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禁断の箱庭と融合する前の世界(127)

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「それでブラックボックスも回収できずに情けなく泣き喚きながら帰って来たと言うわけですね?」

 僅かに光が届く海の底のような深い青色のボディの彼女が、椅子に座ったまま目も鼻も口も無い顔を主に向けた。そして更にカインを責める。

「パワードスーツだけで十分だと仰りましたよね?カイン様・・・いや、リジヒさん?」

「この私が中世の原始人に負けるはずがないと思ったのだ」

「まぁ傲慢!貴方はデザインドに偽装していますが、デザインドではないのですよ?まぁ初めて遭遇した相手が、ヒジリの子ヤイバとクロスケという名のドローン型アンドロイドですものね。デザインドだったとしても苦戦していたかもしれませんね」

 金属なのか鉱物なのか生身なのかよくわからない物質でできたアンドロイドの細い指がホログラムキーボードを叩いて主の戦いの映像を再生する。

「実質ヒジリと対峙したようなものかしら。いや、それ以上かもしれません。映像を分析した限りではヤイバの身体能力は父親よりも上です。経験の少なさで未だ実力を発揮出来ておりませんが、いずれ父親を超えるでしょう。一番厄介なのはクロスケですね。宇宙船備え付けのアンドロイドだからと思って甘く見ていました。彼はスペック的にはウメボシに劣りますが、インプットされた人格の所為か頭の回転が速く洞察力も鋭いですね。自分の能力を効果的に使う術を知っています」

 マー差に地球の自宅に転送してもらってから直ぐに治した肩を、カインはまだ擦りながら頷く。

「そうだ。相手が悪かったのだ」

「でも失敗は失敗ですよ?慢心して準備を怠るのは現代地球人の悪い癖です。罰を与えますので臀部を出して四つん這いになって下さい」

 主であるはずのカインは下唇を噛み、何故かアンドロイドの言葉に黙って従った。

 照明の薄明かりに照らされて壁にかかる影が異様な光景を映しだす。

 アンドロイドが振り上げる鞭が撓り、カインの剥き出しの尻を叩く。その度に痛みと快楽の綯い交ぜになった悲鳴が聞こえ始めた。

「ああああ!マーサ様!お許し下さい!私は悪い子でした!無策であの星に出向いた上にブラックボックスを回収出来ない悪い子でした!」

「カイン様はどうも認識が甘いようですね。この計画が失敗すれば私はスクラップ、貴方は再構成矯正されるのですよ?しっかりと!(ビシッ!)自覚を!(ビシッ!)持って頂きませんと!(ビシッ)」

「はいぃイギィィ!次は失敗しません!」

「あら?どうするのでしょうか?何か策でもあるのでしょうか?(ビシッ!)」

「策は・・・これから考えますぅぅ!次回は必ずブラックボックスを回収しマナを大量に回収する準備をしますから!あうう!」

「あまり悠長にしている時間は無いのですから、急いでくださいネッ!(ビシィ!)」

「アギィィ!」

「よろしい。鞭ばかりではカイン様も壊れてしまいますので飴も差し上げましょう」

 そう言うと罰に耐えたカインを慰めるようにマーサの影は彼の影と重なり、黒い蛇の様にのたくる。

 果たしてそれは正常な男女の行為かは判らないが、部屋には男とも女とも聞きとれる喘ぎ声が響き渡った。




 イグナはナンベルの膝の上でいつもの無表情、いつものジト目だが、困ったように呻いている。

 ぼんやりと考え事をするナンベルが自分の髪を撫でたり頬をぷにぷにと弄んで考え事をしているからだ。

「ナンベルのおじちゃん。私はもう結構な歳だから、こういう扱いは止めて欲しい」

「あ、めんごめんごォ。なんだかいつまでも小さい頃のイグナちゃんみたいに思えてついつい。まぁ見た目もそんなに変わらないし、いいじゃないですか、キュキュ!」

 以前はヒジリが使っていた皇帝の私室のドアがノックされて、娘のルビが入ってきた。

 元々はゴデの街の孤児院の経営をナンベルの妻と共に任せていたが、ミミが経営を受け継いで安定化させたので妻と子供を城に呼び寄せたのだ。

「あ~ドレスって歩きにくくて嫌・・・。お父さん、あんまりイグナさんばかりに頼ってたら駄目だよ」

 母親に似てきたルビは、ドレスをたくしあげてぎこちなく歩いている。

「だって~。古竜の遺跡の情報を知っていそうなのはイグナちゃんとジリヒン君くらいでしょ。あ、あとゴデの街にやって来たドラコーンと。ところでそこの召使君!ドラコーンは召喚に応じてくれましたか?」

 部屋の隅にいたゴブリンが頭を低くしてナンベルの前に来て跪いた。

「それが、街の住人と酒飲み勝負をして負けて体調を崩しているそうです。明日には城へ来ると報告がありました」

 ナンベルはゴブリンを召使君と呼んでいるが彼はバートラ出身の立派な諜報員である。主の欲しい情報を直ぐに集めて耳に入れるのが仕事なのだ。

「何とまぁ・・・。遺跡に住んでいたというから俗世離れをした隠者かと思っていましたが・・・。余程人が恋しかったのですかね?キュキュ」

「会った感じでは人間のことは好きみたい。ゴデの住人は最初こそ彼をリザードマンだと思ってきつく当たっていたみたいだけど、直ぐに打ち解けた」

「あそこはゾンビの大災厄を生き残った流れ者ばかりの街。皆よそ者みたいなものですからねぇ。そこまで排他的ではないでしょう。今では樹族や地走り族も多く来ますし。昔の貧民窟のままだったら彼は殺されて剥製として売られていたかもしれませんがねぇ。キュッキュ」

「あのドラコーンは簡単に剥製にされる程弱くはない」

「そうなんですか?」

「魔法じゃない不思議な力を使う」

「ああ、念力ですか。自分の内から湧き出る、マナとは別種の力。竜ほどの生命力があるからこそ、使えるのであって我々が真似をすれば、鼻血を出してたちまち死んでしまうと何かの文献に書いてありましたね」

「お父さん、私孤児院に行ってくるね」

「あ、気をつけて。ミミによろしキュー!」

 ナンベルの娘ルビは父の部屋に置いてあった転移石を掲げてさっさと孤児院へと消えてしまった。

 娘がいなくなった事をいい事に、道化師皇帝はイグナに顔を寄せてヒソヒソ話をしだした。

「知ってますか?リツさんに愛しい人が出来たようですヨ?」

「相手は?」

「彼女が個人的に雇った私兵です。ライジンという名前のオーガなんですが、目を覆う仮面を付けていましてねぇ。見た目が何となく小生と被ってて嫌なんですよねえ。キュキュ」

 ナンベルが傍に置いてあった魔法水晶にマナを流すと、裏庭でライジンとリツがキスをしている映像が流れた。ライジンは見た目が怪しいという以外はナンベルとの共通点は無さそうに見える。

「あれま?またチュッチュしてますヨぉ!」

 イグナは直ぐにマナを遮断し水晶を消した。

「プライバシーの侵害」

「でも今は勤務中ですよ?あんな所でサボってチュッチュされたらお給金払っている小生も困りますぅ~」

「ヤイバはこの事は知っているの?」

「マサヨさんがこっそりと教えてくれましたが、知っているとの事です。リツ団長とライジンと共に星のオーガの件で報告に来た時は、ヤイバ君は実に気まずそうでしたから」

「そう」

 イグナは急にヤイバが心配になってきた。傷ついていないだろうか?母親が父親以外を好きになったらやはり傷つくだろう。そう思う反面、もう十何年も経っているのだからリツを責めることは出来ない、という気持ちもある。自分だって一時、ジリヒンに心を奪われた時期があった。

 そわそわしながらナンベルの膝から降りるとイグナは部屋の扉へと向かった。

「あれ?イグナちゃん!マナの遺跡の話はしてくれないのですか?」

「マナの遺跡は古竜の技術で作られているから、ドラコーンのチャガのほうが詳しいと思う」

「我々は悪の神からマナを守るという使命を忘れないで下さいよ」

「わかってる」

 イグナはヤイバが待機しているだろうと予想して寄宿舎に足を運ぶ。

 ドアを開けると予想通りヤイバとカワーが部屋にいた。彼ら以外の団員はまだ訓練の最中で寄宿舎には戻ってきていない。訓練のノルマをクリアしてしまい、早々に待機している二人は何やら言い争っている。

「何故、君はいつも手柄を独り占めするのかね?あの時、僕だけが除け者だったじゃないか!」

「別に除け者にしたわけじゃないよ、カワー。君を呼ぶ余裕がなかっただけさ。相手は悪の神だぞ?クロスケさんが機転を利かさなければ、全員負けていたかもしれない。クロスケさんは長期戦になれば負けていた可能性があったと言っていた。クロスケさんの物理攻撃無効化シールドも無限では無いからね。君だけでも助かる可能性があった事を僕は良かったと思っているよ」

 自分の事を思ってくれる友人にカワ―は悪人顔を真っ赤にしてツンとする。

「ふ、ふん。僕があの場にいれば戦いはもっと有利になったかもしれないだろ。魔法の花火で合図してくれれば良かったじゃないか」

 本気ではないと解っているが、あの場に自分がいれば戦いは有利だったと嘯くカワーを見てヤイバは父を思い出す。

「僕の父上も敵前で慢心して油断する人だったらしい。今の君は父上のようだ」

「そうかね?それは嬉しいね!おお、息子よ!さぁ来い!ハグしてやろう!」

 カワーは皮肉たっぷりにそう言って両手を広げた。それを見たイグナはドアから顔を少し出してボソリと言う。

「カワーは一緒に戦えなかった寂しさと、ヤイバが心配だったという気持ちが半分こ・・・」

 心の中を闇魔女に覗かれたと感じ、カワーは顔を真っ赤にした。そして誤魔化すようにイグナに腰折をって大げさに挨拶をする。

「これはこれは闇魔女殿、我らが英雄ヤイバ様に何用ですかな?邪魔であれば僕は退散するとしよう」

「ありがとう、そうして」

 イグナはカワーが寄宿舎から出ていくのを見やってから、ヤイバに顔を向けて言う。

「リツに恋人が出来たって聞いた。大丈夫?ヤイバ」

「誰からそれを・・・。はい・・・。母上はライジンという僕よりは少し年上ですが若い流れ者を気に入ったみたいです」

「その流れ者、気になる?調べてあげようか?」

「いえ、行動を共にしてわかったのですが、彼は本当にただの学者気質な体術使いで真面目そうでした。恐らく誘ったのは母上なんだと思うのです。だから彼を恨むのは筋違いかと思いましてね・・・。母上だっていつまでも死んだ父上のことを好きでいるのは無理だと僕も思います」

「そう・・・。でも貴方の心は悲鳴を上げているわ。家族の絆が滅茶苦茶になるんじゃないかって」

「確かにそう思う所もありますが、僕も大人にならないと駄目なんです。母上には母上の人生があるとクロスケさんも言っていました。だから僕は母上に謝らないといけない。僕は母上に裏切り者なんて言ってしまいましたから・・・」

 イグナが無理をするヤイバを慰めようと口を開きかけた時、兵舎に隊を引き連れたマーが激しくドアを開いてヤイバに伝えた。

「大変だ!バートラが攻撃を受けている!例の星のオーガが出現したそうだ!」

「そんな!昨日の今日で・・・。ヴャーンズさんやムロさんは無事なんですか?」

「判らん!情報収集中だ。陛下から早速派兵命令が出た。準備が出来次第バートラに向かう!」

「ヤイバ、私も行く」

「でも・・・今回は帝国からの依頼は・・・」

「大丈夫。無理はしない」

 ヤイバはマーに良いかという視線を送るとマーは頷いた。

「闇魔女殿が来てくれるなら心強い」

 かくしてバートラ奪還作戦は始まった。

 ギラギラと夏の太陽が照りつけるバートラで今、悪の神が住人たちを蹂躙しているのかと思うとヤイバの心は落ち着かず、すぐにでも行軍のための荷物の準備に入った。




 突然現れた星のオーガは何処で調達をしてきたのか、量産型の鉄傀儡と共にバートラの首都を攻撃し始めた。

 住人である多くのゴブリン達は悲鳴をあげて地下室に潜ったり、避難場所を求めて逃げ回っている。

 国民が全員暗殺業を生業としていた時代の面影はもう無い。ヒジリのお陰で真っ当な人生を送れる者が増えた反面、脅威に対し抗う者が少なくなったのだ。

 対霧の魔物用にバートラに配備されている鉄騎士だけでは数が少なく、激しく動き回る鉄傀儡に対処しきれない。

「ムロ!あの星のオーガを格納庫奥に誘い込むのだ!我々の土俵に上がらせて少しでもこちらを有利にする!」

 逃げ惑う住民たちを庇いながらビコノカミで戦っていたムロはヴャーンズからの転移石による通信に異議を唱えようとした。ここを動けば住民を見捨てる事になる。ビコノカミが操っている味方機よりも敵の鉄傀儡の方が多いのだ。

 が、折りしもマナの霧が町中に発生し、そこから異界の魔物が湧き出し鉄傀儡や星のオーガを襲い始める。

「こんな時に限って!ヴャーンズさん!霧の魔物だ!皆を守らないと!」

 ムロは激しく動揺し、霧の魔物に腕に装着したガトリング銃を向ける。

「心配するな。霧の魔物は小さなゴブリン達よりも大きな鉄騎士や鉄傀儡、目立つ星のオーガを狙うじゃろう。逆に逃げるチャンスが住人にできたのだ!いいからあのスター・オーガを格納庫に誘い出せ!」

 ムロは少し躊躇したが、あのゴブリンの大魔法使いには何か手があるのだろうと彼に従うことにした。

「はい!行くよ!ビコノカミ!」

「了解!」

 空中に浮いたまま、サイクロプスを一撃で切り裂いた星のオーガの背後にビコノカミは降り立った。

「何が目的で貴方はこんな事をするのですか!」

「目的はただ一つ。マナ関連施設を制圧する事だ!」

「ここにある古代の施設は鉄傀儡の格納庫だけです。貴方の欲しがる物は何もありませんよ」

「では、何故我々から隠蔽するのだ?スキャニングをしたらいくつかの地域で黒塗りになる場所がある。ここもそのうちの一つだ。マナに関する重大な秘密があると私は見たのだ」

「だったら普通に施設を見せてくれと尋ねてくればよいではないですか!」

「悪いが私には時間がないのでね。君達のルールに則って申請を待っていたら時間切れになる。地域ごと支配下に入れるのが一番手っ取り早いと思ったのだ」

「・・・解りました。僕の責任で貴方を格納庫に招きます。好きなように見て回っても構いません。ですから、あの鉄傀儡を操って街を襲うのは止めて下さい。霧の魔物排除に協力して下さい」

「はは!話が早い。いいだろう。鉄傀儡たちよ、霧の魔物を倒せ!」

 カインが指示を出すと、鉄傀儡達は霧から出てきたサイクロプスの群れに向かっていった。

 金髪の星のオーガはホバリングしながら進み、上空を飛ぶビコノカミについて行く。

「ここです」

 丘陵地帯の丘の下にある格納庫入り口を指差し、ムロは彼を中に招いた。

「ようこそ、星のオーガ様」

「何だ貴様は」

 背を丸め、杖に体重を預けるようにして歩いてくるゴブリンの老人にカインは冷たい視線を投げつける。

「私はそこのムロと共にこの施設の管理を任されております、チョールズ・ヴャーンズと申します。御用をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ここにマナに関連する施設があるはずだ」

 ムロはビコノカミの中からヴャーンズに困ったように言う。

「ここは鉄傀儡の格納庫だって言ったんですが・・・」

「いや、実はあるのだ・・・ムロ。神の世界から来た彼にはいずれ解ってしまう事だから隠しはしないが・・・。実はこの施設の更に地下には古竜の遺跡がある。して、神はそのマナの施設で何をするおつもりかな?」

「マナを貰い受ける」

「であれば、地上にあるマナを持っていけば良いのでは?」

「それでは足らんのだ。この星の膨大なマナが有れば、人類には不可能だと言われる時間移動ですら可能になるかもしれん」

「時間移動?果たしてマナがそこまで万能なのかどうかは疑問です。ところでマナでの具現化は儚い幻のようなものとお知りですかな?例えば・・・」

 ゴブリンの大魔法使いの体でマナが迸る。氷の矢を具現化し地面に突き刺すと氷の矢はしばらくした後、冷気だけを残して消え去った。しかし何が起きているのかはカインには判らない。

 ヒジリと同タイプの星のオーガは魔法不可視症だと知っているヴャーンズは、手に持つ魔法水晶にその様子を撮っており、それをカインに見せた。

「この様に目的を果たすとマナから具現化された氷の塊は消え去ってしまいます。貴方がこれを何かに使おうとしても直ぐに泡の如く消えてしまうのではないでしょうか?それにマナは何故か貴方がたに触れると消えるはずです。どうやってマナを取り扱うのですかな?」

「ここで貴様に講義をしに来ているのではないのだがな。それについては問題ない。既に貴様らの遺伝子で作り出した変換器のような物を用意してある」

「もう一つ聞いて欲しい事があります。この星のからマナが枯渇したらどうなるか考えた事がお有りですかな?」

「さぁな。私には関係ない事だ」

「そちらに関係なくともこちらには大いにあるのです。我々は生命活動もマナに頼っている所があります故。この星に生まれた者の殆どが魔法が使える使えないに関わらず魔力という器を持っています。我々はこの器にマナが満たされる事で意識を保っていられるのです。その依存度が高い魔人族などはマナが枯渇すると昏睡状態に陥ってしまい、依存度が低い私めのようなゴブリンでさえ、マナが無くなれば無気力になり動きが緩慢になってしまいます」

「ふん、知った事か。それに幾らでも無限にマナは湧き出るのだろう?だったら問題無いではないか」

「この星の器への供給速度が追いつけば、幾らマナを持っていこうが問題は有りません。それで星のオーガ様にお聞きしたい。どれ程持っていくおつもりですかな?」

「解りきった返事を聞きたいのか?根こそぎだ。マナがこの星を満たす間、お前達は勝手に干上がっていればよいだろう」

「どうやら、我々はヒジリ聖下を見て星のオーガとはどういうものか、神とはどういうものかを判断していたようだ。我らを創造せし神が・・・我らを見捨てるのであれば、最早それは神とは呼べない。悪神も神の内と言う者もおるだろうが、神は創造物に善行を示してこそ崇められる存在。私はこれより目の前の星のオーガを敵と見なし攻撃する。今生きている若者やこれから生まれ来る未来の宝のためにな。たかが小さき者、と油断召されるなよ?悪の神よ!」
 
 いつ老衰で死んでもおかしくなかったはずのゴブリンの背筋が真っ直ぐに伸びた。半円形の目には力とマナが宿りカインを睨みつけている。

 それを見たカインは不敵な笑みを浮かべながら直ぐに距離を取った。笑みを浮かべてはいるが、内心ではこの老魔法使いの胆力に多少なりともたじろいでいる。

「貴様は魔法使いと呼ばれる者だろう?魔法は我らに効かないぞ?更に見たところ、そこの仲間が乗る鉄傀儡は精々エリートオーガ並の力しか出せないだろう?」

 それを聞いたムロはハンマーの柄の先からビームの槍先を出した。ハンマーとビーム槍、どちらでも使えるように柄の中心辺りを持って構えている。

「ほう?もう誰も使っていない100年前のビーム兵器も使えるのか?コストダウンの為に今のパワードスーツにはそこまで収束したレーザービームに対する防御機構は無い。量産型の鉄傀儡の細いレーザービーム程度であれば、パワードスーツの性能だけでかき消せるのだが、まぁいい。当たらなければどうという事はない」

 さぁかかってこいと言わんばかりにカインは構えを取った。

「地球人の恐ろしさを思い知らせてやろう」

 パワードスーツの周辺で風が発生していることから、ヴャーンズは直感的にこの男が風を操ると見る。

(ヒジリ聖下のように体術主体で攻撃してくるわけではなさそうだな。あの風を使って何かをしてくるのか・・・?ならば戦い様はある)

 次々と矢継ぎ早に防御魔法を自分にかけるヴャーンズをカインは見逃すはずもなく、鋭く圧縮した真空の刃を放って攻撃して様子を見た。

 本来であれば今頃ヴャーンズの胴体と頭は綺麗に斬れて分かれているはずだ。しかし彼は頬に少し切り傷を作っているだけであった。

 すべての攻撃を見逃すまいと目を見開いたままの老ゴブリンは瞬き一つしていない。

「馬鹿な・・・!お前ら小人如きが私の攻撃を防いだだと?」

「やはり・・・。【弓矢そらし】の魔法が効果を発揮したか。どうやらお主はヒジリ聖下程、自分を知らぬようだな。星のオーガとしての戦い方が出来ていない」

 そう言って老ゴブリンが指をくるりと回すと突如カインを取り囲むように火が燃え上がった。

「ヒィィ!」

 カインは慌ててグローブから噴射される消火用ナノマシンを散布して火を消し止めた。

「何をした!」

「魔法の副次的効果は星のオーガにも有効。その炎は本物の炎ですのでお気を付けを。魔法が効かない代わりに魔法が見えないというのは、強みと弱みが表裏一体と言ってもいい。さて次は何をお見せしましょうか?」

 そう挑発するヴャーンズにカインは何も言わずに背を向け、階下の古竜の遺跡を目指して走り出した。

「まぁ目的を達成するだけなら我々と戦う必要は無いからな。おっと、のんびりはしていられんぞ。遺跡への隠し扉を開いたままじゃった。行くぞムロ。私をビコノカミで運んでおくれ。奴を止めるのだ」

「はい」

 二人と一機は階段を目指すカインの後を追った。

 小回りのきくホバリングをしながら先を行く星のオーガのスピードには中々追いつけず、心臓を押さえるヴャーンズの顔には焦りの色が浮かんでいた。
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