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禁断の箱庭と融合する前の世界(161)

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 マサヨシが楽観視したように、多くのブラックドラゴンが生息する山脈にある谷でのトラブルは無かった。

 何度かブラックドラゴンとは遭遇したが、彼等は興味なさげに一行を一瞥するとさっさとその場を飛び去るので、谷の通過は至って安穏なものとなった。

 これはノームの親子を連れての移動なのでヤイバたちにとって単純にありがたかった。父親と五人の子供を庇ってブラックドラゴンと戦うとなれば死人が出るのを覚悟しなければならない。

 一日かけて谷を抜け、大陸側にあるノーム国の入り口とも言える飛び地までは更に二日を要し、その間にクロスケはキュルッティー船長の攻撃で受けたダメージを自己修復していた。それでも大事を取って今もヤイバの肩に乗って休んでいる。

「いよいよノーム国ですか・・・」

 謎の多い国への訪問にヤイバが不安そうな顔をするので、マサヨシは彼の腰を叩いて話しかけた。

「何だ?もしかしてキュルッティー船長みたいなノームがゴロゴロいて、トラブルが発生したらどうしようかと心配しているのか?」

「そこまでは心配していませんよ。でもノームがあそこまで強いとは思いませんでした」

「まぁ確かに強かったけど、ヤイバはワロちゃんを庇って大ダメージ食らったんだから仕方ないだろ。ノームを見つけた時点で先制攻撃してりゃあ、俺達の一方的な勝ちだったはずさ。それにクロスケに鎧出してもらうのも忘れてたしな」

 ヤイバ達の鎧はクロスケが亜空間ポケットに仕舞い込んでいる。

 海賊如き、と油断して鎧を着なかった事がゴブリン達に押される原因となったのだ。

 さらにヤイバの魔法に頼る部分も大きく、要である彼が沈むと途端にパーティはドタバタするという弱点に気がついた。

「次は何事にも油断せずに全力で望みたいと思います」

「油断してドジ踏むのはお前の父ちゃんだけでいい」

「我らの神に対して無礼ではないかしら?マサヨシ様?」

 ハイダルネやカワーは星のオーガの信奉者なので、ヒジリを侮辱するような言動には煩い。

「はいはい、メンゴメンゴ。神様凄い、神様凄い」

 鼻糞を穿りながら謝罪するマサヨシに苛ついたハイダルネは更に注意をしようとしたが、国境付近に群がる混沌とした列に目が行った。

「何かしら?」

「出稼ぎの列に見えるがね?主に貧民層のな」

 出稼ぎに来るくらいだから大凡貧しいと決っているが、カワーは殊更貧民である事を強調した。自分がエリートオーガにしては貧しい生活をしていたので、ある意味同族嫌悪と言える。

 国境のゲートの近づくと、最前列で出稼ぎや移民申請者に対応するノーム達の姿が見えてきた。

「キュル!」

「何言ってるかわかんねぇっちゃ!さっさと入れるっちゃ!」

「キュル!」

「旅券が無いと入れないと言ってまっせ?」

 クロスケが翻訳すると、移民たちは一斉にワーワーと騒ぎ出した。

「なんだよ!少し前までは旅券が無くても入れただろうが!」

「キュル!」

「もう中は移民で一杯だ、と言っております」

「だったら中の奴らを本国に連れて行けよ!そしたら空きができるだろうが!」

「キュル!」

「本国は正規入国じゃないと入れないと言っております」

 旅券を持たずにやって来た出稼ぎ労働者や移民申請者の横で、正規の入国手続をするヤイバ達は彼等の刺すような視線が痛かった。

(何をどう育ちゃ、あんな上から目線で他所の国に入れろと怒鳴る事が出来るんだ?厚かましいにも程があるだろ。厚顔な俺でも流石にそんな態度は取らねぇぞ・・・)

 マサヨシはヤイバが入国手続をまとめて済ましている間、ノームに対して横柄な態度を取る出稼ぎ労働者や移民申請者達を見てそう思った。

「ちぇ!いいよな?帝国騎士様は。殆ど顔パスみたいなもんじゃねぇか」

 オークがわざとこちらに聞こえるようにボヤくと、カワーの顔が曇り一層悪人顔となった。

「当たり前だ、ド底辺共。我らはここを簡単に通過出来るだけの努力を積み重ねてきたのだ。君たちは濡れ手に粟を狙ってノーム国で働こうとしているのだろう?出身はどこかね?」

「ギ・・・ギリアだよ。いいだろ俺達がどこで働こうが・・・・」

 ボヤいたオークが吃りながら出身地を答えた。

「ハッ!ギリア!ハッハ!ギリアだと?昔のバートラよりも貧しくて帝国の傘下にも入れてもらえなかった貧国じゃないか!さっさと帰って国を良くする努力でもしたらどうかね?」

「それが出来るなら既にやってるわ!働けど働けど搾取されるから出稼ぎに来てんだろうが!」

「ふん、他国人の知ったことではないね。それは君達の問題だ!ノームの優しさにつけこんで迷惑を掛ける馬鹿は自国から出ず、口を開けて寝転がって雨樋から落ちる雨水でも飲んでろ!」

「もういいだろ。止めろ、カワー。行くぞ」

「ああ、ちょっと言い過ぎたかな?お詫びに施しをくれてやるよ。ほら!拾え!オーク!」

 カワーは親指でコインを弾いてオークに投げた。落下地点を見越して他の貧民達が集まってくるが、オークは取られまいとして跳躍しコインを空中で掴む。

「クソッタレのオーガが!どうせ銅貨コインだろ・・・・。ん?げぇ!チタン硬貨!な、なんなんだよ、あいつは・・・。良い奴なのか悪い奴なのか判らねぇよ!」

 物価の差や帝国通貨の信用度のお陰でギリア通貨に両替すると半年は食べ物に困らない。

 門の向こう側で、チタン硬貨を掲げて小躍りするオークを見てヤイバは言う。

「随分と羽振りがいいじゃないか」

「ああ、君と組むようになってから収入が増えてね。我が一族に再興の兆しあり、だ!(本当は見栄を張った。懐が痛い)」

「僕の名を使って金儲けしているのなら、幾らかロイヤリティを払って貰わないとね」

 ヤイバは指先を擦り合わせてニヤリと笑う。

「ノンノンノン!我が一族のライバルであるフーリー家の名はこれっぽっちも出してないよ。向こうが勝手に勘違いしてコネを作ろうとしてくるだけさ」

 ”向こう“とは恐らくフーリー家に取り入るほどの金は持っていない商人達の事を言っているのだろうが、ヤイバはそれでもいいと思った。斜陽だった親友の一族が再興すれば、また互いが切磋琢磨をして昇華する事が出来るし、カワーも貧乏貴族等と言われることが無くなるだろう。

 貴族制度が廃止されて随分と経つのに、カワーが貧乏貴族と陰口を叩かれるのは過去のバンガー家が貴族としてフーリー家よりも名を馳せていたからだ。

「頼られるのは良いけど、その分だけ実力を示さないと人は直ぐに離れていくからな?カワー」

「誰に言っている?僕はバンガー家の人間だぞ。実力は十分にある。エリートを舐めないでもらおう」

「そうだった。坊主に説法だったかな?すまないね、カワー」

「フン!」

 ハイダルネは良い宿屋がないかを探しながら伸びをした。

「あ~、やっとお風呂に入れますわ!手ぬぐいで体を拭くのはもう嫌。今日はふかふかのベッドに寝転んで動きませんから」

「そうだね、出来る限り良い宿屋を探そうか」

「お兄ちゃん、久々に一緒の部屋で寝ようよ!マサヨシが、帰ったら三面鏡使ってタカヒロさんからお菓子を貰うからリクエストがあれば言えだって。だから何選ぶが一緒に決めよう?」

「本当かい?それは嬉しいな。良いんですか?マサヨシさん」

「ああ、良いぜ。クロスケはケチンボだから中々地球のお菓子を出してくれないしな」

「また言うんか!この子は!何でもしてあげたら、あんたらは成長せいへんでしょうが!」

「もういいって、それ。クソババアを思い出すから止めて」

 ヤイバは暫く宿屋やホテルをキョロキョロと見ていたが、ハイダルネのリクエスト通りふかふかベッドの有りそうなホテルへと入っていき、手続きをして今日の寝床を決めた。




『危険な魔法』 ―――著 イグナ・サヴェリフェ―――

 成熟したメイジが唱える魔法の中で、自身にとって最も危険な魔法とはなんだろうか?
 マナ逆流で自分に跳ね返ってくる【大火球】?それとも高確率で死に至らしめる【死の手】?

 違う。マナ逆流は滅多に起きないからだ。一生に一度あるかないかの確率である。

 一人のメイジとして生きてきて一番危険だと思ったのは【読心】である。

 馬鹿な、と思う人もいるかもしれないが、自分の経験が弾き出した答えはこれだった。

 この魔法は習得難易度が高い割に、勘の良い対象であれば直ぐに気付き対策を取られてしまう。

 ・・・でも、それに気づかず阻止出来なかったら?

 そう。対象の心は何から何まで覗かれ放題。

 昔の賢者が情報は力なりと言ったが、正にその通り。

 得た情報で自分の人生を有利に運ぶ事が出来る。

 ライバルを蹴落としたり、先回りして憎いアイツを事故死に見せかけたり、バーゲンセールに一番に並んで買い物をしたり。

 でもそれは他人には危険だけど自分には危険ではないじゃないかって?それは違う。

 【読心】を常駐させてみれば答えが出るだろう。この魔法を習得した者がなぜ世に台頭してこないのかが。

 常にこの魔法を起動させておくと、人の心の声は際限なく自分の心に入り込み、他人の悪意や欲望がレモンで分離した牛乳の澱のように心の底に溜まっていくのだ。

 最終的にどうなるかは言うまでもない。

 常駐出来ないとなると、使い所も難しい。相手が自分の望む情報を考えている時に使えれば万々歳だが、そうもいかない。

 結局、リスクや効率面を考えると―――



「お兄ちゃん!」

 ソファに座って読んでいた本をどけると腿の間から妹が顔を覗かせていた。

「本ばっかり読んで!一緒に何のお菓子を頼むか考えようって言ったでしょ!」

 微妙な位置にある妹の顔を見て一瞬良からぬ事を考えるが、頭を振って妄想を振り払い本をバタンと閉じた。

「そうだな、お兄ちゃんはクレープとかパフェが食べたい」

「そういうのはダメらしいよ。もっと保存の効くものがいいんだって」

「そう言えば、いつだったか桃城のテーブルの上にケーキのようなお菓子があったんだけど、中に甘じょっぱいクリームが入ってて、癖になる美味しさで全部食べてしまった。あれってもしかしてマサヨシさんのお土産だったんじゃないかな?」

「あ!あれはゴブリンの子供が勝手に入って盗んでいったと思ってたけど、お兄ちゃんだったの?そうだよ!あれはマサヨシのお土産だったんだよ!もー!」

「なんて名前のお菓子なのかな?また食べたい」

「あれは確か・・・ケ・・・ケ・・・ケンキだったと思う」

「変な名前だなぁ」

―――ドタン―――

「キュル!」

 下が騒がしい。誰かの怒号と困ったノーム達の声。

 ヤイバとワロティニスが何事かと階段を降りていくと、出稼ぎ労働者や移民たちが入り口で騒いでいた。

「あぁ?何で俺らが泊まっちゃいけねぇんだよ!差別だ!ノームは俺たちを差別するつもりだ!」

「キュル!」

「満室だから無理だワイナ!」

 翻訳オウムという珍しい鳥が止まり木にとまっており、ノームの言葉を翻訳する。

「だったらお前ら従業員の部屋に泊まらせろ!勿論食事付き、タダでな!」

「キュル!」

「それは横暴だし、商売が成り立たなくなるワイナ!」

「俺達は金がねぇんだよ。それを知っててお前らは受け入れたんだろう?だったら責任持って世話をしろ!」

「キュル!」

「そんな無茶苦茶な、だワイナ!」

 ヤイバ達の後ろからバラの香水の匂いがしたと思ったらハイダルネが階段を降りてきた。

「皆さん、言っていることがならず者と変わらないですわよ?」

「なんだてめぇは!」

「帝国鉄騎士団マー隊の槍使い、ハイダルネ・ハイランドですわ」

「て、帝国の騎士には関係ねぇ事だろ!すっこんでろ!」

「そうだそうだ!」

「いいえ、関係あります事よ?あなた方は今、私達の安らぎの時間を邪魔しています。ハッキリ言いましょう。煩いのです。即刻立ち去りなさい!」

 小さくてボロボロの服を纏うオーガがホォーと法螺貝のような声を出した。

「なんだ、お前ら偉そうに。帝国の騎士だろうが何だろうがノーム国で問題を起こせば外交問題になるぞ?それにノーム国とも関わりの深い小国連合のお偉いさんがなんと言うかなぁ?」

「小国連合とあなた方の横暴に何の関係がありまして?あなた方がノームに突きつけている要求が正しいとは小国連合の方もお認めにならないでしょう。大義は貴方がに無いですわよ?このまま暴れるようなら私はあなた方を力ずくで排除します。不服なら聖騎士をお呼びなさい。どちらが正しいか判断してくださるでしょう」

 突如ホテルの玄関前で魔法陣が輝くと、小さなレッドドラゴンが現れて群衆を威嚇した。

「ぎゃあ!ドラゴンだ!」

 人々は我先に逃げていき、ホテルは静かになった。ノームの従業員たちはドラゴンに驚いて尻もちを付いている。

「ナハハハ!んアホめー!」

 やんごとなき貴族のような声でマサヨシは階段をゆっくりと下りてきて笑う。

 玄関先のドラゴンが煙に消えて、その煙の中から頭に葉っぱを乗せた狸が現れた。

「あんがとよ、狸!帰っていいぞ!」

 マサヨシが干し肉を投げると狸はそれを咥えてポンと腹をたたくと宙返りをして消えた。

「それにしても、ここにやって来る貧民達の質の悪さはどうよ?」

 マサヨシは階段を降りて一階のカウンターに座ると、ノームにワインを頼んでコインを渡した。

「確かにちょっとおかしいですね」

 ヤイバも隣りに座って、ミルクティーを頼んでコインをカウンターに置いた。

「キュル!」

「助かりました、召喚師様!だワイナ」

 ノームの従業員はマサヨシにペコリとお辞儀をした。

「いいのいいの、それにしてもノームの女の子も可愛い。地走り族をもっと妖精っぽくした感じ?」

 皆黒目が大きい。というか白目がない。

「男は皆ジジイみたいなのになぁ。不思議」

 ノームの男性は子供でも髭が生えている。ドワーフと同じだ。なのでノーム国の島まで一緒に旅をするハイホー親子は髭面なのだ。

 ノーム達にほっぺにキスをされてマサヨシは鼻の下を伸ばしたが、最後に何故かどさくさに紛れてハイホーもキスをし、従業員とともに立ち去っていった。

「おい!ハイホー!この野郎!・・・まぁいいか」

「ええんかい!」

 二人の漫才はほっといて、ヤイバはカウンター脇に置いてある新聞を珍しそうに広げた。

 マサヨシも新聞を覗き込む。

「へぇ~、新聞があるんだな」

「新聞?」

「最近の出来事が書いてある紙の事だよ。これで世間一般の情報の共有が容易になる」

「高価な紙に情報を・・・?その発想はありませんでした」

「私たちには魔法水晶が有りますものね」

 ハイダルネはそう言いながらヤイバの横にくっついて座った。

 直ぐにワロティニスがマサヨシを押しのけて兄の横に座ってハイダルネを睨みつける。

「そういえば、この地方はマナが少ないね。マナが少ないと魔法水晶の放送範囲が狭くなるから新聞が発達したのだな」

「新聞にはなんて書いてあるんだ?」

「日付は一週間前ですね。古いのを取ってしまったようです。何々・・・。見出しには小国連合の議長、チェドル・アンゲラーは移民問題に関してツィガル帝国皇帝を名指しして批判した、と書いてあります」

「そう言えばそんなニュースありましたわね。陛下が小国連合の記者に対して鼻をほじりながら、帝国の知った事ではないですヨって言ってましたわ」

「確かに小国連合の移民問題は帝国には関係無いからね・・・」

「彼等が植民地を搾取し過ぎて生まれた貧民なんだから、こちらに押し付けるのはお角違いですわ」

「ノームは優しいから、そのとばっちりを受けたのか・・・。可哀想にな」

「ところでカワーは?」

「部屋が静かでしたし、もう寝てるのではないかしら?」

「あいつ、直ぐに寝るよな。しかも寝起きを叩き起こすとスンゲー機嫌悪いし」

「お兄ちゃんはケンキが食べたいって!マサヨシ!」

「なんだよ、唐突に。ケンキ?ああ、埼玉銘菓ケンキね。通だなヤイバ。地味だが美味しいケンキを気に入るとは」

「マサヨシ様。私も異世界のお菓子が食べたいですわ」

「じゃあデートしてくれよ」

「お断りします」

「んだよ、じゃあやらない」

「ヤイバ様ぁ~!マサヨシ様が意地悪を言います~」

 ハイダルネはヤイバにしがみついて、涙目になる。

 ヤイバはこっそりとハイダルネに耳打ちした。

「僕が分けてあげるから」

「ヤイバ様優しい!」

 ハイダルネは一層ヤイバにしがみつく。

 耳を大きくして聞いていたワロティニスはドンとカウンターを叩き、兄を指差す。

「お兄ちゃん、優しさを捨てて悪魔人になったんじゃなかったの?」

「なにぬ~?ヤイバはデビルマンになったのか?」

 マサヨシは驚いてヤイバを見た。

「そ、そんな事一言も言ってないだろ、ワロ!」

「言ってないけど似たような事は言った!」

「言ってない!」

 兄妹の口喧嘩をマサヨシはニヤニヤしながら見ていた。時折もっとやれと煽る。

 こうしてノーム国に着いて一日目の夜はつまらない兄妹喧嘩で終わっていった。
 



「しっかし、どこ行っても小汚い奴らばっかだな・・・」

 街中に溢れかえる仕事のない移民にマサヨシは辟易とした。

「町並み自体は奇妙だけど不思議と整ってて面白いのですけど・・・」

 ピカピカ光る看板や食欲をそそる店の宣伝用オブジェクトが混沌と並んでいるように見えるが、それは予め決められた範囲内にあるので歩行の邪魔にはならないし、全体的に見れば整って見える。

 一同は港に向かって歩いていたが、帝国の騎士を見た物乞い達が集まってきた。

「なぁあんたら、金を恵んでくれよ。帝国は金持ちなんだろ?少しぐらい分けてくれてもいいじゃないか」

「そんな義理はないね」

 カワーがそう言うと、一人のゴブリンが彼を指差した。

「あ!あんた昨日、門のところでオークにチタン硬貨をあげてた人じゃないキャ!俺は見てたぞ!」

「まじかよ!俺にもくれよ!」

「俺にも!」

「お恵みを!」

 カワーの周囲に衝撃が走って押し寄せてきた人々が弾き飛ばされる。戦士が敵に囲まれた時に発動させるスキルを使ったのだ。

「煩いぞ!糞虫共!昨日の男は僕の罵詈雑言に耐えたから金をくれてやっただけだ!お前らは何をしてくれる?犬の真似か?それとも裸踊りでもするかね?まさか何もせずに金だけ欲しているのではなかろうな?」

 ワロティニスはハラハラしながらカワーを見た後、兄が止めてくれるのを期待して振り向いたがヤイバは腕を組んでそっぽを向いていた。

 人々が恐れおののいて逃げていく中、小さなゴブリンの女の子がカワーの背後から近づき、思いっきり鞘を引き抜いて逃げ去った。

 名剣ナマクラは剥き身になったが打撃武器なので切れる事はない。しかし鞘がないとどうも格好がつかない。

「あの鞘に目をつけるとはな。売ればそこそこの値段にはなる。だが、そんな事はさせんぞ」

 ヤイバがいるお陰で永遠の二番手と言われているカワーだが、能力は高くまとまっている。優れたその身体能力であっという間に素早いゴブリンの少女を捕まえてしまった。

「はなせー!バカー!」

 襟首を掴まれてジタバタする少女を持ち上げてカワーは顔を近づけた。

「ハッ!臭いガキめ!牢屋でお前と同じ匂いのするゴミでも食べるがいい!」

「待ってー!」

 ワロティニスが息を切らせて追いかけてきて、番所まで向かおうとするカワーを止める。

「何かね?」

「貧しくてやったことだよ。可愛そうじゃん、見逃してあげよう?」

「ダメだ」

 ワロティニスの後ろでヤイバが冷たく言い放った。

「何で?」

「彼女が貧しい事と罪を犯した事は別々に考えるべきだからだ。特にノーム国のようなしっかりとした法治国家ではね」

「流石は我が友」

 カワーは最近のヤイバの筋の通った冷たさが堪らなく好きだった。

「でも子供なんだよ?」

「では親に罪を償って貰おう。親はどこにいる?」

「言うもんか!」

「【読心】ですぐ解ることだ。親は難民キャンプにいるな?」

 ヤイバが親の居場所を言い当てた事に驚き、子供は泣き出した。

「うわぁぁん!許してください!お腹がペコペコだったんです!弟たちにもご飯が食べさせたくて・・・!」

「お兄ちゃん!」

 子供を許してあげてと懇願する妹をヤイバは払いのけ、ヤイバは子供の手を引っ張って難民キャンプへと向かった。

「行くぞ、カワー」

 心配そうにそれを見つめるノーム親子やマサヨシ達も後をついて行く。

「ヤイバの言っている事は正しいんだけど・・・何だかなぁ?クロスケ」

「何ででっか?罪を犯したら償う。当然のことやないですか。マッさんみたいな古代の日本人も自分が生き延びる為に罪を犯して良いって考え方やったんですか?」

「まぁ戦後直ぐは犯罪に手を染める子供とか多かったらしいけど、日本人は基本的に貧しさを理由に罪を犯したら負けみたいな考え方があるからな・・・。武士は食わねど高楊枝みたいな・・・」

「でっしゃろ?結局自制出来るかどうかは自分次第なんでっせ」

「でもなー・・・。ここの難民キャンプを見てたらなぁ・・・どうも心が揺らぐわ・・・」

 彼等が生活する土地は木枯らしが舞う何もない平地で、そこに粗末な防水布のテントが所狭しと並んでいた。人々は震えておりあちこちで焚き火をしている。

「寒そうだな・・・。井戸とトイレがあるのは救いか・・・」

 マサヨシは最低限の生活しか出来ないキャンプ地に驚いた。

「なぁあんた。何でノームは彼等にこんな最低限の生活しかさせないんだ?」

 難民キャンプで子供の健康状態を見ていたノームの男性にマサヨシは話しかけた。

「キュルル!」

 いつものようにクロスケが翻訳する。

「ノームの議会でも意見が別れてるんやって。なぜ我々が小国連合の尻拭いをしないとダメなのか!という反対意見も強く、これからどうするか決まっていない状態やそうでっせ。だから本格的に助けたくても助けられないと言ってます」

 娘の泣き声を聞いて、テントの一つからやせ細ったゴブリンの母親が出てきて土下座をした。

「帝国の騎士様、娘が何か・・・」

 カワ―がゴブリンの母親の頭を踏み潰すのではないかと思うほど近づいて、威圧するように彼女の前に立っている。

「盗みを働いたのだよ。お前の子供は僕の剣の鞘を盗んでいった」

「なんてこと・・・。今まで一度もそんな事は・・・。解りました、私が罪を償います」
 
 母親は潔く、両手を上げて縄で縛られるのを待った。

 ワロティニスが兄からゴブリンの子供を奪って抱くと、母親の前に立ち塞がる。

「お兄ちゃん!ダメだよ!こんなの可哀想だよ!」

「・・・。きっとその子はここの自制心の無い大人たちから影響を受けたのだろう」

 医療ボランティアをしているノームの腰のポーチから財布を奪おうとする別のゴブリンをヤイバは蹴飛ばした。

「そうだよ!だからもう一度だけチャンスをあげて?」

 兄とカワーにうるうるした目でお願いするワロティニスの横でハイダルネも両手を合わして懇願した。

「ここの人達を見ていると流石の私でも可哀想に思えてきましたわ。議会のせいで宙ぶらりん状態で何も出来ないのでしょう?何の機会も与えられないのは不公平よ。それは”力こそ全て“の力を試すことも出来ないって事じゃないかしら?」

 ハイダルネの言葉にヤイバは一理あると考え、静かにカワーに向くと言った。

「罪を許す度量も大事だよ、カワー」

「な、なんだね、君は。日和見なんかして!ふん、仕方ないな。今回は初犯らしいから執行猶予にしといてやろう」

「ありがとう!カワー!」

 ワロティニスは子供を母親に渡すと、カワーに抱きついた。

「おい!はは!止めたまえよ!皆が見て・・・」

 カワーが何気なく横を見ると、親友が鼻の横にシワを寄せ歯をむき出しにして嫉妬に顔を歪ませていた。
 
(きゃっ!ヤイバは僕に嫉妬してくれているのだね?嬉しいぞ!)
 
 カワーは勘違いして喜ぶ。その喜ぶカワーの顔をひんやりとした空気と湿気が撫でた。

「なんだ?」

 みるみる辺りは霧に包まれていく。

 マサヨシがハッと気がついて叫んだ。

「おい・・・!これってもしかして魔物が出てくる霧じゃねぇのか?!よりによって、こんなとこでか?」

 ヤイバは直ぐにクロスケに頼んで鎧を出してもらった。

 戦車のような鎧を纏った鉄騎士が三人現れて、人々は何事かと驚く。

「警戒態勢を取れ!直ぐに魔物が現れるぞ!」
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「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

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