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禁断の箱庭と融合する前の世界(131)

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 運命の神は自分の生まれを常に呪う。世界の大よその事は知ることが出来る自分にはそれらに直接介入する力がないからだ。

 いつから自分が存在していたのか、なぜ存在しているのかもわからない。

 どういった基準かは判らないが、度の過ぎる介入をすると何かしらの力が働いて彼をビヨンドという暗い空間へ押し戻そうとする。

 遥か昔に地走り族の聖騎士に地上に召喚されて以来、神に課せられたシステムの顔色を窺いつつ何とかして世界の危機を密かに救っていた彼だったが、いつもアクセスする世界記憶アカシックレコードで見た未来に自分の星が無い事を知った。

 それからの彼は自分を産んだこの星の最後まで見守ると決めて世界中を旅していたのだ。

 そんなある日突然オオガ・ヒジリは現れた。アカシックレコードのよれば、この星が消えてなくなる数年前、というところでだ。

 ヒジリはこの星に来るや否や、滅びの要因を次々と潰してくれたのである。

 無力な自分の星を救いたいという強い想いをマナが具現化させたとは解っているが、ヒジリは神以上の存在が自分の願いを聞き入れて寄越した救世主のように思えた。

 やがて彼は世界を救う戦いの末に死んでしまうが、人々の願いを聞き入れて神となり星の守護者となった。しかし彼が神になった事で自分と同じく神のシステムに縛られてしまい力を発揮できなくなってしまったのである。そうなると運命を修正しようとする力は、嬉しそうに頭をもたげてこの星を破滅の道へと戻そうとした。

 途方に暮れたヤンスは、高位の存在であるアヌンアキ星人が好奇心で作動させた禁断の箱庭というアイテムに目を付けたのだ。

 禁断の箱庭は干渉さえ出来れば過去を変えられる。過去を変えればヒジリを生き返らせる事ができるかもしれない。

 そこに全てを掛けて、現在に存在しながら過去を形成する箱庭への侵入方法を模索した結果、虚無の力を宿すことが出来る唯一無二の存在であるヤイバに辿り着いた。

 虚無の力とは拒絶する力だ。マナとは逆の力である。

 その力でヤイバは禁断の箱庭の壁を拒絶し、中に入る事が出来たが、結局ヤンスが想定していなかった方法でヒジリは蘇った。

 ヤンスはアカシックレコードを見て星の未来を確認して呟く。

「アカシックレコードにこの星の未来があったでヤンス・・・。具体的な未来は見えないでヤンスがこの星はまだまだ生き続けるでヤンスよ・・・。しかしまだまだ油断はできないでヤンス。禁断の箱庭の問題は解決していないでヤンスから。アヌンナキ達は小さな邪神が現れた時点で別宇宙に逃げてしまったでヤンス。あいつらなにもかも無責任でヤンスね。禁断の箱庭に囚われている我が半身が上手くヒジリを導いてくれればいいでヤンスが・・・」

 ゴデの街の公園でヤンスは空をぼんやりと眺め、神である自分を笑いながら別のどこかにいるかもしれない大いなる神に無事を祈った。
 




 休みの日になるとヤイバは必ずゴデの街にある桃色城を訪れる。あれだけ会いたかった父がそこにいるからだ。

 ピンクのお城の門を開くと、むせ返るような色香を放つヘカティニスが上機嫌で出迎えてくれた。ヤイバは眼鏡を光らせ中指で持ち上げると密かに思う。ヘカ母さんは昨晩は父上と楽しんだなと。

 ヒジリがいる書斎まで来ると中からナンベル皇帝の声が聞こえてきたので、ヤイバはドアの隙間から中を覗く。

「小生、もう皇帝するのやだぁ~!ヒー君、交代してくださいよぉ~」

 乙女のような言い方で泣きつく道化師皇帝だったが、父は断固たる態度で手のひらを見せて断る。

「私は暫く身分を隠して過ごす。今はただのオーガなのだ。君も皇帝に飽きたのならば、誰かに継がせればいい」

(なんという無責任な・・・。父さんは神なのですよ?)

 ヤイバはそう言いたかったが、父は我儘を言うだけの権利はある。かつて邪神から世界を救ったのだから。

 ヒジリはライジンの時のように目を覆う仮面を今も付けているが、装甲の僅かな隙間から黄色い光を放つ黒いパワードスーツを見れば、誰もが彼を星のオーガのヒジリだと気がつくが、それでも強引にただのオーガだと世間で通すのは流石に無理があるだろうとヤイバは思った。

「だって~小生を超える者が中々現れないんですもの~」

「私の息子なら君を超えると思うのだがね。どうだ?ヤイバ、皇帝になってみるというのは?」

 ヒジリはくるりと椅子を回転させて、ドアの隙間から中を覗き見るヤイバに笑顔で言った。

「さ、流石に僕では経験が不足しているので・・・」

 覗き見をしていた事がバレて恥ずかしくなったヤイバは書斎に入る。

「そうですよ~駄目ですよ~。ヤイバ君なら小生に勝てるかもしれませんが、彼は優し過ぎるので庶民を甘やかしてしまい、直ぐに帝国の財政は底をつくでしょう。キュキュ!」

「じゃあやはり君が暫く皇帝を続けるしかないじゃないか。家族も城に呼んだのだろう?」

「ええ、でも家族は暇さえあればゴデの孤児院へ行ってしまいますがね。ねぇ~、お願いしますよ~、小生はもう玉座に座るのは飽きましたよぉ~」

 纏わりつくナンベルをヒジリは「離したまえ」と言いながらグイグイと押すが道化師皇帝も負けじと蛇のように絡みついている。

 男同士の気持ち悪いじゃれ合いにヤイバは苦笑いをして書斎を出た。

 そしていつもならここに来ると真っ先に飛びついてくるはずのワロティニスを探したが、城の中にはいなかった。

「あれ?ワロは何処ですか?ヘカ母さん」

 お茶を書斎まで運ぼうとしていたヘカティニスを呼び止め、ヤイバは聞いた。

「多分裏庭だど。最近元気がないみたいだかだ、ヤイバが励ましてやってくで」

 細かい事を気にしないヘカティニスはワロティニスがマサヨになってもいつもと変わりなかった。

 ワロがマサヨになりましたと言っても「そうか、でもワロが生きているならそででいい」と言って簡単に納得してしまったのだ。

 突然蘇って帰ってきた愛しい夫もヤイバと同じような説明をしたので、ワロティニスがマサヨの体を使って復活した事を無条件で信じたのだろう。というか難しい話なので理解は出来ず、結果だけを聞いて受け入れてしまったようだ。

「裏庭か・・・。確かマサヨさんのお墓をあそこに建てたって言ってたけど・・・」

 ヤイバは父が一人になりたい時に使う離れの前を通り裏庭まで来ると、マサヨの姿をするワロティニスが膝を抱えて座っているのが見えた。

 何となく声をかけ辛い雰囲気だったが、妹を心配する気持ちが勝ってそっと近づくとワロティニスは頬を涙で濡らしていた。

「ワロ・・・どうした?」

「お兄ちゃん・・・。あのね、命ってなんだろうって考えてたの」

「マサヨさんの事を思い出していたのかい?」

「うん・・・。マサヨの・・・マサヨシの記憶が時々流れ込んでくるんだけど、凄く可哀想な人だったみたい。向こうの世界では誰からも期待されなくて邪魔者扱いされて・・・それでも皆に認めて欲しくて色々頑張るんだけど空回りして馬鹿にされて・・・段々心を閉ざして、ひねくれて・・・。でもある日、能力に気がついて色んな世界に行くんだけど、そこでも邪険にされてるの。この世界でもお父さんに頬を打たれて、凄くショックで悲しかったり腹立たしかったりで夜も眠れなかったみたい」

「まぁその当時のマサヨシさんは頬を打たれても仕方がない事をしているからね・・・」

「でもね・・・私達と孤児院で会って色々とお話した時は凄く嬉しかったみたい。あんなに優しくされたのは初めてで、徐々に暗かったマサヨシの心が明るくなっていくのが解るの。いつも自分の居場所を求めて寂しく一人で歩いていたのに、いつの間にか私達が横に並んで一緒に歩いてくれて、存在を認めてくれたのが幸せだったんだって。あと、女の子になってからはどんどんお兄ちゃんの事が好きになってる。お兄ちゃんは誰にでも優しいから・・・」

 そこでワロティニスはぷくっと頬を膨らませて拗ねた。

「お兄ちゃんはスケコマシさんだね」

「スケコマシ・・・どこでそんな言葉を覚えたんだ?」

「マサヨが記憶の中でそう言ってる」

「ぐむ・・・」

「マサヨの記憶が私の中にあるのにマサヨはもうこの世にいない。彼女の人生ってなんだったんだろうって・・・。幻みたいで儚くて・・・。そう思うと自分も幻なんじゃないだろうかって頭が混乱してきたの。お兄ちゃんも皆も幻で、いつか一瞬で消え去るんじゃないかって・・・」

 ワロティニスは目をゴシゴシと擦って溢れ出る涙を拭った。そんな彼女を後ろから兄はそっと抱きしめる。

「ワロはまだマサヨさんの体に慣れてないからナーバスになっているんだよ。僕たちはこの世界に生きて息をしているし、ほら!お兄ちゃんを感じるだろう?」

 そう言ってヤイバはいたずらっぽく、ワロティニスの頬に自分の頬をグリグリと押し付けた。

 驚いたワロティニスが兄の方を振り向くと、思わずお互いの唇の端と端が触れる。

「・・・・。お兄ちゃん。私達って・・・結婚しようと思ったら出来るんだよね?魂は兄妹だけど体はこれっぽっちも血が繋がって無いんだし・・・」

 うるっとした瞳がヤイバを見つめてくる。

(マサヨさんってこんなに可愛かったっけ・・・。中身が違うとこうも違うのか・・・。うう・・・キスをしたい・・・でも僕たちはやっぱり兄妹なんだ)

「そ・・・そうだけど。周りは僕達のことを兄妹だって知っているからやっぱり無理なんじゃないかな?」

「じゃあ、誰も私達のことを知らない所に行ったら結婚してくれるの?」

「うん・・・僕は愛しいワロと結婚・・・結婚したい。でも僕たちは神の子だから何処に行っても目立つだろうし、父さんの追跡からは逃れられないと思う。一瞬で居場所が解るだろうからね」

「そっか・・・。でも私嬉しい。相思相愛なのが解って!うふふ!妹として私の事見てるのかと思ってたから。その・・・これからも宜しくねお兄ちゃん」

 そう言ってヤイバに向き直るとン!と唇をワロティニスは突き出した。すぼめたピンク色の唇を見てヤイバはゴクリと喉を鳴らす。これまでも妹とキスをした事があるが、あくまで兄としての対応だった。

(やれ、ヤイバ!今度は積極的な本気のチューをするんだ!男ならやり遂げろ!)

 頭の中に声が響いてくる。が、どうもそれは自分の心の底から湧き出る声ではない。

(ん?ちょっと待て。この声は一体誰の声だ?)

(さあ!早くやれ!何ならこのまま押し倒して野外ファッ○だ!)

(え?なんだこれは!僕の心の声じゃないぞ!)

(もう、止めてくれよ!俺の念話をこんな事に使うのは!)

 離れの陰から此方を除く陰がある。ドラコーンのチャガだ。そしてその後ろには見覚えのある姿が見えた。ワロティニスも気がついたのか、ヤイバと目を合わし一斉に声を出す。

「マサヨシさん!」

「マサヨシ!」




 念話でヤイバの心に言葉を伝えていたのはチャガだったのだ。困惑するドラコーンを「消えろ、この役立たず!」と罵って帰し、マサヨシはおふおふと笑いながら離れの陰から現れた。

「やぁやぁ。ヤイバ。それに俺の体を手に入れたワロちゃん」

「生きていたんですか?それに前の姿に戻ってる!」

「ああ、俺は異世界で死ぬと瞬時に元の世界で夢から覚めるように蘇るみたいですわ。でも残念な事にこっちの世界の記憶を殆ど忘れてしまうっていう。あっちの世界とこっちじゃ時間の流れが違うから、記憶をなんとか取り戻した時にはこっちの世界の時間がかなり先へ進んでいるのじゃないかとヒヤヒヤしたけど、意外と時間は経ってなくてホッとしたわ。それにしても俺も異世界転移が上手くなったもんよ。前はランダムにしか飛べなかったのに、今は狙って飛べるようになった。こっちの世界で相当レベルアップしたからかな?ヌッハハ」

「死ぬ度に抜け殻のように死体を置いていくというわけですか。何とも不気味ですね・・・」

「不気味とか言うな!」

 マサヨシがヤイバに憤慨していると、突然自分だった少女が走って抱きついてきた。

「生きててかった!マサヨの体を勝手に使っちゃって、私心苦しかったんだ・・・」

「いや、いいって。どうせ抜け殻なんだし。それにしても、あの時は俺ももうちょっとやりようがあったと思うけど、なんか頭に血が昇っちゃってさ。もしかしたら俺もヤイバみたいなドォォォン!が出来るんじゃないかって思ってアンドロイドに立ち向かったんだけど無理だったわ。オフフフ」

「僕はてっきりマサヨシさんも呪いの影響があったのかと思ってました」

「呪い?ないない。一応俺は星のオーガでつよ?」

 ヤイバはマサヨシの帰還を喜びつつも、内心は気が気でなかった。ワロティニスとマサヨシは記憶を共有しているので共鳴しあってお互いが惹かれ合うのではないかと。しかしそれは杞憂だった。

 ワロティニスは抱き着いたマサヨシから体を離すとジト目で見つめる。

「マサヨシ、想像の中で昔の私に変な事してたでしょ。マサヨシの考えていた事が頭に残ってるから解るんだよ」

 マサヨシの動きがピキーンと止まり凍りつく。

「ま、まじで?マサヨの時の記憶が残ってるの?まじで?マジカルまじで?うわぁぁぁ!恥ずかしい!!」

 マサヨシは悲鳴を上げると、禿げた頭と顔を隠して走り去ってしまった。

 途中ですれ違ったヒジリは彼を見て、なんだ?という顔をして見送る。

「恥ずかしくて顔を隠すのは解るが、禿げ頭を隠すのは何故だ?」

「ツッコむところはそこですか、父さん。マサヨシさんが復活したんですよ?ところでどうしたんですか?」

「なに、まだ私の復活を知らない主殿に挨拶をしに行こうかと思ってね」

「タスネさん以外は知ってるのにね。意地悪な姉妹だなぁ」

 姉妹達の意地悪な顔を想像してワロティニスは苦笑いしている。

「まぁ、サプライズ的な事でそうしているのだろう。ところでお土産は何が良いかと思ってね。吸魔鬼が好みそうな物とは何だろうか?」

「タスネさんはマナの実のソースがかかったステーキが好物ですよ、父さん」

「そうか。では例の牛の肉でも持っていくか。お前達も一緒に来てくれるのだろう?」

「勿論です」

「私もアルケディアで可愛い服が見たかったから丁度良かった。帝国の服もいいんだけど、最近ゴシックな服が多くて・・・」

 今のワロティニスは地球人であるマサヨの背の高さなので百六十センチほどしかない。なのでアルケディアに行けば樹族が着るような上品で可愛い服が着れるのだ。今まで樹族国の商店街ではオーガでも着れる大きめの革鎧などを見て過ごしていたが、これからは服も自由に選べて着れるのだ。そう思うとワロティニスの心は踊った。





「あら、ヤイバ。いらっしゃい」

 笑顔で出迎えたタスネはヤイバが緊張している事を変に思った。

「に、忍法影分身の術!」

「忍法?ジュウゾさんとかが使う奇術?」

 顔を真っ赤にしたヤイバは股を開いて立つと、上半身を円形に動かし始めた。

 後ろで下手くそなタイミングで小さな分身がヤイバを追いかけるように動いている。しかしよく見るとヤイバと少し違う顔をしていた。何よりも着ている服がぜんぜん違うのだ。肩に雷のマークが入ったつや消しの黒い一繋ぎの服・・・。

 その分身を暫く見てタスネの目から涙が零れ落ちる。

 そして、背中から生やした複数の触手で体を浮かすとヒジリに抱きついた。
 
「馬鹿!あんたがいない間、色々と大変だったんだからね!イグナがモティ神聖国に狙われたり、フランやベンキが古竜のゾンビと戦ったりして!」

 短い間ではあったが奇妙な主従関係を結んで冒険をした思い出や、ヒジリが死んでからの周りからのプレッシャーが凄かった事、単純にヒジリがいなくなって寂しかった事などがごちゃ混ぜになってタスネの胸に押し寄せる。

 ヒジリはぎゅっと主を抱きしめて髪を撫でた。柔らかくて毛量の多い黒い髪は昔と同じくさわり心地が良い。

「ああ、その時は私も見ていたよ。でも皆であればあの困難も切り抜けられると思っていた。もう私がいなくても皆は十分に強い。ただいま、主殿」

「おかえり・・・ヒジリ」

 タスネはヒジリの首に抱きついて頬にキスをした。

「そうだ、主殿。お土産があるのだ。ほら、大好物なのだろう?」

 湿っぽいのが嫌いなヒジリはタスネを下ろすと、話題を変えようと小さな肩の亜空間ポケットから桐の箱を取り出した。

「主殿はこの肉が好きだろう?えーっと名前は何だったかな?ほら・・・あの獰猛な野生の牛の・・・」

「オティムポ牛であろう?あれは吾輩も大好物である」

 タスネの後ろからダンティラスが現れた。

 ニヤニヤしていたヒジリの顔がスーッと真顔になる。タスネにセクハラをするつもりだったのだが、ダンティラスが真面目に答えてしまったからだ。

「セクハラ失敗だね!残念でしたーヒジリ!空気の読めない夫がいてくれて助かったよ!」

「チィー!やってくれたな、ダンティラス!」

「何のことかね?聖下」

 会話を聞いていたヤイバとワロティニスが思わず吹き出す。

「ハハハ!父さん、馬鹿だなぁ!」

「もー、それってオークの中年がやりそうなセクハラじゃん・・・恥ずかしいよ、お父さん」

「昔からこんな感じよ、ヒジリは。何が神様だってーの」

 タスネはヒジリ達を客間に通してこれまでにあった出来事を話し込んだ。その中にはヒジリが知らない話も多く、神は全てを見ていたわけではないと解って一同は驚く。

「神様だった時は世界の全てを見守っていたわけじゃないの?」

「普段はランダムに世界を見せられている感じだったな。で、誰かが強く何かを願った場合に限り、その場所に行き力を行使出来るという具合だったのだ。しかも救済出来る場合と出来ない場合があり、誰がこのシステムをどういった基準で構築したのかは判らない。私がこの世界に具現化出来たのも、マナの濃い場所でヤイバが私に助けてほしいと強く願ったからだ。私もヤイバ達を助けたいと強く思った。神だった私が言うのもなんだが、この思いの一致で復活出来た事は奇跡としか言いようがないな」

「神様って意外と不便なんだね」

「ああ、幾度となくもどかしい思いをしたものだ。その内の一つが、樹族国の辺境にある貧しい村だな。人々は藁の家に住み、高い年貢に苦しんでいる。子供は飢えてやせ細っていた。何故この事が表向きにならないのかを調べたら、領主が情報統制をし領民が領地からの出るのを厳しく制限をしているからだった。苦しむ領民の強い思いは同時に強い諦めも内包しており、助けようにも力を発揮できなかったのだ」

 ダンティラスは整えられた髭をねじって少し考えてから口を開いた。

「そこはもしかして、強い自治権が認められているブラッド辺境伯の領地ではないか?」

「知っているの?ダンティラス」

「ああ、あの領地の近辺まで魔物討伐に行った事があったのだが、領地は高い壁に囲まれており、門には排他的な雰囲気の門番が我輩を睨んでいたのを覚えておる。樹族国で領民が厳しく監視されているのはあそこだけである」

「あそこって、エリート種が多い領地よねぇ。エリートが多いのに施政は上手くいってないのかしら?」

「私ももう少し調べたかったのだがね、村人の諦めの想いが私を拒絶した」

「あの領地は王族も迂闊に口出しが出来ない程の軍事力がある。何よりもエリート種が多いのが厄介なのだ。ブラッド辺境伯と事を構えるのは、帝国で例えるとフーリー一族に喧嘩を売るようなものである」

 タスネは夫の例えを聞くと、ちらりとヤイバを見てブルッと震えた。

「厄介どころの話じゃないでしょ、それ。敵対したら一騎当千のリツさんみたいなのがワラワラ現れるんでしょ?」

「うむ。だがブラッド辺境伯はこれまでに反旗を翻したり、他の領地に侵攻したことはない。だから尚更口出しは出来んのである」

 直ぐに他者に共感してしまう癖があるヤイバは少し悲しげな顔でぽつりと呟いた。

「子供たちが可哀想です。大人は我慢出来ても子供にとって飢えは辛いでしょうから・・・。どうにかして助けてあげましょうよ、父さん」

「ヤイバは優しいな。そこまで統制が厳しいのなら入るのも容易ではなかろう。何とか侵入する方法があれば・・・」

 ワロティニスは興奮した様子で拳を振り上げて立った。

「そんなの簡単じゃない!お父さんが、私は神だ!通せ!って言えば通れるでしょ!」

「私の復活は公にしていないのだよ、ワロ。私は暫くの間、歴史の表舞台には立ちたくないのでね」

 納得のいかない顔をするワロティニスをまぁまぁとなだめて、タスネは提案する。

「じゃあ、帝国の親善使節として公式に申し込んでみたらどうかしら?」

「ああ、それは良いかもしれんな主殿。帝国からの申し出となれば断れないだろう。後は親善使節を送る口実があればいいのだが・・・」

「それだったら近々辺境伯の息子の結婚式があるから、それを理由に出向くのはどうかな?」

「辺境伯とあまり関わりのない帝国に、彼がわざわざ招待状を出しているとは思えないのだが・・・」

「ああ、それでしたらナンベル陛下がこないだ羊皮紙の一つを見て愚痴ってましたよ。樹族国の辺境伯程度の結婚式で招待状を送られるなんて帝国も舐められたものだと」

「なんというご都合主義展開か。台車を押しながら、あったよー!と言いたくなるレベルだな。悪いがナンベルからその招待状を貰っておいてくれ、ヤイバ」

「その例えはよくわかりませんが、招待状の件は任しておいて下さい」

「すまないな」

 話が一段落するとヤイバはクンクンと腕を匂いだした。

「どうした?ヤイバ」

「いや、自分の体が汗臭いなと思いまして・・・」

「そうかね?綺麗好きなのだな、ヤイバは」

「じゃあうちのお風呂入いる?」

「なんだから悪いですよ。サヴェリフェ家に来る度にお風呂を貸してもらってるようで」

「いいのよ、二人だけで使うには広すぎるし。たまに帰って来るコロネは風呂嫌いだし」

「ありがとうございます。遠慮なく使わせてもらいます」

「なら、私も入ろう。親子水入らずで湯船に浸かるのも悪くない」

「じゃあ、私も」

 結局ヒジリとヤイバとワロティニスが風呂に入ることになり、三人は風呂場へと向かった。




 サベリフェ家のそこそこ大きな浴室は常に湯けむりで視界が悪い。

 マサヨとなった妹の裸を期待したヤイバではあったが、彼女は少し遅れて来て離れた場所で体を洗いだしたので何も見えない。

 ナノマシンのお陰で体を洗う必要のないヒジリは、かけ湯をするとさっさと湯船に入ってハァーと深く息を吐いている。

 ヤイバが念入りに体を洗ってから湯船に浸かる頃には妹も湯船に入ってきた。

「はぁ~、いいお湯。そういえばお父さん、フランさんはなんでお嫁さんじゃないの?」

「さぁ」

「さぁって・・・。フランさんだけ、宙ぶらりんな感じじゃん」

「それは彼女次第だな。望めば私は拒まない」

「樹族国だと一夫多妻は珍しくはないそうですけど、帝国では珍しいですね。喧嘩とかにならないのですか?」

「イグナが言っていたが、あの城に住む皆は長年一緒に暮らしてきたのだから、もう家族みたいになっているそうな。それに私は平等に愛を与えているからな。月曜日はヘカ、水曜日はリツ、金曜日はイグナ」

「えっと・・・それは・・・その・・・どういう順番ですか?」

「まぁ色々だ。ふふふ、いつか君達にも弟か妹が出来るだろう」

 ヤイバとワロティニスは顔を見合わせて顔を真っ赤にした。

「金曜はイグナ母さんって事は一昨日じゃないですか・・・。その・・・子作りをしたって事ですよね?小さなイグナさんと・・・」

「そうだが何が言いたい?」

 父が変わり者だと言われていたのはこういうことかとヤイバは驚いた。性生活についてあまり隠そうともしない。寧ろ、どこか自慢気だ。

「お父さんはなんでそんな恥ずかしいことを明け透けに子供に言っちゃうの?」

 ワロティニスの質問にヒジリは、ああそうだったといった感じでこの星が地球ではない事を今更ながら思い出した。

「私の国ではな、ワロ。子供を授かることはこの上なく名誉な事なのだ。地球政府・・・神の国の政府によって厳しく人口管理がされる中、誰かの命と引き換えに、新しい可能性を持って生まれてくる赤ちゃんは世界の宝と言える。だから父さんはついつい嬉しくなって子作りの事を話してしまうのだよ」

「お兄ちゃんが生まれた時も嬉しかった?」

「勿論だ。ヤイバが生まれるまではヘカとの第一子を亡くして、いつも心の何処かで後悔していたからな。因みにヤイバは父さんが取り上げたのだぞ。生まれたてのヤイバはしわくちゃで猿のようだったな」

「誰だって生まれたてはそんなものでしょう」

 猿のようだったと言われてヤイバはむくれる。むくれてお湯に顔を沈めると湯煙の向こうでワロの白い胸元が見えた。

 ワロティニスだった時よりも胸は大きいかな?等と考え暫く見つめていると、父がイグナ母さんと子作りをしているという話を思い出した。

 若いヤイバは白い湯煙をキャンバスにして、子供のように見える地走り族のイグナが喘ぐ姿を想像してしまい危うく暴れん坊が暴走するところであった。

「あの闇魔女と恐れられたイグナ母さんが・・・女の顔を見せるのですか・・・。何だか不思議な感じがします・・・」

 なんの脈略もなくポツリと呟いたヤイバの言葉をヒジリは聞いていた。

「そんな事を言えば、ヘカやリツだってそうだ。人は沢山の仮面を持っている。君が見ている側面は一つにすぎない。逆に自分の知らない顔がまだ有るかもしれないと思うと他人に興味が湧いてこないかね?」

「確かに。(僕の知らないワロの一面には興味がある。凄い悪女とかだったらどうしよう・・・)」

 ちらりとワロティニスを見るとワロティニスもヤイバを見ていた。何となく気まずくなって水面を見る。
 
「うわぁ!」

 思わず声を上げた事をヤイバは後悔した。腰に巻いていたタオルが明らかに盛り上がっているからだ。気付かず内に暴れん坊は再び元気になっていた。

「どうした?」

「なんでもありません!(早く静まれ暴れん坊!)

 不思議そうな顔をして近づいてくる父に、手で掬ったお湯の塊を投げつけて牽制する。

 そのお湯ですらヒジリは抜群のタイミングで回避する。

(父さんって攻撃が滅多に当たらないよな・・・)

「やってくれたな!」

 ヒジリは水面を掌底で叩くとお湯がビームのように進んでヤイバの胸にぶつかる。思いの外、衝撃が強く痛みで股間の暴れん坊は小さくなっていった。

(しめた!暴れん坊が静まってくれた!)

 そう思って油断していると父のヘッドロックが頭蓋を締め付けだした。逞しい胸筋と上腕二頭筋から頭を抜くと、そのまま父をスープレックスでお湯に沈めた。

 目の前で暴れる二人の恥部がお湯を弾いてキラキラと輝きながらブラブラする様をワロティニスは見て、ハワワワワと動揺していた。

 お湯から勢い良く飛び出てきたヒジリは悔しそうに言う。

「ブハァ!そうだった。身体能力ではヤイバのほうが上だったのだな。しかし、能力の高さイコール実力ではない事を思い知らせてやろう」

 手四つになって父と兄は力比べをしているが、ワロティニスはいつの間にか二人の間に挟まれてしまっていた。ピト、ピトと頬に二人の陰部が当たる。

「ワワワワワ!(鼻血出そう・・・。大好きなお兄ちゃんのが頬に当たってる!ついでにお父さんのも!お母さんに怒られちゃうよ!)」

 二人はワロティニスがいる事に気がついて、力比べをしながら湯船から上がり、次の一手を決め兼ねていた。

 ヤイバはこのまま力押ししようと押さえ込みだしたが、ヒジリはゴブリンゲートでワロティニスにしたようにヤイバを巴投げで投げつけた。ビターンとタイルの地面に背中から落ちたヤイバはカハァ!と息を吐きだして大の字になる。

 大の字になったヤイバに重なって、肩を押さえ込みヒジリはカウントダウンを取り始めた。

「こんなもの!力で押しのけてみますよ!」

 ヤイバはそう言って父の腕を掴んで押しのけようとしたが大きな岩の如く父は重い。どんなに足掻こうが頑として動かなかった。
 
「ば、馬鹿な!なんで!」

「三、ニ、一・・・・」

 ゼロ、と同時に風呂場の引き戸がガラッと開くとタスネが鬼の形相で立っていた。

「ドタドタうるさい!」

 いつの間にか来ていたフランは姉の後ろで「まぁ!」と嬉しそうにヤイバとヒジリの裸を見ているが、肝心の部分は湯けむりに隠れていたのか少し残念そうだ。

「男同士の筋肉の絡み合いって素敵だわ~。はぁ~興奮しちゃう!」

「何言ってんのよ・・・フラン・・。とにかくね、お風呂場で暴れないでよね!あんた達みたいなパワフル筋肉ゴリマッチョが本気で暴れたらお風呂場なんて一瞬で壊れちゃうでしょうが!」

「す、すまない主殿」

「ごめんなさい、タスネさん」

 上気した顔でヤイバとヒジリの筋肉を触ろうと涎を垂らして歩み寄るフランの耳を引っ張って、タスネは浴室から出ていった。

「神様なのに怒られた~!怒られた~!」

 ワロティニスは少し出た鼻血をさり気なく拭いてから、父を指差してケラケラと笑った。

 ヒジリはバツが悪そうに肩を上げて苦笑いすると立ち上がり、風呂場の入り口へと向かった。

「少々悪ふざけが過ぎたな。さぁ出ようか、ヤイバ、ワロ」

「はい」

「はーい」

 ヤイバは前を歩く自分より小さな父の背中を見て思う。

(家族でふざけ合うのっていいな・・・)

「なんだかほんわかするね!お兄ちゃん!」

「ああ、お湯に十分浸かったからね」

「違うよ。お父さんがいると家族が一つになるっていうか、上手く言えないけどほんわかする!」

 先を行く父が、どうやって自立しているのか判らない薄っぺらいパワードスーツの後ろから重なると、空中に浮いていた装甲が自動的に体にフィットしていく。

 そして更衣室から出ようとした際、父はドア枠上部に頭をぶつけ破壊してしまったがそのまま出ていってしまった。

 二人共一瞬、え?と顔を見合わせたが、壊れた部分には直ぐに光が当たり何事もなかったかのように直っていく。

「キャハハ!何あれ~!可笑しい~!」

「確かに、フフフ・・・ほんわかするな」

 神と呼ばれる父が時々見せるお茶目さを見て、父親がいなかった十数年が急速に埋まっていくような幸せを二人は感じた。
 
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幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
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『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
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 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
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HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】あなたに知られたくなかった

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セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

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