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もう一人のオーガ

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 まだ夜の明けきらない朝方、いつものように干し草の上に眠るヒジリの腕の中でウメボシが急に目を覚まし、主に警告する。

「定時広域スキャンにて複数のオークの生体反応を確認、起きてくださいマスター」

「・・・シルビィ殿が、オークを王都まで送ると言っていただろう」

 ヒジリは片目だけ開けて寝ころんだままそう答える。

「それではありません。街道を南に二キロ進んだ地点の茂みに十名潜んでおります。恐らく先日捕まったオーク兵達を救出する為に派遣されたのかと」

「ふむ。どれ、一応シルビィ殿に教えておいてやるか。街道での奇襲作戦のようだから村までは来ないだろう」

 ヒジリは早起きが苦手なタイプなので、のそのそと起きて欠伸をすると朝もやの中を宿屋までゆっくりと歩き出す。

「マスター、もう少し早く歩いてください」

「もう着くだろう。そう急かすな」

 宿屋に着くとウメボシが中に入り、シルビィを起こしに行く。

 暫くしてパジャマ姿のままのシルビィが宿屋入口まで現れた。

「ふわぁ、こんな早朝に何用か? ヒジリ殿」

「起こして申し訳ない。索敵魔法がオークの一隊を見つけた。村から二キロ・・・二タン南の地点だそうだ。街道脇の茂みに潜んでいる」

「なんだと! エポ村の英雄が言う事だ、私は信用するぞ。では部下を叩き起こして直ぐにでも迎え撃ちに行く」

 シルビィは眠そうな顔から一転、嬉しそうな顔になり「お前たち起きろ!」と喚きながら宿屋の奥に消えていった。暫くして騎士と従者の貸し切りである宿屋は騒がしくなった。

「なんだか楽しそうだったな、シルビィ殿は」

「きっと戦闘狂なのでしょう」

「そうなのかね。まぁ大凡のオークは魔法が使えないから、実戦経験を積んだ騎士にとって敵ではないだろう。帰って寝るとするか」

「それはどうでしょうかマスター。闇側の者は確かに魔法が不得意ですが、それなりの戦術を心得ています。例えば、魔法は中距離では絶大な威力を発揮しますが、接近戦になると詠唱の長い魔法や触媒のいる強力な魔法は使いにくくなりますし、武器にマナを籠めて戦うとはいえ樹族は基本的に非力です。そうなると力の強いオーク達に勝機が生まれます。遠距離からの矢の攻撃も【弓矢そらし】という風の魔法を覚えていないと、騎士達は大ダメージを受けます。オークはドワイト様のように魔法抵抗の高いミスリル装備で身を固めているかもしれません。実際ミスリルの鏃が付いた弓矢を装備している事が今確認できました。それらの矢は【弓矢そらし】の守りを幾らか掻い潜るでしょう」

「でもこれは彼女らの仕事なのだし、ギルドからの依頼がない限りは我々は動かない方がいいだろう。アニメや小説で得た知識だが、騎士というものはプライドが高いと相場が決まっている。下手に加勢すると恨みを買うやもしれんよ。騎士達が負けて村までオークが攻めてくるまではノータッチだ」

「かしこまりました」

 ウメボシは心の中で思う。

(マスターは時々冷たいです。シルビィ様が負ければそれは死を意味するのに)

 大抵のオークは戦いになると敵を捕虜として扱う事は無い。つまり殺してしまうのだ。それなのに自身に勝ち目がなくなると、さっさと投降し捕虜としての待遇を要求する狡賢さもある。

 ウメボシは心配そうに戦いの準備で騒がしくなった宿屋を一瞥しヒジリの後を追うのであった。




 朝日が登る頃、村の道は鎧の音と馬の嘶きで煩かった。家の窓から何事かと外の様子を窺う地走り族達は、好奇心半分、不安半分といった顔でひそめき合う

「騎士様達、どこへ行くんだ?」

「さぁ。でも嫌な予感がするぞ」

 黒い戦馬に跨るシルビィを先頭に、白い鎧とメイスと盾を装備した騎士達が十人、同じく軍馬に跨って続く。その後を同じ数の従者が速足で追いかける。

「あれ? オーク兵達を王都に連れて行くんじゃなかったの? 捕らえたオーク兵達がいないけど」

 タスネは歯ブラシによく似た植物の穂で歯を磨きながら、窓から見える垣根向こうの騎士達の行進を不思議そうに見る。

「あれは街道沿いで待ち構えているオークの討伐に向かう列ですよ、タスネ様。早朝、ウメボシがオークの伏兵を感知したので、マスターと共にシルビィ様に報告をしてきたのです」

 三姉妹を起こして食事の準備をしていたウメボシが答える。

「え! そうなの? 何だか国境の村らしく、物騒になってきたわね・・・。私たちは加勢しに行かなくてもいいのかしら?」

「ギルドからの依頼もない事ですし、シルビィ様の面子なども考えて、マスターは動かなくていいと仰っておりました」

「そうなんだ・・・。騎士様、大丈夫だよね・・・?」

「きっと大丈夫ですよタスネ様・・・」

 ウメボシが心配して見つめるシルビィは、これから始まる戦いに胸を弾ませて武者震いをしていた。

 ここ何年もずっと停戦状態だったグランデモニウム王国からの侵入者は、シルビィにとっては武功を上げるチャンスである。

 高揚した顔で武者震いをする彼女の身を心配するウメボシにとって、その武者震いは死神に魂を揺さぶられているようにも見えた。

 シルビィ・ウォールの一族は樹族にしては謀りごとを嫌う真っ直ぐな性質の者が多く、故に代々国王に信頼されてきた。父は王国近衛兵団に所属しており大元帥を任されている大物である。

 父に似たシルビィは普段は温厚だが戦いの事となると父親以上に手が付けられなくなるという事で、近衛兵ではなく幾らかの独自権限を与えられた独立部隊の隊長という立場に収まった。

 強力な権限の代わりに重い責任も課せられ、彼女のミスは即刻大元帥である父や王への批判に繋がる。

 それは純粋に戦いを好むシルビィにとって、ある意味足かせをはめられたようなものである。

 彼女の活動内容は、小規模な侵略の応戦から大規模な戦闘での諸侯への指揮、国内での謀反を企てる貴族の監視やその他の汚れ仕事と幅が広く警察権、即時裁定権もある。

 ゆえに多くの貴族や国民が彼女に対して怯え、そして憎むのだ。失敗の報告はすぐさま反国王派の餌となる。

「そろそろだな。全員止まれ! 各自戦闘準備にかかれ」

 各々が【弓矢そらし】や防御魔法の詠唱を開始した。

 茂みに隠れていたオーク達は、騎士たちが戦闘準備を始めたので、潜んでいた事がばれたと勘づいて低い姿勢で街道に飛び出してきた。素早く動いて距離を詰め、接近戦に持ち込むつもりなのだ。

 騎士たちがそれを許すわけも無く【火球】や【衝撃の塊】などの魔法でオーク達にダメージを与える。

 五人ほどが頭に【衝撃の塊】(空気の塊を当てる風魔法)の直撃を受けて気絶し地面に倒れ、残りの五人は幾らか魔法をレジストをして一気に間合いを詰めてくる。

 馬上からその様子を見ていたシルビィは怪しんだ。

「おかしい。ここまで肝の据わったオークは見たことがない。戦力を半分も削がれれば投降するはずだが。・・・それにしてもこのオーク達は動きは妙に素早いな」

 明らかに騎士たちが優勢だがオーク達の抵抗は止まない。

 シルビィの部下の一人が魔法を帯びたメイスで、オーク兵の左肩の骨を打ち砕く。普通であればオークは痛みに悶絶して倒れるがそうはならなかった。

 オークは何事も無かったかのように持っていたショートソードを地面に突き刺し、素早く腰の鎧通しを右手で抜き、騎士の鎧の隙間を狙って刺突する。

 油断していた騎士はわき腹を刺されるが、事前に唱えていた防御魔法【鉄の皮】で致命傷は免れ、わき腹を押さえながら後ろに跳んで叫ぶ。

「皆! 気を付けろ! こいつら狂戦士だ!」

 闇側の住人が稀に使う手で、怒りの精霊と契約をして恐れと痛みを無くし、通常以上の力を発揮する魔法【狂戦士化】だ。

 基本的に復讐者以外、自ら好んで怒りの精霊と契約するものはおらず、他者が犯罪者やならず者を急ごしらえの戦士に仕立てる時によく使う。

「という事はだ。こいつらを狂戦士にした者がまだ近くにいるはずだ。お前ら! 【電撃の手】でオークの頭を狙え。恐らくそのオーク達は戦いのド素人だ。冷静に対処すれば造作も無く倒せる!」

 「オオ!」と部下たちは雄たけびを上げた。

 素人相手という事で心に余裕が生まれる。

 命中精度はそれほどでもないが当たれば瀕死確実な狂戦士の攻撃を避け、崩れた体勢のオークの頭に手をかざし【電撃の手】を当てる。

 残りのオーク達も騎士たちの魔法によって次々と倒れて気絶し、決着はあっさりとついた。

「さて、その辺に隠れているであろう卑怯者よ。出てこい!」

 シルビィは大きな声で周囲に向かって叫ぶ。

 するとどこからか甲高い笑い声が聞こえてきた。

「キューキュッキュ! 流石は騎士殿。急ごしらえの狂戦士では全く歯が立ちませんナぁ・・・」

 黒いボロボロのローブを纏ったヒジリそっくりのオーガが、林の中からのそっと現れた。

「なに? 貴様は・・・ヒジリか! なるほど、やはり闇側のスパイだったわけだな」

「その通り。まんまと囮に引っかかってくれましたネェ。小生を相手にしている暇なんテあるンですかねぇ? 今頃、村はどうなっているでしょうか? キュキュキュ。私は一足先に村に行ってますから。追いかけて下さいネ! キュキュッ!」

 そういうとヒジリに似たオーガは魔法の封じ込まれた脆い水晶のような石を握って潰すと、凄まじい速さでエポ村に向かって駆けていった。

「おのれ、ヒジリめ! 謀ったな! お前たち、エポ村に急いで戻るぞ!」



 その頃、本物のヒジリは庭の藁の上で瞑想しているところを三姉妹に集られていた。

「ねぇヒジリィ。あれやってよぉ、あれ~」

「やってよー、あれー」

「やれ!」

「今日はこれで何度目かね! 君たちに怪我をさせないように気を使うのだぞ、あれは」

 あれ、とは姉妹を腕や背中にしがみつかせてヒジリがグルグルと回る遊びである。

「あの手を放したらすっ飛んでいってしまうスリルが堪らないのよぉ~。うっかり手を放しそうになるとタマタマがヒュン! ってなるの!」

「おい、フラン。君に陰嚢は無いはずだが」

「確かめてみるぅ?」

 妖しい笑みを浮かべて短いスカートをたくし上げようとするフランの手をヒジリは押さえる。要求を飲まないとパンツを見せて気まずい思いをさせるぞ、という脅しだろう。

「遠慮しておこう。仕方がない、後一回だけだ。今日はそれで終わりだからな」

「やったー!×3」

 そう言うと三姉妹をしがみつかせて、ゆっくりとグルグル回る。

 少し怖がらせてやろうと思い回転速度を上げたその時、自警団の小屋がある地区から衝撃音が聞こえてきた。

 ヒジリは十中八九敵襲だろうと考え、三姉妹に家に入ってカギを閉めるように指示をして暫くその場で耳を澄ませた。

 ウメボシとタスネは、自警団の小屋とは反対側の冒険者ギルドや商店街のある地域に買い物に出かけているのでここにはいない。

 激しい破壊音のする地区を確認しに行こうとするヒジリに、フランは窓から心配そうに声をかける。

「ヒジリ、無茶しないでね。将来結婚を誓った仲なんだからぁ、死んだりしたら嫌よ」

「わたしもー心配だよー。無茶しないでねー」

「ヒジリのおっちゃんは強いから、私は心配してないよ、ニヒヒ」

 ヒジリは三姉妹の頭を撫でた。

「大丈夫だ。死ぬことはまずない。これは自信を持って言える」

 そう言うとニコッと笑ってヒジリは窓を閉めた。

 それから「よし!」と拳と拳を叩き合わせ気合を入れると、垣根を跳躍して飛び越え、道に出た。

 そしてすぐに騒がしくなった自警団の小屋がある地区に向かって走り出す。

 途中でタスネ達と合流しヒジリは、破壊音の聞こえた地区をウメボシにスキャンさせる。

「敵の数は?」

「オークが五人、あと体長4メートルほどの大型ヒューマノイドが寝そべっています。あ、オークの一人がその大型ヒューマノイドに捕食されました」

「なんだと? 制御できていないのに連れてきたのか。間抜けだな」

 突然タスネがウメボシに心配そうな顔を向ける。

「そうだ! ホッフは? ねぇ! ウメボシ! ホッフは無事?」

「ホッフ様は、地下牢におります。建物は壊れていますが地下牢は崩れていません。無事です」

「良かった・・・」

 自警団の小屋は既にサイクロプスに粉砕された後で、地面には地下牢への階段とその奥に入り口の扉が見える。

 その扉の前でサイクロプスの暴走に怯えながらオーク達が、なんとか鉄のドアを開けようと必死になって蹴っていた。

「い、いやだぁぁぁ! サイクロプスに食われるのは嫌だぁぁ! くそぉ! このドア開かないぃぃ!」

 一つ目の巨人サイクロプスは、次にどのオークを食べるか決めかねているようで、手をフラフラさせている。

 背後の手に怯えながらオーク達は、顔を強張らせてひたすらドアを蹴っている。

「あけろぉぉ! この糞チビがぁぁ!」

「敵に開けろと言われて素直に扉を開ける馬鹿がどこにいるんですか! というか、ここじゃない何処かへ逃げればいいでしょうが!」

 中からホッフの声が聞こえる。オークは更にドカンドカンと蹴るが鉄製のドアはびくともしない。

 ヒジリは仕方ないな・・・とため息をつくと、後ろ手を組んでのんびりとオーク達のいる場所へ近づいて行き、怯える彼らに声をかけた。

「オークの諸君、大人しく投降するのなら、その一つ目巨人を倒してやってもいいぞ」

「オーガなんかにサイクロプスが倒せるかぁぁ!」

「そのままサイクロプスに食べられるのと、投降して生きて祖国に帰れる機会を待つのとどちらが素敵でしょうか?」

 ウメボシが涼やかな声で言う。近くにいるサイクロプスに怯える様子もない。

 オーク達はこのオーガメイジとイービルアイの余裕の態度は何だろうかと顔を見合わせて困惑する。

 サイクロプスはどのオークを食うのか決めたのか、テレビを見るお父さんのような体勢のまま、手をゆっくりとオークに伸ばし始めた。

「わがった! わがったからぁぁ! 言うとおりにする! だから助けてくださぁぁい!」

 サイクロプスに狙われたオークが泣きながら叫んだ。

「約束したぞ」

 ヒジリは寝転ぶサイクロプスの頭に近づくと、目に向けて電撃パンチを放つ。

 バチンと音がした後、肉が焦げる匂いが辺りを漂う。

「ズギャアァァァァ!」

 視界の外から急に現れたオーガに電撃の一撃を浴びせられたサイクロプスは、目を手で押さえながらドタンバタンとのたうち回った。

 ウメボシがのたうち回るサイクロプスの頭に近寄って何かをすると、サイクロプスは急に大人しくなって眠ってしまった。

 その後は土食いトカゲと同じく、浮かせた後に蜘蛛の糸のような繊維でぐるぐる巻きにしてしまう。

「まさか、また売れるかなとか言うんじゃないでしょうね、ヒジリ!」

 心配性のタスネが不安がった。

「そのまさかだ。お金になるのかね?」

「そりゃあ、サイクロプスみたいな力持ちの種族は色んなギルドが欲しがるでしょうけど、売れるまでが大変なの! まだ土食いトカゲだって売れていないのよ!」

「マスター、オーク達はどうしますか?」

「うーむ、めんどくさいので同じくグルグル巻きにしときたまえ」

「かしこまりました」

 そう言うと呆けているオーク達四人を一纏めにしてグルグル巻きにしてしまった。

「もう・・・! 何でもかんでもグルグル巻きなのね・・・。あれッ? でも何だか可笑しいわ。うふふ」

 怒りながらも、浮かされてグルグル巻きにされるオークの様が滑稽で可笑しくなり、タスネは一頻り笑った後、思い出したように直ぐにホッフのいる地下牢の扉に向かった。

「ホッフ、大丈夫?」

 扉の前でそう言うと、扉の小さな窓からホッフのクリッとした目が現れる。

「ああ、タスネ! もしかして君のオーガ達がサイクロプスとオークをやっつけてくれたのですか?」

「ええ、まぁ。やっつけたっていうかグルグル巻きだけど」

 ガチャリと扉が開けてホッフはタスネに抱きついた。

「ありがとう! 本当にありがとう! 僕はもう諦めてここで死ぬ覚悟をしていたんだ。君は命の恩人だ!」

 急にホッフに抱きつかれてほっぺにキスをされたタスネは耳まで真っ赤になった。

 ホッフは街の様子を見てから村長と共に領主に報告へ行くと告げて、遠巻きにこちらの様子を窺う沢山の野次馬地走り族や冒険者をかき分け速足で立ち去ってしまった。

「うふふ、好きな人にほっぺにチューをしてもらえるなんて、幸せですね? タスネ様」

「み、見てたの? 妹達には内緒にしててよね!」

「はいはい」

 タスネとウメボシがヒジリの近くに移動し、ホッフの無事を報告しようとすると突然村が馬のいななきと鎧の音で騒がしくなった。

 騎士達が帰ってきたのだ。帰って来るなり馬から降りてヒジリ達を囲みはじめたので、ヒジリは少し警戒しタスネを守るように前に立った。

 そんなヒジリを見てシルビィは怒りで赤い髪を逆立てながら震える。

「よくもここまで村を破壊してくれたものだな、オーガメイジ」

「なんの話かね?」

「とぼけるな!」

 シルビィは問答無用とばかりに攻撃命令を出し、騎士たちは一斉にメイスで殴りかかってきた。

 ヒジリはタスネを抱き上げるとウメボシに向かって投げる。

 今のシルビィは誰彼構わず攻撃しそうだからだ。正に二つ名の通り、憤怒のシルビィだった。

 スカートを押さえ悲鳴を上げるタスネを、ウメボシは反重力で浮かせ、安全な場所まで運んでいく。

 タスネが安全な場所運ばれたのを確認すると、ヒジリは拳を前に出して構えをとった。

 騎士たちが振り下ろそうとするメイスの柄の底を素早く掌底打ちで弾き返し、即座にしゃがむと取り囲もうとする騎士たちに対して回転しながら足払いをした。

「ドラゴン! スイィープ!」

 ヒジリは軽く転倒させるつもりでやったのだが、騎士たちはオーク兵の時同様、脚を抱え苦痛でのたうち回りだした。

 シルビィだけは咄嗟に避けて難を逃れ、部下を戦闘不能にしたヒジリに対して怒り狂う。

「貴様ぁぁぁ!」

 憤怒するシルビィの雄叫びに被せるようにして、甲高い声がどこからか聞こえてきた。

「キューッキュッキュ! 争い合え~! 憎しみ合え~! 殺し合え~!」

 シルビィが声の主を探ると自警団の小屋があった瓦礫の方から声がした。

 急に姿を現した人物は戯けるようにしてタップを踏んでいる。

「お蔭でオーク兵達を救出する事ができましたぁ。知っているかもしれませんが、捕まったオークの中に貴族の息子がいたのですよぉ。助けるとお金をたんまり貰えるの! チャリチャリーンってネ! 騎士がオーク兵達を連れて首都まで向かえば、街道で待ち伏せて襲わせる作戦が計画A、気づかれた場合に召喚したサイクロプスで村を襲わせて、その間にオーク兵達を救出するごり押し作戦が計画B。頭の良い小生は~、更に機転を利かせて~、ンンン! 同士討ちを誘発! 結果、救出作戦は大成功~! 小生の為に争い合ってくれてありがとうネ、騎士の皆さん。・・・それから闇側を裏切ったオーガメイジ殿も」

 誰も聞いていないのにペラペラと喋る黒ローブの男は、最後の「オーガメイジ殿」には裏切り者を許さないという怒りが込められていた。

「一々、ネタばらしをせずに黙って作戦を遂行した方が良かったのでは?」

 ウメボシがホログラムの汗を流す。

「おや、確かに。貴方は賢いですね、イービルアイさん。我が使い魔のア・カイロに貴方の爪の垢を煎じて飲ませたいですよ。あっと、イービルアイに爪はありませんね。失礼失礼。キューーーキュッ!」

 偽ヒジリがアイテムを使って空間に開いた光のゲートのようなものにオーク兵達は次々と飛び込んでいく。

 グルグル巻きの雇われゴロツキオーク達も、置いていかないでくれと言わんばかりに足をシャカシャカと動かし、ゲートに飛び込んでいった。

「どういうことだ! あそこにいるのもヒジリ、此方にいるのもヒジリ。双子か?」

 シルビィは混乱する。

 ゲートに向かうまでの間、素早いタップダンスのような動きをしていた偽ヒジリはピタリと止まって振り返った。

「ああ、これは闇の幻惑魔法ですよ。小生を見た者は本人が今一番興味を持っている人物を映すようになっているのです。殆どの者が小生に向かって勝手に喋り出すので、それに合わせて返事をするだけで相手はコロッと騙されるのですよぉ。はぁ・・女騎士殿は特殊な性癖をお持ちのようですねぇ。そこのオーガ殿に興味があるなんて。大きいのがお好きなんですか? 変態さんですねぇ。キュキュキュのキュ」

「ち、違う! おのれぇぇ! 喰らえ! 【大火球】!」

 シルビィは怒り狂い、ヒジリの偽者の上に渾身の巨大火球を召喚する。

「おっと危にゃーい! 残念でしたー! はい、さようなら! アバババババ!」

 最後まで戯ける偽ヒジリはゲートに飛び込んで消えてしまった。火球は虚しく自警団の小屋だった瓦礫の山を焼き払うだけであった。

 熱風が吹き付ける中、暫く跪いて怒りに呻くシルビィの声と、騎士たちのうめき声が辺りに響き渡たる。

「ウメボシ、奴の動きを何故感知できなかったのだ?」

「申し訳ありません、マスター。彼がどういう手を使ったのか解りませんが、センサーに引っかかりませんでした」

「そうか、それでは仕方ないな。それにしても奇妙なピエロだったな」

「えぇ。黒いボロボロのローブに歌舞伎のようなメイク。言動は如何にも道化師といった感じでふざけていましたね」

「え! ピエロだったの? 黒いローブを着たホッフが変な喋り方してておかしいなとは思ったけど」

「勿論、タスネ様にはそう見えるでしょう。クスクスクス」

「もぉー! 仕方ないでしょ! そういう魔法なんだから。光側には無い魔法だよ」

「それよりもウメボシ、騎士たちの治療を頼む。君はハプニングに遭遇すると、物事が酷くなる前にスキャニングする癖があるだろう? その取り入れたデータを元に騎士の負傷箇所を再構成だ」

「かしこまりました」

 そう言うとウメボシは一人一人回って、折れた脚を目から放つ光線で元通りにしていった。

 殺す気で襲い掛かったオーガメイジの使い魔に傷を治してもらっているのだから、騎士たちはばつが悪そうにお互い顔を見合ってモジモジしている。

 シルビィは怒りが収まったのか、凄い勢いでヒジリ達の前に走って来て、ずさーっとジャンピング土下座をした。

(こ、これは! 伝説のジャンピング土下座! まさかリアルで見られようとは!)

 ヒジリは心の中で密かに驚く。

「月並みな謝り方しかできないが、済まない! ヒジリ殿! 私の所為で貴殿が捕まえた捕虜を逃がしてしまった! 許してくれ!」

「いや、我々は特に問題はない。捕虜を逃して責を負うのはシルビィ殿、君だろう? 他人の事ながら気の毒に思うよ」

「・・・・」

 シルビィはヒジリにそう言われてハッとして顔をあげる。騎士としての今回の失態が一族にどれ程影響するかを考えて身震いした。

 そして気が動転しているせいか、一人の女性としての顔が現れてしまい思わずヒジリを見て言う。

「どうしよう~!」

「いや、どうしよう~と言われてもね・・・。ちょっと騎士殿が可愛く見えたではないか。どこかで名誉挽回するしかないだろうな」

 シルビィは自分の素の面が出てしまったことに気が付き、少し気を取り直していつもの口調に戻る。

「名誉挽回しようにも、戦争自体は小康状態で騎士の出番は少ない」

「それは私の知った事ではないが・・・。ふむ、では例のピエロを追ってみるかね? ウメボシ、追跡ナノマシンはピエロに付着させたか?」

「はい、今は闇側の国境近くの街にいますね。闇側の詳しい地図は見ていませんので、場所を指す事しかできませんが」

 そういうとウメボシは空中に地図を投影し、ピエロのいる場所にマーカーを付ける。

「その場所ならゴデの街だな。ゴブリン谷を通って貧民街側から侵入するのが定石か」

 そしてシルビィはギュルンと回転して斜め右後ろにいたタスネに向き、改めて土下座をする。

 部下の前で体面も気にせず、貴族が奴隷階級や平民にこれをやってしまうのは覚悟の表れだ。シルビィの身分や種族を問わない素直な性格も関係している。

 部下の騎士達は遠巻きながらその様子を見て困惑していた。大元帥の娘でありエリートでもある我らが隊長シルビィが土下座をするなどあり得ないからだ。

「タスネ殿、ヒジリ殿たちを貸してくれまいか? 勘違いしていたとはいえ、襲った立場で君達に依頼をするなど、厚かましい事だとは重々承知している! でも頼む! 個人的な名誉挽回の為となると、大事な部下たちを巻き込むわけにもいかないのだ。君たちを一流の冒険者と見込んで頼んでいるのだ」

 タスネも騎士に土下座をされて、ハワワワと慌てながらヒジリに問う。

「どうする? ヒジリ。あたしは騎士様を手伝ってあげたいけど」

「主殿がそう言うのなら仕方あるまい。では酒場で計画を練るとしよう。それから、サイクロプスを王国側で引き取ってもらえないかな。シルビィ殿の指示の下、私が倒したことにすればシルビィ殿も少しは恩情を受けられるかもしれない。まぁその分、報酬を上乗せしてもらうがね」

「しかしそれでは嘘をついているようで・・・」

「シルビィ殿は真面目過ぎる。たとえ嘘でも時には他人の善意に乗っかるのも悪くないという事を知るべきだ。騎士殿にとっては不名誉な事なのだろうが、見た事もない魔法で私やウメボシ以外の誰もが騙されていたのも事実。言い訳の理由にはなる。サイクロプスは見たところ、体中に何かしらの痕跡が残っている。何かの札、制御装置らしき首輪。連れ帰っていろいろ調べれば、今後の対策にも役に立つだろう」

「わかった・・・。では、その話に乗らせてもらおう」

 不本意ではあるが、という顔でヒジリの申し出を受け入れ、シルビィは部下の所まで行って何かを伝えると駆け足で戻ってきた。

「部下たちには暫く村の警護に付かせる事にした。それからサイクロプスを引き取るよう伝令も出した。我々の留守中、何が有っても命がけで村を守るようにと命令もしてある。では酒場に向かおう」
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雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

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