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エリムスの呪い
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ウマズラタケの任務から数日後、大規模な遺跡調査を命じられヒジリ達は、シオに残された唯一の財産である屋敷と別荘に集まっていた。
シルビィなどの上位の貴族は屋敷に泊まり、別荘はヒジリやタスネ達が利用する事になった。
別荘の外は下級の騎士達が野営をしており、何かと忙しいシオに放置されている聖なる光の杖は、玄関先に放置されていた。
そこにウメボシが通りかかる。
杖とウメボシは相性が良いのか、出会うことがあればよく話をしている。
「ウメボシちゃんは今日もべっぴんさんだなぁ。正直、モテるだろ?」
「うふふ、そんな事ないですよ。たまに仲間に口説かれはしますけど」
「勿体ないねぇ~。その美貌をほったらかしにしてるってのは」
「ところで聖なる光の杖様は長生きしてらっしゃるのですよね? 古代の遺跡に関する情報等あれば嬉しいのですが」
「擬似生命体の俺でも耄碌はするんだよな~。どこにあったかな~。あ、でも古い遺跡を探るのは俺の生まれた時代でも樹族の禁忌だったから止めといた方が良いぜ? ほら、あそこでオカッパがウメボシちゃんの事ずっと睨んでるだろ? ありゃいつでも殺しにかかる目だ。お前さん達、あの騎士には用心したほうがいいぜぇ・・・」
「禁忌の存在を無視して、何故王様は我々に遺跡調査を命じたのでしょうか? それにあの方が我々を殺す事はまず無理だと思います。そうする理由も見つかりません」
「そんな事ないぜ。鎧の胸の所を見てみ。えーっと、あれ? なんだっけかアレ・・・」
「ただの飾りに見えますが・・・」
「とにかく用心しな、ウメボシちゃん」
ウメボシは別荘の塀にもたれ掛って、此方を睨み付けるエリムスの横を通る時にチラリと胸の飾りをスキャンした。
が、ノームの技術と魔法が使われていて、取り外しが可能な事以外は解らなかった。
ウメボシは外での周辺巡回を終え、別荘の一室に用意されたヒジリの部屋に入り、エリムスの殺意の理由を考えながらうわの空で浮かんでいると、主がパンツ一枚の姿で目の前に立っていた。
「解っております。マスター。ええ、解っておりますとも。どうぞウメボシをお使いください(ウメボシをマスター色に染めてくださいぃ!)」
ウメボシは何を思ったのか顔を赤らめてモジモジしている。
「ん? ウメボシを使う? 君の体は石鹸か何かで出来ているのかね?」
「へ?」
「これから、近くにある温泉に入りに行くのだが。シオ男爵自慢の温泉らしくてな。案内してくれるそうだ」
「今、パワードスーツを脱ぐ必要はあるんですか? それでしたらウメボシもお供します」
「それは構わんが。何を警戒しているのかね?」
「エリムスがマスターに敵対的なので、ウメボシは心配なのです。裸で行くのであれば警護させてもらいます」
「そうか。ならば宜しく頼む」
ヒジリが部屋から出ると、シルビィとばったり出会った。
彼女がばったりと出会うように、部屋の近くでウロウロしていたのは言うまでもない。
地球人の年齢で言うと四十歳に相当するシルビィは、まるで十代の乙女のように「ヤダァ!」と小さく叫んで顔を両手で隠した。
「何て格好をしているのだ、ダーリン」
ウメボシが、白々しく恥じらう中年に言う。
「安心してください。履いてますよ」
それを聞いたシルビィは、顔の前の手を演技がかった雰囲気でサーっと横にスライドさせ、悪者めいた表情を露わにした。
「ドヘヘヘヘ! それなら良かろう!」
ヒジリはきっと何かの物真似なんだろうな、とは思いつつ聞いてみる。
「誰の真似かね?」
「えー! 知らないのか? 今、子供に大人気の悪魔男爵ワルバロンの真似ではないか。さっき魔法水晶でやっていただろう。ところで裸でどこに行くのだ? 公衆の面前で全裸になるつもりなら、いくらダーリンでも逮捕しちゃうぞ(個人的にな! ドヘヘヘ!)」
「ここの敷地内にあるシオ男爵自慢の温泉に誘われたのだ。日頃のお礼、ということで私の背中を流したいそうだ。ナノマシンのお陰で垢は出ないのだが、強く断る理由もないので付き合う事にした」
「ずる~い! 私も行きたい~!」
シルビィは甘えた声でヒジリの腕に絡みついた。
「男同士の付き合いなのでそこは勘弁願いたい」
「むーー!」
(男同士、ですか・・・。マスター。それはどうでしょうか)
ヒジリとシオが変な事にはならないと解ってはいても、ウメボシは少し不安でゆっくりと瞳の色が虹色になっていく。
「では」
そう言ってヒジリが歩き出すと、三歩後ろをウメボシがフヨフヨとついて行く。
それに納得できないシルビィは、プリケツ競歩で追いかけて訊いた。
「何故、ウメボシ殿は付いて行くのだ。さっきヒジリ殿は男同士と言ったぞ!」
「マスターは、今完全無防備なのでウメボシが守るのです。先程頼まれましたので」
「むむっ! では私も協力しようではないか。大丈夫、一定距離から近づいたり覗いたりはしない」
「シルビィ様のお気持ちは有り難いのですが、その必要ありません」
と、冷たくあしらうと、シルビィはとても悲しそうな顔で見つめてくる。
「(もう、なんなのですか、その哀れみを誘おうとする顔は! 珍妙な!)では・・・。ハァ・・・。やりたいのであれば自己責任でどうぞ」
「やましい気持ちばかりで付いて行くわけではないぞ。私も温泉に入りたいのだ。二人が出たら入らせてもらおうと思ってな」
「やましい気持ちがあったのですね・・・」
ヒジリが集合場所の玄関前で待っていると、長い金髪をポニーテールにしたシオ男爵が、白く薄いローブを着て現れた。
白いローブはところどころ肌を透けさせており、淫靡な印象をウメボシとシルビィに与えた。
一定距離を空けて後を追うシルビィは、ウメボシを掴むと揺さぶった。
「なぁ、シオ男爵は本当に男なのか? どう見てもあれは乙女じゃないか! 胸の膨らみもあるし! むっちりした体質と言い張るには、いささか無理がないか?」
「お、男ですよシルビィ様。股間に膨らみがあるでしょう」
シルビィはシオのローブの前が男性特有の曲線を描いている事を確認した。ついでにヒジリの股間を見て「デカッ!」と顔を赤らめて目を伏せた。
「ふぅ、安心した。では警護任務に全力を尽くそう」
と、演技がかった仕草で冷や汗を拭うと、温泉の周辺を警戒しだした。
二人から少し遅れてエリムスがついてくるのをウメボシは確認している。聖なる光の杖の言った事を思い出す。
(あの騎士がマスターを狙っているのであれば罠が仕掛けてあったり、突然ワープしてくる伏兵が現れるかもしれません。十分警戒しなくては)
「どうだ? ヒジリ。ここが俺の自慢の温泉だ! 凄いだろ! 元々泉だったんだが、十年くらい前からお湯が湧くようになったんだ」
シオが紹介する温泉は特に手を加えておらず、湯気が立っていなければ、そこそこ大きな泉だという印象だった。透明なお湯が常に底から湧き出ており、溢れたお湯は小川となって近くの川に流れ出る。
「それにしてもヒジリは逞しくていいなぁ。俺なんて体がだらしなくてさぁ。どんなに鍛えてもムッチムチなんだよ~」
「私は毎日、腕たせ伏せ、腹筋、スクワットを千回しているのだ。君も少しずつやってみればいい。どれ、腕立て伏せでもやってみるか」
「おう!」
湯煙漂う中、ヒジリ達のいる温泉から少し離れた茂みの裏で目を瞑って座禅を組んでいるシルビィは、煩悩と戦っていた。
(ウメボシ殿は周辺を巡回警備中・・・。今がチャンスともいえる。この茂みの向こうにダーリンの―――、ますらおの裸がある。私は見たい! あの攻撃的な筋肉と大きなタケリタケを!)
そんな事を考えていると、茂みの向こう側から艶めかしい喘ぎ声が聞こえてきた。シオの声である。
「ああっ。んっ! ふぅ。あっあっあっ!」
何故シオがこんな声を出しているのか解らないが、煩悩に全く抗う事もなく、寧ろそれに染まりまくったシルビィは躊躇なく茂みをかき分けて、温泉を覗いた。
そして「ヒィ!」と一声上げて驚き尻もちをつく。
(わぁぁぁぁぁ!! やっちゃってる! 男同士でやっちゃってる! わぁぁぁぁぁ!)
華奢なシオがうつ伏せ気味に泉のふちに手を付いて下を向いており、それに覆いかぶさるようにしてヒジリが動いていた。ヒジリが腕を曲げて動くたびにシオの体も沈み、苦悶の表情を浮かべて喘ぎ声を出す。
シルビィは鼻血を出して悶た。
(悔しい! ダーリンを寝取られて悔しいのに、なんだろうこの興奮は。男同士であんなことするなんて! ハァハァ!)
「シルビィ様。覗きましたね?」
電撃の鞭が飛んできて、近くの草が焼け焦げる。
シルビィは突如現れたウメボシを抱えて隠れ、温泉の二人を指さして言う。
「ちちちち違う、急に変な声が聞こえたので何事かと思って見てみたら! ほらあれ!」
「キャッ! なんて破廉恥な! ・・・ん? ウフフ! シルビィ様。あれは腕立て伏せをしているのですよ。マスターのペースに合わせてシオ様が腕立て伏せをしているのです。あれはキツイですよ~。マスターはゆっくりと腕立て伏せをしますから、シオ様も相当腕に負荷がかかっているはずです」
「ホッ! なんだ・・・。腕立て伏せか。そ、それにしても・・・なぁ? ウメボシ殿。あれは何だか男女の営みに見えないか?」
「うぅ・・・! 確かに。んギギギ!」
ウメボシはシルビィにそう言われると、段々とそう見えてきて、嫉妬で目が赤くなった。
「覗き見が趣味とは・・・。そんな暇があるなら少しは部下達を労ったらどうです? ここ最近、ずっと遺跡周辺に現れる霧の魔物と戦っている彼らはもう限界に近いですよ」
いつの間にか傍まで来ていたエリムスが、オカッパをかき上げながら続けて言う。
「騎士たちのテントから聞こえてきた話では、あのオーガ達に関わるようになってから自信をなくしたとの事。いいのですか? シルビィ様。これは今後の士気にも関わりますよ」
「無敵のオーガと比べれば誰だって自信を失うだろう。だが、忠告には感謝する。マギンの件はまだ解決しておらんが、部下達には休暇をやるとしよう。ちょっと行ってくるよ、ウメボシ殿」
「はい、騎士様達を十分に労わってやってください」
ウメボシはシルビィを見送るとエリムスを警戒しつつ、また巡回警備を始めだした。
それと同時にヒジリと自分に向かって石が飛ぶ。
自分へ飛んでくる石は小石なので気にせず当てさせ、主への石をフォースシールドで防いだ。
「何の真似ですか? エリムス様」
ウメボシは後方で薄ら笑いを浮かべる騎士に目を向けた。
「なに、君の防御魔法は完璧だと聞いた事があるのでね。少し試してみたのだよ。悪気はない。許せ」
「そうですか。ですが御戯れも度が過ぎると敵対行為と見なしますのでご注意下さい」
エリムスは目を細めてウメボシを睨み、その場から立ち去った。
立ち去った後にイグナが【姿隠し】を解いて姿を現す。
「あら? イグナもマスターを覗きに来ていたのですか?」
「違う」
顔を真っ赤にしてイグナは否定する。
「あの騎士は何かを隠している。心を読んだらヒジリに対する殺意が見えた。直ぐに心を閉ざしたから、理由までは解らないけど」
(やはり禁忌を犯さないよう監視しているのでしょうか・・・。でもそれならば、今は殺意を抱く必要はないはずですが・・・。何故ならマスターは、まだこれといった行動は起こしていないのですから)
「そういえば、イグナ。この箱を【知識の欲】で見てもらえませんか?」
ウメボシはヒジリから預けられていた、ノームモドキの装置をイグナに渡す。
イグナが手を箱にかざすと頭の中に情報が浮かんできた。途中で少し眉間に皺をよせ、暫く目を瞑って脳内の情報を繰り返し吟味するように探り、ウメボシに内容を報告した。
「何かの解除装置。これ以上は理解できない。他の情報は私達の概念にないものが多く、言葉で伝えにくい」
「やはり何かの解除装置ですか・・・。ありがとう。その箱は我々が持っていても効果を発揮しないので、イグナが持っていてくれませんか? マスターの大事な宝物です」
ヒジリの宝物を任せられた事でイグナは、顔を輝かせてニパっと笑った。この上なく嬉しかったようだ。
平べったい黒い箱は意外と軽く、角にある三角形の穴にヒジリはチェーンを通していた。大事そうにそれを首にかけるとイグナは満足して屋敷に駆けていった。
「イグナは本当に表情豊かになってきましたね。ウフフ」
ヒジリとシオは体を拭いたタオルで、お互いを叩き合ってふざけながら素っ裸で歩いて来る。
ウメボシがパワードスーツを差し出すと、パンツを履き終えたヒジリは自立しているパワードスーツの割れた背中から体を入れた。体を入れるとスーツの背中のスリットはスッと閉じて体に密着する。
「それにしても変わった服だなぁ。相当値打ち物のマジックアイテムなんじゃないのか? 俺は【知識の欲】を覚えていないからわからないけど。鑑定のスキルはあるんだけど、自分の位階以上のものは鑑定できないし」
「まぁこの星で一つしかないのは間違いないだろう。このスーツが無ければ、私はヘカティニスに力負けをする」
「ハハハ! ヘカティニスと比べたら殆どの奴らは力負けするぜ。それに装備品も実力の内だろ。それを着て強いのなら、ヒジリはやっぱり強いんだよ。俺だって聖なる杖が無ければ裏側や吸魔鬼とやりあったりなんかしてないって。流石にグレーターデーモンが出てきた時は逃げたけどな。というか杖が機転を利かせて逃がしてくれたんだ」
「シオ殿は色々と冒険をしてきたのだな。暇な時にでも話を聞きたいものだ」
「おう、いいぜ。ヒジリとは気が合うし、いつでも話をしてやるよ(やった! 一歩前進!)」
(むむっ! マスターがまたフラグを立てた!)
ウメボシはシオの瞳に友情だけじゃない何かを勝手に感じ取り、ソワソワしていると屋敷の方から騎士達の怒号が聞こえてきた。
ヒジリ達は顔を見合わせた後すぐに現場へ向かう。
屋敷のエントランスでは、イグナの口を押さえ、首にワンドを突きつけるエリムスがいた。
「貴様、気でも触れたのか! 今ならまだ大目にみてやれる。さぁイグナを離せ!」
シルビィの部下が説得するが、どうもエリムスの様子がおかしい。
「無理だ。この少女は私の心を見た。私の心の奥底に沈む、アレを覗いたのだ。それを見られたからには私は騎士を捨てねばならん。どの道この呪いは普通に解呪出来ない。このまま捕まって、幽閉されるのは御免こうむる」
泣きそうな顔で歯を食いしばり、こみ上げてくる怒りの感情を押さえつけ更にエリムスは喚く。
「ギィ・・・くそ! どんどん憎しみや殺意が膨れ上がってくるのが解るぞ・・・。くそっ! くそっ! 一体いつ呪いをかけられた! そうだ!あの時だ! シルビィ殿を追いかけて街を歩いている時に近寄ってきたあの女・・・! 子供を祝福してくれと私に赤子を抱かせたあの女だ! くそっ! くそっ! くそぉぉ!」
苦しむエリムスに、イグナは少しでも呪いに抗うように促す。
「それは騎士様のせいじゃない。その混乱や憎しみは、呪いで植え付けられたもの」
「わかっている! お前が私の心を覗いて呪いの事を教えてくれなくても、私には何かがおかしいと解っていた! だから必死になって調べたのだ! この呪いの正体を! そして解った! この手の呪いは一度発動するとドンドンと呪いの核が育っていき、最終的に私は心を乗っ取られるのだ!」
どこからか声が聞こえ、エリムスだけに語り掛ける。
「キヒヒ。やぁ! 僕は君の心に植え付けられた憎しみの瘤。そう嫌がるなって。僕を育てたのは君だよ。僕が生まれる条件は、ある程度蓄積された怒りや憎しみや不満。最後の一押しは、あのイービルアイの無礼な態度だったのさ。さぁこのノームの武器を使ってあの魔法の効かないオーガを殺すのだ。おっと、抵抗しても無駄無駄。僕は君の心の闇を、何度も何度も繰り返し練りに練っているのだから、呪いは複雑だよ。ほら、早く武器を手に持って。チャンスは何度もないよ、この武器は一回限りだからね。キヒヒヒヒ!」
謎の声に抗おうと苦悶するエリムスに、ヒジリは言う。
「恐らく、私ならその呪いを解呪出来る。今、そちらに向かう。だからイグナを離してやってくれないか」
「いぃぃいいだろう。貴様が目の前に来るのであれば、この少女は解放すると約束する」
「マスターの周りの守りを全力で固めます。ご安心を」
「うむ」
以前、ヒジリを殺す算段があると本人が言っていたので、ウメボシは幾重にも主の周りにフォースシールドを張り巡らせた。
ヒジリが近づくとエリムスは勢いよくイグナを突き飛ばし、ワンドに【光の剣】を宿すと、目の前の巨体を突き刺そうとした。
しかし、敢えなく魔法無効化とフォースシールドに防がれ、弾かれたワンドは地面を転がり滑る。
が、次の瞬間ヒジリの後方でトサッと何かが落ちる音がした。
「いやぁぁぁ! ウメボシ! ウメボシ!」
タスネの悲鳴が響き渡る。ウメボシの瞳から体の後ろにかけて、ビームダガーのような短剣が貫いていた。
役目を果たしたダガーはブゥゥンという音とともに、元の柄だけになり地面に落ちる。
皆ウメボシに気を取られている中、イグナだけは目を見開きゆっくりと動くその時間を間近で見ていた。
ヒジリがウメボシを気にして振り向きつつも、エリムスの呪いを解こうと彼の肩に手を置いた瞬間、ピンク色に光るダガーの刃が、オーガの心臓を刺し貫いていた。ビームは背中を突き抜けそして消えた。
イグナは胸を押さえて「アッアッ」と過呼吸気味の声にならない声を発する。そしてボタボタと大粒の涙を流し徐々に憎しみに顔が歪ませた。
崩れ落ちるヒジリを見て彼女は心のリミッターが壊れた。そして急速に憎悪と魔力が体に広がる。
ドドドドと、滝のような音を出して高まる魔力に反応して、イグナの胸のノームモドキの装置のランプが点滅する。
マナの奔流の音と合わさった装置の音はピーピーと煩く鳴り、イグナの怒りに警告を発しているかのようにも見えた。
シルビィなどの上位の貴族は屋敷に泊まり、別荘はヒジリやタスネ達が利用する事になった。
別荘の外は下級の騎士達が野営をしており、何かと忙しいシオに放置されている聖なる光の杖は、玄関先に放置されていた。
そこにウメボシが通りかかる。
杖とウメボシは相性が良いのか、出会うことがあればよく話をしている。
「ウメボシちゃんは今日もべっぴんさんだなぁ。正直、モテるだろ?」
「うふふ、そんな事ないですよ。たまに仲間に口説かれはしますけど」
「勿体ないねぇ~。その美貌をほったらかしにしてるってのは」
「ところで聖なる光の杖様は長生きしてらっしゃるのですよね? 古代の遺跡に関する情報等あれば嬉しいのですが」
「擬似生命体の俺でも耄碌はするんだよな~。どこにあったかな~。あ、でも古い遺跡を探るのは俺の生まれた時代でも樹族の禁忌だったから止めといた方が良いぜ? ほら、あそこでオカッパがウメボシちゃんの事ずっと睨んでるだろ? ありゃいつでも殺しにかかる目だ。お前さん達、あの騎士には用心したほうがいいぜぇ・・・」
「禁忌の存在を無視して、何故王様は我々に遺跡調査を命じたのでしょうか? それにあの方が我々を殺す事はまず無理だと思います。そうする理由も見つかりません」
「そんな事ないぜ。鎧の胸の所を見てみ。えーっと、あれ? なんだっけかアレ・・・」
「ただの飾りに見えますが・・・」
「とにかく用心しな、ウメボシちゃん」
ウメボシは別荘の塀にもたれ掛って、此方を睨み付けるエリムスの横を通る時にチラリと胸の飾りをスキャンした。
が、ノームの技術と魔法が使われていて、取り外しが可能な事以外は解らなかった。
ウメボシは外での周辺巡回を終え、別荘の一室に用意されたヒジリの部屋に入り、エリムスの殺意の理由を考えながらうわの空で浮かんでいると、主がパンツ一枚の姿で目の前に立っていた。
「解っております。マスター。ええ、解っておりますとも。どうぞウメボシをお使いください(ウメボシをマスター色に染めてくださいぃ!)」
ウメボシは何を思ったのか顔を赤らめてモジモジしている。
「ん? ウメボシを使う? 君の体は石鹸か何かで出来ているのかね?」
「へ?」
「これから、近くにある温泉に入りに行くのだが。シオ男爵自慢の温泉らしくてな。案内してくれるそうだ」
「今、パワードスーツを脱ぐ必要はあるんですか? それでしたらウメボシもお供します」
「それは構わんが。何を警戒しているのかね?」
「エリムスがマスターに敵対的なので、ウメボシは心配なのです。裸で行くのであれば警護させてもらいます」
「そうか。ならば宜しく頼む」
ヒジリが部屋から出ると、シルビィとばったり出会った。
彼女がばったりと出会うように、部屋の近くでウロウロしていたのは言うまでもない。
地球人の年齢で言うと四十歳に相当するシルビィは、まるで十代の乙女のように「ヤダァ!」と小さく叫んで顔を両手で隠した。
「何て格好をしているのだ、ダーリン」
ウメボシが、白々しく恥じらう中年に言う。
「安心してください。履いてますよ」
それを聞いたシルビィは、顔の前の手を演技がかった雰囲気でサーっと横にスライドさせ、悪者めいた表情を露わにした。
「ドヘヘヘヘ! それなら良かろう!」
ヒジリはきっと何かの物真似なんだろうな、とは思いつつ聞いてみる。
「誰の真似かね?」
「えー! 知らないのか? 今、子供に大人気の悪魔男爵ワルバロンの真似ではないか。さっき魔法水晶でやっていただろう。ところで裸でどこに行くのだ? 公衆の面前で全裸になるつもりなら、いくらダーリンでも逮捕しちゃうぞ(個人的にな! ドヘヘヘ!)」
「ここの敷地内にあるシオ男爵自慢の温泉に誘われたのだ。日頃のお礼、ということで私の背中を流したいそうだ。ナノマシンのお陰で垢は出ないのだが、強く断る理由もないので付き合う事にした」
「ずる~い! 私も行きたい~!」
シルビィは甘えた声でヒジリの腕に絡みついた。
「男同士の付き合いなのでそこは勘弁願いたい」
「むーー!」
(男同士、ですか・・・。マスター。それはどうでしょうか)
ヒジリとシオが変な事にはならないと解ってはいても、ウメボシは少し不安でゆっくりと瞳の色が虹色になっていく。
「では」
そう言ってヒジリが歩き出すと、三歩後ろをウメボシがフヨフヨとついて行く。
それに納得できないシルビィは、プリケツ競歩で追いかけて訊いた。
「何故、ウメボシ殿は付いて行くのだ。さっきヒジリ殿は男同士と言ったぞ!」
「マスターは、今完全無防備なのでウメボシが守るのです。先程頼まれましたので」
「むむっ! では私も協力しようではないか。大丈夫、一定距離から近づいたり覗いたりはしない」
「シルビィ様のお気持ちは有り難いのですが、その必要ありません」
と、冷たくあしらうと、シルビィはとても悲しそうな顔で見つめてくる。
「(もう、なんなのですか、その哀れみを誘おうとする顔は! 珍妙な!)では・・・。ハァ・・・。やりたいのであれば自己責任でどうぞ」
「やましい気持ちばかりで付いて行くわけではないぞ。私も温泉に入りたいのだ。二人が出たら入らせてもらおうと思ってな」
「やましい気持ちがあったのですね・・・」
ヒジリが集合場所の玄関前で待っていると、長い金髪をポニーテールにしたシオ男爵が、白く薄いローブを着て現れた。
白いローブはところどころ肌を透けさせており、淫靡な印象をウメボシとシルビィに与えた。
一定距離を空けて後を追うシルビィは、ウメボシを掴むと揺さぶった。
「なぁ、シオ男爵は本当に男なのか? どう見てもあれは乙女じゃないか! 胸の膨らみもあるし! むっちりした体質と言い張るには、いささか無理がないか?」
「お、男ですよシルビィ様。股間に膨らみがあるでしょう」
シルビィはシオのローブの前が男性特有の曲線を描いている事を確認した。ついでにヒジリの股間を見て「デカッ!」と顔を赤らめて目を伏せた。
「ふぅ、安心した。では警護任務に全力を尽くそう」
と、演技がかった仕草で冷や汗を拭うと、温泉の周辺を警戒しだした。
二人から少し遅れてエリムスがついてくるのをウメボシは確認している。聖なる光の杖の言った事を思い出す。
(あの騎士がマスターを狙っているのであれば罠が仕掛けてあったり、突然ワープしてくる伏兵が現れるかもしれません。十分警戒しなくては)
「どうだ? ヒジリ。ここが俺の自慢の温泉だ! 凄いだろ! 元々泉だったんだが、十年くらい前からお湯が湧くようになったんだ」
シオが紹介する温泉は特に手を加えておらず、湯気が立っていなければ、そこそこ大きな泉だという印象だった。透明なお湯が常に底から湧き出ており、溢れたお湯は小川となって近くの川に流れ出る。
「それにしてもヒジリは逞しくていいなぁ。俺なんて体がだらしなくてさぁ。どんなに鍛えてもムッチムチなんだよ~」
「私は毎日、腕たせ伏せ、腹筋、スクワットを千回しているのだ。君も少しずつやってみればいい。どれ、腕立て伏せでもやってみるか」
「おう!」
湯煙漂う中、ヒジリ達のいる温泉から少し離れた茂みの裏で目を瞑って座禅を組んでいるシルビィは、煩悩と戦っていた。
(ウメボシ殿は周辺を巡回警備中・・・。今がチャンスともいえる。この茂みの向こうにダーリンの―――、ますらおの裸がある。私は見たい! あの攻撃的な筋肉と大きなタケリタケを!)
そんな事を考えていると、茂みの向こう側から艶めかしい喘ぎ声が聞こえてきた。シオの声である。
「ああっ。んっ! ふぅ。あっあっあっ!」
何故シオがこんな声を出しているのか解らないが、煩悩に全く抗う事もなく、寧ろそれに染まりまくったシルビィは躊躇なく茂みをかき分けて、温泉を覗いた。
そして「ヒィ!」と一声上げて驚き尻もちをつく。
(わぁぁぁぁぁ!! やっちゃってる! 男同士でやっちゃってる! わぁぁぁぁぁ!)
華奢なシオがうつ伏せ気味に泉のふちに手を付いて下を向いており、それに覆いかぶさるようにしてヒジリが動いていた。ヒジリが腕を曲げて動くたびにシオの体も沈み、苦悶の表情を浮かべて喘ぎ声を出す。
シルビィは鼻血を出して悶た。
(悔しい! ダーリンを寝取られて悔しいのに、なんだろうこの興奮は。男同士であんなことするなんて! ハァハァ!)
「シルビィ様。覗きましたね?」
電撃の鞭が飛んできて、近くの草が焼け焦げる。
シルビィは突如現れたウメボシを抱えて隠れ、温泉の二人を指さして言う。
「ちちちち違う、急に変な声が聞こえたので何事かと思って見てみたら! ほらあれ!」
「キャッ! なんて破廉恥な! ・・・ん? ウフフ! シルビィ様。あれは腕立て伏せをしているのですよ。マスターのペースに合わせてシオ様が腕立て伏せをしているのです。あれはキツイですよ~。マスターはゆっくりと腕立て伏せをしますから、シオ様も相当腕に負荷がかかっているはずです」
「ホッ! なんだ・・・。腕立て伏せか。そ、それにしても・・・なぁ? ウメボシ殿。あれは何だか男女の営みに見えないか?」
「うぅ・・・! 確かに。んギギギ!」
ウメボシはシルビィにそう言われると、段々とそう見えてきて、嫉妬で目が赤くなった。
「覗き見が趣味とは・・・。そんな暇があるなら少しは部下達を労ったらどうです? ここ最近、ずっと遺跡周辺に現れる霧の魔物と戦っている彼らはもう限界に近いですよ」
いつの間にか傍まで来ていたエリムスが、オカッパをかき上げながら続けて言う。
「騎士たちのテントから聞こえてきた話では、あのオーガ達に関わるようになってから自信をなくしたとの事。いいのですか? シルビィ様。これは今後の士気にも関わりますよ」
「無敵のオーガと比べれば誰だって自信を失うだろう。だが、忠告には感謝する。マギンの件はまだ解決しておらんが、部下達には休暇をやるとしよう。ちょっと行ってくるよ、ウメボシ殿」
「はい、騎士様達を十分に労わってやってください」
ウメボシはシルビィを見送るとエリムスを警戒しつつ、また巡回警備を始めだした。
それと同時にヒジリと自分に向かって石が飛ぶ。
自分へ飛んでくる石は小石なので気にせず当てさせ、主への石をフォースシールドで防いだ。
「何の真似ですか? エリムス様」
ウメボシは後方で薄ら笑いを浮かべる騎士に目を向けた。
「なに、君の防御魔法は完璧だと聞いた事があるのでね。少し試してみたのだよ。悪気はない。許せ」
「そうですか。ですが御戯れも度が過ぎると敵対行為と見なしますのでご注意下さい」
エリムスは目を細めてウメボシを睨み、その場から立ち去った。
立ち去った後にイグナが【姿隠し】を解いて姿を現す。
「あら? イグナもマスターを覗きに来ていたのですか?」
「違う」
顔を真っ赤にしてイグナは否定する。
「あの騎士は何かを隠している。心を読んだらヒジリに対する殺意が見えた。直ぐに心を閉ざしたから、理由までは解らないけど」
(やはり禁忌を犯さないよう監視しているのでしょうか・・・。でもそれならば、今は殺意を抱く必要はないはずですが・・・。何故ならマスターは、まだこれといった行動は起こしていないのですから)
「そういえば、イグナ。この箱を【知識の欲】で見てもらえませんか?」
ウメボシはヒジリから預けられていた、ノームモドキの装置をイグナに渡す。
イグナが手を箱にかざすと頭の中に情報が浮かんできた。途中で少し眉間に皺をよせ、暫く目を瞑って脳内の情報を繰り返し吟味するように探り、ウメボシに内容を報告した。
「何かの解除装置。これ以上は理解できない。他の情報は私達の概念にないものが多く、言葉で伝えにくい」
「やはり何かの解除装置ですか・・・。ありがとう。その箱は我々が持っていても効果を発揮しないので、イグナが持っていてくれませんか? マスターの大事な宝物です」
ヒジリの宝物を任せられた事でイグナは、顔を輝かせてニパっと笑った。この上なく嬉しかったようだ。
平べったい黒い箱は意外と軽く、角にある三角形の穴にヒジリはチェーンを通していた。大事そうにそれを首にかけるとイグナは満足して屋敷に駆けていった。
「イグナは本当に表情豊かになってきましたね。ウフフ」
ヒジリとシオは体を拭いたタオルで、お互いを叩き合ってふざけながら素っ裸で歩いて来る。
ウメボシがパワードスーツを差し出すと、パンツを履き終えたヒジリは自立しているパワードスーツの割れた背中から体を入れた。体を入れるとスーツの背中のスリットはスッと閉じて体に密着する。
「それにしても変わった服だなぁ。相当値打ち物のマジックアイテムなんじゃないのか? 俺は【知識の欲】を覚えていないからわからないけど。鑑定のスキルはあるんだけど、自分の位階以上のものは鑑定できないし」
「まぁこの星で一つしかないのは間違いないだろう。このスーツが無ければ、私はヘカティニスに力負けをする」
「ハハハ! ヘカティニスと比べたら殆どの奴らは力負けするぜ。それに装備品も実力の内だろ。それを着て強いのなら、ヒジリはやっぱり強いんだよ。俺だって聖なる杖が無ければ裏側や吸魔鬼とやりあったりなんかしてないって。流石にグレーターデーモンが出てきた時は逃げたけどな。というか杖が機転を利かせて逃がしてくれたんだ」
「シオ殿は色々と冒険をしてきたのだな。暇な時にでも話を聞きたいものだ」
「おう、いいぜ。ヒジリとは気が合うし、いつでも話をしてやるよ(やった! 一歩前進!)」
(むむっ! マスターがまたフラグを立てた!)
ウメボシはシオの瞳に友情だけじゃない何かを勝手に感じ取り、ソワソワしていると屋敷の方から騎士達の怒号が聞こえてきた。
ヒジリ達は顔を見合わせた後すぐに現場へ向かう。
屋敷のエントランスでは、イグナの口を押さえ、首にワンドを突きつけるエリムスがいた。
「貴様、気でも触れたのか! 今ならまだ大目にみてやれる。さぁイグナを離せ!」
シルビィの部下が説得するが、どうもエリムスの様子がおかしい。
「無理だ。この少女は私の心を見た。私の心の奥底に沈む、アレを覗いたのだ。それを見られたからには私は騎士を捨てねばならん。どの道この呪いは普通に解呪出来ない。このまま捕まって、幽閉されるのは御免こうむる」
泣きそうな顔で歯を食いしばり、こみ上げてくる怒りの感情を押さえつけ更にエリムスは喚く。
「ギィ・・・くそ! どんどん憎しみや殺意が膨れ上がってくるのが解るぞ・・・。くそっ! くそっ! 一体いつ呪いをかけられた! そうだ!あの時だ! シルビィ殿を追いかけて街を歩いている時に近寄ってきたあの女・・・! 子供を祝福してくれと私に赤子を抱かせたあの女だ! くそっ! くそっ! くそぉぉ!」
苦しむエリムスに、イグナは少しでも呪いに抗うように促す。
「それは騎士様のせいじゃない。その混乱や憎しみは、呪いで植え付けられたもの」
「わかっている! お前が私の心を覗いて呪いの事を教えてくれなくても、私には何かがおかしいと解っていた! だから必死になって調べたのだ! この呪いの正体を! そして解った! この手の呪いは一度発動するとドンドンと呪いの核が育っていき、最終的に私は心を乗っ取られるのだ!」
どこからか声が聞こえ、エリムスだけに語り掛ける。
「キヒヒ。やぁ! 僕は君の心に植え付けられた憎しみの瘤。そう嫌がるなって。僕を育てたのは君だよ。僕が生まれる条件は、ある程度蓄積された怒りや憎しみや不満。最後の一押しは、あのイービルアイの無礼な態度だったのさ。さぁこのノームの武器を使ってあの魔法の効かないオーガを殺すのだ。おっと、抵抗しても無駄無駄。僕は君の心の闇を、何度も何度も繰り返し練りに練っているのだから、呪いは複雑だよ。ほら、早く武器を手に持って。チャンスは何度もないよ、この武器は一回限りだからね。キヒヒヒヒ!」
謎の声に抗おうと苦悶するエリムスに、ヒジリは言う。
「恐らく、私ならその呪いを解呪出来る。今、そちらに向かう。だからイグナを離してやってくれないか」
「いぃぃいいだろう。貴様が目の前に来るのであれば、この少女は解放すると約束する」
「マスターの周りの守りを全力で固めます。ご安心を」
「うむ」
以前、ヒジリを殺す算段があると本人が言っていたので、ウメボシは幾重にも主の周りにフォースシールドを張り巡らせた。
ヒジリが近づくとエリムスは勢いよくイグナを突き飛ばし、ワンドに【光の剣】を宿すと、目の前の巨体を突き刺そうとした。
しかし、敢えなく魔法無効化とフォースシールドに防がれ、弾かれたワンドは地面を転がり滑る。
が、次の瞬間ヒジリの後方でトサッと何かが落ちる音がした。
「いやぁぁぁ! ウメボシ! ウメボシ!」
タスネの悲鳴が響き渡る。ウメボシの瞳から体の後ろにかけて、ビームダガーのような短剣が貫いていた。
役目を果たしたダガーはブゥゥンという音とともに、元の柄だけになり地面に落ちる。
皆ウメボシに気を取られている中、イグナだけは目を見開きゆっくりと動くその時間を間近で見ていた。
ヒジリがウメボシを気にして振り向きつつも、エリムスの呪いを解こうと彼の肩に手を置いた瞬間、ピンク色に光るダガーの刃が、オーガの心臓を刺し貫いていた。ビームは背中を突き抜けそして消えた。
イグナは胸を押さえて「アッアッ」と過呼吸気味の声にならない声を発する。そしてボタボタと大粒の涙を流し徐々に憎しみに顔が歪ませた。
崩れ落ちるヒジリを見て彼女は心のリミッターが壊れた。そして急速に憎悪と魔力が体に広がる。
ドドドドと、滝のような音を出して高まる魔力に反応して、イグナの胸のノームモドキの装置のランプが点滅する。
マナの奔流の音と合わさった装置の音はピーピーと煩く鳴り、イグナの怒りに警告を発しているかのようにも見えた。
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