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地球へ2
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村周辺に配置されたファイアードレイクの鳴き声を聞いて櫓の見張りに誰が来たのかを闇樹族村村長であるガノンが訊ねる。
「た、大変です!ヒジリ国王陛下です!怪我人を抱えています、村長!」
いつも急にやって来る国王だったので驚きはしないが、怪我人を抱えているとなるとただ事ではない。
急いで走って村の門を出て国王を迎えにいく。
「国王陛下!どうなされましたか!」
「やぁ、ガノン。久しぶりだな。少し休ませてもらおうと思ってな」
ガノンは王の肩でぐったりするリツと脇に抱えられた意識のないウメボシを見て驚く。
「リツさんやウメボシさんが、ここまでやられるなんて!陛下も顔色が優れませんぞ!直ぐにベッドを用意します」
ガノンが案内したのは村の診療所だった。時々聖騎士見習いのフランが転移石でやって来て皆に治療して帰っていく。
ヒジリはベッドにリツを寝かせると、まだダメージの残る体を休ませようとウメボシを抱え込むようにしてソファに深く腰を下ろした。
「流石に疲れたな・・・」
「陛下をここまで追い詰めた相手が気になりますな」
ガノンは息子のジュウゾと同じバリトンの声でそう言ってお茶を出す。
「相手は星のオーガだ」
「なんと!同族で!?それであれば皆がズタボロになるのも納得できる話ではありますが・・・」
鎧や盾がなくとも鉄壁の防御を誇る帝国鉄騎士団団長を打ち負かし、なによりも現人神に並ぶ力を持つウメボシにダメージを負わせたのだから、戦った相手が星のオーガであるのは当然だとガノンは納得する。
「我らも色々あるのでな。私に成り代わってこの星の支配者になろうとする無法者は幾らでもいる」
「それにしても・・・陛下は皆の見えないところでいつもこの星の運命を決める戦いをしておられますな。まるで運命の神に星を任されているようです。それではお疲れでしょうから、私はこれで。何か御用があれば鈴を鳴らしてください」
「ああ、ありがとう」
ガノンが部屋から出ていくと、ヒジリはウメボシをソファに残してベッドへ向かった。
その途中でリツが目を覚ます。
「ここは・・・?」
ヒジリはにっこりと微笑んでリツの頬を撫でた。
「タケシは倒した。というか、カプリコンが消去した。彼は星の国の法に大きく違反しているし、元々存在してはいけない者だったのでね」
生きている事を許されない存在というものを理解できなかったが、リツは事が丸く収まった事に安堵の息を吐く。
そんなリツの顔をヒジリは愛おしく思い見つめた。
「私の意識がない間、ずっと庇ってくれていたのだろう?勝ち目がないのに・・・。ありがとう、リツ」
そう言われてリツは思い出したように上半身を起こして左手を見る。薬指にはヒジリがくれた食虫植物の指輪がちゃんとついていたのでホッとする。
「そんな物の為に・・・」
涙が出そうなほど感極まったヒジリはリツを抱きしめた。
「私は指輪なんかより君の方が大事なのだ。これからはどうか自分の身を大事にしてくれ」
「でも、これはヒジリがくれた大事な指輪ですもの。壊されたくなかったの。だってヒジリが個人的に何かをプレゼントしてくれるなんて珍しい事ですから」
「そうだったかね。私はまるでダメな夫だな」
思い返してみると確かに自分は個人的に何かをプレゼントする事は滅多にない。一人に渡すと同じような物を他の妻にも渡す。服でも食べ物でも。
なのでリツはイグナが今も首からかけている黒くて四角い奇妙な装置が羨ましくて仕方ないと常日頃から言っていた。あれは自分がイグナにあげたものだ。あげたというよりは長時間触れていると装置を壊しかねないからイグナに管理を任せたのだ。その効果は樹族の遮蔽装置が惑星ヒジリを覆っていた遮蔽フィールドに一時的に穴をあけるというものだが、最早装置として機能はしていない。それでもイグナはヒジリとの絆だと言って毎日寝る前にリビングで嬉しそうに布で磨いている。
「欲しい物があれば言ってくれたまえ。私は君がしてくれたことに報いたい」
「夫が妻を、妻が夫を守るのは当たり前の事ですわ。でもどうしてもというなら・・・」
リツは冗談のつもりで次の言葉を選んだ。
「貴方との子供が欲しいです」
夫はオーガの基準で言うと子作りが不可能なのではないのかと思えるほど性欲が少ない。なので冗談だと解るように少し笑いながらそう言ったつもりだったが、ヒジリの反応は至って真剣だった。
「いいだろう。そろそろ子作りをしないと彼の存在がおかしくなる」
「???」
「もう話してもいい頃か。君は未来の我が子を見た事があるのだよ。セーバーと名乗る自由騎士がいただろう?」
「ええ、私とはあまり接点はありませんでしたし、弟と同名というだけの別人程度にしか・・・。確か邪神戦でヒジリを助け出そうとした仮面の自由騎士ですよね?何故か帝国騎士鎧を着ていましたけども」
「そう、彼は私たちの子供だ。本当の名前はヤイバという」
前髪が目の上にまできているので見えないが、リツの太い眉毛が上がった。
「にわかには信じ難いですわ。時間を移動するなんて神の所業ですわよ?」
「彼は特殊な力を持っていてね。虚無の力を操れる。転移石と虚無の力で過去と現在を行き来できたのだ。時には強引に時空の壁に穴を空けて移動すらしていた」
「ヤイバ―がどうして我が子だと解ったのです?」
「セイバーとヤイバを混ぜ合わせるんじゃない。顔が私と君にそっくりだったし、家族でないと知らないような情報も知っていた。他にもフーリー家の事や帝国での内情やら。それに邪神戦で父親である私を命がけで救おうとしたのが何よりの証拠だ」
少し間をおいてリツは不機嫌になった。
「貴方はヤイバの都合に合わせて私と子作りをするというのですか?」
拗ねた顔をしてそっぽを向くリツを見て、ヒジリは時々言葉選びが下手になる自分を恥じた。
「そういうつもりではなかったのだが・・・、すまない。私の感情制御チップは随分と前に壊れていてね。勿論直す事もできたが、私はそれを取り除く道を選んだ。上辺だけを取り繕って、内心では心が動いていないなんてのはもう嫌なのだ。本来の人間としての感情を持って生きていくと決めた。我が身を犠牲にしてまで私を守ろうとする君を見た時・・・・タケシの攻撃を受ける君を見た時、私は怒りで目の前が真っ赤になったよ。タケシを無慈悲に殺してやろうと思ったほどに。それはそれだけ君を愛していたからだと思う。だから君に君と私の生きた証を残したいと心の底から思った。私を受け入れてくれるだろうか?」
囁くような声で真剣にそう言われてリツは頷く。
「解りました。では湯あみをしてきますので少々お待ち・・・キャッ!」
ヒジリは唐突にリツをベッドの上に押し倒した。
「ふむ、凄まじい回復力だな。オーガの治癒能力とナノマシンの力は。もう全ての傷が回復している。悪いが、私は待てない。なぜなら今私の全身を駆け巡る劣情を抑えきる事は不可能だからだ。君に欲情している」
「で、でも私、汗もかいていますし・・・」
「問題ない。君の全てを受け入れる。愛しているリツ」
「アッ・・・」
この交わりも遺伝子の操り人形である生き物の本能に過ぎないと心のどこかで皮肉るもう一人の自分を押しやってヒジリはリツを抱きしめた。彼女と一つになって子を持ち、これから待ち受けているだろう喜びも悲しみも全て受け入れて幸せに生きていく。きっと我らの未来は明るい。そんな夢想をしながらリツの前髪を上げて額にキスをした。
コンプレックスである太い眉毛を見られるて恥じらいながらリツはようやく自分の愛がヒジリに届いたような気がして涙を流した。
「嬉しい・・・。嬉しい・・・です」
いやらしさは皆無な、寧ろ生き物としての神聖な儀式のようにも見えるその生殖行為の最中に村人が部屋に来る事は幸いなかった。
ダメージから回復したウメボシは素早く自己診断した後、体に異常がない事を確認してから周囲をスキャニングを開始する。
「ヒエッ!」
ウメボシが突拍子もない声を上げるのでベッドで寝ていたヒジリが目を覚ます。
「どうしたね?可愛いアニメキャラを見てその声を気に入り、声優さんの顔を見ようと検索したら、その声優さんがアニメキャラとは程遠い顔をしていた時のアニメオタクのような声を出して」
「そんな程度の軽い話ではありません!マスターの精子が何故かリツ様の体内にあるのです!ウメボシが気絶している間にカプリコン様に転移を頼みましたか?転移事故で体の一部が混じり合う事があると言われていますから!」
「その確率は何十億分の一だ。普通に性交をしたと考えるのが妥当だと思うのだがね」
「ええええええ!!はわわわわ!つ、ついにマスターが童貞を卒業してしまいました!マスターの初めてはウメボシの予定でしたのに!」
ふえぇ~んと泣いてウメボシはヘナヘナとソファの上に着地した。ホログラムの大粒の涙を零すウメボシをヒジリは抱えて撫でる。
「泣くな、ウメボシ。人間として本来の生き方をしようとすればいつかはこういう日が来るのだ。私はリツを愛し子孫を残したいと思ったからそうした。それに君も私の妻なのだろう?だったら君にもこういう事は起こる」
ハッとした顔でウメボシは主を見つめる。それから目を細めてウヒヒヒと笑った。
「ウメボシは子孫を残せません。でも・・・ウメボシとゴ、ゴニョゴニョしてくれるなら嬉しいです。いつしますか?マスター」
瞳を虹色にしてウメボシはホログラムのセクシーな体を発生させ肢体を体に絡ませてきた。ピンクのネグリジェを着たナイスボディだが、顔はウメボシだ。ハァハァと息が荒い。
ヒジリはオゥフと呻いてウメボシを体から引き剥がし誤魔化す。
「い、今はダメだ。あ、明日の夜な・・・」
「約束しましたよ!明日の夜ですからね!フンガー!」
鼻息荒く主と約束をしてウメボシはホログラムの体を引っ込めた。
二人のやり取りが煩かったのか、リツがベッドの上で目を覚ます。
「おはようございます、あ・な・た」
女の悦びを知った大人の顔をするリツを見てウメボシが悔しそうに睨んだが、その後にニヤリと笑った。
「まだ受精していませんね。数日間は受精の可能性がありますが、受精しなかったならばマスターとの性交はノーカウントですよ?リツ様」
「は?愛し合った事実は消えません事よ?はぁ~、それにしても素敵な夜でしたわ。昨日の夜のヒジリを例えるならば紳士的な野獣かしら?優しく、丁寧に、それでいて私が何度果てても許してはくれず・・・。女として生まれて幸せでした」
「ンキィーーー!」
ウメボシはマッチョなホログラムの体を出して、リツをポカポカ殴る。リツも対抗してポカポカ殴るが心に余裕があるせいか、拳に力は入れておらず顔は半笑いだった。
「やめたまぃ。君達」
ヒジリが止めに入ると二人は手を止めてヒジリの体に絡みつく。
「明日はウメボシの番ですからね!マスター!」
「じゃあその翌日は私ですわよ?」
性の悦びに目覚めてしまった元童貞のヒジリは、実のところ夜の営みが気に入ったのだが、それを悟られまいと困り顔を装う。
「そうなったらヘカも参戦してくるな。ええい!こうなったら毎日だ!子供が生まれて大家族になるなんて素晴らしい事だしな!私はなんと幸せ者なのだろうか!」
四十一世紀の地球において子供を授かる事がどれだけ幸運な事かを知るヒジリは嬉しくなって、オーガ式の愛情表現をリツとウメボシにした。つまり彼女たちの頬を激しく舐めているのだ。
リツやウメボシも負けじとヒジリを舐める。
コンコンとドアをノックする音がしたが、遠慮気味の小さな音だったので夢中で頬を舐めあう三人は気が付かなかった。
「失礼します、国王陛下。アッー!」
ドアを開けたガノンは、べろべろと舐め合う異様な三人を見て固まる。
「し、失礼しました!」
「いや、これは・・・!」
慌ててガノンを追おうとしたヒジリだったが、リツに引き戻されて頬を舐められ、恥ずかしさに白目をむく。
「国王の威厳が台無しだ・・・」
「マスターが威厳を気にしていたとは思えませんが。これまでの数々の恥ずかしい行いをお忘れですか?」
「・・・煩いな、ウメボシ」
ヒジリ達が桃色城に帰って来て、真っ先にリツの変化に気が付いたのはイグナだった。明らかに雰囲気が変わっている。帝国鉄騎士団の鉄の女と呼ばれたリツが妙に色気立ち、女らしくなって帰ってきたのだから。彼女が出掛けしなに着ていた少し違和感のあった水色のワンピースが今は似合っているような気がする。
(わわわ!わわわーー!)
イグナは【読心】を使った事を激しく後悔した。リツの心の内を見て浮かんだ映像は、十代前半の彼女には刺激的過ぎたのだ。
(ヒ、ヒジリもリツも大人だからそういう事があってもおかしくないけど・・・悔しい)
イグナはまだ十三歳の自分が恨めしかった。
(私はまだ無理・・・。でもヒジリがリツに取られちゃう!)
地走り族は早婚な者が多い。二十歳までには結婚する者ばかりで、早いと十五歳で結婚する。学校に通う生徒が既婚者だったりする事も珍しくない。
(十五歳になったら私も・・・)
そこでとある事に気が付く。
(今十五歳のフランお姉ちゃんはヒジリとそういう事が出来ちゃう!)
リビングのソファで中盾を磨くフランを見てリツは唇を震わせた。
「なぁに?漏らしそうな時のタスネお姉ちゃんみたいな顔して」
不思議そうな顔をしてこちらを見るフランはいつも笑顔なので目が細い。その笑顔がヒジリの前では消えて女の顔になるのだと考えるとイグナは落ち着かなくなった。
「磨きゃなきゃ・・・。今から女として自分を磨かなきゃ・・・!」
イグナはそう呟くと部屋から出て行ってしまった。
「何なのかしら?」
フランは肩をすくめて部屋から出ていくイグナを見送った。
イグナはナンベル魔法店を目指した。心の中で魔法店には親友のミミかナンベル以外の従業員がいますようにと願いながら。
店のドアを開けると残念な事に孤児院兼学校の長であるナンベル・ウィンがカウンターに座っていたのでイグナは心内で残念がる。
「いらっしゃい、イグナちゃん。今日も触媒を買いに来たのかなぁ?」
ドアを開けたままイグナは自分の願いが通じなかった事を呪いつつも、ふとヒジリの話を思い出した。
ヒジリは過去に何度か平行世界を旅していたと言い張っていたが(最近は言わなくなった)、その話の中でナンベルはツィガル帝国の皇帝になっていたという。
ナンベルの実力は対人に限っては無敵だが、巨大な魔物相手だとあまり実力を発揮できない。暗殺を生業としていた為、人を殺す術には長けているが魔物が相手だと苦戦しやすいという欠点がある。帝国で力を見せつけ続けるには少々力不足な気もする。更に言えば生まれつきのものなのか人望もない。なので皇帝という器には程遠いのだ。
イグナはナンベルの事が好きだったが、今は魔法店に居てほしくなかったという気持ちが彼を無意識に否定し、ネガティブな情報が頭を過ったのだ。
「おや?小生が皇帝になっていたですって?何の話です?キュッキュ」
彼も人の心を読む魔法を習得していたのを忘れていた。というか今イグナが覚えている【読心】は彼から教わったようなものだ。一度見覚えという能力を持つイグナは彼がその詠唱をしているところを見たのだ。
「なんでもない。夢の話」
イグナはこれ以上心を読まれないように平坦にしていく。
「今日は魔法の触媒を買いに来た、という雰囲気ではないですねぇ?イグナちゃん」
ナンベルもヒジリ同様抜けているところがあるが、勘は鋭い。イグナは無駄な足掻きはせず正直にナンベルに話をした。
「私、色気ムンムンになりたい。今すぐヒジリを魅了しないとリツに取られちゃうから」
「ヌハーー!なんですとぉーー!どういった経緯でそういう考えに至ったか、小生に説明してくださぁい、イグナちゃん!」
カランカランとオーガの酒場のドアベルが鳴ってナンベルとイグナが入ってきた。ミカティニスがいつものように痰が絡んだような声で「いらっしゃい」というと二人はカウンターに座っていたヒジリを挟むようにして座った。
「やぁナンベル。今日は珍しくふざけていないな」
いつもは某悪魔系メタルバンドのメイクの下でニヤニヤしているナンベルだが、今日は至って真顔だった。
ナンベルは静かにメイド姿のヘカティニスに珈琲を頼む。と同時にヘカティニスの尻を触ったのでイグナに杖で頭を叩かれる。
尻を触られたヘカティニスは、「おで今ナンベルに尻を触られた」と一々ヒジリに報告して夫の反応を見る。
「では後で私がヘカの尻を存分に触る。それで相殺だ」
とヒジリが言うのでヘカはガハハと笑って夫の背中をドシンと叩いてカウンターに入り珈琲を作り始めた。冗談でもヒジリが自分を女扱いしてくれた事が嬉しかったのだ。
「最近、旦那様は助平でオーガっぽくなってきた」
ニコニコしながらナンベルに珈琲を出すと、ナンベルはそれをブラックのまま啜って静かにカップを置いた。
「ええ、そうでしょうとも。ヒー君はもう童貞ではありませんからね」
「なぬ!」
ヘカティニスは丸椅子に座って休憩していたが、ナンベルの言葉を聞いてガタリと立ち上がってヒジリを見た。
「ほんとか?」
困惑と悔しさを滲ませる彼女の顔を直視できず、ヒジリはいつもよりコーヒーカップを持ち上げて彼女を視界から消した。
「ああ、昨夜な。というか何でそんな事をナンベルに報告されなきゃならんのかね」
ヒジリはカップを下ろすと右眉を上げてイグナをチラリと見た。彼女は申し訳なさそうな顔をしている。
ナンベルは椅子から立ち上がり自分の娘と同じぐらい愛しているイグナの近くまで行くと肩に手を乗せ、真面目な顔でヒジリに向いた。
「ところでヒー君。地走り族は早婚でしてね。十五歳で結婚なんてのはザラなんですヨ。イグナちゃんはまだ十三歳だけですが、このムチムチボディを見れば解る通り、もう子供は作れると思うのですよ。だから彼女を子作りの対称として見てくれませんか?」
ヒジリはとんでもない事を言うナンベルに驚いて珈琲をブッと吐いてしまい、カウンター向こうにいるミカティニスとヘカティニスにその霧を浴びせてしまった。
「馬鹿を言いたまえ。私の国ではそれは大罪だぞ!まだ幼い子供をそのような目で見るのは禁忌だ!」
「星の国では、でしょう?でもここではその常識や法は通じません。地走り族は体の成長が早い。特にサヴェリフェ家の姉妹はその特徴が顕著です(コロネちゃんは例外)。ヒー君はイグナちゃんを愛していないのですかぁ?抱いてやってくださいよぉ~」
好きは好きだがイグナをそのような目で見た事のないヒジリは戸惑い沈黙して、何気なくサヴェリフェ家の三女を見た。
身長145センチメートルしかないイグナは体系が徐々にフランに似てきたように思える。いつの間にか紺色のワンピースの胸部を圧迫するようになった大きな胸、細いウエストに大きく張り出た尻。不安そうにモジモジするイグナが頬を赤く染めて上目遣いでこちらを見ている。
「ふむ、見た目だけだと確かに子供を作れそうだ。だが・・・」
ヒジリはそっとイグナの肩に触れて網膜モニターに映る彼女のデータを見る。
「やはり見た目だけだ。まだ体の色々な器官が未発達だな。このまま子作りをすればイグナの体への負担は大きいだろう。その事で君に辛い思いはさせたくない。もう数年まってくれないか?イグナ」
触れたイグナの肩から力が抜けていくのが解る。
「でも・・・それじゃあヒジリはリツやヘカに取られちゃう。二人は赤ちゃんを作ってヒジリとの絆を深めるけど、私が赤ちゃんを作れる頃にはヒジリの気が変わるかもしれない」
ヒジリはイグナを抱き上げて膝の上に乗せ頭を撫でる。
夏の暑い日だったが、ヒジリの周りは涼しい。が、パワーグローブを外した手から伝わる熱はじんわりと暖かかった。それはイグナに安心感と安らぎを与える。
「大丈夫だ。ちゃんと君の事を愛している。私は命のサークルから外れた存在。だからいつだって君の都合に合わせる事ができるさ。焦らなくていい。ゆっくり成長してくれたまえ」
「解った。でも私の準備ができたら・・・エッチしてね?」
エッチしてね?という言葉と目を逸らして頬を染めるイグナの顔にヒジリは一瞬ドキリとする。
「も、勿論だとも」
自分の返事にニコリと笑うイグナの顔を見ながらヒジリは、誰かが転送してくる時に発生する微かな耳鳴りを聞く。またヴィランか?と警戒して、いつでも柔軟に動けるように体の力を緩める。
「しかし、それはもう叶う事がない。命のサークルから外れているとはいえ、それは地球のルールがあってこその話。君はそのルールの輪からも外れてしまっているのだよ、ヒジリ」
ヒジリの背後で光の粒子が集まり、人の形をしたその光からは聞き覚えのある声がした。
「父さん?」
振り返るとそこにはマサムネが厳しい顔で立っていた。
「た、大変です!ヒジリ国王陛下です!怪我人を抱えています、村長!」
いつも急にやって来る国王だったので驚きはしないが、怪我人を抱えているとなるとただ事ではない。
急いで走って村の門を出て国王を迎えにいく。
「国王陛下!どうなされましたか!」
「やぁ、ガノン。久しぶりだな。少し休ませてもらおうと思ってな」
ガノンは王の肩でぐったりするリツと脇に抱えられた意識のないウメボシを見て驚く。
「リツさんやウメボシさんが、ここまでやられるなんて!陛下も顔色が優れませんぞ!直ぐにベッドを用意します」
ガノンが案内したのは村の診療所だった。時々聖騎士見習いのフランが転移石でやって来て皆に治療して帰っていく。
ヒジリはベッドにリツを寝かせると、まだダメージの残る体を休ませようとウメボシを抱え込むようにしてソファに深く腰を下ろした。
「流石に疲れたな・・・」
「陛下をここまで追い詰めた相手が気になりますな」
ガノンは息子のジュウゾと同じバリトンの声でそう言ってお茶を出す。
「相手は星のオーガだ」
「なんと!同族で!?それであれば皆がズタボロになるのも納得できる話ではありますが・・・」
鎧や盾がなくとも鉄壁の防御を誇る帝国鉄騎士団団長を打ち負かし、なによりも現人神に並ぶ力を持つウメボシにダメージを負わせたのだから、戦った相手が星のオーガであるのは当然だとガノンは納得する。
「我らも色々あるのでな。私に成り代わってこの星の支配者になろうとする無法者は幾らでもいる」
「それにしても・・・陛下は皆の見えないところでいつもこの星の運命を決める戦いをしておられますな。まるで運命の神に星を任されているようです。それではお疲れでしょうから、私はこれで。何か御用があれば鈴を鳴らしてください」
「ああ、ありがとう」
ガノンが部屋から出ていくと、ヒジリはウメボシをソファに残してベッドへ向かった。
その途中でリツが目を覚ます。
「ここは・・・?」
ヒジリはにっこりと微笑んでリツの頬を撫でた。
「タケシは倒した。というか、カプリコンが消去した。彼は星の国の法に大きく違反しているし、元々存在してはいけない者だったのでね」
生きている事を許されない存在というものを理解できなかったが、リツは事が丸く収まった事に安堵の息を吐く。
そんなリツの顔をヒジリは愛おしく思い見つめた。
「私の意識がない間、ずっと庇ってくれていたのだろう?勝ち目がないのに・・・。ありがとう、リツ」
そう言われてリツは思い出したように上半身を起こして左手を見る。薬指にはヒジリがくれた食虫植物の指輪がちゃんとついていたのでホッとする。
「そんな物の為に・・・」
涙が出そうなほど感極まったヒジリはリツを抱きしめた。
「私は指輪なんかより君の方が大事なのだ。これからはどうか自分の身を大事にしてくれ」
「でも、これはヒジリがくれた大事な指輪ですもの。壊されたくなかったの。だってヒジリが個人的に何かをプレゼントしてくれるなんて珍しい事ですから」
「そうだったかね。私はまるでダメな夫だな」
思い返してみると確かに自分は個人的に何かをプレゼントする事は滅多にない。一人に渡すと同じような物を他の妻にも渡す。服でも食べ物でも。
なのでリツはイグナが今も首からかけている黒くて四角い奇妙な装置が羨ましくて仕方ないと常日頃から言っていた。あれは自分がイグナにあげたものだ。あげたというよりは長時間触れていると装置を壊しかねないからイグナに管理を任せたのだ。その効果は樹族の遮蔽装置が惑星ヒジリを覆っていた遮蔽フィールドに一時的に穴をあけるというものだが、最早装置として機能はしていない。それでもイグナはヒジリとの絆だと言って毎日寝る前にリビングで嬉しそうに布で磨いている。
「欲しい物があれば言ってくれたまえ。私は君がしてくれたことに報いたい」
「夫が妻を、妻が夫を守るのは当たり前の事ですわ。でもどうしてもというなら・・・」
リツは冗談のつもりで次の言葉を選んだ。
「貴方との子供が欲しいです」
夫はオーガの基準で言うと子作りが不可能なのではないのかと思えるほど性欲が少ない。なので冗談だと解るように少し笑いながらそう言ったつもりだったが、ヒジリの反応は至って真剣だった。
「いいだろう。そろそろ子作りをしないと彼の存在がおかしくなる」
「???」
「もう話してもいい頃か。君は未来の我が子を見た事があるのだよ。セーバーと名乗る自由騎士がいただろう?」
「ええ、私とはあまり接点はありませんでしたし、弟と同名というだけの別人程度にしか・・・。確か邪神戦でヒジリを助け出そうとした仮面の自由騎士ですよね?何故か帝国騎士鎧を着ていましたけども」
「そう、彼は私たちの子供だ。本当の名前はヤイバという」
前髪が目の上にまできているので見えないが、リツの太い眉毛が上がった。
「にわかには信じ難いですわ。時間を移動するなんて神の所業ですわよ?」
「彼は特殊な力を持っていてね。虚無の力を操れる。転移石と虚無の力で過去と現在を行き来できたのだ。時には強引に時空の壁に穴を空けて移動すらしていた」
「ヤイバ―がどうして我が子だと解ったのです?」
「セイバーとヤイバを混ぜ合わせるんじゃない。顔が私と君にそっくりだったし、家族でないと知らないような情報も知っていた。他にもフーリー家の事や帝国での内情やら。それに邪神戦で父親である私を命がけで救おうとしたのが何よりの証拠だ」
少し間をおいてリツは不機嫌になった。
「貴方はヤイバの都合に合わせて私と子作りをするというのですか?」
拗ねた顔をしてそっぽを向くリツを見て、ヒジリは時々言葉選びが下手になる自分を恥じた。
「そういうつもりではなかったのだが・・・、すまない。私の感情制御チップは随分と前に壊れていてね。勿論直す事もできたが、私はそれを取り除く道を選んだ。上辺だけを取り繕って、内心では心が動いていないなんてのはもう嫌なのだ。本来の人間としての感情を持って生きていくと決めた。我が身を犠牲にしてまで私を守ろうとする君を見た時・・・・タケシの攻撃を受ける君を見た時、私は怒りで目の前が真っ赤になったよ。タケシを無慈悲に殺してやろうと思ったほどに。それはそれだけ君を愛していたからだと思う。だから君に君と私の生きた証を残したいと心の底から思った。私を受け入れてくれるだろうか?」
囁くような声で真剣にそう言われてリツは頷く。
「解りました。では湯あみをしてきますので少々お待ち・・・キャッ!」
ヒジリは唐突にリツをベッドの上に押し倒した。
「ふむ、凄まじい回復力だな。オーガの治癒能力とナノマシンの力は。もう全ての傷が回復している。悪いが、私は待てない。なぜなら今私の全身を駆け巡る劣情を抑えきる事は不可能だからだ。君に欲情している」
「で、でも私、汗もかいていますし・・・」
「問題ない。君の全てを受け入れる。愛しているリツ」
「アッ・・・」
この交わりも遺伝子の操り人形である生き物の本能に過ぎないと心のどこかで皮肉るもう一人の自分を押しやってヒジリはリツを抱きしめた。彼女と一つになって子を持ち、これから待ち受けているだろう喜びも悲しみも全て受け入れて幸せに生きていく。きっと我らの未来は明るい。そんな夢想をしながらリツの前髪を上げて額にキスをした。
コンプレックスである太い眉毛を見られるて恥じらいながらリツはようやく自分の愛がヒジリに届いたような気がして涙を流した。
「嬉しい・・・。嬉しい・・・です」
いやらしさは皆無な、寧ろ生き物としての神聖な儀式のようにも見えるその生殖行為の最中に村人が部屋に来る事は幸いなかった。
ダメージから回復したウメボシは素早く自己診断した後、体に異常がない事を確認してから周囲をスキャニングを開始する。
「ヒエッ!」
ウメボシが突拍子もない声を上げるのでベッドで寝ていたヒジリが目を覚ます。
「どうしたね?可愛いアニメキャラを見てその声を気に入り、声優さんの顔を見ようと検索したら、その声優さんがアニメキャラとは程遠い顔をしていた時のアニメオタクのような声を出して」
「そんな程度の軽い話ではありません!マスターの精子が何故かリツ様の体内にあるのです!ウメボシが気絶している間にカプリコン様に転移を頼みましたか?転移事故で体の一部が混じり合う事があると言われていますから!」
「その確率は何十億分の一だ。普通に性交をしたと考えるのが妥当だと思うのだがね」
「ええええええ!!はわわわわ!つ、ついにマスターが童貞を卒業してしまいました!マスターの初めてはウメボシの予定でしたのに!」
ふえぇ~んと泣いてウメボシはヘナヘナとソファの上に着地した。ホログラムの大粒の涙を零すウメボシをヒジリは抱えて撫でる。
「泣くな、ウメボシ。人間として本来の生き方をしようとすればいつかはこういう日が来るのだ。私はリツを愛し子孫を残したいと思ったからそうした。それに君も私の妻なのだろう?だったら君にもこういう事は起こる」
ハッとした顔でウメボシは主を見つめる。それから目を細めてウヒヒヒと笑った。
「ウメボシは子孫を残せません。でも・・・ウメボシとゴ、ゴニョゴニョしてくれるなら嬉しいです。いつしますか?マスター」
瞳を虹色にしてウメボシはホログラムのセクシーな体を発生させ肢体を体に絡ませてきた。ピンクのネグリジェを着たナイスボディだが、顔はウメボシだ。ハァハァと息が荒い。
ヒジリはオゥフと呻いてウメボシを体から引き剥がし誤魔化す。
「い、今はダメだ。あ、明日の夜な・・・」
「約束しましたよ!明日の夜ですからね!フンガー!」
鼻息荒く主と約束をしてウメボシはホログラムの体を引っ込めた。
二人のやり取りが煩かったのか、リツがベッドの上で目を覚ます。
「おはようございます、あ・な・た」
女の悦びを知った大人の顔をするリツを見てウメボシが悔しそうに睨んだが、その後にニヤリと笑った。
「まだ受精していませんね。数日間は受精の可能性がありますが、受精しなかったならばマスターとの性交はノーカウントですよ?リツ様」
「は?愛し合った事実は消えません事よ?はぁ~、それにしても素敵な夜でしたわ。昨日の夜のヒジリを例えるならば紳士的な野獣かしら?優しく、丁寧に、それでいて私が何度果てても許してはくれず・・・。女として生まれて幸せでした」
「ンキィーーー!」
ウメボシはマッチョなホログラムの体を出して、リツをポカポカ殴る。リツも対抗してポカポカ殴るが心に余裕があるせいか、拳に力は入れておらず顔は半笑いだった。
「やめたまぃ。君達」
ヒジリが止めに入ると二人は手を止めてヒジリの体に絡みつく。
「明日はウメボシの番ですからね!マスター!」
「じゃあその翌日は私ですわよ?」
性の悦びに目覚めてしまった元童貞のヒジリは、実のところ夜の営みが気に入ったのだが、それを悟られまいと困り顔を装う。
「そうなったらヘカも参戦してくるな。ええい!こうなったら毎日だ!子供が生まれて大家族になるなんて素晴らしい事だしな!私はなんと幸せ者なのだろうか!」
四十一世紀の地球において子供を授かる事がどれだけ幸運な事かを知るヒジリは嬉しくなって、オーガ式の愛情表現をリツとウメボシにした。つまり彼女たちの頬を激しく舐めているのだ。
リツやウメボシも負けじとヒジリを舐める。
コンコンとドアをノックする音がしたが、遠慮気味の小さな音だったので夢中で頬を舐めあう三人は気が付かなかった。
「失礼します、国王陛下。アッー!」
ドアを開けたガノンは、べろべろと舐め合う異様な三人を見て固まる。
「し、失礼しました!」
「いや、これは・・・!」
慌ててガノンを追おうとしたヒジリだったが、リツに引き戻されて頬を舐められ、恥ずかしさに白目をむく。
「国王の威厳が台無しだ・・・」
「マスターが威厳を気にしていたとは思えませんが。これまでの数々の恥ずかしい行いをお忘れですか?」
「・・・煩いな、ウメボシ」
ヒジリ達が桃色城に帰って来て、真っ先にリツの変化に気が付いたのはイグナだった。明らかに雰囲気が変わっている。帝国鉄騎士団の鉄の女と呼ばれたリツが妙に色気立ち、女らしくなって帰ってきたのだから。彼女が出掛けしなに着ていた少し違和感のあった水色のワンピースが今は似合っているような気がする。
(わわわ!わわわーー!)
イグナは【読心】を使った事を激しく後悔した。リツの心の内を見て浮かんだ映像は、十代前半の彼女には刺激的過ぎたのだ。
(ヒ、ヒジリもリツも大人だからそういう事があってもおかしくないけど・・・悔しい)
イグナはまだ十三歳の自分が恨めしかった。
(私はまだ無理・・・。でもヒジリがリツに取られちゃう!)
地走り族は早婚な者が多い。二十歳までには結婚する者ばかりで、早いと十五歳で結婚する。学校に通う生徒が既婚者だったりする事も珍しくない。
(十五歳になったら私も・・・)
そこでとある事に気が付く。
(今十五歳のフランお姉ちゃんはヒジリとそういう事が出来ちゃう!)
リビングのソファで中盾を磨くフランを見てリツは唇を震わせた。
「なぁに?漏らしそうな時のタスネお姉ちゃんみたいな顔して」
不思議そうな顔をしてこちらを見るフランはいつも笑顔なので目が細い。その笑顔がヒジリの前では消えて女の顔になるのだと考えるとイグナは落ち着かなくなった。
「磨きゃなきゃ・・・。今から女として自分を磨かなきゃ・・・!」
イグナはそう呟くと部屋から出て行ってしまった。
「何なのかしら?」
フランは肩をすくめて部屋から出ていくイグナを見送った。
イグナはナンベル魔法店を目指した。心の中で魔法店には親友のミミかナンベル以外の従業員がいますようにと願いながら。
店のドアを開けると残念な事に孤児院兼学校の長であるナンベル・ウィンがカウンターに座っていたのでイグナは心内で残念がる。
「いらっしゃい、イグナちゃん。今日も触媒を買いに来たのかなぁ?」
ドアを開けたままイグナは自分の願いが通じなかった事を呪いつつも、ふとヒジリの話を思い出した。
ヒジリは過去に何度か平行世界を旅していたと言い張っていたが(最近は言わなくなった)、その話の中でナンベルはツィガル帝国の皇帝になっていたという。
ナンベルの実力は対人に限っては無敵だが、巨大な魔物相手だとあまり実力を発揮できない。暗殺を生業としていた為、人を殺す術には長けているが魔物が相手だと苦戦しやすいという欠点がある。帝国で力を見せつけ続けるには少々力不足な気もする。更に言えば生まれつきのものなのか人望もない。なので皇帝という器には程遠いのだ。
イグナはナンベルの事が好きだったが、今は魔法店に居てほしくなかったという気持ちが彼を無意識に否定し、ネガティブな情報が頭を過ったのだ。
「おや?小生が皇帝になっていたですって?何の話です?キュッキュ」
彼も人の心を読む魔法を習得していたのを忘れていた。というか今イグナが覚えている【読心】は彼から教わったようなものだ。一度見覚えという能力を持つイグナは彼がその詠唱をしているところを見たのだ。
「なんでもない。夢の話」
イグナはこれ以上心を読まれないように平坦にしていく。
「今日は魔法の触媒を買いに来た、という雰囲気ではないですねぇ?イグナちゃん」
ナンベルもヒジリ同様抜けているところがあるが、勘は鋭い。イグナは無駄な足掻きはせず正直にナンベルに話をした。
「私、色気ムンムンになりたい。今すぐヒジリを魅了しないとリツに取られちゃうから」
「ヌハーー!なんですとぉーー!どういった経緯でそういう考えに至ったか、小生に説明してくださぁい、イグナちゃん!」
カランカランとオーガの酒場のドアベルが鳴ってナンベルとイグナが入ってきた。ミカティニスがいつものように痰が絡んだような声で「いらっしゃい」というと二人はカウンターに座っていたヒジリを挟むようにして座った。
「やぁナンベル。今日は珍しくふざけていないな」
いつもは某悪魔系メタルバンドのメイクの下でニヤニヤしているナンベルだが、今日は至って真顔だった。
ナンベルは静かにメイド姿のヘカティニスに珈琲を頼む。と同時にヘカティニスの尻を触ったのでイグナに杖で頭を叩かれる。
尻を触られたヘカティニスは、「おで今ナンベルに尻を触られた」と一々ヒジリに報告して夫の反応を見る。
「では後で私がヘカの尻を存分に触る。それで相殺だ」
とヒジリが言うのでヘカはガハハと笑って夫の背中をドシンと叩いてカウンターに入り珈琲を作り始めた。冗談でもヒジリが自分を女扱いしてくれた事が嬉しかったのだ。
「最近、旦那様は助平でオーガっぽくなってきた」
ニコニコしながらナンベルに珈琲を出すと、ナンベルはそれをブラックのまま啜って静かにカップを置いた。
「ええ、そうでしょうとも。ヒー君はもう童貞ではありませんからね」
「なぬ!」
ヘカティニスは丸椅子に座って休憩していたが、ナンベルの言葉を聞いてガタリと立ち上がってヒジリを見た。
「ほんとか?」
困惑と悔しさを滲ませる彼女の顔を直視できず、ヒジリはいつもよりコーヒーカップを持ち上げて彼女を視界から消した。
「ああ、昨夜な。というか何でそんな事をナンベルに報告されなきゃならんのかね」
ヒジリはカップを下ろすと右眉を上げてイグナをチラリと見た。彼女は申し訳なさそうな顔をしている。
ナンベルは椅子から立ち上がり自分の娘と同じぐらい愛しているイグナの近くまで行くと肩に手を乗せ、真面目な顔でヒジリに向いた。
「ところでヒー君。地走り族は早婚でしてね。十五歳で結婚なんてのはザラなんですヨ。イグナちゃんはまだ十三歳だけですが、このムチムチボディを見れば解る通り、もう子供は作れると思うのですよ。だから彼女を子作りの対称として見てくれませんか?」
ヒジリはとんでもない事を言うナンベルに驚いて珈琲をブッと吐いてしまい、カウンター向こうにいるミカティニスとヘカティニスにその霧を浴びせてしまった。
「馬鹿を言いたまえ。私の国ではそれは大罪だぞ!まだ幼い子供をそのような目で見るのは禁忌だ!」
「星の国では、でしょう?でもここではその常識や法は通じません。地走り族は体の成長が早い。特にサヴェリフェ家の姉妹はその特徴が顕著です(コロネちゃんは例外)。ヒー君はイグナちゃんを愛していないのですかぁ?抱いてやってくださいよぉ~」
好きは好きだがイグナをそのような目で見た事のないヒジリは戸惑い沈黙して、何気なくサヴェリフェ家の三女を見た。
身長145センチメートルしかないイグナは体系が徐々にフランに似てきたように思える。いつの間にか紺色のワンピースの胸部を圧迫するようになった大きな胸、細いウエストに大きく張り出た尻。不安そうにモジモジするイグナが頬を赤く染めて上目遣いでこちらを見ている。
「ふむ、見た目だけだと確かに子供を作れそうだ。だが・・・」
ヒジリはそっとイグナの肩に触れて網膜モニターに映る彼女のデータを見る。
「やはり見た目だけだ。まだ体の色々な器官が未発達だな。このまま子作りをすればイグナの体への負担は大きいだろう。その事で君に辛い思いはさせたくない。もう数年まってくれないか?イグナ」
触れたイグナの肩から力が抜けていくのが解る。
「でも・・・それじゃあヒジリはリツやヘカに取られちゃう。二人は赤ちゃんを作ってヒジリとの絆を深めるけど、私が赤ちゃんを作れる頃にはヒジリの気が変わるかもしれない」
ヒジリはイグナを抱き上げて膝の上に乗せ頭を撫でる。
夏の暑い日だったが、ヒジリの周りは涼しい。が、パワーグローブを外した手から伝わる熱はじんわりと暖かかった。それはイグナに安心感と安らぎを与える。
「大丈夫だ。ちゃんと君の事を愛している。私は命のサークルから外れた存在。だからいつだって君の都合に合わせる事ができるさ。焦らなくていい。ゆっくり成長してくれたまえ」
「解った。でも私の準備ができたら・・・エッチしてね?」
エッチしてね?という言葉と目を逸らして頬を染めるイグナの顔にヒジリは一瞬ドキリとする。
「も、勿論だとも」
自分の返事にニコリと笑うイグナの顔を見ながらヒジリは、誰かが転送してくる時に発生する微かな耳鳴りを聞く。またヴィランか?と警戒して、いつでも柔軟に動けるように体の力を緩める。
「しかし、それはもう叶う事がない。命のサークルから外れているとはいえ、それは地球のルールがあってこその話。君はそのルールの輪からも外れてしまっているのだよ、ヒジリ」
ヒジリの背後で光の粒子が集まり、人の形をしたその光からは聞き覚えのある声がした。
「父さん?」
振り返るとそこにはマサムネが厳しい顔で立っていた。
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