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禁断の箱庭と融合する前の世界(103)

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 ツィガル城まで繋がっているはずのロープの張りは無く、その端はだらし無く地面に転がっていた。

「ねぇ、お兄ちゃん。これってもしかして・・・」

「ああ、あちらの世界への繋がりが何らかの理由で途絶えたのだと思う・・・」

 ヤイバが切れたロープの先を見て言う。

 そのヤイバの後方で何かが地面にぶつかる音がした。

「お兄ちゃん!大変!イグナ母さんやタカヒロさんが・・・!」

 ブラックドラゴンの念力で投げつけられたパトカーが撒き散らす破片がタカヒロとイグナを直撃した。

 ヤイバは跳躍すると二人とドラゴンの間に立って盾となる。

 ワロティニスは素早く二人を抱きかかえ黒竜から距離を取った。

「イグナ!大丈夫ぅ?」

 頭から血を流す妹をフランは癒やす。

「まだ戦える・・・」

「暫くは動いちゃ駄目よ!頭の骨が折れているかもしれないじゃない!」

 ヤイバは二人をフランに任せるとブラックドラゴンの前に躍り出て挑発する。

「念力でしか攻撃できないのか!うすのろドラゴンめ!」

「うすのろ?我が爪の素早い一撃はお前を容易に引き裂くぞ?」

「聞いた話によると、僕の父上はその爪を何度も受けたが平気な顔をしていたし、最後にはお前の同胞を倒した!」

「ほぉ?ああ・・・・確か聞いたことがあるな」

 黒い鱗の間に丸く光る赤い目は少し細くなり、過去を思い出している。

「縄張りも持たぬ若造を倒したオーガがいたと。若い個体だ。どうせ知恵も経験も無かったのだろう。だがワシは違う」

 口に溜めた炎が不意にヤイバを襲うががイグナにかけられた魔法が守る。

 そのまま炎を掻き分けヤイバはドラゴンの顔の前で魔法を放とうとした。

「喰らえ!【氷の大槍】!」

「笑止なり」

 ヤイバの魔法が発動する前にドラゴンの手がヤイバを上から叩きのめした。

「ガハッ!僕の詠唱スピードを上回る攻撃だと?」

 ヤイバはエルフのモシューによって魔法詠唱の効率化を手解きしてもらっている。更に触媒の要らない魔法に限り、詠唱速度は老練のメイジ並に早い。なので触媒の要らない【氷の大槍】はコンマ数秒で発動するのだが、黒竜はそれを上回る攻撃スピードで遮ったのだ。

 舗装された青黒い地面を見つめ、自慢の能力がブラックドラゴンに通用しない事にヤイバは恐怖を感じた。

「ククク・・・。恐怖を感じているな?まぁそれが当然の反応なのだ。お前たち亜人達はいつの日からか蛆虫のように湧き出し増え、世界に広がり我らを山奥に追いやった。小さな小虫と見下し、その内死に絶えるだろうと気にしなかったが今は違う。怒りで頭がいっぱいだ。ワシを玉に封じ込め尚且つ異世界に放り込んだ事を後悔させてやるぞ」

 起き上がろうとするヤイバをもう一度竜の手のひらが叩きのめす。

「ウウッ!何故爪で一思いに殺らないんだ!」

「お前は犠牲になるのだ。蛆虫共の代表としてな・・・。一息に殺すような事はしない。ゆっくりと遊んでからボロボロになった所を引き裂いてやる」

 ―――ギュルルルル!―――

 ドリルのような蹴りがブラックドラゴンの顔を穿つ。

 ワロティニスが兄を助けようと必殺の一撃を放ったが、顔の鱗を数枚剥がして皮膚にかすり傷を追わせただけだった。

「うっとおしいコバエが!」

 ドラゴンの念力がワロティニスを捕らえ、空中で十字の形に拘束する。

 それを見たヤイバの顔に絶望の色が浮かぶ。

 何よりも愛おしい妹が死ぬなんて事はあってはならない。もし妹が死ねば自分も廃人同然になるだろう。

 ヤイバの心臓が激しく鼓動を始め、視界が狭く暗くなる。

「止めろ!止めてくれ!なんでもする!妹だけは・・・妹だけは殺さないでくれ!」

 念力がギチギチとワロティニスの四肢を引っ張る。しかしワロティニスは苦しそうな顔をせず気丈に振る舞っていた。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私の事は気にせずドラゴンを攻撃して・・・」

 革鎧や皮のズボンの継ぎ目が裂け始めた。

「止めろ!止めてくれ!」

 ドラゴンはニヤニヤと笑っている。

「止めろーーーー!」

 ―――ビリビリビリ!―――

「きゃーーー!やだーーー!」

 ワロティニスの着ていた装備が破れ散り、下着姿の妹がそこにいた。戦いを遠巻きに見ていた男達にどよめきが走る。

 見知らぬ男達の前で、ワロティニスの形の良い胸と大きなお尻が下着姿ではあるが晒されたのだ。

 ドラゴンはニヤニヤしながら言う。

「言っただろう?玩具にしてから殺すと・・・・ん?」

 ドラゴンは何千年と生きてきて、これまでに味わったことのない不気味な気配を近くで感じた。

 自分の手のひらの下で這いつくばっていたオーガが抗って立ち上がってきたのだ。

 自分の足を上げるオーガの顔は闇のオーラに埋もれてよく見えないが、眼鏡の奥の冷たい瞳の光りだけは解った。

「お前、自分が何をやったのか解っているのか?」

 ヤイバは竜の足の下から出て問うた。

「ワシの顔に傷を付けた小娘に恥をかかせてやったのだが、それがどうした?」

 ヤイバの拳骨に魔力やら怒気やら、よく判らない光等が集中する。世界の光を少しずつ集めているのか周囲が薄暗くなって拳だけが灰色に光っている。

「愛する妹の恥ずかしい姿を・・・僕だけが見ても良い妹の下着姿を・・・・公衆の面前に晒して男共の眼差しで穢し・・・辱めたッ!」

 キュンキュンと拳の周りから音がしだし、その音は段々と大きくなってきた。

 それでもドラゴンは「オーガ如き」と馬鹿にして手の上に顎を乗せて余裕の眼差しで見ている。

「何をしようがお前の力はワシに及ば・・・」

「ドォォーーーーーーーン!」

―――パァァァン!ビシャァァ!―――

 ジャンプしたヤイバの拳骨が放つ一撃はブラックドラゴンの頭を真上から粉々に砕いた。

 頭のないドラゴンの首から血が噴水のように吹き出ている。

 タカヒロはフランに傷を治してもらいながら、ヤイバの攻撃を見た。

「な・・・・?!何だ?あの出鱈目な攻撃は・・・?ブラックドラゴンを一撃・・・だとっ?!」

 フランも驚きながら見ている。

「よ、よく判らないけど・・・星のオーガの力なんじゃないのぉ?」

 うぉぉぉ!と人々の歓声が聞こえる。成り行きを遠くで見守っていた野次馬がヤイバの周りに集まって抱きついてきた。どさくさに紛れて下着姿のワロティニスの太腿に抱きつき腰を振る男もいる。

「こ、こら!妹に触るんじゃない!」

 それでも群衆はヤイバ達を褒め称えている。

「最初、何かのコスプレ大会の演技かと思ったけどさ!これマジだったんだな」

「あなたどこの国の人なの?危険な大トカゲを倒してくれてありがとう!」

「すげぇ!俺興奮しちゃったよ!あんな凄い戦いが日本で見れるとは思わなかった」

「怪獣大決戦見てるみたいだったよ!」

「お姉ちゃんの蹴りも凄かったよ!ワイヤーアクションかと思っちゃった!」

 言葉は魔法で解るが言葉の意味が判らないのでヤイバ達は頭にはてなマークが浮かぶばかりであった。

 群がる群衆を掻き分けて再び警官がヤイバ達を囲む。

「この一連の騒動について事情を伺いたいので任意同行お願い致します」

 任意とは言っているが明らかに任意ではない。建前だけの強制なのだ。

「お前ら警官はこの戦いで何をしていたんだよ?パトカーに叩き潰されて逃げ惑っていただけだろ!」

「そうだそうだ!」

 野次馬は怒りで警官を揉みくちゃにしている。

「こ、こら!公務執行妨害で逮捕するぞ!」

 タカヒロがチャンスとばかりにヤイバに指示を出した。

「姿を消せ、ヤイバ」

「はい!」

 ヤイバはまずワロティニスの姿を消した。次に自分を消す。

 人々は急に消えた大きな外国人に驚き、辺りを探る。警官達も揉みくちゃにされながらも二人を探している。

「フランさん、イグナさん、行くぞ!」

 タカヒロが二人を抱きかかえると取り敢えず母親の待つ宝石店まで走った。

 




「マサヨシ・・・マサヨちゃん?これはどういう事かなぁ?」

 ナンベルの指からゴキリゴキリと音がする。

 マサヨシは恐怖で冷や汗が頬を伝い、顎で雫となって落ちる。それほどまでに目の前の道化師は殺気を放っていたのだ。細い涼やかな目が自分を射抜くのに耐えきれなくなって後ずさりして言い訳を始めた。

「パンツ・・・!イグナちゃんのパンツが悪い!見えた!って思った瞬間集中力が切れたんだ!俺のせいじゃねぇよ!パンツが・・・パンツが世界の全ての元凶なんだよぉ!」

 目の前にいた道化師皇帝はいつの間にか視界から消えており、背後から気配がしたかと思うとマサヨシの首筋に冷たい刃物の感触が伝わってきた。

「キュッキュ!取り敢えず、もう一度イグナちゃん達を映してもらえますかねぇ?」

「はひぃ!」

 マサヨシは直ぐに三面鏡にイグナ達を映した。イグナたちは何処かの店で隠れているように見える。

「取り敢えず皆で秩父の廃村を目指すぞ」

 タカヒロはヒソヒソ声で指示を出し、母に宝石の下取りの手続きを任せて店の外に出る。

 幸い店の者はエミの出した宝石の対応に追われて騒動に構う暇は無かった。なのでこちらを怪しむ素振りはない。

 タカヒロは店の電話を借りて東京に来た時のレンタルトラックの会社に電話をして場所を教える。

「トラックが来たら直ぐに乗り込むぞ。いつでも動ける準備をしておけ」

 透明化している者の表情はわからないので空気が揺れた気配で頷いたと察する。タカヒロが店の入り口から通りを見ていると警察官があちこちに配備され始めた。

「くそ!テロリストやドラゴンの時にこれぐらい素早い対応をしろよ」

 十分ほどしてからトラックが通りに着いたのを確認したタカヒロは人混みに紛れて、キョロキョロする運転手に歩み寄った。

「荷台を開けてくれ」

「またですか?一体何の験担ぎ何ですか?テロ騒ぎや大きなトカゲ騒ぎでそれどころじゃないってのに」

 運転手がぶつくさ言いながら荷台を開けると、タカヒロは店の方へ手で来いと合図した。

 透明な塊が人を掻き分けて道を横切るので、そこを歩く人々は混乱した。そして一人の男が騒ぐ。

「何だこれ?ここに透明な何かあるぞ?」

 男がその場所を触って突っつくと

「キャッ!」

 っとワロティニスが悲鳴を上げてお尻を押さえて姿を現した。

「しまった!魔法が解けた!」

 ヤイバが魔法を再詠唱する間もなく、妹は警官達に見つかってしまい取り囲まれる。警官達は人混みの中に不自然な空間がある事に気が付き、そこを取り囲んだ。

 ヤイバは姿を表すと取り囲んだ輪をジワジワと狭めてくる警官達を太い腕で薙ぎ払った。

「いい加減にしてください!我々が何をしたって言うのですか!」

「こいつ、日本語が喋れるぞ!」

「確保しろーー!」

 ヤイバは異世界の小さな星のオーガ達を見て幻滅する。

(ブラックドラゴンを倒した僕に挑むなんて・・・。実力の差も判らないのか、彼らは。あれ?そもそも僕は何故ブラックドラゴンを倒せたのだろうか・・・?)

 少し離れた場所で 警官の一人が妹に飛びつく。

 ワロティニスは相手を怪我させないように気を使っているのと下着がずれないように押さえているのに必死で、その隙に数人に飛びつかれて地面に倒れてしまった。

「お兄ちゃん!助けて!本気出したら、この人達を殺しちゃうよ!」

 揉みくちゃにされて地面に顔を付ける妹の顔を警官の一人がうっかりと踏んでしまった。

―――ドクン―――

 どす黒い感情が心の中で頭をもたげる。

(僕の可愛いワロの綺麗な顔を踏んだ・・・)

 ブラックドラゴンを倒した時と同じ力が体を駆け巡る。

 イグナはヤイバの様子がおかしい事に気が付き声を掛けた。

「ヤイバ、怒りの精霊に飲み込まれちゃ駄目!」

 感情を司る精霊の中でも怒りの精霊は力が強く、どこの世界でもはっきりと存在する。

 怒りの精霊に飲み込まれた事のあるイグナには見えるのだ。ヤイバの体に蛇のように纏わり付く奇妙な顔をした炎が。

 ヤイバもイグナの言葉を聞いて怒りの精霊に抗っているが、それでもスキルが勝手に発動して筋肉が盛り上がる。

「魔力が高いほど精霊の影響を受けやすい。常に感情をコントロールするように教えたはず。忘れたの?」

「グググ!ハァハァ・・・やっぱりダメだ・・・飲み込まれる・・・。イグナ母さん・・・僕にとってワロは何よりも大事なんだ・・・・あんな酷いことされたら・・・」

「待って!今【麻痺の雲】であの人達の動きを止めるから!」

 しかし、イグナの詠唱は間に合わず(間に合ったところでレジスト率の高い地球人に効果があったかどうかも怪しいが)ヤイバの体に纏わり付く精霊が少しずつ同化し始めた。

 三メートルの巨体が怒りの咆哮を上げて、警官達を鷲掴みにすると投げ飛ばし、ワロティニスに近づいていく。

 警官は発砲許可が下りたのかヤイバに向かって拳銃を撃つも効果が無い。弾がヤイバに当っても小さな石つぶて程のダメージしか与えていないからだ。

「ヒィィ!ダメだ!こいつも化け物だ!銃が効かない!」

 本来ならば怒りの精霊は相手構わず攻撃をするのだがヤイバはまだ理性を幾らか保っているのか、通行人たちには手を出さない。

 怒りの矛先はあくまで警官なのだ。通行人達は目を輝かせながら呑気にスマホで動画を撮影している。

「止めろ!ヤイバ!殺すな!」

 タカヒロがヤイバを抑えようと背中に飛びつくが、肩に掛けたカーディアンの如くぶら下がる事しかできなかった。

 ワロティニスの顔を踏んだ警官は銃を撃ちながら後ずさりしヤイバを見上げると、ブラックドラゴンを一撃で屠った拳が振り上げられている。

「わぁぁぁ!俺を殺す気か!今の俺はか弱いオナゴだぞ!暴力はんたーい!」

 一瞬世界が暗転したかと思うと目の前にマサヨシが頭を抱えて立っていた。

「あれ?ここってツィガル城の玉座の間?」

 フランはキョロキョロとして見回す。

 イグナもフランの横で辺りを見回しているとナンベルが背後から彼女を抱き上げて、頬にキスをした。

「おかえりぃぃぃ!!キュキュ!」

 ヤイバはハッとして周りを見る。

「ワロは?ワロティニスがいない!」

「ここだよ~、お兄ちゃん」

 ワロティニスは下着姿で恥ずかしいのか、玉座の間にある壁画横のカーテンに包まっていた。

「ワロ!」

 ヤイバはカーテンに近づくとワロティニスをカーテンごと抱きしめた。

「顔の怪我は大丈夫か?」

「え?顔?うん、平気だよ?(えへへ、ぎゅっとされて嬉しい!)」

「ちょっと~?そのカーテン高いんですヨ?イチャイチャしないでもらえますカ?誰か服を持ってきてくださ~い!キュキュ!」

 召使いに持ってこさせたローブをワロティニスが着ている間、ヤイバは三面鏡を覗き込んだ。タカヒロが警察に連れて行かれる姿が映し出されていた。

「タカヒロさん・・・。僕のせいで・・・」

 落ち込む自分の尻をマサヨシが激しく撫で回してきたので、ヤイバはヒッと呻いて驚いた。

「おいぃ?落ち込むなって。彼は自分の世界に戻れたのだぞ?それに何も悪さはしていないのだから大して拘束はされないって。それよりも・・・」

 顔だけ幼いオーガが大きな胸を張ってドヤ顔をすると、乳袋があるエプロンドレスからたわわな二房が自己主張をして持ち主と同じ顔をしたように見えた。

 手を水平に振り払ってロリオーガは大きな声で言う。

「みなさ~ん、俺様に跪いて感謝してくれる?」

「なんでぇ?」

 フランが甘い声で返事すると、マサヨシは「このニブチン・・・いや、ニブマンがぁ!」と言って少しムスッとした。

 しかし直ぐに機嫌を直して、粋がってポーズをとる。

「あの世界から君達をッ!神の力でッ!ここに召喚したのは・・このッ!俺様ですよぉ?さぁ褒め称えて我を崇め奉るのですッ!・・・ハヤクシローーッ!俺様の気が変わらん内になッ!」
 
 ナンベルがイグナを下ろして、両手を広げてヤレヤレというポーズをとる。

「小生が脅さなければ、その召喚師としての能力は開花していたかどうか・・・」

「どういう事?」

 白いローブを着終えたワロティニスは、時々思い出したようにヤイバの尻を撫で回すマサヨシの手を叩いて聞いた。

 ナンベルは思い出し笑いをしながらワロティニスの質問に答える。

「貴方達がブラックドラゴンと戦っている時に、マサヨちゃんがイグナちゃんのパンチラを見て興奮してしまい集中力が途切れたのです。救出作戦の失敗に怒り狂った小生は、彼らを召喚しろ!と彼女をナイフで脅してみたのすよ。そしたら、マサヨちゃんは泣きながら、ママー!僕ちゃん怖くてオシッコ漏らしちゃうよぉ!と喚き、はしたなくジャージャーと放尿して貴方達を召喚したのです。いやぁ、実にお見事なお漏らしでした。キュキュ!」

 潔癖症のヤイバは青い顔をしてススーっとマサヨシから離れた。

「漏らしてない!俺は漏らしてはいないぞ!それにママー!とも言ってない!いい加減にしろ!嘘つきナンベル!馬鹿!馬鹿ウンコ!」

「キュキュキューーー!!」

 地団駄を踏むマサヨシを見て道化師皇帝は体を斜めにして笑っている。

 イグナが冷静に分析して言う。

「鏡で様子が見れるから、普通よりも召喚しやすかったのかも知れない。イメージが簡単だから」

 そのイグナをヤイバは抱き上げた。

「イグナ母さん、助けに来てくれて有難うございます!怒りの精霊に完全に飲み込まれなかったのも母さんのアドバイスのお陰です」

「ううん、ヤイバがドラゴンを倒してなかったら私は死んでいたかもしれない。最強のメイジと人々に呼ばれていても所詮は生命力の低い地走り族。ブラックドラゴンには叶わなかった。ヤイバは命の恩人」

 そう言うとイグナはヤイバの頬にキスをする。

 ワロティニスのみがグヌヌゥ!と呻いたが皆は微笑んで二人を見ている。

「おやおやぁ?そのチッスは本来、俺様にするべきチッスなんじゃないですかねぇ?え~?感謝が足りませんよぉ~?チミたちぃ~?」

 マサヨシが傲慢な表情をし、後ろ手を組んで偉そうに近づいてきた。

 しかし、闇の渦巻くイグナの瞳は珍しく不快感を表して更に渦巻く。顔にも同様の感情を見せており口をへの字にしている。そして正直にマサヨシに自分の気持ちを伝えた。

「私はマサヨシにチッスをしたくない」

「ズコッ!なんでだよ、馬鹿!チッスして感謝してくれないなら、もうお前ら助けてやんねぇからな!うんこうんこ!馬鹿ウンコ!」

 憎たらしさより可愛さが勝るマサヨシの怒りを見て、玉座の間は笑いに包まれた。
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