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禁断の箱庭と融合する前の世界(158)

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「ではタスネの子に自我は芽生えないということかね?」

 暖炉前の椅子に座ってイグナは『吸魔鬼の生態』という本を読んで説明を続けた。

「始祖と呼ばれるオリジナルと分家と呼ばれるオリジナルから派生した吸魔鬼の子供は半分の確率で始祖か分家になる。始祖タイプだった場合、一ヶ月もすれば意志を持って何かしらの行動を見せる。そうでない場合は生まれても自我がなく、誰かに寄生しない限り生き続ける事は難しい。と書いてある」

「自我がない場合は宿主は自分の意思で行動出来るのかね?」

「そう。宿主は自我のあるまま吸魔鬼の力を手に入れる」

「良く調べ上げているな。誰の著書だ?」

「ジリヒン」

「という事は最近書いたのだな。もっと古い書物かと思っていたが」

「恐らく、まだ戦争の気配が無かった頃にお城まで行って吸魔鬼に聞いて回ったのだと思う」

「すごい情熱だな。私が以前、主殿に吸魔鬼の生殖について聞いたら顔を真っ赤にして怒ったのでそれ以上は聞けなかったが・・・」

「ジリヒンはヒジリ以上に探究心が凄い」

「む、科学者としては負けた気分になる言葉だな」

「ヒジリはいつも変なものにしか興味を持たないからジリヒンには負けてる。道端の魔犬のフンを一時間も観察したり、足と顔しか無い小さな魔物トオリ・マスヨールの後をずっと追いかけていたり」

「私にとっては珍しいのだ。ほっといてくれたまえ」

「うふふふ」

 腕を組んで不貞腐れるヒジリをイグナは愛おしく思えて笑った。

「それにしても・・・不憫だな・・・。何とかならないかね。せめて誰か宿主になってくれないものか・・・」

「生まれるまでまだ数カ月ある。それまでに何とか出来ると思う」

「どういうことかね?」

「今、魔法人形を作っている」

「人形?」

「うん、人形。人のように生きる魔法人形」

「器があっても自我が無いのでは意味が無いのではないかね?それに魔法を無効化する私が触れれば死んでしまうのでは?」

「自我がないと言っても意識がないわけじゃない。自力で人格形成が出来ないだけで私達が一から育てていけばいい。それからヒジリが触れても死なない。吸魔鬼と同じくマナを原動力とするだけで体の作り自体は人と同じ。ヒジリが吸魔鬼やマナ依存の強い魔人族に触れても彼等は即死しない」

「なるほど。普通ならばある程度自力で子供は成長していくものだがタスネの子はそれが出来ない。ならば教えてやればいいというわけか」

「うん。そのための材料をヤイバ達にノーム国まで取りに行かせた」

「ほう?いつの間に。よく戦後のドタバタしている中でナンベルが彼を貸してくれたな」

「ナンベルのおじちゃんはタスネお姉ちゃんをいつも美人だと言って気に入ってたから。お姉ちゃんの子供の事ならば喜んで手を貸すって言ってた」

「となると、マー隊を丸々貸してもらえたのかね?」

「ううん、カワーとヤイバと・・・ハイダルネとかいう子だけ」

「中途半端だな」

「他の隊員は事務能力が高いから駄目だと言ってた」

 な!?とヒジリは驚いて、飲もうとしていたコーヒーをテーブルに置いた。

「なん・・・だと?クウゴは事務能力が高いのか?か~め~あ~た~ま~!とか言っているような奴なのだぞ!?」

「高いのだと思う。知らない」

「まぁいい。となるとワロもついて行ったのだろう?」

「うん。マサヨシとクロスケも」

「マサヨシはタスネに負い目があるからな。罪滅ぼしなんだろう。クロスケは単に好奇心だな。あれは本当に優秀だから今回のヤイバの旅は安泰だ」

「ウメボシよりも優秀なの?」

「ああ、ウメボシには悪いがね。クロスケは低スペックにも関わらずウメボシよりも優秀・・・あた!」

 棚の上から怒った豚とひょうたんを混ぜたような置物が落ちてきてヒジリの頭を直撃した。

「ウメボシが怒ったね。うふふ」

「まったく・・・ウメボシのやつ・・・」

「ノーム国ってどんな国?」

「さぁ。ただ一つ解るのは彼等は恐ろしく早口だということだ」

 ヒジリは息子の旅が平穏な事を願う。

 タスネの子供は何としてでもこの世に残したい。それが自分を助けて死んでいったタスネとダンティラスへ唯一できる恩返しなのだから。





「それではヤイバ様、旅の安全をお祈りしてヤス」

 御者のゴブリンは頭を下げるとスレイプニルに鞭打って西へと走って行った。

 街道の東の終わりまで来ると沼の匂いと潮の匂いがする。

 もうまともな道はなくノームの島まではリザードマン達の棲む沼地を進んでいくしかない。

 ぬかるんだ道を見てマサヨシはゲンナリする。

「おいー。なにこの道ー。べちょべちょでつよー」

「沼地なんだから当たり前でしょ」

 ワロティニスはしゃがむと文句を言うマサヨシの足に水や泥を弾くコモンマジックの【防水】をかけた。

「その魔法、俺も覚えてるけど・・・。でもありがとね、ワロちゃん」

 妹に感謝しながら頭を馴れ馴れしく撫でるマサヨシにヤイバがヤキモキしながら見ていると、道の先からノームの声が聞こえてきた。

「キュルル!」

 青いコーンキャプに白ひげという典型的なノームが街道の真ん中で慌ている。

 ノームは必死に何かを言っているが、コミニュケーションの手段が手振り身振りだけでは流石に限界があった。

「もー!何言ってるか判らないよ~。お兄ちゃんの魔法で何とかしてよ~」

「これは単なる早口だから【翻訳】の魔法じゃどうにもならないよ・・・ワロ」

 ワロティニスは匙を投げてウーンと唸り頭をガシガシと掻いた。

「おやおや、ほなそろそろワイの出番のようですな。しゃーないなー、翻訳したりますわ」

「何、満を持して出てきてんだよ。最初から翻訳しとけアホ助」

 マサヨシに叩かれたクロスケは声を荒げる。

「ちょっと!何でもかんでもお母さんがやってあげたら、あんたらこれっぽっちも成長せんでしょうが!」

「誰がお母さんだよ。鼻糞みたいな見た目のお母さんなんか要らねぇよ」

「ハーナークーソーー!?」

 頭から湯気を出して怒るクロスケをヤイバは宥める。

「まぁまぁ。そう言えば父さんがクロスケさんの事、いつも褒めてましたよ。ウメボシさんよりも優秀だって。クロスケさんに翻訳してもらえるととても助かります」

 優しく微笑むヤイバを見てクロスケは癒される。

「ほんまヤイバ君は優しくてええ子やで。ヒジリお父さんもワイの事よう解かってはる。ほなら翻訳しまっせ!なになにフーム、ノーム。この先の橋にトロールがいます。子供を人質にして金を請求してくるので我らは困っている。助けてください、やって。ところでさっき、フーム、フームっていうところをフーム、ノームっていったの解った?クスっときたやろ?ウェヒヒ」

「ヤイバ様!子供を人質にとるなんて、私許せませんわ!急ぎましょう!」

 クロスケを弾き飛ばし、ハイダルネはヤイバにそういった。

(よし!子供好きアピール成功!)

 内心でカワーのような悪い顔でニヤリとするハイダルネだったが、ヤイバは街道の先に弾き飛ばされたクロスケを追いかけていった。

「ん、もう!」

 ハイダルネもヤイバを追いかける。

 その背中を睨む三つの視線があった。

(あのハイダルネとかいう女、お兄ちゃんに猛烈アピールしてる・・・)

(ハイダルネめ!僕のヤイバに馴れ馴れしい!)

(ぶひひ!ハイダルネちゃんのスパッツ、クンカクンカしたい!)




「キュルルルッ!」

「あれは私の子供なんです。早くお金を渡さないと食べられてしまう、と言ってまっせ」

 ノームの指差す先には身長が五メートルもある不潔なトロールがおり、橋の袂に鉄の籠に入れられたノームの子供達がキュルキュルと助けを乞うように喚いていた。

 マサヨシは何か思うことがあるのか、親ノームをドヤ顔で指差す。

「はっは~ん?俺はわかったぞ。こいつはノームモドキであの子供もトロールもグルだな」

「つまり金をせびるためにやっている演技ということですかいな?」

「そうだ!オバケの正体見たり!枯れ尾花!」

「それ、使い所間違ってますわ・・・」

「いいから、調べてみろよクロスケ」

 瞬時にノームの遺伝子を調べたクロスケは鼻で笑ってマサヨシに結果を教えた。

「ブッブー!ざぁんねん!本物のノームでしたぁ~!キュキュキュ!」

「何でそこでナンベルの真似すんだよ」

「なんか憎たらしいかなと思って」

 ヤイバに良いところを見せようと、槍を構えて無闇矢鱈と突っ込んでいこうとするハイダルネをマサヨシは呼び止める。

「何の策もなしに突っ込んじゃダメだって、ハイダルネちゃん。もしかしたら子供達を直ぐに殺せる手段があるかもしれないだろ」

「ではどうするのかしら?何か策がお有りで?」

「子供を助けるのが先だな。まず金を払う素振りを見せて橋を渡って、橋下の子供達を助ける。金は全部ヤイバが払うと言って先に渡るんだ。そうなるとトロールの視線は嫌でも後からやって来るヤイバに向く。何せヤイバが金をまとめて払ってくれるんだからな。で、こっそりと俺たちが子供を助けている間にヤイバとカワー、ハイダルネでトロールを挟撃すればいい」

 ワロティニスはマサヨシの薄いてっぺんを撫でて喜ぶ。

「凄い!マサヨシ賢い!賢い人って禿げやすいって聞いたことあるよ!」

「禿げてねぇよ!」

「禿げてるよっ!」

「いいからさっさと先に行きたまえよ、君達。なんだか回りくどい作戦だが、やるなら早くしてくれ」

 カワーの催促にマサヨシ、ワロティニス、クロスケ、ノームの父親はトロールに向かって歩きだした。

 トロールに近づくにつれて悪臭が鼻を突く。

「ぐえぇ!くっさ!風呂入ってないのかよ・・・。アンモニア臭のクセが凄い・・・」

 鼻を押さえるマサヨシにトロールが顔を近づけた。

「一人、ごごごご五ゴールど!」

 口からもドブのような匂いが漂ってくる。

「(くせぇ~!目に染みるぅ~!)金なら後ろからやって来るオーガがまとめて払ってくれるよ!」

「何人いる?ひぃふうみぃ・・・。わがんねぇ!じゃあまとめて百ゴールドな!」

「七人だから三十五ゴールドだろうが!」

「駄目だ!お前、おでを騙そうとしている。誰も皆、そんなに早くに計算なんて出来るわけがねぇだ!百ゴールドだ!びた一文まけてやらねぇかだな!」

「はいはい、じゃあそれでいいよ。ったく、トロールってのは計算の苦手なアメリカ人やイタリア人よりひでぇわ。ところであのノームの子どもたちは?」

「三時のおやつだ!やらねぇど!」

「要らねぇよ!くせぇくせぇ!」

 文句を言うマサヨシを先頭に、先発組は橋を渡っていった。

「よし!作戦通り、トロールの視線はヤイバ達に釘付けだ!今のうちにノームの子供達を助けるぞ!」

 マサヨシ達が端を渡り切ったところで後ろで地響きのような怒鳴り声が聞こえてきた。

 ヤイバが金を払わないと言ったのでトロールが怒りだしたのだ。

「今だ!鉄籠まで急げ!」

 マサヨシは鉄籠前まで来ると、ヘアピンを鍵穴に挿して簡単に錠を外してしまった。

 ノームの子どもたちが一斉に父親に抱きつく。

「キュル!キュルルル!」

「キュルル!キュルルルルルル!」

「キュルキュル煩いなぁ・・・。子供は助けたぞ!存分にやれ!ヤイバ!」

 橋の上からヤイバの返事が聞こえてくる。

「わがっ・・・。あれ・・・喉の調子が悪い。わがりましたー!」

 カワーがトロールを挑発し、ハイダルネが槍で牽制をしている間にヤイバは虚無の拳を練り上げていた。

 日に日に虚無の力をコントロール出来るようになっているヤイバは、ある程度消し去りたい物を絞って消せるようになっていた。

「ここで何をしていたのかを忘れる程度に記憶を消させてもらう!いくじゅお!くそ!喉に痰がからむ!ゲフンゲフン!ガラガラ・・・ドォォォン!」

 鎧は着ておらず制服姿なので、十分に高度のあるジャンプをしたヤイバがトロールの頭をゲンコツで殴った。

「ほげぇぇぇ!」

 トロールは目玉を剥いて、頭上から地面に向かう力に抗うことが出来ず土下座するような姿勢になる。

「気絶しているようだな。気がついたら何もかも忘れているだろう。ゲホホ」

 ヤイバは着地するとスチャっと眼鏡を上げた。

「あぁぁあ!もうかっこよすぎですわ!ヤイバ様ぁ!」

 ハイダルネがヤイバに抱きついた。

「げほほ!あまり僕に近づかないほうがいいよ。どうやら風邪を引いたようだ」

「まぁ!それは大変!ちょっと失礼します」

 そう言ってハイダルネはヤイバのおでこに自分のおでこをくっつけた。

 金髪からふわっと良い匂いがして、ヤイバは戸惑う。

「凄い熱!急いで宿を探しましょう!」

 遠くから妹の怒声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん!何でその女とキスしてるの!バカーーーー!」

 熱をおでこで測るハイダルネを見て、兄がキスをしていると勘違いしたワロティニスは召喚魔法を唱えた。

 次元の穴から小さなデスワームが飛び出てくると、それはヤイバの股間に頭突きをして直ぐに消えていった。

「おごっ!」

 予期せぬ場所から来る衝撃にヤイバは思わず間抜けな声を上げた。

 そして股間から来る鈍痛の中、妹の嫉妬に内心喜びながら神の子は気を失った。




 ベッドの上で世界がぐにゃりと揺れていた。小さい頃に一度だけ高熱を出した時をヤイバは思い出す。
 
(あの時はフランさんの祈りでも治せず、イグナ母さんが冒険者を雇って薬草を取りに行かせたって言ってたな。それぐらい大変な病気だったらしいが・・・)

「それにしても・・・久しぶりだな、この感覚・・・。あれ以降、僕は不思議と病気になることは無かったのに・・・」

 ガチャリとドアノブが周りマサヨシとクロスケが入ってきた。

「よぉ、ヤイバ。目が覚めたか。クロスケが話があるってよ」

「なんでしょうか?」

「体調の悪い時にすんまへん。でもどうしても早急に伝えとかなあかん事がありますねん。ヤイバ君、暫く虚無の力使ったらあかんで。前に君の体には小さな虫がおって、それが君を助けてるって話をした事あったやん?その虫は君の成長や経験に合わせて進化するんやけど・・・」

「進化?」

「そ、進化。それは良い事なんやけど、その進化の仕方に問題があるんや」

 ムクリと起きてベッドの背もたれに座るヤイバに、マサヨシはコップの水を手渡した。

 ヤイバは礼を言ってそれを受け取るとゴクゴクと飲み干してマサヨシに返し、クロスケの話に集中した。
 
「ええか?」

「はい」

「でな、今まで虫は君の体調管理にも影響してたんや。免疫言うて、病気から体を守る役目も果たしとった。でも君が虚無の力を使うようになってから、虫達は虚無からヤイバ君を守る事に力を割くようになったんや。つまりその分、免疫力が落ちてきてるってわけや。本来あった君の免疫力は虫の所為で随分と弱くなっとる。自己免疫力が役に立つレベルになるまで虚無は使ったらあかんで」

「いつまでです?」

「そやな・・・。最低一ヶ月は虚無を使わんほうがええな」

「そうですか・・・。多分、それぐらいなら大丈夫だと思います。トロールの時は再生が厄介だったので倒すよりも記憶をなくした方がいいかなと思ってやったのですが・・・。父さんレベルの敵が出てこない限り今後は使いません」

「それがええで。ほなワイらは暫くこの宿屋でゆっくりしとくさかい、養生してや。ナンベル陛下からは結構な時間をもらってるんやろ?」

「はい、二ヶ月貰っています。心配かけてすみません」

「ええの、ええの。ゆっくりしぃ。ほな」

「変な妄想でゴソゴソせずに直ぐに寝るんだぞ?ヤイバ」

「し、しませんよ」

 マサヨシとクロスケが部屋から出ていくとヤイバはまた深い眠りについた。

 宿屋の一階で食事をしていたカワーとハイダルネは上の空で食事をしている。

「心配ですわ・・・ヤイバ様・・・」

「神の子でも風邪をひくのだな」

「その辺の馬鹿オーガと違ってヤイバ様は綺麗好きですし、心も繊細ですからね。時には風邪も引くでしょう」

「オーガの価値観も変わったものだな。昔はそういう軟弱なオーガは馬鹿にされていたのに」

「あら、カワー様も王子様のように素敵ですわよ?」

「よしてくれたまえ。僕は”力こそ全て“を信じているのだ。ヤイバの繊細さや優しさには時々嫌気がさす」

 二階からマサヨシとクロスケが降りてくると、階段近くのカウンターで食事をしていたワロティニスが駆け寄る。

「お兄ちゃんどうだった?クロスケ」

「ん~、明日には治ると思います。今晩が熱のピークやろな」

「じゃあ明日の朝は調理場借りてお粥でも作ってやっかな。おふうおふう!」

「マサヨシは料理得意なの?」

「うん、普通かな。母ちゃんが飯作ってくれない時があったから、自分でこっそりと作ってたんよ。そしたら料理を覚えた。オヒヒヒ」

「そうなんだ?何で御飯作ってくれなかったのかな?」

「そりゃあお前・・・。働かないからよ・・・」

「うちのお父さんも定職についてないよ?でもお母さんはいつもニコニコしてお父さんに料理出してる」

「お前んとこの超人父ちゃんと無能の俺を比べるんじゃねぇよ!ヒジリは本気で稼ごうと思えば、いつでも稼げるだけの能力があるだろうが!」

「なんか・・・ごめんなさい」

「いいよ、別に。さてお粥を作るとなると最高の物を作ってやりたいな。極上の湧き水と米が必要だ。後岩塩を少し。野菜も欲しいな。簡単な漬物も作ろう」

 カワーがスッと立って自慢の銀髪を手ぐしで解いてニヤリとする。

「僕も手伝おうじゃないか!ヤイバの大親友である僕が手伝えば、彼は大喜び間違い無しだ!」

「じゃあ私も!(料理はしたことないですけども)」

「いいよ、お前らは。良いとこの坊ちゃん嬢ちゃんが料理出来るとは思えないしな。ヤイバの看病をしててくれ」

「しかし!」

「解った解った。もう・・・。じゃあ食材取ってくるから後で料理手伝ってもらうわ」

 マサヨシがそう言うと二人は安心したように座った。

「じゃあ行くぞ、ワロちゃん、クロスケ」

「は~い」

「ほい」

 三人は宿屋の主から美味しい湧き水の出る場所と、新鮮な野菜が直接買える農家の場所を教えてもらって宿屋を後にした。
 



「最高に美味しい湧き水ですかい?」

 農家のオークは新鮮な大根をマサヨシに渡すと頭をポリポリと掻いて考えだした。

「沼地ばかりで意外と湧き水は無いんですよ。唯一あるのが沼の魔女が住む塔の一階にある噴水ですかねぇ?」

「沼地の魔女?」

 ワロティニスがそういうとマサヨシが手をぽんと叩いた。

「ああ、会ったことあるな。遺跡守りの・・・。確か名前はコッペルだったかな?シルビィの親戚の!」

「えぇ・・・。あんたら沼地の魔女と知り合いなんですかい?じゃあ、塔の周辺を警備するアンデッドを減らしてくれって言っておいてくれ。怖くて敵わねぇよ」

「うい。解った。伝えとく」

「ありがとよ。それから沼地でリザードマンに出会ったら近寄らないほうが良いぞ。帝国領になったとはいえ、あいつらは部族のルールで動いているからな」

「ああ、情報サンキュー!」

 マサヨシが大根をクロスケに渡すと彼はすぐに新聞紙に包んで浮かせた。麻袋に入った米も売ってもらったが、沼地の湿気でカビないように直ぐ亜空間ポケットにしまいこんだ。

「野菜を新聞紙に包むって・・・昭和のオバちゃんかよ!クロスケは!」

「これが一番なんですぅ~」

 一行は農家のオークに教えてもらった道を進み、時々あるぬかるみを飛び越えながら進んでいくと、沼地の真ん中に塔が見えてきた。

「道がないけど、もしかしてこの広い沼の中を歩いて行くのかなあ?水深は浅いけど吸血ヒルとかいそうで嫌だな~」

 ワロティニスがそう言うとクロスケが進言する。

「畳ムカデおりますやん。待機中に暇を持て余して水の上を走り回ってるの見た事ありまっせ。あの無数の足に水を弾く物質が付いてますんや」

「ほんと?水陸両用とは知らなかった」

 二人は畳ムカデを召喚すると水に浮く畳ムカデに恐る恐る乗った。

「ほんとだ!沈まない!」

「よし!塔まで進んでくれ!畳ムカデ!」

「ススス!」

 無数の足を動かして滑るように音もなく進む畳ムカデの上で、マサヨシは歓声を上げる。

「ヒャッハー!気持ちい~!」

 湿気を含む冷たい風で体が凍りそうだったが、猛スピードで塔に近づく。

 しかし、それもスケルトンナイトやゾンビが現れるまでだった。

「ヴァァー!」

「ヒェツ!」

 バシャバシャと水を掻き分けてゾンビ達がマサヨシに襲い掛かってきた。

「ウ、ウメボシィ!」

 咄嗟にマサヨシはウメボシを召喚するも、そうそういつでも神の召使いが現れてくれるわけもなく、腐った歯茎をむき出しにしたゾンビの顔が目の前まで迫ってくる。

―――バシュ!―――

 クロスケのレーザービームがゾンビの頭を横から貫いて、辺りに腐臭と焦げた肉の匂いを撒き散らした。

 一拍おいてから、雲に隙間が出来たかと思うと清らかな光がアンデッド達を照らし始める。

 アンデッド達は次々と浄化されていった。

「おせぇよ!ウメボシ!っていうか、面倒くさがってんじゃねぇよ!姿現せぃ!」

―――ウメボシはマスターの代行で色々と忙しいのです。気安く召喚しないでください―――

 雲の隙間から眼鏡の女性がマサヨシを睨み付けていた。

「ご、ごめん。次からは気をつけます」

―――よろしい―――

 聖光が消えると辺りはまたどんよりとした沼地へと戻った。

「ふぃ~。まぁ俺らが来るなんて伝えてないからよ、コッペルにしてみりゃ不審者が来たのと同じなんだよな。そりゃアンデッドも襲ってくるわ」
 
 少し離れた場所からリザードマンの大群が塔に向かって走ってきた。

「でかした!オーガの魔法使い!シュー!。お前たち!アンデッドがいなくなったぞ!塔の扉を丸太で壊せ!魔女を引きずり出すぞ!」

「シュー!」

 大きな一本の丸太を破城槌として使うリザードマン達は、数回丸太をぶつけただけで扉を破壊してしまった。

 一気に塔になだれ込んだ彼らだったが、斬撃音と共に肉片となって扉から飛び出てくる。

「中に見たこともない魔物がいるぞ!気をつけろシュー!」

「セイッ!我が家宝の破魔丸は何度化け物を切り伏せようが折れたりはせぬ!」

 怖いもの見たさでマサヨシが塔の中を覗き込むと、中には武者鎧の男がいた。

―――ビュン!―――

 鋭い衝撃波がマサヨシの首を狙う。

 ブゥゥンと音がしてクロスケのフォースシールドがマサヨシの首を守った。

「助かったわ・・・クロスケ。お前がいなかったら今頃、胴体と首がさようならしてたな」

「あの侍、何者でっしゃろか。常人じゃ出来へんで、こんな技!」

 塔の中で次々とリザードマン達が細切れになっていく。

 居合い斬りで構えたままにしか見えない侍であったが、目で捉える事のできないスピードの斬撃がリザードマン達を次々と絶命させていく。

「弱い!蜥蜴人など我が刀の錆にもならん。あの鬼を連れてこい!我が魂を折りし、あの鬼の子を!」

 塔の一階の床が血の海と化す。生き残ったリザードマンはいない。肉片が辺り一面を覆う。

「フン!」

 侍が剣を横一閃に薙ぎ払うと、衝撃波が発生し血や肉片を沼へと綺麗に飛ばした。

 ビチャビチャと音を立てて亡骸が沼に撒き散らされると、小さな肉食獣がそれを目当てに群がって来る。

「おえぇ・・・」

「主らは何者か?主の敵か客人か?」

 侍はいつの間にかマサヨシの前に立ち、刀の切っ先を脂ぎった二重あごに突きつけていた。

「お、俺達はコッペルとは顔見知りだ」

 鎧武者の男はチンと音をさせて、薄っすらと光を放つ刀を鞘にしまった。

「そうか・・・。すまぬが、お主ら。何か食べ物を持っておらぬか?」

「米と大根ならあるけど。あと途中で拾ったウマズラタケとかいうキノコ」

「それを分けてもらえぬだろうか?主殿が餓死寸前なのだ。勿論拙者もな」

「そんな風には見えないけどな・・・。解った。炊き込みご飯でも作ってやるよ。ワロちゃん、沼のカニを捕まえてきてくれ」

「はーい」


 塔の一階の奥にある台所でマサヨシは鍋にお湯を沸かした。

「本当は泥吐きとかさせたいんだけんども」

 そう言ってワロティニスの取ってきた小さなカニを包丁の背で叩き潰して熱湯に放り込んでいく。

 出汁が十分に出たらカニを取り出して、塩を適量入れ味を整える。そして細かく刻んだ大根やウマズラタケを入れた。

「そうだ!」

 マサヨシはバックパックからおやつのスルメイカを取り出した。

「これを入れれば旨味が倍増だぜ!」

 スルメも刻んで入れると、既に洗って水に漬けていた米を鍋に入れて焚き火を中火にして蓋を閉める。

 台所に美味しそうな匂いが広がる。グツグツと煮えた音がして、ワロティニスが鍋の蓋を開けて中の様子を見ようとしたその時、腕を組んで目を閉じていたマサヨシがクワッ!とした顔で叫んだ。

「赤子が泣いても蓋取るなぁぁ!」

「きゃ!ごめんなさい!」

 ワロティニスが驚いて尻もちをつくとローブの裾から太ももが露わになり、マサヨシは鼻の下を伸ばす。

「(げ!よく考えたら俺・・・。今、元自分に欲情したって事になるな。ヒエッ!)いいの、いいの。十分程蒸らすから蓋を開けないでね、ワロちゃん」

 蒸らし時間も終わり、マサヨシが蓋を取るとホカホカの炊き込みご飯が出来上がっていた。



 マサヨシが侍と共にコッペルの部屋に入ると、床を這ってコッペルが炊き込みご飯を持つワロティニスに近づいてきた。

「さっきから、凄く美味しそうな匂いがして・・・朦朧としていた意識がハッキリしてきた・・」

「久しぶりだな、コッペル」

「君たちは・・・。何故ここに・・・」

 侍の手を借りて立ち上がると、シルビィのいとこはテーブルに座った。

「俺らのことはいいから、飯食えよ。ガリガリじゃねぇか」

 木のお椀に炊き込みご飯をよそうと、コッペルと侍の前に出した。

「もう腹ペコなのでお祈りは省略!」

 コッペルは震える手でお椀からスプーンでご飯をすくう。そして一口食べると・・・。

「美味しい!!」

「美味い!」

 二人はそう言って勢い良く炊き込みご飯を掻き込んだ。

「カニとキノコの旨味の相乗効果で舌が麻痺しそうなほどだ!時々、コリコリした何かも食感のアクセントになっている!」

「このコリコリしたのはスルメでござるな?大根がスルメの旨味を吸って美味いのなんの!」

「おかわり!」

 同時に出された茶碗をワロティニスは受け取ると、今度はお椀の縁より少なめに持った。

「で、出来れば山盛り欲しいのだが・・・」

「二杯目はお茶漬けにして食べてみて下さい」

 急にどこぞの美食家のような事を言うマサヨシにクロスケはクスクスと笑う。

 炊き込みご飯の入った茶碗に玄米茶が注がれると、香ばしい匂いが漂った。

「これは日ノ本のお茶ではないか!お茶漬けとはな!戦の前にこうやってよく食ったものでござる」

「ハフッ!ハフッ!冬にこの温かい料理は嬉しいわね!お茶に素材の旨味が溶け出してスープみたいになってる!」

「最初のペースで二杯、三杯と食べますと胃が驚いてしまいます。ある程度胃に溜まったら今度は少なめの量をお茶漬けとして食べる事で胃への負担を減らし、更に水分が消化を助け満腹感をもたらします。どうです?早く胃を満たしたという焦る気持ちが落ち着いてきたでしょう?」

「ええ、確かに。貴方凄いわね。急に喋り方が変わってちょっと可笑しいけど」

 クロスケはブハハハと笑い出す。

「あかん!全然似てへんで!それ。美味びみしんぼの海原うなばら雄山のモノマネでっしゃろ?プハー!」

「まじ?似てると思ったんだけどなぁ~!」

「それにしても助かったでござる。このままでは餓死する他無かった。かたじけない、マサヨシ殿、ワロティニス殿、クロスケ殿。拙者、主殿に召喚されし異世界の戦士、矢本左門やもとさもんでござる。マサヨシ殿は日本から来たでござるか?」

「うん。多分、左門殿より五、六百年後の日本ってとこかな?」

「ほう!時代は違えど同国の者に出会えるのはやはり嬉しいでござる」

「ところで何で餓死寸前だったんだい?」

 時々、ツィガル城まで赴き許可をもらって異世界の三面鏡を使い、タカヒロから渡してもらう貴重なおやつの中から板チョコを取り出して皆に分け与えた。

 コッペルは直ぐにそれを口に放り込むと、チョコレートの甘さに嬉しくなり身震いした。

「大した話じゃないよ。リザードマンのならず者達が、お前の塔を根城にするからよこせって言ってきたから断ったらこうなったのさ。帝国領になってから帝国騎士団が山賊や盗賊のアジトを壊滅させているだろう?だから奴らはこの塔を根城にしようと狙ったわけ。で、急な話だったから食料の備蓄が無くてね。しかも敵の数が多くて街まで食料調達に行く機会がなかったのさ」

「左門殿に買いに行かせたら良かったやん?強いんやし」

「彼は使い魔じゃないから行動範囲に限界があるんだよ。私から離れられない」

「使い魔にしたらええやん?素敵やん?」

「か、彼に悪いじゃないか?野生動物や魔物ならまだしも」

 何故かコッペルは顔を赤くした。

 クロスケとマサヨシは直ぐにコッペルが左門に惚れている事に気がつくが、茶化すことなくスルーした。

「じゃあ、これから街に行くか?食料無いんだろ?二人でゆっくり買い物でもしたら?」

「そ、そうだな。少し体に栄養が回ってから行くことにするよ」

「俺らは湧き水貰って先に帰ってるな。リザードマンは大丈夫か?」

「しつこい種族だから、もしかしたらまだ何処かに潜んでいるかもしれないけど粗方やっつけたと思う」

「そうか、じゃあな」

「ありがとう!タキコミゴハン美味しかったよ!」

「またいつか食べさせてもらいたいものでござる!」

「おうよ!」

 そう言うとマサヨシは塔の階段を降りていった。

 クロスケが塔の扉を直してから沼地に出るとワロティニスが尋ねた。

「ねぇ、マサヨシ。何で急に帰ろうと思ったの?」

「邪魔したら悪いだろ。コッペルは左門にホの字なんよ」

「え!でも樹族とオーガじゃ無理だよ?」

「んん?何が無理なのかな?何が!?」

「子・・・子作り」

「でも子作りごっこぐらいは出来るっしょ?」

「それも・・無理かな。樹族の体液でかぶれるんだって・・」

「どこが?どこが何でかぶれるの?ワロちゃん。僕興味あります!オフッ!オフッ!」

「おチ・・・、アホーーー!」

 デスワームがマサヨシの股間を狙う。

「緊急回避!」

 太っているにも関わらず盗賊スキルを発動させて身軽にデスワームを避けるマサヨシは自慢げに言った。

「どこぞのお兄ちゃんとは違うのだよ、どこぞのお兄ちゃんとは」

「キーーー!」

 杖をブンブンと振り回すワロティニスをマサヨシはフハハハ!と笑って避けて、畳ムカデを召喚して乗ると先を行ってしまった。
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