてしまったのだ。
(そういえば、久しく会っていないな)
「とにかく、直ぐにでもウメボシを鉱山に向かわせて、売り物になりそうな新しい素材を探させる」
「まぁ・・・。陛下がそう言うなら従うが。色々と恩があるしの」
「では市長、ゴデの街の経済特別区化と、運搬輸送路の開発についてだが・・・・」
シルビィは休日を部屋で悶々として過ごしていた。枕に顔を埋め足をジタバタさせている。
「あー! ダーリンに会いたい! 最後に会った時は暗い話しかしてない・・・。もっと楽しい話がしたかったぁ!」
枕に顔を擦り付けると、少年漫画の主人公のような赤い癖毛がワサワサと動く。
それから気が済むまで枕に顔を擦り付け、ピタリと動きを止めた。
「はぁ・・・明日はクロス地方の闇市の取締か。外国が絡むから仕方がないのだろうけど、そんな仕事は別に独立部隊にやらせなくてもいいだろうに。そうだ! グランデモニウム王国との国境だし、偶然ダーリンと出会えないかな・・・。っているわけないか。ダーリンはもう一国の王なのだぞ」
むくりと起き上がって鎧掛けを見る。そこにある高価な魔法鎧は、対チャビン用に買った私物なので、自分の部屋にあるのだ。
「転売されて流れてきたとはいえ、私もこれを闇市で買ったようなものだな。グランデモニウム王国製の魔法の鎧やその他の装備・・・。取り締まれる立場にない者が明日闇市を取り締まるなんて」
これまで、自分は何度、騎士の典範に背く行為をしてきただろうか。命令違反も数々ある。それでも元老院派から弾劾されないのは、父の圧力とジュウゾの情報操作のお陰だろう。
「あぁ鬱々としてきた! えぇぃ! アルケディアの城下町でやけ食いだ!」
執事長が召使いを同行させると言ったが、それを振り切って一人で城下町にやって来たシルビィは、何となくやけ食いする気も起きず、ただウロウロとしていた。
「こういう時に友達がいれば、暇な時間も楽しいのだろうけど・・・」
生まれて八十一年。過去を振り返ると、戦いの日々ばかりだったと嘆く。
「気晴らしにやって来たのに、またネガティブな気分になっている・・・。ハァ」
シルビィが肩を落としていると、後ろからちょっとした喧嘩の声が聞こえてきた。
「お前、父ちゃんの入れ歯みっかった? って毎回聞くけど、なんなんだよ、それ」
「あれ? お嬢ちゃんの父ちゃんは、大事な入れ歯を失くしたんじゃなかったっけ?」
「そもそも親父は既に死んでいる。ボケてきたか? アホ杖!」
「そりゃあ一万年も生きりゃ、ボケてもくるわな」
「一万年とか・・・。嘘ばっかり・・・」
「嘘じゃねぇぞ! 俺は博士直々に、試作機一号としてだな・・・。ってあれ? 博士って誰だ?」
「いよいよおかしくなってきたな。ウメボシに検査してもらうか?」
「いや、いい。ウメボシちゃんに体を見られると、何だかゾワゾワして興奮しちゃうから」
「何言ってんだか・・・」
夢中になって喧嘩をして歩くシオと杖を見つけたシルビィは、これでボッチじゃなくなると嬉しくなり、手を振って彼らに近づいた。
「やぁ! シオ!」
「おわぁ! シ、シルビィ様!」
タスネの上司シルビィはニコニコしながらこちらを見ているが、シオは名門ウォール家の令嬢に緊張を隠せない。
「君がタスネに任されたクロス地方から出てくるなんて、珍しいな」
赤い髪の下で男前な顔がこちらを見ている。女性なのだから男前と思うのは失礼だが、そう言うしかないほどキリリとした顔をしている。シオは自分の女っぽい顔が急に恥ずかしくなってきた。
「はい。事務仕事ばかりだと体が鈍るので、休日は趣味でギルドの依頼を受けているのです。今日はアルケディアの地下下水道に現れるゴーストを退治しに来ました」
「へぇ! それは感心だな! エライ! そう言えば君は対アンデッドメイジみたいなものだったな。光魔法と火魔法を得意とし、僧侶も兼ねているせいか、メイジなのにしぶとい生命力を持っている」
「ゴキブリみたいなもんでさぁ。ブシャシャ」
杖が茶化す。
シオは杖のボコボコした頭の部分を地面にグリグリと擦りつけて罰を与える。
「俺がシルビィ様と話してんだ。勝手に割り込むな」
「そうだ! 私は退屈している。君のゴースト退治に同行させてはくれないだろうか?」
突然の言葉にシオは目を丸くして驚いた。
「でも、シルビィ様に何かあれば俺は斬首刑ですよ! それに今は綺麗なお召し物を着ているじゃないですか!」
男物のダブレットを着る彼女は、下半身だけは女らしさを強調するかのようにミニスカートとニーソックスを履いている。盾もメイスも持っていない。恐らくワンドだけで戦うつもりだろう。
(そんな格好じゃ、戦闘になった時に目のやり場に困るって・・・)
シオが困っていると「ほう?」とヒジリみたいな声のトーンで、シルビィは顎を擦る。
「この私が・・・。憤怒のシルビィが、ゴースト退治如きで死ぬと?」
明らかにヒジリの真似をしている。シオはツッコミたかったが、ぐっと堪えた。
「滅相もない! 火魔法の使い手、シルビィ様がいれば、百人力ですよ!」
ハハッと笑って自信に満ちた顔をするシルビィに合わせて、同じようにハハッと笑うシオは、内心、冷や汗の海に溺れているような気分だった。
(大変な事になってきた・・・。下水道では、シルビィ様を是が非でも守らないと!)
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