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謎の施設
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「大きな温水プールじゃなかったのか・・・。パワードスーツさえ着ていれば、こんなことにはならなかった」
ヒジリは暗闇の中で、リツと体を密着しなければいけない現状を悔いる。
「遺跡探索中に泳ごうなんてヒジリが言い出すからこういう事に・・・。あ、あまり動かないでくださいまし・・・。振動が・・・」
背中を壁に密着させ、伸ばした脚をつっかえ棒のようにして少しずつ滑り落ちるヒジリの股間の上に、布越しに伝わる柔らかい感覚がある。恐らくリツの股間部分だ。
「君だって、ウメボシの出した水着を嬉しそうに着ていたじゃないか」
「そ、それは! ん!」
首に抱きつくリツの甘い吐息が、ヒジリの耳元で聞えてきた。ずりずりと穴を滑り落ちる振動は色んな場所に伝わっていくものだ。
しかし劣情に身を任せないように脳内チップで制御されているヒジリは、仄エロい青春マンガの主人公ように彼女の吐息にに反応することはない。
「おーい! ウメボシ!」
上を向いてウメボシを呼ぶも、虚しく残響音が響くだけだった。
「カプリコン、転送を」
しかしこれまた返事はなかった。
空から降ってくる遮蔽フィールドの霞が、遮っているのだろう。
「全くの素の状態じゃないか、私は」
パワードスーツのない現状を冷静に考える。
今、我が身にある四十一世紀の科学技術の恩恵と言えば、治癒能力を高める体内のナノマシンと、触れたもののデータをある程度映し出す眼内モニターだけである。
戦闘にでもなれば、地球で身につけた格闘術に頼るしかない。
突然、網膜にリツのデータが映される。彼女がフェロモン成分を発生させているせいだ。
「そんなデータは表示しなくていいのだがな・・・・」
ほぼ性欲のないヒジリは、こんな場所で発情するリツに心の中で同情する。
(彼女たちの脳にも制御チップがあれば、原始の苦悩から解き放たれるのだろうが・・・)
と考えつつもこの星の住人が、地球人のようになる様を想像して、少し口をへの字に曲げる。地球と同じようにする為に自分はこの星に留まっているわけではない、と。
(色んな感情や欲望がある生き方こそが本来の生き方なのだ。私もいずれそうなるべきだ。リツは生き物として正しい。間違っているのは私なのだ)
劣情と戦うリツを見て、人間とはそういう生き物なのだと納得し、ヒジリはカチューシャ型の暗視バイザーを目まで下げて、再び上を見た。
少しずつ遠ざかる閉じた排水口の蓋からは一滴の水も落ちてこない。
「何なのだ、この設備は・・・。何のためにある?」
下を見ると、熱い蒸気が穴を伝って昇ってきた。
「下方に熱源があるな。マグマか? いや違う・・・」
熱も感知するバイザーは、穴の底の熱源を捉えていた。
「泳いでいたのが私達だけで良かった。ここにヘカやサヴェリフェ姉妹がいたら、支えることが出来たかどうか」
熱源へ通じる穴の出口をよく見ると、金網で落ちないようになっている。
「我々のように、穴に落ちてしまった間抜けが過去にもいたのだろうな。ちゃんと金網で穴の出口を塞いである。きっとそういう迂闊な者の為に通路もあるはずだ」
ズルズルと穴を下りて金網まで到達すると、案の定通路があった。
ヒジリは一安心すると、しがみついて目を閉じ、微妙に体を震わせるリツから離れた。
「もう大丈夫だぞ。リツは高所恐怖症なのかね?」
「じ、実はそうなのです。秘密にしておいてくださいまし。我々オーガは、弱点を他人に知られるのを嫌います」
熱い蒸気で噴き出る汗を腕で拭い、リツは恥ずかしそうにそう答えて、ヒジリの後を歩きだした。
この星に存在するオーガ、ゴブリン、オークには暗視能力があるので暗闇でも平気で歩くが、この通路は電気が供給されておりライトが明るい。
ヒジリは暗視バイザーを上げて、ライトを暫く見て色々と考える。
樹族が関わる古代の施設は魔法灯が設置されていることが多く、マナの供給が止まっているせいか暗い事が多い。
逆にノームやサカモト博士の関わる施設は、地球の施設とあまり変わりがなく、太陽電池や電力、マナ等の複数のエネルギー源が供給されているので、施設内は明るい。
立ち止まって何かを考えている愛しい人を、リツはじっと見つめて待つ。
ウメボシが予言したように、リツもまたヒジリに魅了されてしまったのだ。
視線に気がついたヒジリはリツに微笑んだ。ヘカティニスと違って彼女は我慢強く、出しゃばったりはしない。自分が何かを考えて、立ち止まっている時でも黙って待っていてくれている。
ぐいぐいと前に出て手間のかかるヘカティニスも、控えめな性格のリツも、それぞれ魅力的だなとヒジリは思った。するとウメボシの顔が浮かぶ。半円形の目でこちらを睨みながら「マスターはスケコマシです」と想像の中の彼女は言った。
「待たせて済まない。先に進もう。皆も心配しているだろうからな。特にウメボシが」
ヒジリは自分がいなくなった事で、パニックになり右往左往するウメボシを想像して少し笑った。
そんな恋人を見てリツは少しむくれる。
「あの使い魔は羨ましいですわね。常にヒジリと一緒なんですから」
ヒジリがウメボシの話をする時はいつも笑顔なので、リツは嫉妬してしまうのだ。
「まぁ、八歳からの付き合いだからな。私は彼女にずっと世話をしてもらっていた。ウメボシがいないと私は何もできんよ」
「ご冗談を。一国の王がそんな情けない事を仰らないでくださいませ」
「おっと、オーガの世界は厳しいな。弱い姿を見せてはいけないのだった」
ヒジリは笑いながらそう答えた。戦場で使い物にならなくなった同胞を、彼らは容赦なく踏み越える。弱者イコール悪なのだ。
最近の若いオーガの間ではそういった考え方は減っており、多少は丸くなってきているが、軍人の間ではまだまだ弱者切り捨ての考え方が残っている。
「星の国では、弱みを見せても平気なのですか?」
「ああ、問題ない。星のオーガの殆どが特化型・・・、一芸に秀でた者ばかりなので、お互い補い合う事が当たり前なのだ」
「信頼関係が築かれているのですね。帝国では弱みを見せると終わりです。ずっと弱点を攻撃されて蹴落とされます。だから皆ピリピリしていますし、互いに疑心暗鬼です」
「では仕事での連携はどうしているのかね? 足の引っ張り合いばかりをしていたら、仕事にはならんだろう?」
「勿論ちゃんと任務や仕事はこなしますわ。失敗すれば失敗の原因となった者が責任を取らされますので、それも弱みとなってしまいます」
「それはきつい。ストレスが溜まって仕方ないだろう?」
「・・・はい。だから酒に逃げたり、仕事帰りに地下闘技場で戦って、ストレスを発散したりと、様々な方法で発散しています」
「ん? 待ちたまえ!? そんな中へ、マサヨシは飛び込んだのか?」
ヒジリはいつもオフオフと笑ってスケベな事ばかり考えているマサヨシが、実は凄い人物なのではないかと思い始めた。
「彼は・・・。なんといいますか、処世術が上手いといいますか・・・。失敗しても仕方ないと思わせる不思議な力がありますから。ツィガル城の地下下水道を警備しております、ブーマーに似た何かがあります」
「ブーマー?」
「ええ。彼は知能が低く、ヴャーンズ皇帝陛下が、気まぐれで採用したのです。皇帝陛下はいつも彼に魔犬をけしかけて、彼が必死になって戦う様子を魔法水晶で見て楽しんでおります」
「ふん。つまらないことをするものだな」
意外と小物じみた事をするものだと、ヒジリの中でチョールズ・ヴャーンズに対する評価が下がった。
「恐らく、それも皇帝のストレス発散法なのでしょう。ブーマーは一時間後には嫌な出来事を忘れてしまいますし、トロールの血でも混じっているのか、すぐに傷が治ってしまいます」
皇帝を庇い弁明するリツを見て、それも致し方ない事かとヒジリは思う。下克上の激しい帝国のトップなのだから、常に下からの期待や圧力はあるに違いない。ストレスは並々ならぬものだろうと想像できる。
しかも皇帝は頻繁に決闘を申し込まれると聞く。決闘を申し込む人数があまりに多いので、毎月コロシアムでトーナメントを開催し、勝ち残った勝者に決闘権を与えるのだ。
のし上がってきた挑戦者に破れてしまった場合、皇帝は勝者の言う事を一つ聞かなければならない。
勝者に皇帝の座を譲れと言われれば大人しくそれに従う。
これは闇側の国なら何処にでもある決まりなのだ。力こそ全て、と彼らが口癖のように言うのにはこういった決闘法が存在するからである。
皇帝について書かれた書物には、ヴャーンズは士官してからは、ライバル達に打ち勝ち、前皇帝であったエリートオーガと決闘で勝利し、皇帝となっている。その代償に彼は家族を失う事となった。決勝戦で政敵でもあったライバルが、気力を削ぐ為にチョールズ・ヴャーンズの家族を暗殺したのだ。
「心が歪んでしまっても仕方はないか・・・」
ヒジリはボソリと呟く。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや。ところで、あの赤く光る石はサラマンダー石だろう?」
「はい」
通路を抜けた傾斜地にある露台から、眼下に一望する熱を帯びた赤い石は、時折天井の穴から落ちてくる水を気化させている。
「地熱ならぬサラマンダー石発電機か。きっとどこかにタービンがあるのだろう。それにしても、これだけの電力を供給している先が気になるな」
ヒジリは分かれ道に来ると、左にある地上に向かうエレベーターに乗るか、先の施設に進むか悩んだ。ここにある大量の電力は、一体何に消費されているのか気になって仕方がない。
迷って考えている内に、エレベーターがチンと鳴り、ウメボシ達が現れた。
「マスター! ご無事で?」
「ああ、丁度良かった。皆と合流すべきか、先に進むかで悩んでいたところだ」
「ここは一体どこ? 凄く熱いんだけど」
タスネは手で顔を扇いで周囲を見渡すが、ここからはサラマンダー石のある場所は見えない。
「ここは発電所だ。南ミト湖発電所と日本語で書かれている」
ヒジリが予想した通り、ここが発電所である事が案内板にそう書かれている。
日本語と言われても、タスネにはどこの言語かすら想像できないので「ふーん」と返事するしかなかった。
「という事は博士由来の場所ですね。何だかこれまでに見た施設に比べて、些か作りが荒い気がしますね。飾り気がなくて無骨といいますか・・・」
ウメボシは余分なものが一切ないエレベーターロビー前や通路を見てそう言う。
「確かに。これまでの施設は簡易デュプリケーターや娯楽施設があったが、ここは急いで作った感があるな。ではこの先に進もうか」
ヒジリは案内板を見た。対邪神兵器と書いてある。
「邪神と戦う為の兵器の格納庫らしいな」
すぐにタスネはそれに答えた。
「ということはもう格納庫は空っぽなんじゃないの?」
いつかどこかの施設で見た古代樹族の個人用記録には、樹族が邪神を召喚している。サカモト神が犠牲となって、その邪神と共に消えたとあるからだ。
「その兵器を使ったならな。格納庫に何か有っても無くても、私は興味がある。サカモト博士の兵器が」
好奇心旺盛な者が多い地走り族の中で、タスネは種族の性質をあまり持っていないのか、心配症な性格が頭をもたげる。
「大丈夫なんでしょうね? 格納庫に入った途端、魔法人形がワラワラ襲ってきたりしないことを祈るわ」
「大丈夫だ、主殿の事は命を懸けて守る」
ヒジリの天然スケコマシスキルが発動した。いたずらな顔でタスネを抱き上げると、子供のようにふっくらとした彼女の頬にキスをした。
「ちょっと! 何でホッペにキスする必要があるのよ。ほんとヒジリはキス魔なんだから・・・! 馬鹿ヒジリ・・・って、ヒエッ!」
満更でもないといった顔をしていると、その姉をフランとイグナとリツが氷のように冷たい目で睨んでいた。
ヘカティニスは、ウメボシに案内板の文字の読み方を教えてもらっているのでこちらを見ていない。
「な、何でアタシが睨まれなきゃならないのよ! 馬鹿ヒジリのせいだからね! なんとかしなさいよ!」
そう言ってタスネは頭上に両手で拳を作って、頬を膨らませ、プンプンと言いながら頭を左右に振る。
そのタスネの動きは、明らかに自分に嫉妬する姉妹やリツをからかっているように見える。タスネはホッフという同族の男子が好きなので、妹たちの嫉妬はお門違いなのである。
なのでそういった心の余裕から出たからかいだったのだが・・・。
タスネがヒジリから飛び降りて、サカモト博士の兵器がある格納庫へ行く間、彼女は暫くイグナとフランに無言でワンドやメイスで軽く小突き回されていた。
ヒジリは暗闇の中で、リツと体を密着しなければいけない現状を悔いる。
「遺跡探索中に泳ごうなんてヒジリが言い出すからこういう事に・・・。あ、あまり動かないでくださいまし・・・。振動が・・・」
背中を壁に密着させ、伸ばした脚をつっかえ棒のようにして少しずつ滑り落ちるヒジリの股間の上に、布越しに伝わる柔らかい感覚がある。恐らくリツの股間部分だ。
「君だって、ウメボシの出した水着を嬉しそうに着ていたじゃないか」
「そ、それは! ん!」
首に抱きつくリツの甘い吐息が、ヒジリの耳元で聞えてきた。ずりずりと穴を滑り落ちる振動は色んな場所に伝わっていくものだ。
しかし劣情に身を任せないように脳内チップで制御されているヒジリは、仄エロい青春マンガの主人公ように彼女の吐息にに反応することはない。
「おーい! ウメボシ!」
上を向いてウメボシを呼ぶも、虚しく残響音が響くだけだった。
「カプリコン、転送を」
しかしこれまた返事はなかった。
空から降ってくる遮蔽フィールドの霞が、遮っているのだろう。
「全くの素の状態じゃないか、私は」
パワードスーツのない現状を冷静に考える。
今、我が身にある四十一世紀の科学技術の恩恵と言えば、治癒能力を高める体内のナノマシンと、触れたもののデータをある程度映し出す眼内モニターだけである。
戦闘にでもなれば、地球で身につけた格闘術に頼るしかない。
突然、網膜にリツのデータが映される。彼女がフェロモン成分を発生させているせいだ。
「そんなデータは表示しなくていいのだがな・・・・」
ほぼ性欲のないヒジリは、こんな場所で発情するリツに心の中で同情する。
(彼女たちの脳にも制御チップがあれば、原始の苦悩から解き放たれるのだろうが・・・)
と考えつつもこの星の住人が、地球人のようになる様を想像して、少し口をへの字に曲げる。地球と同じようにする為に自分はこの星に留まっているわけではない、と。
(色んな感情や欲望がある生き方こそが本来の生き方なのだ。私もいずれそうなるべきだ。リツは生き物として正しい。間違っているのは私なのだ)
劣情と戦うリツを見て、人間とはそういう生き物なのだと納得し、ヒジリはカチューシャ型の暗視バイザーを目まで下げて、再び上を見た。
少しずつ遠ざかる閉じた排水口の蓋からは一滴の水も落ちてこない。
「何なのだ、この設備は・・・。何のためにある?」
下を見ると、熱い蒸気が穴を伝って昇ってきた。
「下方に熱源があるな。マグマか? いや違う・・・」
熱も感知するバイザーは、穴の底の熱源を捉えていた。
「泳いでいたのが私達だけで良かった。ここにヘカやサヴェリフェ姉妹がいたら、支えることが出来たかどうか」
熱源へ通じる穴の出口をよく見ると、金網で落ちないようになっている。
「我々のように、穴に落ちてしまった間抜けが過去にもいたのだろうな。ちゃんと金網で穴の出口を塞いである。きっとそういう迂闊な者の為に通路もあるはずだ」
ズルズルと穴を下りて金網まで到達すると、案の定通路があった。
ヒジリは一安心すると、しがみついて目を閉じ、微妙に体を震わせるリツから離れた。
「もう大丈夫だぞ。リツは高所恐怖症なのかね?」
「じ、実はそうなのです。秘密にしておいてくださいまし。我々オーガは、弱点を他人に知られるのを嫌います」
熱い蒸気で噴き出る汗を腕で拭い、リツは恥ずかしそうにそう答えて、ヒジリの後を歩きだした。
この星に存在するオーガ、ゴブリン、オークには暗視能力があるので暗闇でも平気で歩くが、この通路は電気が供給されておりライトが明るい。
ヒジリは暗視バイザーを上げて、ライトを暫く見て色々と考える。
樹族が関わる古代の施設は魔法灯が設置されていることが多く、マナの供給が止まっているせいか暗い事が多い。
逆にノームやサカモト博士の関わる施設は、地球の施設とあまり変わりがなく、太陽電池や電力、マナ等の複数のエネルギー源が供給されているので、施設内は明るい。
立ち止まって何かを考えている愛しい人を、リツはじっと見つめて待つ。
ウメボシが予言したように、リツもまたヒジリに魅了されてしまったのだ。
視線に気がついたヒジリはリツに微笑んだ。ヘカティニスと違って彼女は我慢強く、出しゃばったりはしない。自分が何かを考えて、立ち止まっている時でも黙って待っていてくれている。
ぐいぐいと前に出て手間のかかるヘカティニスも、控えめな性格のリツも、それぞれ魅力的だなとヒジリは思った。するとウメボシの顔が浮かぶ。半円形の目でこちらを睨みながら「マスターはスケコマシです」と想像の中の彼女は言った。
「待たせて済まない。先に進もう。皆も心配しているだろうからな。特にウメボシが」
ヒジリは自分がいなくなった事で、パニックになり右往左往するウメボシを想像して少し笑った。
そんな恋人を見てリツは少しむくれる。
「あの使い魔は羨ましいですわね。常にヒジリと一緒なんですから」
ヒジリがウメボシの話をする時はいつも笑顔なので、リツは嫉妬してしまうのだ。
「まぁ、八歳からの付き合いだからな。私は彼女にずっと世話をしてもらっていた。ウメボシがいないと私は何もできんよ」
「ご冗談を。一国の王がそんな情けない事を仰らないでくださいませ」
「おっと、オーガの世界は厳しいな。弱い姿を見せてはいけないのだった」
ヒジリは笑いながらそう答えた。戦場で使い物にならなくなった同胞を、彼らは容赦なく踏み越える。弱者イコール悪なのだ。
最近の若いオーガの間ではそういった考え方は減っており、多少は丸くなってきているが、軍人の間ではまだまだ弱者切り捨ての考え方が残っている。
「星の国では、弱みを見せても平気なのですか?」
「ああ、問題ない。星のオーガの殆どが特化型・・・、一芸に秀でた者ばかりなので、お互い補い合う事が当たり前なのだ」
「信頼関係が築かれているのですね。帝国では弱みを見せると終わりです。ずっと弱点を攻撃されて蹴落とされます。だから皆ピリピリしていますし、互いに疑心暗鬼です」
「では仕事での連携はどうしているのかね? 足の引っ張り合いばかりをしていたら、仕事にはならんだろう?」
「勿論ちゃんと任務や仕事はこなしますわ。失敗すれば失敗の原因となった者が責任を取らされますので、それも弱みとなってしまいます」
「それはきつい。ストレスが溜まって仕方ないだろう?」
「・・・はい。だから酒に逃げたり、仕事帰りに地下闘技場で戦って、ストレスを発散したりと、様々な方法で発散しています」
「ん? 待ちたまえ!? そんな中へ、マサヨシは飛び込んだのか?」
ヒジリはいつもオフオフと笑ってスケベな事ばかり考えているマサヨシが、実は凄い人物なのではないかと思い始めた。
「彼は・・・。なんといいますか、処世術が上手いといいますか・・・。失敗しても仕方ないと思わせる不思議な力がありますから。ツィガル城の地下下水道を警備しております、ブーマーに似た何かがあります」
「ブーマー?」
「ええ。彼は知能が低く、ヴャーンズ皇帝陛下が、気まぐれで採用したのです。皇帝陛下はいつも彼に魔犬をけしかけて、彼が必死になって戦う様子を魔法水晶で見て楽しんでおります」
「ふん。つまらないことをするものだな」
意外と小物じみた事をするものだと、ヒジリの中でチョールズ・ヴャーンズに対する評価が下がった。
「恐らく、それも皇帝のストレス発散法なのでしょう。ブーマーは一時間後には嫌な出来事を忘れてしまいますし、トロールの血でも混じっているのか、すぐに傷が治ってしまいます」
皇帝を庇い弁明するリツを見て、それも致し方ない事かとヒジリは思う。下克上の激しい帝国のトップなのだから、常に下からの期待や圧力はあるに違いない。ストレスは並々ならぬものだろうと想像できる。
しかも皇帝は頻繁に決闘を申し込まれると聞く。決闘を申し込む人数があまりに多いので、毎月コロシアムでトーナメントを開催し、勝ち残った勝者に決闘権を与えるのだ。
のし上がってきた挑戦者に破れてしまった場合、皇帝は勝者の言う事を一つ聞かなければならない。
勝者に皇帝の座を譲れと言われれば大人しくそれに従う。
これは闇側の国なら何処にでもある決まりなのだ。力こそ全て、と彼らが口癖のように言うのにはこういった決闘法が存在するからである。
皇帝について書かれた書物には、ヴャーンズは士官してからは、ライバル達に打ち勝ち、前皇帝であったエリートオーガと決闘で勝利し、皇帝となっている。その代償に彼は家族を失う事となった。決勝戦で政敵でもあったライバルが、気力を削ぐ為にチョールズ・ヴャーンズの家族を暗殺したのだ。
「心が歪んでしまっても仕方はないか・・・」
ヒジリはボソリと呟く。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや。ところで、あの赤く光る石はサラマンダー石だろう?」
「はい」
通路を抜けた傾斜地にある露台から、眼下に一望する熱を帯びた赤い石は、時折天井の穴から落ちてくる水を気化させている。
「地熱ならぬサラマンダー石発電機か。きっとどこかにタービンがあるのだろう。それにしても、これだけの電力を供給している先が気になるな」
ヒジリは分かれ道に来ると、左にある地上に向かうエレベーターに乗るか、先の施設に進むか悩んだ。ここにある大量の電力は、一体何に消費されているのか気になって仕方がない。
迷って考えている内に、エレベーターがチンと鳴り、ウメボシ達が現れた。
「マスター! ご無事で?」
「ああ、丁度良かった。皆と合流すべきか、先に進むかで悩んでいたところだ」
「ここは一体どこ? 凄く熱いんだけど」
タスネは手で顔を扇いで周囲を見渡すが、ここからはサラマンダー石のある場所は見えない。
「ここは発電所だ。南ミト湖発電所と日本語で書かれている」
ヒジリが予想した通り、ここが発電所である事が案内板にそう書かれている。
日本語と言われても、タスネにはどこの言語かすら想像できないので「ふーん」と返事するしかなかった。
「という事は博士由来の場所ですね。何だかこれまでに見た施設に比べて、些か作りが荒い気がしますね。飾り気がなくて無骨といいますか・・・」
ウメボシは余分なものが一切ないエレベーターロビー前や通路を見てそう言う。
「確かに。これまでの施設は簡易デュプリケーターや娯楽施設があったが、ここは急いで作った感があるな。ではこの先に進もうか」
ヒジリは案内板を見た。対邪神兵器と書いてある。
「邪神と戦う為の兵器の格納庫らしいな」
すぐにタスネはそれに答えた。
「ということはもう格納庫は空っぽなんじゃないの?」
いつかどこかの施設で見た古代樹族の個人用記録には、樹族が邪神を召喚している。サカモト神が犠牲となって、その邪神と共に消えたとあるからだ。
「その兵器を使ったならな。格納庫に何か有っても無くても、私は興味がある。サカモト博士の兵器が」
好奇心旺盛な者が多い地走り族の中で、タスネは種族の性質をあまり持っていないのか、心配症な性格が頭をもたげる。
「大丈夫なんでしょうね? 格納庫に入った途端、魔法人形がワラワラ襲ってきたりしないことを祈るわ」
「大丈夫だ、主殿の事は命を懸けて守る」
ヒジリの天然スケコマシスキルが発動した。いたずらな顔でタスネを抱き上げると、子供のようにふっくらとした彼女の頬にキスをした。
「ちょっと! 何でホッペにキスする必要があるのよ。ほんとヒジリはキス魔なんだから・・・! 馬鹿ヒジリ・・・って、ヒエッ!」
満更でもないといった顔をしていると、その姉をフランとイグナとリツが氷のように冷たい目で睨んでいた。
ヘカティニスは、ウメボシに案内板の文字の読み方を教えてもらっているのでこちらを見ていない。
「な、何でアタシが睨まれなきゃならないのよ! 馬鹿ヒジリのせいだからね! なんとかしなさいよ!」
そう言ってタスネは頭上に両手で拳を作って、頬を膨らませ、プンプンと言いながら頭を左右に振る。
そのタスネの動きは、明らかに自分に嫉妬する姉妹やリツをからかっているように見える。タスネはホッフという同族の男子が好きなので、妹たちの嫉妬はお門違いなのである。
なのでそういった心の余裕から出たからかいだったのだが・・・。
タスネがヒジリから飛び降りて、サカモト博士の兵器がある格納庫へ行く間、彼女は暫くイグナとフランに無言でワンドやメイスで軽く小突き回されていた。
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回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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