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禁断の箱庭と融合する前の世界(154)

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「吸魔鬼部隊に勝てる見込みは皆無であるな」

 樹族側の籠城戦を見越して、夕闇の中を引き返していく帝国軍を城から眺めながらダンティラスはそう言い切った。

「そうね、私達が出張ってくるとなると間違いなくヤイバかヒジリが対応するだろうし。普通の戦争ならアタシ達が勝ってたけどね・・・」

 妻のいう普通の戦争であればどれだけ気が楽だっただろうかと考え、髭を捩じってダンティラスは小さく息を吐く。

「せめてルビー殿の居場所さえ解れば・・・。知ってそうな者の心を読もうとしても怪しい音波のせいで上手くいかないのだ」

 無駄だと解っていても、タスネは耳を押さえて近くに音波の発生源がないかを探した。

「ちょっと耳障りだよね、この音。皆聞こえて無いのかな?何ていうか、判断力が鈍るというか不安を掻き立てられるというか・・・。そういえばシルビィは投降しちゃったけど、大丈夫なのかな?」

「もしかしたら既に聖下殿がルビーを助けたのかもしれんな」

「そうね・・・。一か八かそれに賭けてみる?」

 吸魔鬼の夫婦は互いの不安を消すかのように肩を寄せて、バルコニーから城下町を見る。

「駄目みたい。ほら」

 城の敷地内の小屋から、ジュウゾに連れられて砦の戦士やルビーが見えた。

「彼等をどうするつもりであろうか?」

「上からは何も聞いてないわ・・・」

「助けるである。皆を助ければ我らの足枷は無くなるに等しい」

 ダンティラスはそのままバルコニーを飛び降りた。

「ちょっと!ダンティラス!」

 急いでタスネもコウモリの化けて、考えなしに行動する夫の後を追った。




 ジュウゾの前で何者かがスタっと着地した。

「なに用か?ダンティラス殿」

「その人質を置いていくのである」

「それは出来ない相談だな。王の命令に逆らうことは出来ん」

 タスネがコウモリから人型に戻ると、不満を言う。

「もう!二人共似たような声をしているから、どっちが喋ったのか判らないわ」

 二人の静かなバリトンの声は確かによく似ている。

「砦の戦士達も少しは抗ったらどうなの?ルビー、平気?」

「ムリムリ。魔法の拘束具が簡単に壊せるならやってるって」

 スカーが場違いな明るい声で答える。

 ルビーは疲弊しているのか何も喋らなかった。

「では力尽くで参る、ジュウゾ殿・・・」

「私とて彼等を開放してやりたいが、命令なのだ。私が裏側の長で無ければ、とっくに謀反を起こしていた。どうか私の立場を理解してくれ吸魔鬼夫婦」

 そう言われて二人は驚いて顔を見合わせる。

(おかしい、ジュウゾはこんな事言わない。私達に対する対抗策も持ってるだろうから、人質をよこせなんて言ったら直ぐにでも攻撃してくるはず)

 タスネもダンティラスも裏側の長の目を見た。意味ありげな視線がこちらを見つめ、ゆっくりと瞼が伏せられた。

 そして二人の返事を待つこともなく、ジュウゾはルビー達を引き連れて城内へと入っていく。

 ジュウゾの奇妙なサインを見たダンティラスはゆっくりと触手でタスネの触手を触る。そうすることで喋らなくても会話が出来るのだ。

(何か策が彼にはあるようである)

(うん・・・。ところでその触手、生殖腕じゃん・・・。やらしい!)

(わ、わざとではない)

 タスネはアハハと笑った後、少し寂しい顔をした。

「アタシ、何だか子供が欲しくなっちゃった・・・。戦争で気分が昂ぶっているのかな?」

「そうかもしれないな。では作るのである。地走り族と樹族の子は作れんが、吸魔鬼としての子はいつでも作れる」

 あっさりと了承した夫に驚いてタスネは見つめる。

「でも、それはまだずっと先だって・・・」

「気が変わったのだ。我が君が欲しいというのであれば、その気持を大事にしたい。さぁ部屋に行こう」

「うん・・。嬉しい。でも良いの?吸魔鬼の子作りは生涯に一度だけだよ?アタシでいいの?」

「何を言うのか、愛しい我が君。妻であるお主以外の誰を愛せよというのか?」

 二人は笑顔で一度抱き合った後、コウモリに姿を変えて部屋を目指した。

 いつの間にか空に浮かんでいた満月は、コウモリとなった二人を照らし光らせる。

 それはどこか儚い朧月蝶のようであり、美しく輝きながら上昇していった。





 ゴルドンは血塗れで倒れる友人を励ましながら僧侶のいるテントまで引きずった。

「しっかりしろ!キウピー!」

 ゴフゴフと血を吐いて虚ろな目で空を見るキウピ―はゴブリンのダガーで致命傷を負ってしまったのだ。そのゴブリンはゴルドンの【粉砕の焔】で戦闘不能になって地面に転がっている。

「父上、僕もそちら側に行けそうです・・・」

「馬鹿を言いたまえ!君は死んだりしない!」

 今にも死にそうだった友人の頬を叩いて意識を保させている間、駆けつけてくれた僧侶の祈りは彼を回復させていく。

「助かった・・・。感謝してくれたまえよ、キウピー。僕は君の一族の血筋を守ったのだからね。君まで死んでしまったら、コーワゴールド家はお家断絶だった」

 ゴルドンは赤い髪を一撫でして、ふぅと一息つくと安堵しぼやいた。

「エリート街道まっしぐらだった僕が・・・。王の私室を守る近衛兵の僕達が今や戦いの前線にいる・・・」

 シルビィが投降した事でリューロック以外のウォール一族の役職が降格処分となった今、ロイヤルガードだったゴルドンは今やただの騎士でしかない。

 同じくロイヤルガードだったキウピーも父が暗殺者に殺されてしまい、暗殺者に殺されるのは騎士の在り方としては不名誉だという事で一族の殆どが降格処分を受けた。

 僧侶に癒されて眠る友人の寝顔を見ながらゴルドンは頭を抱える。

「それにしても・・・どうしてこうなった。父上は心を失くしたかのように冷たい。陛下もだ。何が起きている・・・」

 城壁門の外から城壁内の野営地に向かって一人の騎士が絶望的な顔で叫びながら走ってくる。

「鉄壁のヌリが討たれたぞ!」

 走り去ろうとする騎士の手を縋るようにして握り、叔父であるゴルドンは涙目になる。

「馬鹿な!甥には神の守護があったはずだぞ!聖下から祝福を受けたのだからな!」

「誇り高き最期でした・・・。使い魔の物理障壁が消えた後、彼は敵の矢を受けながらも広範囲の攻撃魔法で敵を攻撃を一掃しました。あそこまで強力で広範囲に広がる【業火】は見たことがありません!多数の暗黒騎士と鉄騎士を道連れにしました!」

 騎士は敬礼をすると、そのまま城内へと走っていく。

「そんな・・・。聖下・・・!甥には聖下の祝福があったはずではありませんか!聖下!」

 天を仰いで神を恨み、蹲って震えるゴルドンの向こうで仮面のオーガが鉄騎士団を率いて城門を突破してきた。

「攻撃の出来ないものや、戦意を失った者は無視したまえ!歯向かう者も出来るだけ無傷で捕縛しろ!」

「無茶を言うなよ、ライジン。オラ達に手加減は無理だぞ」

「君なら出来る、クウゴ。強力な悪魔を撃退した実力者の君ならな!」

「そうか?オラにもできっかな?よ~し!いっちょやってみっか!」

 ゴルドンは蹲ったままの姿勢で詠唱を開始する。自己強化魔法を次々と唱えているのだ。

 それからゆっくりと顔を上げる。ウォール一族の特徴である赤い髪が立ち、ゆらゆらと炎のように揺らいでいた。

「甥を殺したのはお前らかぁぁぁぁ!」

 ウォール一族の中では珍しく激情に身を焦がさないタイプのゴルドンではあったが、甥が討たれた事で感情が激しく昂ぶった。

 感情が高まり魔力が限界を超える。魔力の高まりはマナを身に宿す量が多くなるのでマナが多くなれば魔法のパワーレベルを上げる事が出来る。つまり魔法の威力が高まるのだ。

 蹲ったままのゴルドンから炎と風の複合魔法【炎の竜巻】が発生し、敵に向かって吹き荒れ始めた。

 途方もない威力のその魔法は城壁門の入り口で鉄騎士団と暗黒騎士を焼き、遥か後方に控えていたメロまでもが焼かれた。

 魔法の防具で守られている魔法騎士団団長は何とか自分の周りで荒れ狂う【炎の竜巻】を防ぎきったが、竜巻が過ぎ去った後に目を開けてみると、魔法防御に長けているはずの部下が数名倒れている事に驚いた。

「時折とんでもない逸材が出て来る辺りが流石は魔法の国と言ったところですか。先程の騎士も散り際に見事な【業火】を放ちました。ヒーラーをここに!」

 鎧から煙を上げて倒れる鉄騎士や暗黒騎士の中で無傷の者が数名いた。マー隊とライジンだった。

「【捕縛】!」

 ヤイバがそう唱えると何もない空間から魔法の紐が現れ、ゴルドンを縛り上げる。

「ヤイバァ!」

「ゴルドンさん・・・」

「よくもヌリを!!!!」

 憤るあまり、食いしばった歯が折れゴルドンは口から血を流しヤイバを睨んだ。

「(作戦とは言え、何も教えてあげられないのは辛い・・・)すみません、ヌリさんを説得したかったのですが、何故か話を聞いてくれなくて・・・。弓兵に討たれてしまいました・・・」

 どうであれヌリが討ち死にした事実は変わらない。ヤイバが殺したわけでないが、ゴルドンはヤイバを恨まずにはいられなかった。

「このままでは済まさんぞ!かくなる上はァァ!」

 ヒュンヒュンとゴルドンの体から音がして光りだす。

「ライジン!彼に触れてくれ!自爆するつもりだ!」

「御意」

 ライジンがゴルドンに触れるとマナの暴走が収まっていく。

 マナを吸われていく感覚がゴルドンを襲い、それと同時に感情の昂ぶりも収まっていく。

 虚ろな目で崩れ落ちゴルドンはぶつぶつと何かを言って祈りだした。

「ヒジリ聖下は・・・ヌリを祝福してくれたんだ・・・。あの小さな使い魔だって聖下が生み出したんだぞ・・・。なのに・・・なのに・・・。僕は彼を溺愛していた・・・弟のように・・・。小さかった頃の彼はいつも僕の後をついてきて本当に可愛かったんだ・・・。神様・・・ヒジリ聖下・・・。どうかヌリを生き返らせてください。代わりに僕の命を差し上げますから・・・」

 ライジンの中にその強力な願いの思念が流れ込んでくる。自ら神であることを捨てたとはいえ、宇宙の理は神であるヒジリを手放してはいない。

「君の想いは届いた・・・」

 仮面の下で静かに目を閉じ、ヒジリはゴルドンにそう言った。

「だが、君の命は必要ない・・・」

「・・・・?!聖下?」

 能力の限界以上の強力な魔法を使った事で体力を使い果たし、霞む目でゴルドンはライジンを見る。

 顔の造形はヒジリと似ても似つかないが、ライジンの中に星のオーガを感じた。

 ライジンに神を重ね見たところでゴルドンの視界は急激に暗くなっていった。





 「姉さんは意地悪だ」

 母と息子ほど歳の離れた義理の姉を頭に思い浮かべ、ゴルドンは顔を枕に埋めて泣いていた。

(イグナは地走り族なんだぞ!樹族より上であって良いはずがない!)

 食事の途中で憤慨して自室に閉じこもって何時間経つだろうか?

「お腹すいたな・・・」

 コンコンとドアがノックされ、姉の声がする。

「昼間はすまなかったな、ゴルドン。実はな、私もイグナの能力の高さに嫉妬していたんだ。その八つ当たりをお前にしてしまったのだと思う。反省している。扉を開けてくれないか?焼き菓子を持ってきた」

「なんだ、姉さんも僕と同じだったんじゃないか!」

 ゴルドンは嬉しくなって扉を開くと、姉はマフィンを皿の上に山盛りにして持ってきていた。

「わぁ!僕の大好物!」

 両手にマフィンを掴むとゴルドンは勢い良く貪った。

「こらこら、はしたないぞ!そんなに急いで食べると喉をつまらせるから・・・」

「んぐ!」

「ほら、言わんこっちゃない!」

 マッシュルームヘアーを振り乱して、胸をドンドンと叩くとコップに注がれた水を勢い良く飲む。

「ぷはぁ!死ぬかと思った!僕、お腹ペコペコだったんだ」

「お腹いっぱいになったら今度はお眠だろう?どれ、私が膝枕で子守唄を歌ってやろう」

「やったー!」

 大きなソファーでしてもらう姉の膝枕は、ウォール家の跡取りとしての日頃のプレッシャーを和らげてくれる唯一の癒やしだった。

「寂しい猫ちゃん ねんねこねー 母さん探して 鳴いたなら 撫でてあげよう ねんねこねー」

 心地いい姉の歌声は、眠りが深くなるに連れて遠のくどころか何故か近づいてきた気がする。

 ハッしてゴルドンは目を覚まし、周りを見る。
 
(天幕の中・・・?夢か・・・)

 しかし、膝枕と子守唄は夢の中の幻では無かった。太ももをムニムニと触って確かめると上から笑い声が聞こえる。

「ハハハ!姉の膝枕は久しぶりだろう?ゴルドン」

「シルビィの膝枕は気持ちいいからな、弟君?」

 シルビィとシオが自分を覗き込んでいる。もう少し姉の膝の上で微睡んでいたと思ったが、ヌリの事を思い出し、飛び起きて直ぐに土下座をした。

「姉上・・・。すみません!ヌリが・・・討たれてしまいました・・・。負傷したキウピーを僕が連れて行こうとする間、きっとどこかでその様子を見ていたヌリが気を使って盾になってくれたんです!戦場に彼だけを残すような形にしてしまったのは僕のせいなんです!」

 シルビィは息子のために泣きはらしたであろう目で弟を見つめて優しく微笑んだ。

「ヌリは立派に戦ったんだ。あの時、既に彼は降格処分を受け、騎士ではなくなっていたのに皆の為に戦場に出て、仲間を守って最後には敵を沢山道連れにした。親としてこれ程誇らしいことはない。誰がなんと言おうが彼はウォール家の誇りなのだ!」

「姉上・・・」

 ゴルドンは暫く姉と抱き合って可愛い甥のために泣いた。

 そして気が済むまで泣くと目を擦ってシオに向く。

「義兄さん、正気に戻ったのですね。良かった」

「心配かけたな。正直支配されている間は記憶がなくて何をやっていたのかわからないけど・・・」

「ったくよー。俺がいないと直ぐにこれよ、お嬢ちゃんは。常に俺を握ってりゃいいんだよ!」

 聖なる光の杖がいつもの憎まれ口を叩く。

「え?君がシオ兄さんを元に戻したのかい?」

「ああ、杖の持ち主に限ってなら死亡以外の状態は完治よ」

「じゃあ・・父上や陛下を治すのは・・」

「無理だな。すまねぇな、ゴルドン坊や」

「いえ・・・」

 少し落胆するゴルドンに薄汚い格好をした樹族の少女が水差しとコップを持ってきた。

「旦那様、喉がお乾きでしょう?お水をどうぞ」

「ああ、悪いね・・・」

 コップを受取り水を注いでもらう間、少女は目深に被ったフードの下の顔はずっとこちらを見ているような気がする。

「・・・ゴルドン叔父さん、ヌリ兄さんならきっと神様が生き返らせてくれるよ」

 そう小さく囁く少女を訝しんでフードの奥をさり気なく覗き込むと、そこにはルビーがいた。

「何も言わないで黙って聞いて、叔父さん。もうすぐしたら私達や砦の戦士がヤイバ達と戦うかもしれないけど、心配しないでね。それは偽者だから」

 ゴルドンは言われた通りに黙って水を飲んだ。ちらりと姉夫婦を見やると二人は静かに頷いている。

(ルビーが人質になっていないのは姉さん達にとっても唯一の救いだろう・・・。良かった・・・。暗い夜道でも何かしらの明かりを見つけることが出来るのは嬉しいものだよ。それにしてもこの国はどうなるんだろう?きっと神の子ヤイバがこの戦争を収めてくれるのだろうけど・・・。でも戦争が終わったら、その後はどうなる?我らは帝国に歯向かってしまった。好意的だったツィガル帝国に牙を向いたのだ・・・。敵対者に厳しいナンベル皇帝の事だ・・・ただでは済むはずがない)

 ゴルドンは近くで眠る友人の顔を水で湿らせたハンカチで拭いた。涙の跡がある彼の汚れた頬は見ていて切なかったのだ。
 
(キウピ―に比べたら僕はまだマシか。彼は父と多くの親戚を戦争で失った。しかも彼の双肩には一族を再建させるという重圧が圧し掛かってくるんだ・・・)

 ふと、気絶間際に見た仮面のオーガを思い出す。

 彼ならもしかしたら、この悲しみや不幸を救ってくれるのではと考える。あの仮面のオーガに重ね見た人物は間違いなく神だ。

「姉上、僕はヒジリ聖下を見たかもしれない。疲弊して混乱する頭で幻を見た可能性も大きいけど、聖下は僕に言ったよ・・・。”君の想いは届いた“って」

 
  

「うわぁ!」

 ヤイバは城の大きなエントランスでダンティラスの投技で投げ飛ばされた。

「どうかね?大昔にノーム達に習った護身術の味は?」

「凄いとしか・・・言いようがないですね・・・」

 ヤイバの元へライジンが駆け寄り助け起こす。

「他の吸魔鬼はどうしたのかね?何故君達二人だけなのだ」

「ほかの皆は強制的に休眠期に入ってもらったのである」

「封印したって事ですか?」

「そうなる。我らは数が少ない。吸魔鬼にだって種として生き延びる権利はあるのである」

「君たちは種を植え付けられていないのかね?」

「はて?種?我らにそのようなものを植え付けても直ぐに体から排除されるだけである」

「では何故我らと戦う」

「人質がおる故。聖下に頼ろうとは思ったのだが、事が急過ぎた。我らが気づかぬ内に人質を取られてしまったのである」

 タスネは何かを気にするように少しお腹を擦った後、ヒジリに言う。

「ルビーちゃんが、捕まってるのよ?なんで平気なの?ヒジリ!」

「久しぶりだな、主殿。いや、タスネ子爵。まさかこんな形で敵対するとは思わなかった」

「実は現状を覆す凄い策があるんでしょ?」

「無いアル」

「有るのか無いのかどっちよ!」

 タスネはいきなりヒジリに襲いかかった。彼がふざけているという事は、策があるという事なのだ。しかし事情を話さない所を見ると、場の流れに合わせたほうがいいと感じた。

 触手が鞭のようにしなり、ヒジリの胸を叩いた。当たり前だが、手応えは無い。パスっと変な音がしただけであった。

「ぐえぇ!」

 攻撃を受けたヒジリは大げさに後ろに跳ね跳ぶ。ゴロゴロと転がってから胸を押さえて白々しいセリフを吐いた。

「か、敵わねぇ!英雄子爵であるタスネ様にはオラでも敵わねぇ!タスネ様は宇宙で一等強い奴だ!」

「キャラ変わり過ぎでしょ、ヒジリ・・・・。誰の真似よ・・・」

 ふざける二人の横で、真面目な二人は本気の戦いを繰り広げていた。触手攻撃とシールドバッシュの応酬が続く。

「余裕ぶっていますが、必ず貴方を剥き身にしてみますからね!」

「出来損ないとは言え始祖の一人。負ける訳にはいかない。プライドがあるのである。剥き身にならずにお相手してみせよう」

 お互い小手先技が効かないので力と力の応酬であった。

「くっ!守り一辺倒になる・・・」

 ダンティラスからは一度の攻撃で十回の連撃が来る。徐々にヤイバは防戦一方になってきた。正々堂々と戦うダンティラスに怒る理由もないので虚無の拳も発動しない。

「知っているかね、ヤイバ君。吾輩の筋力値は君と同じく二十一だ。私の触手の鞭は中堅の戦士なら一撃で葬れる。なのに新米の君は当然のように吾輩の攻撃を受け流しているではないか。そんな事が出来る人型は悠久の時を生きた中でも君が初めてである」

「だったら何だというのです?」

「嬉しいのだ。そして悲しい」

「何故?」

「まず吾輩に吸魔鬼や異世界の異形以外で対等に一対一で戦える相手がいることが嬉しい」

「父さんでも貴方の相手は出来るはずですが」

「君の父上と対決しても戦いにならないだろう。聖下を本気にさせれば吾輩は一瞬で灰燼と化す。だから神とオーガの子供である”丁度いい“君と同じ時間を過ごせるのは、広い世界と無限の時間の中では僥倖と言える」

「悲しいのは何故ですか?」

「君との出会いが吾輩にとってはほんの僅かな・・・刹那の瞬きだからだ」

 触手による大盾への攻撃は時間が経つにつれ激しくなってきた。

 ヤイバが必死になって防御をしながら、ちらりと横を見ると父とタスネは八百長プロレスのようにぺちぺちと叩き合っている。

「何だか・・・彼等がクレヨンで描かれた絵のように見えてきた・・・」

 突然、奥の謁見の間に続く扉が開いたかと思うと、ゾロゾロと砦の戦士達が現れた。

 彼等の奥にはリューロックとシュラスがいる。

「用心深いな、アンドラスは。まだ姿を現さないのか・・・」

 ヒジリはそう言うとタスネとのじゃれ合いを止めた。

 戦いの最中、妙な音波に邪魔されながらも時間をかけてヤイバの心を読んだダンティラスもルビーが無事であることを知り、つぶやく。

「憂事はこれで消えた」

 触手が勢い良く床を貼って砦の戦士たちを縛り上げると、彼等は元の人形に戻っていく。

 人形から落ちた種の根や繰り虫が蠢いて、見る間にから干からびていった。

「なんじゃ・・・と?」

 一瞬の内に二人になってしまったシュラスは驚いてリューロックの後ろに隠れた。

「裏切ったか!ダンティラス!」

「人質さえいなくなれば、ヒジリ聖下に逆らう理由も無し」

「はぁ?聖下などどこにおる!」

 リューロックは魔法の金棒”永久機関“を床に叩きつけた。

「世迷い言をほざく時間があるなら、さっさとオーガ共を始末しろ!ダンティラス!」

 小さな鉄騎士とも言えるリューロックは鎧を鳴らしながら突っ込んできた。

「無駄である、リューロック殿」

 触手がリューロックを締め上げる。

「我輩を屠る事が出来るのは、神か神の子、或いは光魔法に熟達したもの」

 ダンティラスの言葉でフラグが立ったのか、【光玉】が飛んできてリューロックを締め上げる触手を千切った。

「光の子である樹族の王が何故、その光魔法の熟練者だと思わないのか?」

 小さき王はワンドをダンティラスに向けてそう言った。そして今度はタスネを狙う。

「シュラス王は王としての資質はあれど、魔法は凡才だと思っていましたが・・・」

「能あるノームモドキは騙し通す、じゃ。自分の情報を他人にペラペラと教えてしまう愚か者はどの世界でも生きてはいけまいて。教えてやろう。ワシはエリート種じゃ」

 埃で喉がいがらっぽいのか、シュラスはコホンと咳をするとニヤリとして会話を続けた。

「そして、ワシほどの才能の持ち主は神殺しの術も知っているのだ」

 そう言って巻物を広げると、魔法の言霊を読んだ。

「魔法なら無効化出来るのだが?シュラス王」 

 吸魔鬼の前に出て盾になろうと動いたライジンのすぐ近くに大きな黒い渦が現れた。

「むぅ!これは・・・虚無の渦!しかも吸引力が・・・」

 普通の虚無の渦とは違って強烈な吸引力がシュラス以外を襲う。

 最も渦の近くにいたリューロックは狼狽するライジンとヤイバを見て豪快に笑った。

「皆まとめて渦の中だ!ガッハッハ!先に行っているぞ!お前たち!」

 リューロックは渦に吸われて、粉々に砕けていった。魔法の金棒だけは吸引力の弱い場所にあったのか、渦に近づいたり地面に落ちたりを繰り返して音を立てている。

「おかしい!渦が消えない!物質を一定量吸い込むと消えるはずなのに!」

 ヤイバの焦りにシュラスは笑う。

「強力な巻物じゃからのう。まさか城の宝物庫にあるとは思わんかったが」

「カプリコン、渦の規模は?」

(吸引力はヴャーンズ様が作り出す渦とは比べ物になりません。それにエネルギーの持続力が違います。このままではアルケディア城が丸々無くなるでしょう。更に悪い知らせがあります。アンドラスが帝国軍の野営地に出現しました!)
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