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禁断の箱庭と融合する前の世界(168)

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 ヤイバはギャンコス・ステインフォージの件を全てカワーに任せて父親の遺跡調査について来ていた。そして父親の背中を見ながらつい最近起きた出来事を思い出す。

(また・・・また父さんは消えてしまうかもしれない。最初に消えた時は単なる転送事故だったけど、昨日は本当に存在が消えた。そして次々と僕の兄弟や姉妹が消えていったとイグナ母さんから連絡を受けた時の恐怖・・・。もうあんな思いはしたくない。新しい過去の問題を解決するまで僕は父さんから目を離さないぞ!父さんがまた消えたらすぐに過去に飛べるようにね。でも毎回毎回上手くいくかな・・・。これまでの過去への転移は奇跡な気がする。それぐらいタイミングが良過ぎたんだ。そうそうそう奇跡は続かないぞ・・・)

 脳裏に邪神と対峙する”新しい過去“の世界の父を思い浮かべる。

 自分は泣き叫びながら何とか擬似亜空間不フィールドの壁を虚無の力で破壊し、父を助け出そうとしていた。

 しかし、邪神と同化していた父を助ける事はできなかった。

 父は自分だけを犠牲にして自爆した邪神と共倒れになってしまったのだ。

 ダンティラスに魔法で昏睡させられていたので父が死んだ時の記憶は曖昧である。失意のまま自分の世界に戻ると、何故か父は普通に存在しており妹や弟たちもいた。

(また肩透かしを食らったのかと思ったけど、イグナ母さんは、消えた父さんやヒカリ達が蜃気楼のようにいきなり現れたと言っていたから、過去の父さんは確かに死んでいた。でもどういうわけか生き返った。もう僕には訳が分からないよ・・・。そして父さんは何事もなかったような顔で聖なる光るの杖の復活方法を模索している・・・。僕の気も知らないで・・・)

 現在のヒジリは過去のヒジリとは直接関係はない。なので前を歩く父を恨むのはお門違いだとヤイバは解っているが、色々と心配して動いて結局世界は何事もなかったように進んでいる。なので空回りをした疲労感がヤイバの顔に現れていた。

「疲れているように見えるが、大丈夫かね、ヤイバ。無理をしてついて来なくても良かったのだぞ」

「大丈夫です・・・。それにしても何だかここはこれまでの遺跡とは違いますね・・・」

 ヤイバはそう言ってぐるりと見回す。

 これまで見た遺跡はつるっとした壁や機器が多かったサカモト神系の遺跡。途中までダンジョンや古臭い遺跡で途中から白い壁の樹族の遺跡に大体分かれる。

 しかしこの遺跡は黒く味気ない遺跡だった。

「雰囲気が違いますよね・・・。少し不気味にも感じます」

「うむ。クロスケはこの遺跡は知っているかね?」

「いや、知りまへん。博士の遺跡でも樹族の遺跡でもないのは解りますわ」

「となるとエルダードラゴンかな・・・?」

 ヒジリやヤイバは、マナホールのあったエルダードラゴンの遺跡を思い浮かべるが、あそこは必ずしもエルダードラゴンだけの遺跡とはいえない。ノームの機械があったり、樹族が後々改装した後もある。最早原型がどれなのかは判らない。

「まぁ進めば何かしら解るか」

 相変わらず父は飄々としている。声に緊張感はなく、興味だけが先走っているような雰囲気すらある。

「ところでシオ。杖の様子はどうかね?」

 シオは暗闇の中で目を金色に光らせている。【暗視】の魔法の効果だが、元々目は金色なので違和感はない。

「眠ったままだな・・・」

 肩を落として長年の相棒を見るシオの肩にヒジリは手を置く。

「元気を出したまえ。最悪、杖は星の国へ連れて帰って治す。しかしそれをやるのはこの星でやれることをやった後だ。とにかく頑張ろう」

「うん・・・。ここが杖に関係する施設だったらいいんだけど・・・」

「ダンティラスが生きていたら、彼の生まれた研究施設が解ったかもしれないが・・・」

 タスネやダンティラスの事を思い出すと、ヒジリはいつも心の中に後悔や悲しみの瘤もようなものが出来る。どうしてあの時、あに夫婦を助けられなかったのか、何か手段はなかったかと。渦に飲み込まれた二人は何を思ってこの世を去ったのか、等を考えると瘤は日に日に膨れ上がっていくように感じる。

「父さん・・・」

 悔恨の念は表情に表さなくとも、雰囲気に出る。背後でヤイバが心配そうにしていた。

「おっと、すまない・・・。またヤイバに気を使わせてしまったな。クロスケ、近くに何か変わったと事は?」

「隠し扉がありますわ。でも鍵が掛かってます。割と複雑な鍵穴ですからすぐにスキャニングして鍵を・・・」

―――ドン!―――

 ヒジリは扉に手を当てると、強引に扉を押し破った。

 扉の蝶番は外れて扉は吹き飛んでいく。

「ちょっと~。強引過ぎるで~。野良オーガみたいな事しなさんな~ヒジリさん~」

「すまないね、中に不穏な空気を感じたのだ」

 吹き飛んだ扉は大きな骸骨の頭に当たって砕けた。

「うわぁぁ!ジャイアントスケルトン?」

 シオはすぐに成仏の祈りを念じた。しかし効果はなく骸骨はケタケタと笑っている。

「祈りが効かねぇ!」

 物知りなヤイバはすぐに答えを出す。

「アンデッドではありませんからね。髑髏カマキリです。昆虫です」

「そんなのこれまで見た事ねぇな。でも虫なら炎に弱いはず!」

 シオは妻が得意とする【大火球】を唱えた。威力こそシルビィに劣るが詠唱速度は速い。無数の鎌を持つカマキリの上に太陽のような火球がすぐに現れた。

「髑髏カマキリは魔界のカマキリ。魔法は確か半分の確率で無効化したはずですが・・・」

 ヤイバは眼鏡を人差し指で上げると成り行きを見守った。

「いっけぇぇぇ!」

 眠って目覚めない聖なる光の杖を掲げ、シオは叫ぶ。

(この部屋に相棒を治せる何かがあるかもしれないんだ!こんなところで虫如きに構ってられるか!)

 願いが通じたのか、大火球は髑髏カマキリを焼いて押しつぶそうとしている。

「やった無効化を潜り抜けた!」

 しかし魔法は命中したものの大してダメージは与えていなかった。外骨格を真っ赤に焼きはしたが、本来のダメージを与えた様には見えない。

 シオのぬか喜びを見て髑髏カマキリの特性をヤイバは思い出す。

「そうか!髑髏カマキリは魔法防御力が高いのだった。シオさん、追撃をします。狭い部屋ですので、相反する魔法を同時に打たないよう気を付けましょう!」

 攻撃魔法は混ざると爆発したり打ち消し合ったりするものもある。

 髑髏カマキリがギリギリ動ける狭い部屋で大爆発など起こせば自分たちの命も無い。

 シオはヤイバが何の魔法を撃つのか見極めようとしていると、沢山ある鎌が襲ってきた。

 いくつかは避けるがやはり前衛職ではないのでシオはカマキリの攻撃を受ける事になる。しかし、クロスケがそれをフォースフィールドで防いだ。

「助かったぜ!クロスケ!」

「いや!安心するのはまだ早いでっせ!今ので防御エネルギーが尽きました!なんちゅう攻撃力や。一撃即死も有り得るので回避に専念してください」

「まじかよ!」

 途端にシオを恐怖が襲う。ヒジリが生き返らせてくれると解っていてもやはり死は怖い。

「あれ?ヒジリは?」

 シオが暗い部屋を見渡すも彼の姿はない。

「いつの間に!父さんどこです!?」

 父を探しながら髑髏カマキリの攻撃を迂闊にも受けようとしたヤイバの大盾が真っ二つに切られてしまい驚く。

「ば、馬鹿な・・・。魔法金の盾だぞ!」

 カマキリの鎌を見てヤイバは沼地の魔女の護衛をしていた侍を思い出す。

「左門さんの刀並みに何でも斬れる鎌・・・。これは僕でも即死が有り得る・・・」

 咄嗟にヤイバは【姿隠し】をしようかと思ったが、そんな事をすればカマキリは間違いなくシオを狙う。

(駄目だ、シオさんを矢面に立たせて僕が消えるなんて事は出来ない・・・)

「父さん!出てきてください!」

 まさか、という焦りがヤイバの額に汗を滲ませる。

(このタイミングで、父さんが消える何かがまた過去であったというのか?もう嫌だ!”新たなる過去“がある限る僕たちに平穏は無い。一体どうすれば・・・)

 シオが標的にならないようにヤイバは時折髑髏カマキリを挑発する。

「こっちだ!髑髏カマキリ!お前なんか、メスカマキリに食われてしまえ!」

 あまり挑発の得意でないヤイバは精一杯の汚い言葉で罵る。

 カマキリは言葉が解るのか、沢山の鎌を連続でヤイバに突き立てようと振り回す。

(能力上昇系魔法が切れたら途端にピンチだぞ!虫相手に怒りなんて湧かないし・・・。虚無の力にも頼れない・・・)

 一撃必死の鎌を避けつつ、ヤイバは何か希望は無いかと辺りを見渡す。

「一旦部屋から出まひょ!」

 クロスケが声を上げた瞬間、髑髏カマキリが魔法陣に沈んでいった。

「どういう事だ・・・?」

 シオが暗い部屋を暗視で探ると、部屋の奥から小さな奇妙な人型の首根っこを掴んでヒジリが現れた。

「どこ行ってたんだ?ヒジリ!」

「召喚者を探していたのだ。その方が手っ取り早いと思ってね。が、思いの外探すのに手こずった。部屋の隅に小さな遮蔽フィールドを作って隠れている者がいた」

 ゴブリンのようにも見えるその小さな小人は、これまでに見た事が無い種族だ。目が大きく鼻と口は小さい。頭ばかりが大きくて手足はヒョロヒョロとしている。

「く!我を解放しろ!未来無きこの世界とはいえ、我らの墓所となるこの場所を汚す者は許さんぞ!例えそれが特異点のヒジリでもな!」

 シオは偉そうな喋り方の小人の頬に杖を押し付けた。

「何だお前は、偉そうに」

「や、やめろ!」

「未来が無いとはどういう事かね」

「言葉通りだ、地球人」

 自分の事を地球人と呼ぶ、この所謂リトルグレイは手足をジタバタさせて足掻くがヒジリの力には敵わない。

「詳しく話してくれれば乱暴な真似はしないと約束する」

 そう言ってヒジリが小人を床に下ろすと小人はフンと鼻を鳴らして腕を組んだ。

「もうすぐ終わる。説明している暇があるかどうか疑問だが教えてやろう。私はアヌンナキ星人。一万年ほど前、お前たちが言うところの邪神を見て逃げた同胞とは別に、私はこの星に取り残された者の末裔だ。いや、この野蛮なる星で死んでいった仲間の墓を守る為に残った者というべきか」

「なぜ生き返らせないのだね?」

「まぁ原始人のお前には解るまい。人類はある程度発展すると原点回帰をする。一度の生を価値ある生き方で過ごそうという方向に我らは進んだ。人生が短いとあれもしたいこれもしたいという欲望に駆られ、好奇心が旺盛になり、その分、一個体が蓄える知識や情報の量も種類も短い期間で豊富になる。我らはこの宇宙域に興味を持ち、住人に接触する事なく記憶を受け継ぎながら世代を重ねて観察をしていたのだ。既に膨大な情報を得られたが、それも今日で終わりだ」

「何故かね」

 アヌンナキは表情のない目でヒジリを見つめため息をついて肩を落とした。

「アカシックレコードの先がないのだ」

 アカシックレコードと聞いてヒジリは自然界に存在する記憶媒体を思い浮かべる。地球人はその自然記憶媒体に大げさにアカシックレコードと名付けていた。

 磁気を帯びた自然物は身近な出来事を記録するので、ヒジリはそれを時折データのバックアップとして使う事がある。しかし記憶媒体としては不安定なのであくまで予備の予備といった感じで使う。

(アヌンナキ星人のいうアカシックレコードは恐らく本物のアカシックレコードの事だろう)

 もっと大規模な記憶。過去から未来までの道筋を示す宇宙規模の記憶媒体。

「だから未来がないと?」

「そうだ。これまでも何度か未来がなかった事はあった。しかしその度にこの星の意識の集合体やお前が未来を紡いできた。しかし今回はもう・・・ない」

「父さんが、未来を紡いできた?」

 ヤイバは未来が無いと言っている謎の小人の話を半信半疑で聞いていたが、父が世界規模での滅亡を防いでいる事実から話に現実味を感じた。

「そうだ、ヤイバ。お前の父はこの星が望んで求めた救世主。突如現れた世界の特異点だ」

「突如?まるで私が時空の歪みから産み落とされたかのような言い様だな」

 アヌンナキの言葉にヒジリは顎を摩って睨み付ける。

「事実だ。お前は転移事故でやって来たと思っているのだろうが、そうではない」

 アヌンナキ星人は手を横に振ると大画面のホログラムモニターを空間に呼び出した。

「お前はこの星にやって来る前には存在していなかったのだ」

 ハッ!とヒジリは鼻で笑う。

「では私の記憶はなんだというのかね?私には地球に家族もいる。それに時間を飛び越えてやって来たウィスプはどう説明する?」

「結論から言おうか、ヒジリ。地球はお前が見ているままの地球ではない。まやかしだ。よく考えろ。意思を持った質量の有るホログラム、有機無機混合の子孫を作ることのできるアンドロイド、そして強化された人間。その境目はどこにある?ほぼ無い。中身は同じで外側が違うだけと言える。その全てがマザーコンピューターが創り出した幻だとしたらお前は信じるか?」

 黒い前髪をフッと吹いてヒジリは馬鹿馬鹿しいと蠅を払いのけるように手を振った。

「SF小説に有りがちな話だな。ない話ではないがね。で、地球のマザーコンピューターとこの星は何の関係がある?」

「この宇宙がウンモ星人が放置した実験場というのは知っているか?まぁお前が知ってようがどうでもいいか。マザーコンピューターは十世紀にも渡る調査の結果、その事実を知っていた。そしてこの星の存在も随分と前から知っていた。お前たちが運命の神と呼ぶ・・・」

 近くでシュッと音がしてビン底眼鏡のヤンスが現れた。

「運命の神カオジフとはヤンスの事でヤンス・・・」

「そう、お前」

 アヌンナキ星人は細長い指で突然現れたゴブリンに驚く事なく指さした。

 ヤイバがクスクスと笑う。

「ヤンスが・・・運命の神?本当に?うふふ」

 笑うヤイバをヤモリのような目が見つめる。

「おや?馬鹿にしない方が良いぞ、ヤイバ。このゴブリンの姿をとる神は思いの外強大な力を持っている」

「あっしがでヤンスか?あっしは非力な神でヤンスよ。精々自在に転移魔法が使えて、信者の運気をいくらか上げるだけでヤンス。現人神ヒジリのようにスーパーパワーも無ければ運命に抗う力も自身には無いでヤンス」

 ビン底眼鏡の位置を直すゴブリンは自分の無力さを常に痛感しているのだ。強大な力があれば幾度となくあったピンチを簡単に乗り越えているはずだと。

「ではヒジリはなんだというんだ?ヤンス。彼は君が望んだ救世主だろう?太陽を挟んだ向こう側にある機械惑星地球のマザーコンピューターを利用して召喚した救世主。ヒジリだけじゃない。ハイヤット・ダイクタ・サカモトを召喚したのも君じゃないか。何度かあった星をピンチをアカシックレコードを見て回避してきただけの力は君にある。これを強大と言わずして何を強大というのか」

「足掻いた結果がそれでヤンス。それにあっしはヒジリを創り出したりはしてないでヤンス。星を救う存在を涙しながら願った事はあったでヤンスが、彼を創り出した事なんてないでヤンス!ヒジリもサカモトもヤンスの願いに呼応してくれたに過ぎないでヤンスよ!」

 アヌンナキ星人は話にならないなといった態度で空間に椅子を出して座り項垂れた。

「想いを具現化する力を一番上手に使いこなしているのは君なんだよ、運命の神よ」

 壮大すぎる話にシオもヤイバもついていけなくなってきた。

「こいつら何の話してんだ?ヤイバ」

「解りかねます。もしかしたら神々の話なのかも。父さんは話を理解して、アヌンナキとかいいう小人に疑いの目を向けていますし、クロスケはショックを受けたまま白目で動かない」

「俺たちは聖なる光の杖を元通りにするためにこの遺跡に来たんだよな・・・?なんだこの展開は・・・」

 アヌンナキ星人が指を鳴らすと暗かった部屋が明るくなり、何も無い銀色の部屋が光りに照らされた。

「では、私の地球での記憶も思い出もヤンスが創り出したものなのかね?」

 ヒジリは腰をかがめるとアヌンナキ星人のように椅子が現れた。

「正確にはヤンスに操られたマザーコンピューターが創り出したと言うべきだろうな。見ろ。お前の愛する地球の本来の姿だ」

 モニターには機械で出来た星が暗い宇宙に浮かんでいるのが見える。生命が活動している様子はない。

「ほう?これとよく似た物を私は二十世紀の映画で見た事があるな」

「なんとでもいえ。お前が信じようが信じまいが知った事か」

「で、その話が本当だとしたら我々地球人は仮想現実の中で生きているというわけか。これまたSFで有りがちな話だ」

 ヤイバの揶揄いにこれまで沈黙していたクロスケが呟く。

「嘘だと笑って一蹴出来る話やありませんで・・・。ワイにはさっきからカプリコンさんからの警告メッセージが届いてます。ヒジリさんもほんまは見えてはるんでしょ?眼球モニターのメッセージが!」

 クロスケの言葉通り、ヒジリの眼球モニターには警告コードが何回も表示されていた。その数字の羅列が何を意味するかは判らないが、真っ赤に点滅するそれらがただ事ではないと知らせている。

「まぁな・・・」

「機密情報に触れてますんや。本来ワイらは幻の中で何も気づかずに生きていくべき存在。そのワイらが鳥かごを抜け出して事実を知ってもうたわけや・・・」

「ではなぜ消さない?いつでも彼らは私を消すことが出来るはずだ。今だってな」

「基本的にこの手の施設は地球やカプリコンさんからは見えまへん。ここを出た途端、ワイらは消されるやろな・・・」

 ヤイバが膝を突く。結局何をやっても父は消える運命なのかと。新たなる過去が関係しようがしまいが父は消えたのだ。

「そんな・・・」

 落胆するヤイバをアヌンナキ星人は笑った。

「その絶望は無意味に等しい。未来なきこの世界ではな・・・」

「もう一度聞くが、アヌンナキ星人。なぜ未来はないんだ?」

 父は絶望していないのか、いつも通り飄々としてアヌンナキ星人に質問した。若干話が堂々巡りをするのは、彼がアヌンナキ星人の話を信じていないからだろうとヤイバは思う。

「わからない。ただ言えるのはさっき言った通り、アカシックレコードの先がないとしか言えない」

「先が無いといことはこの宇宙自体が消滅するという事かね?星ではなく?」

「ああ、そうだ。馬鹿なオーガを相手しているみたいだ。何度も言わせるな。未来はないのだ」

 まだ片眉を上げて疑うヒジリ以外は話をアヌンナキ星人の受け入れたのか沈黙している。

「ふむ、実は何かのドッキリではないのかね?ははぁ?さてはウメボシか?有り得るな。彼女が悪戯を仕掛けていてもおかしくはない」

 最後まで飄々としているヒジリを見て、ヤンスが口を押えて笑った。

「プスー!」

「ほら!犯人は君だったか、ヤンス!」

 ヒジリは指を鳴らしてヤンスを指す。

「うふふふ!違うでヤンスよ!未来は変わりません。でも絶望するはずのこの時でもヒジリさんは全然絶望してないでヤンス。それどころか誰かの悪戯だと言ってるでヤンス!」

「アヌンナキ星人の言う通りなら、私をそう作ったのは君だろう?ヤンス」

「あっしは意図してそのように出来ないでヤンスよ。ヒジリさんがそうなのはヒジリさんだからでヤンス。例え突如現れた特異点だとしても貴方はオオガ・ヒジリさんなのでヤーンス!」

 ヒジリも笑う。無音の銀色の部屋に彼の笑い声が響くと途端に空気が明るくなったように誰もが思った。

「私は絶望などしない。例えマザーコンピューターに創り出されて偽の記憶を持って生まれてきた存在だとしてもな。この星で歩んできた軌跡や記憶は本物だ。それに私には家族がいる。見ろ、この素敵な息子を!」

 ヒジリは膝を突いて項垂れるヤイバを御姫様抱っこする。

「イケメンで逞しく、頭も賢い。そして誰よりも優しい!こんな素晴らしい息子を持つ事が出来たのだ。何が悲しいものか」

 ヒジリはヤイバのおでこに何度もキスをしている。

「ちょ・・・!父さん!恥ずかしい!」

 ヤイバはジタバタと暴れて父のキスから逃れて地面に立った。

「なんだか、父さんがそう言うと色々と心配するのが馬鹿らしくなってきました。もうこうなったら、なるようになれですね!」

 ヤイバの笑顔を見てシオも頷く。

「そうだな、お前らの話はさっぱりわからなかったけどよ、俺も心配してねぇぞ!未来が消えるってのは解ったけどよ、なんか悲惨な感じはしねぇ。ヒジリ、最後に俺にもキスしてくれよ!いや!ヤイバとヒジリにホッペにキスをしてほしい!」

「ああ、いいとも」

「こうなりゃヤケですよ。キスでもなんでもしましょうか」

「まじで?やったぁ!」

 両性具有の樹族は喜ぶ。ホッペをごしごしとローブで拭いて綺麗にして更に注文をだした。

「いいか、俺がカウントダウンしたらキスしてくれ!その間のドキドキを楽しみたいんだ!」

「わかった」

「はい」

 それを見たクロスケが笑う。

「もー、なにやってんねんなー!宇宙の終わりに!アホやなー!あはは!」

 頬杖を突いていたアヌンナキ星人は奇妙な物を見たといった感じでその様子を見ている。

「はぁ、原始人どもめ・・・」

「じゃあカウントダウン開始するぞ。うひひっ!」

 シオは肩を上下に揺らして緊張をほぐす。

「3」

「2」

「1」

―――チュッ!―――

 ハンサムとイケメンのオーガにキスをしてもらったシオの顔が喜びに満ちた。

「うひょー!最高!我が人生に悔いなし!」

 その時、ヤンスが突然叫ぶ!

「やった!禁断の箱庭のスイッチが今、押されたでヤンス!世界が!世界が混ざるでヤンスよ!未来がなかったのはこのせいでヤンスか!皆聞くでヤンスよ!未来は消えたりしないでヤンス!きっと素晴らしい未来が待っているでヤンス!ッスッスッス・・・」

 白く光って何もかも消えていく中でヤンスの声だけが残響した。







「おかえりなさいませ、ヒジリ様。思いの外早い帰還でしたね。シミュレーターの中の時間で言えば一年ぶりの帰還です」

 部屋の中のどこからか聞こえてくる声にヒジリは「ああ」と素っ気なく答えてシミュレーションポッドから出た。

「仮想現実の世界はどうでしたか?」

「まぁまぁだな。というか、どこからどこまでが仮想世界の話か忘れるほど、夢中になっていたように思う。しかし・・・。なんて終わり方だ。シオにキスをして終わるなんてな。彼の嬉しそうな顔ったらなかったぞ・・・。惑星ヒジリに帰ったら実際にシオにキスをしてみてシミュレーション通りの顔をするか見てみたいものだ。それにしても私は行動に失敗が多かった気がする。評価はどれくらいだ?」

「はい、Bです」

「予想よりは高いな」

 宙に浮くソファに座ってヒジリはサイドテーブルからリンゴを手に取り丸かじりする。

「それでも惑星管理責任者のランクアップへの道のりはまだまだ長い」

「減点理由はマザーコンピューターへの敵意が時々見られた事です」

「言うほどかね?そう仕向けたのは君だろう?まぁ私がここにいるという事は許容範囲内だったというわけだ」

「そうですね。そこまで明確な敵意だったわけでもありませんから。他の減点理由は行動の安定の無さでしょうか」

「無謀だったり慎重すぎたりと確かにまとまりがなかったな」

「自覚できているのであれば無問題です。成長の余地はあります」

 さて、と言ってヒジリは立ち上がる。

「マナ粒子の収集は上手くいったかな?」

 居住区から出て左程歩かない場所に研究所はある。

 大きなパラボラアンテナのような機械の前にヒジリは立つと、ホログラムモニターを出した。そしてモニターの情報を見て集めたマナ粒子の少なさに落胆する。

「以前と変わらんか・・・。やはり地球でマナ粒子を集めるのは無理かもしれんな。サンプルが圧倒的に少なすぎる。かといって惑星ヒジリにこれらの設備を持ち込もうとすれば莫大なBPが必要となる。ううむ・・・。地道にBPを貯めるしかないか」

 ホロブラムモニターを消してヒジリは再び居住区へと向かった。そして部屋に入ると自立している薄型のパワードスーツに背中から入り込む。

「惑星ヒジリまで転送を頼むよ」

「畏まりました」






 シュッと音をさせて光の粒子の中からヒジリは現れた。一週間ぶりの惑星ヒジリ。

 いつもなら父の帰還に可愛い我が子達がお土産を期待して群がってくるはずだが、今日の桃色城は静かだった。

「おーい、誰か。ヒカリやポカやアトラはどこに行った?今日はヤイバやワロは来てないのかね?日曜日だぞー!日曜日は必ず家族で夕飯を食べる約束じゃないか」

 今のドアが開いてそこにいるはずのない女性が現れたのでヒジリは驚く。

「バカな!私は夢でも見ているのか!主殿!ああ、なんてことだ!主殿!!」

 ヒジリは目に涙を溜めて、急いで駆け寄りタスネを抱きしめた。

「ちょっとぉ!なによ!急に!」

「どうやって蘇ったのかね?ははぁん!さてはサカモト博士を召喚したやり方でだな?しかし・・・主殿は博士のようにマナ粒子で守られてはいなかったはず。コアは粉々にされて別宇宙のエネルギーに変換されたと私は思っていたがね。というか何故か吸魔鬼ではないな、主殿は」

 そう言って猛烈にキスをしてくるヒジリにタスネは嬉しく思いながらも困惑している。

「アタシが吸魔鬼?何わけのわからない事いってるのよ、ノームヒジリ!」

「君の愛しい旦那様はどこだ?いるのだろう?おーい!ダンティラス!」

「はぁ?ダンティラスがアタシの旦那様?何言ってんの?」

 バビル二世に出てくるポセイドンのようなオールバックを少し撫でつけながらダンティラスは一階の一室から現れる。

「何であるか。我が王よ」

 ヒジリはタスネを離すとダンティラスを抱きしめた。

 抱きしめられたダンティラスは困惑する。何故なら抱きしめられている間中、マナを無駄に消費させられるからだ。

「ああ、ダンティラス。あの時の事を私はずっと悔やんでいたのだ。私の為に主殿やダンティラスを失って・・・。何とか君たちを生き返らせようと毎日のように世界中を駆け回ったのだよ。いい加減、安定した稼ぎのある仕事につけとリツに文句を言われながらもな。でも結局その手段を見つける事は・・・」

「キノコにでも当たったのであるか?我が王ヒジリよ」

「ん?ああ、そうか。君たちは蘇ったばかりで頭が混乱しているのだな。それにしても君達を呼び戻した手段を早く知りたいものだ。誰が呼び戻した?第一候補はイグナだな。彼女の知識は特定のベクトルに限りとても深い。次にヤイバだ。どうせ虚無の力か何かで強引に君たちを別宇宙から呼び戻したのだろう?」

 タスネとダンティラスはヒジリが何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「ヒジリ、大丈夫?」

 二人は顔を見合わせてからもう一度ヒジリを見る。とても喜んでいるのは良いのだが、言っている内容がいつも以上に理解出来なかった。

「だだいま~」

 野太い声が玄関から聞こえてくる。ヘカティニスが母親の店の手伝いを終えて帰ってきたのだ。

 ヒジリは嬉しそうに彼女を迎えに行く。

「聞いてくれ!ヘカ!主殿が!・・・?いやワロか?どうして母さんの真似をしている?君の黒髪を父さんはとても気に入っていたのだぞ、何故銀髪にした?」

「何言ってるだ。ワロって誰だ?おでだよおで。ヘカティニスー」

「ああ、君だったか。なんだか妙に若く見えるな・・・」

「あたりまえだど。まだ二十歳なんだかだ」

「嘘を言いたまえ、中年だろう、君は」

 ヒジリはヘカティニスの髪を調べたり、ほっぺを引っ張ってみたりする。

「ふむ・・・。狸顔はいつも通り可愛いな・・・。肌年齢は二十歳・・・。どういうことだ?アンチエイジング装置にでも入ったのか?」

 ヒジリの網膜に映るヘカティニスのデータは確かに二十歳だと表している。

 地球では普通に歳を取る生き方を選んでおきながら老化に抗うという行為を楽しみにして生きている変わり者もいる。やはりヘカティニスはどこかにあるアンチエイジング装置に入ったのかもしれない。

「旦那様?」

 長々と見つめるヒジリにヘカティニスは頬を赤らめる。

「ヘカは可愛いな・・・。抱きたい・・・。おっと!悪いね、性欲を剥き出しにしてしまって。人間に転生した時に抑制チップをいくらか外してしまってね。めっきり劣情には弱くなった。というか前にも話した事があるか・・・」

「知らんど、そんな話。でも、おでにそういう気持ちを抱いてくれるのはうでしい」

 ヘカティニスは照れながらも、これはどういう事だとタスネを見る。タスネは肩をすくめて自分も訳がわからないという顔をした。

「はぁ~、ただいま」

 リツが在ヒジランド・ツィガル帝国大使館から帰ってきた。

「やぁ、お帰り。帝国からの道のりは長かっただろう。リツ」

「え?私はゴデの街にいて大使の仕事をしていましたが」

 非公式のパイプ役であるマサヨシと違って、ヒジランドとツィガル帝国の正式なパイプ役であるリツは太い眉の眉根を寄せる。

「なに?ヒジランドとはどこだ。というか鉄騎士団の団長はしなくてもいいのかね?」

「勿論皇帝に召喚されれば帝国に戻りますが、リザードマンも大人しくなりましたし、今のところ軍隊を動かす予定はないので私はここにいてもいい事になっています」

「さっきからおかしいのよ、このヒジリは」

 タスネがヒジリの横に立ち、脚をつんつんと突っつく。

 ああ、なるほどとリツは勝手に納得し、帝国式制服を脱いで手に持った。

「ヒジリはまた変な演技で私たちを惑わそうとしているのでしょう。ところで今日の晩御飯当番は誰でしたっけ?恥ずかしいのですが、もうお腹がペコペコで・・・」

 リツは頬を赤くして制服で涎の溜まった口元を隠した。オーガは飢えるほど空腹になると凶暴化するが、リツはまだ理性を保っているので余裕はありそうだ。

「イグナとフランだけど。そろそろ帰って来ると思うよ。さーて、夕飯前に樹族国への報告書を書きあげなくっちゃ。いつまでもヒジリの訳の分からない寸劇に付き合ってられないよ。アタシは部屋に戻るからね」

 そう言ってタスネは二階へ上がって自室に入った。

「私も着替えたいのでこれで(部屋に置いといた焼き芋を食べよっと)」

「おでも」

 そう言って二人はタスネ同様、階段を上がって部屋に入ってしまった。

「ふむ・・・」

 ヒジリは顎を撫でて居間へ入り、ソファに座る。

「先程から王はおかしい。何か悩み事があるなら相談に乗るのである」

 ヒジリの後から部屋に入って来て、ダンティラスは向かいのソファに座った。

「どうも私がいた世界とここは違う。この世界は過去のように思えるのだが・・・」

「我々にしてみれば王はいつも通りの変人・・・ゴホン、失礼。いつも通りではあるが」

「因みに今は何年だ?」

「無月の十八年である・・・」

「やはりか・・・。ヤイバの生まれる一年前・・・」

「先程、吾輩やタスネ殿を見て至極感激していたがどうしてであるか?」

「君たち夫婦は将来、樹族国と戦争になった時に虚無の渦に飲み込まれてしまうからな。私は君達を失って依頼ずっと悔恨の念に苛まれていた。だからこうやって出会えて涙するほど嬉しかったのだよ」

 ダンティラスは密かに背中から触手を出し、静かに床を這わせてヒジリの脚に触れた。先程も抱き締められた時にマナを失う感覚があったのでヒジリが本物である事は解っていたが、もう一度確かめる意味でエナジードレインをしてみた。

 勿論、変化はない。普通の者ならば力や経験、マナの喪失感で狼狽するはずだがそれも無かった。

(やはり本物である。ヒジリ王が冗談を言っていないとすれば本当に彼は未来から来たのかもしれない)

 ソワソワしつつあれこれ考えていたヒジリだったが、太腿をぴしゃりと叩いて気持ちを切り替えた。

「途方に暮れても仕方ない。適応するしかないのだ。万能型の一番のメリットは適応力の高さだからな」

 居間の扉がガチャリと開いてウメボシが入ってきた。

「ただいまです、マスター」

「うぉ!ウメボシ!まだドローン型の頃のウメボシじゃないか!」

 ヒジリは立ち上がってウメボシを抱きかかえた。

「そうそう、これだ。丸っこくて温かくて可愛かった頃のウメボシ」

「???」

 ウメボシはわけの解らない事を言う主に困惑しつつも、嬉しそうに頬ずりされる。

「も~、なんですか~?マスターはぁ。甘えんぼさんですねぇ。ウフフ。ウメボシはお夕飯の手伝いがありますから行きますよ?も~」

 上機嫌で部屋から出ていくウメボシを見送ってヒジリはまたソファに座り脚を組んだ。

「ふむ、悪くないな。この世界も」



―――禁断の箱庭と融合する前の世界・完―――


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