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禁断の箱庭と融合する前の世界(95)
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―――我々は戦わなければならない!何故か!崇高なる神の為に!神は再び地上に現れ人々を救ってまたこの世界から消えた!しかし希望はまだある!!ツィガル帝国には神の子もいるのだ!我々は神を否定し侮辱する者達を抹殺し、神の子を守らなければならない!―――
「またこの放送か。俺はももも、もう覚えてしまったよ」
俺達には選択肢がない。この薄暗い谷の底を出てあの高みに住みたいのであれば戦うしかないのだ。
何故こんな所に住んでいるのかも判らない。生まれた時から俺はいつも谷の底から小さな空を見上げていた。
司教様は言う。神の恩恵を忘れ、怠惰と飽食を貪る豚どもを殺せって。だから俺は殺してきた。沢山!沢山!それなのにまだ俺はこの谷底にいる。まだ殺し足りないようだ。
「しししし、司祭様、つつつ次は誰を殺すのですか?」
「樹族国に移り住んだジリヒンという名の地走り族だ。彼は神を否定する研究をしている。全ては数字で表せると嘘を撒き散らしているのだ。神も魔法も全ては数式になると!」
「ハ、ハ、ハ!数字?かかか神様が1とか2になるんですか?ジリヒンとか言う奴はああああアホだ!」
「そう!愚かな不届き者なのだ!これ以上無神論者を増やしてはならない!さぁ行け、トンゴ!行って奴に神罰を下せ!」
「ハハァ!」
俺はワクワクしている。殺す時だけ地上に行けるからだ。少しの間だけ自由だ。
自由な間に逃げればいいだろうって?そう思ったお前は何も知らないからだ。
俺達は司祭様に逆らった瞬間に体内の爆弾虫が爆発するんだ。だから逆らえない。
嘘じゃないぞ!太陽を見に行くと言って谷を駆け上がったノギソは途中で弾け死んだ。血や肉が俺のほっぺたに糞のように落ちて来たからな!
「ほら転移石だ!仕損じるなよ。神はいつもお前を見ているぞ、トンゴ。それから転移石を無くすなよ。それはお前が一生かけても稼げない程の高価な物なのだから」
偉そうにしやがって。ろくに殺しも出来ない雑魚の神官が!
「じゃあ行って来い。殺すまで帰ってくるな」
転送石は嫌いだ。飛んだ先で気分が悪くなるからな。まぁそれも一瞬だけだ。俺は賢いから治し方を知っている。唾を飲み込めばいい。ほらこうやってな!
「ごくり」
うんうん、気分が良くなった。
なんだ?樹族共はジロジロと俺を見やがって。止めろ、その汚いものでもみるような目つきは!
「おい!お前の主はどこだ?」
煩い騎士だな。殺すか?でもコイツを殺せとは言われていない。
「ははは、はい。主は地走り族のジリヒン様です。魔法印を施される前にはぐれてしまいました」
「あぁ、あのおかしなウィザードか。闇魔女の恋人の・・・。よし、家まで送ってやろう。英雄子爵の家にも近いから後で主と聖地を訪れるといい」
「あああありがとうございます、騎士様」
「何、これも騎士の勤めよ」
偉そうなやつかと思ったら良い奴だった。このお人好し騎士は殺さないでおこう。
「疑って悪かったな。最近は神の名を語って暗殺を請け負う集団”星の棺桶“が堂々と活動するようになってきてな。昔はチンケなならず者集団だったのにヒジリ様の両親が現れて以降、活動が活発になってきたのだ」
恐ろしい奴らもいたもんだな。俺達の集団の名前は”神罰“だから関係ないけど。
「ほら、ここがジリヒンの家だ」
お、助かるな。ここがそうか。垢抜けない小さな家だな。都市部を離れると途端に見窄らしくなる。
「ききき、騎士様、どうもありがとうございます」
「うむ、ではな」
きひひ、今日の仕事は楽だ。さっさと殺して帰ろうか。この殺しで俺は自由になれるかもしれない。司祭様はあと何人殺せば自由になれるのか教えてくれないからな。
―――コンコン―――
「やぁ!よく来たね!待っていたよ!」
直ぐに殺して帰ってもいいが・・・。俺だって少しの自由時間は欲しい。退屈しのぎにもう少しコイツに付き合ってみるか。ちゃんと任務を遂行しているのだから爆弾虫が爆発することはない・・・はず。
「おや?君の主はどこだい?」
爽やかな笑顔だなコイツ・・・。誰と勘違いしてんだ?適当に話を合わせてみるか。話が噛み合わなかったら殺っちまえばいい。
「へぇ・・・それが主は遅れてくるそうで先に俺を遣わしたんです。どどど、どうもすみません」
「そうかね。まぁ君だけでも良い。丁度君のような異界の住人の実験台が欲しかったのでね」
異界?何言ってやがんだこいつ。俺は生まれた時からモティ神聖国の外れにある薄暗い谷底で暮らしてきたオーガだ。
「あの、ウィザード様。俺は実験内容を知らないんです。教えて下されば胸に渦巻く不安が少しばかり和らぐかと、おおお思うのです」
「おっと、それは失礼した。怖いことは何も無いのだよ。少しばかり魂の由来や前世に関する記憶を知るための実験をするだけで、君の体が弾け飛んだり、恐怖が心を蝕むような事は無い。君のような異界の住人の前世や魂を調べる事なんてこれまで無かったのでね。召喚師の主が遅れるのであれば先に実験をして待っていようか。さぁ入りたまえ」
ほんと何言ってんだ、コイツは。ああ、待ち人は召喚師だからか。だから俺を異界のオーガだと思っているのか?ウィザードなのにバカだな。ハハッ!まぁいい。付き合えばお茶やお菓子ぐらいは出てくるかもしれない。クッキーが食べたいな、イチゴのジャムが真ん中に乗ったやつがいい。
「さぁそこのソファーに腰を掛けて楽にしたまえ。このヘッドギアを装着して。そう、そのまま目を瞑ってリラックスするのだ」
なぁ後でクッキーを出してくれよ?まぁいいか。殺してから部屋を漁ればいいか。ん~?何だか眠くなってきたぞ。
「へ?何だこいつら。親子で召喚されたのか?何か言ってるけど何語かわかんねぇなぁ・・・」
犬人はフードを深く被った召喚師に金貨を投げると、どこの世界からか召喚した母子二人を置いてメイジはそそくさと立ち去ってしまった。
「ここはどこ?そのふざけた仮装を止めて!」
母親は息子を庇いながら犬人達を警戒している。
「よし、母親の方は売春宿に売れ。少しくたびれた感じはあるが、まだまだ使えるだろ。息子の方は高値で売れそうだな。男娼、奴隷暗殺者、奴隷傭兵。オーガの子供を欲しがる奴らは腐るほどいるからな!今日は高い酒が飲めそうだ!ハッハッハ!」
奴隷商は母親と引き離されて泣き叫ぶオーガの子供を無理やり引っ張ってどこかに連れて行こうとした。
「タカヒロ!タカヒローーー!やだ、離して!タカヒロを連れて行かないで!」
「お母さん!お母さん!僕怖いよ!」
辛い記憶は彼の心を閉ざし、これまで思い出を封印し続けてきたが遂に彼は目覚めた。
ジリヒンの実験によって記憶と本来の人格が心の奥底から蘇る。
(そうだ!俺は地球から来たんだ!こんな絵本のような世界じゃなくて!東京で母親と二人で小さなアパートで暮らしていたはずなのに!いつものようにお母さんと晩御飯の準備をしていたら突然この世界に・・・!お母さんを探しに行かないと!)
ジリヒンは魔法水晶でオーガの記憶を探っていたが、これが前世の記憶でないことに気がついた。
「どういうことだ?これは前世の記憶ではない。過去の記憶だ。この異界のオーガの・・過去の記憶!」
「行かないと・・・助けに行かないと・・・!」
混乱したオーガはうぉぉぉ!と叫びヘッドギアを外すと腰のダガーを逆手に構えてジリヒンに襲い掛かった。
「敵だ!皆敵なんだ!俺から母さんを奪った!」
ダガーがジリヒンの喉を切り裂こうとしたその刹那、彼の喉元から黒い渦が現れた。
その渦から突き出てきたロングスタッフがダガーを弾き返す。黒い渦はどんどんと大きくなり、渦の中心の漆黒から闇魔女が現れた。
「大丈夫?ジリヒン」
「イグナ!」
ジリヒンは首にかけた簡素な模様のメダリオンを見つめた。
「まさかこの魔法のメダリオンに守られる日が来るとはね・・・」
イグナがジリヒンの誕生日に渡したメダリオンは、彼に危機が迫った時、自動的に自分を呼び寄せる魔法が施されている。
「【闇の炎】!」
イグナの得意魔法である闇の炎はオーガを焼く。
「母さん・・・お母さん・・・」
激しく纏わり付く炎に熱さを感じないのかオーガは棒立ちだ。
未だに混乱して「あぁぁぁ!」と叫ぶと彼を焼いていた黒い炎は掻き消えてしまった。
「・・・まさか・・・彼は星のオーガ?!私の【闇の炎】は簡単に掻き消せないのに!」
闇魔女の魔法を簡単にレジストが出来る者は世界に数える程しかいないだろう。その誰もがアンチ魔法を極めた年寄りのメイジ達だ。こんな若いオーガがアンチ魔法を極めるのは到底無理である。たどり着く結論は一つ。彼は星のオーガなのだ。
長い黒髪のストレートヘヤーを逆立てて色白のオーガは咆哮を上げると、窓を突き破って通りへ飛び出しイグナ達の視界から直ぐに見えなくなってしまった。
タカヒロは泣きながら通りを走る。
驚いた人々は何事かと走り去る彼を振り返って見送ったが、彼が見えなくなるとまたいつも通りの生活に戻った。
(あれから・・・あれから何年経ったんだ?自分の成長具合からして十年か?暗殺者として育て上げられている間に俺は心を失った。自分の全てを騙して・・・自分をオーガだと思い込むことにして生きてきたんだ・・・。命惜しさに母親を見捨てて自分を騙して生きてきたんだ!糞野郎だ、俺は!)
タカヒロはいつ爆発するかわからない体内の爆発虫に怯えながら走る。どういった条件でこの虫が爆発するのかは判らない。
「神様がいるなら・・・俺を助けてくれ!神様がいるなら・・・俺の体内から爆発虫を消してくれ!」
タカヒロが走りに走って辿り着き、縋った先はタスネ家の庭にあるヒジリの銅像であった。
ヒジリの隣には同じく銅像の、英雄ドワーフであるドワイト・ステインフォージが仏頂面で斧に寄りかかって立っている。
ヒジリの直ぐ近くには使い魔であったウメボシがオーガの姿で立っていた。
何年か一度、寄付金で銅像は建て替えられているので、以前司祭に魔法水晶で見せてもらった時とポーズ等が違うのだ。
「頼むよぉ・・・。俺はまだ生きてなきゃ駄目なんだ・・・。母さんを助けるまで死ねないんだよぉ!お願いだよ・・・・」
サヴェリフェ家の庭を守る年寄りの守衛は銅像の前に蹲る信者に辟易としていた。
(まただ。もう庭の開放時間は終わっているのに・・・。熱心に祈るのは構わんが、ルールぐらいは守ってくれ・・・)
そう思いながら軽くため息を付き、蹲る大きな信者に近づいた。
その信者はボロ布のような服を纏ったオーガだったのだ。
「おい、君。もう庭から出ていく時間だと主に伝えてくれないか?」
「なぁ、神様はどこにいる?」
「神について談議する時間も終わったんだ、早く帰ってくれ」
タカヒロは立ち上がると守衛の肩を掴み持ち上げた。
「神様に会わないと俺は死んでしまうんだ!神様に会わせてくれ!」
「レディさん、バクバク!不審者だ!来てくれ!」
守衛がそう叫ぶと、普段は屋敷を守っている二匹が近づいて来る音がする。一匹は地面の中を。一匹は草を踏む微かな音をさせて静かにやってくる。
「俺は不審者なんかじゃない!神様に会いたいだけなんだ!神様の奇跡で爆発虫を取り除いて欲しいだけなんだ!」
「黙れ!わけの判らん事を!時々お前のような狂信者がやって来ては騒ぎ立てる。子爵様もいい迷惑してんだ!帰れ帰れ!」
―――シュルルルル―――
アラクネのレディの蜘蛛の糸がタカヒロを包み込む。地面からはバクバクが現れ彼の脚に体当たりをして地面に倒れさせた。
「くそっ!くそっ!」
藻掻くタカヒロの頭に守衛が小さい棍棒の一撃を食らわせようとしたその時、屋敷から声がした。
「お止めなさい」
風呂上がりなのか、白いバスローブを着た妖艶な美女が近づいてくる。
(サキュバスか?)
タカヒロはフランをサキュバスと勘違いして、拷問を受けるのではと恐怖した。
「そのオーガは何となく・・・なんとなくだけど、ヒジリと同じ匂いがするの」
濡れた金髪をタオルで拭きながら彼女は地面に寝転ぶタカヒロの前に立った。
「なぁ、あんた!頼む。ここは聖地なんだろ?神の奇跡が起きる場所なんだろう?神様に会わせてくれ!」
「残念だけどここで奇跡なんて起きたことは無いわよ?聖地を全て巡ってようやく数人の信者が奇跡を体感したと言っていたけどぉ、本当かしらね?」
守衛はフランに対して心の中でツッコむ。(あんた、星のオーガの聖騎士だろうが!自分の神様の奇跡を信じて無いのか)と。
「聖地巡礼なんてしてたら・・・俺は・・俺は死んでしまう・・・。母さんを助ける前に死んでしまう!」
「おい!お前の戯言でフラン様を煩わせるんじゃないぞ!」
守衛が棍棒を振り上げてオーガを殴ろうとしたがフランがそれを手で制して止めた。
「いいわ、話を聞いてあげる。今日はお姉ちゃんもダンティラスさんもいるし、このオーガが暴れても何とかなるわね」
何か問題ある?といった態度で聖騎士は見つめてくるので守衛は水滴のような鉄兜に指を入れて頭を掻く。
「しかし・・・」
この銅像と庭の管轄は神学庁なのだ。つまりサヴェリフェ家には何も権限はない。
サヴェリフェ家の者が幾ら許可を出しても神学庁が認めなければ、自分は職務不履行で仕事を失う可能性が高い。トラブルでサヴェリフェ家の者や神の銅像に傷が付けば、貴族の地位も失う。
「私が責任を持つから。最悪貴方が責任を取らされてクビになったとしてもウチで雇うから・・ね?」
フランがウィンクをすると妖しい魅力が守衛を包み込んだ。
英雄子爵に雇われるというのは名誉なことだ。今より素晴らしい生活が送れるだろう。
守衛は心の何処かで(オーガよ、ハチャメチャに暴れろ!)と不埒な事を一瞬考える。
「うう・・・わかりました・・・。では後々の事は頼みましたよ?私はこの事は見ていない事にします」
そう言って年老いた・・・と言っても見た目が子供の地走り族の守衛は庭の片隅にある詰め所に入っていった。
「さて、レディ。糸を切って彼を自由にしてあげて?」
タカヒロは慈愛に満ちた視線で見つめてくる彼女を見上げた。
フランの美しい微笑みは薄暗い夕闇の中ですら輝いており、その顔は暫くの間タカヒロの心に焼き付いた。
「またこの放送か。俺はももも、もう覚えてしまったよ」
俺達には選択肢がない。この薄暗い谷の底を出てあの高みに住みたいのであれば戦うしかないのだ。
何故こんな所に住んでいるのかも判らない。生まれた時から俺はいつも谷の底から小さな空を見上げていた。
司教様は言う。神の恩恵を忘れ、怠惰と飽食を貪る豚どもを殺せって。だから俺は殺してきた。沢山!沢山!それなのにまだ俺はこの谷底にいる。まだ殺し足りないようだ。
「しししし、司祭様、つつつ次は誰を殺すのですか?」
「樹族国に移り住んだジリヒンという名の地走り族だ。彼は神を否定する研究をしている。全ては数字で表せると嘘を撒き散らしているのだ。神も魔法も全ては数式になると!」
「ハ、ハ、ハ!数字?かかか神様が1とか2になるんですか?ジリヒンとか言う奴はああああアホだ!」
「そう!愚かな不届き者なのだ!これ以上無神論者を増やしてはならない!さぁ行け、トンゴ!行って奴に神罰を下せ!」
「ハハァ!」
俺はワクワクしている。殺す時だけ地上に行けるからだ。少しの間だけ自由だ。
自由な間に逃げればいいだろうって?そう思ったお前は何も知らないからだ。
俺達は司祭様に逆らった瞬間に体内の爆弾虫が爆発するんだ。だから逆らえない。
嘘じゃないぞ!太陽を見に行くと言って谷を駆け上がったノギソは途中で弾け死んだ。血や肉が俺のほっぺたに糞のように落ちて来たからな!
「ほら転移石だ!仕損じるなよ。神はいつもお前を見ているぞ、トンゴ。それから転移石を無くすなよ。それはお前が一生かけても稼げない程の高価な物なのだから」
偉そうにしやがって。ろくに殺しも出来ない雑魚の神官が!
「じゃあ行って来い。殺すまで帰ってくるな」
転送石は嫌いだ。飛んだ先で気分が悪くなるからな。まぁそれも一瞬だけだ。俺は賢いから治し方を知っている。唾を飲み込めばいい。ほらこうやってな!
「ごくり」
うんうん、気分が良くなった。
なんだ?樹族共はジロジロと俺を見やがって。止めろ、その汚いものでもみるような目つきは!
「おい!お前の主はどこだ?」
煩い騎士だな。殺すか?でもコイツを殺せとは言われていない。
「ははは、はい。主は地走り族のジリヒン様です。魔法印を施される前にはぐれてしまいました」
「あぁ、あのおかしなウィザードか。闇魔女の恋人の・・・。よし、家まで送ってやろう。英雄子爵の家にも近いから後で主と聖地を訪れるといい」
「あああありがとうございます、騎士様」
「何、これも騎士の勤めよ」
偉そうなやつかと思ったら良い奴だった。このお人好し騎士は殺さないでおこう。
「疑って悪かったな。最近は神の名を語って暗殺を請け負う集団”星の棺桶“が堂々と活動するようになってきてな。昔はチンケなならず者集団だったのにヒジリ様の両親が現れて以降、活動が活発になってきたのだ」
恐ろしい奴らもいたもんだな。俺達の集団の名前は”神罰“だから関係ないけど。
「ほら、ここがジリヒンの家だ」
お、助かるな。ここがそうか。垢抜けない小さな家だな。都市部を離れると途端に見窄らしくなる。
「ききき、騎士様、どうもありがとうございます」
「うむ、ではな」
きひひ、今日の仕事は楽だ。さっさと殺して帰ろうか。この殺しで俺は自由になれるかもしれない。司祭様はあと何人殺せば自由になれるのか教えてくれないからな。
―――コンコン―――
「やぁ!よく来たね!待っていたよ!」
直ぐに殺して帰ってもいいが・・・。俺だって少しの自由時間は欲しい。退屈しのぎにもう少しコイツに付き合ってみるか。ちゃんと任務を遂行しているのだから爆弾虫が爆発することはない・・・はず。
「おや?君の主はどこだい?」
爽やかな笑顔だなコイツ・・・。誰と勘違いしてんだ?適当に話を合わせてみるか。話が噛み合わなかったら殺っちまえばいい。
「へぇ・・・それが主は遅れてくるそうで先に俺を遣わしたんです。どどど、どうもすみません」
「そうかね。まぁ君だけでも良い。丁度君のような異界の住人の実験台が欲しかったのでね」
異界?何言ってやがんだこいつ。俺は生まれた時からモティ神聖国の外れにある薄暗い谷底で暮らしてきたオーガだ。
「あの、ウィザード様。俺は実験内容を知らないんです。教えて下されば胸に渦巻く不安が少しばかり和らぐかと、おおお思うのです」
「おっと、それは失礼した。怖いことは何も無いのだよ。少しばかり魂の由来や前世に関する記憶を知るための実験をするだけで、君の体が弾け飛んだり、恐怖が心を蝕むような事は無い。君のような異界の住人の前世や魂を調べる事なんてこれまで無かったのでね。召喚師の主が遅れるのであれば先に実験をして待っていようか。さぁ入りたまえ」
ほんと何言ってんだ、コイツは。ああ、待ち人は召喚師だからか。だから俺を異界のオーガだと思っているのか?ウィザードなのにバカだな。ハハッ!まぁいい。付き合えばお茶やお菓子ぐらいは出てくるかもしれない。クッキーが食べたいな、イチゴのジャムが真ん中に乗ったやつがいい。
「さぁそこのソファーに腰を掛けて楽にしたまえ。このヘッドギアを装着して。そう、そのまま目を瞑ってリラックスするのだ」
なぁ後でクッキーを出してくれよ?まぁいいか。殺してから部屋を漁ればいいか。ん~?何だか眠くなってきたぞ。
「へ?何だこいつら。親子で召喚されたのか?何か言ってるけど何語かわかんねぇなぁ・・・」
犬人はフードを深く被った召喚師に金貨を投げると、どこの世界からか召喚した母子二人を置いてメイジはそそくさと立ち去ってしまった。
「ここはどこ?そのふざけた仮装を止めて!」
母親は息子を庇いながら犬人達を警戒している。
「よし、母親の方は売春宿に売れ。少しくたびれた感じはあるが、まだまだ使えるだろ。息子の方は高値で売れそうだな。男娼、奴隷暗殺者、奴隷傭兵。オーガの子供を欲しがる奴らは腐るほどいるからな!今日は高い酒が飲めそうだ!ハッハッハ!」
奴隷商は母親と引き離されて泣き叫ぶオーガの子供を無理やり引っ張ってどこかに連れて行こうとした。
「タカヒロ!タカヒローーー!やだ、離して!タカヒロを連れて行かないで!」
「お母さん!お母さん!僕怖いよ!」
辛い記憶は彼の心を閉ざし、これまで思い出を封印し続けてきたが遂に彼は目覚めた。
ジリヒンの実験によって記憶と本来の人格が心の奥底から蘇る。
(そうだ!俺は地球から来たんだ!こんな絵本のような世界じゃなくて!東京で母親と二人で小さなアパートで暮らしていたはずなのに!いつものようにお母さんと晩御飯の準備をしていたら突然この世界に・・・!お母さんを探しに行かないと!)
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「どういうことだ?これは前世の記憶ではない。過去の記憶だ。この異界のオーガの・・過去の記憶!」
「行かないと・・・助けに行かないと・・・!」
混乱したオーガはうぉぉぉ!と叫びヘッドギアを外すと腰のダガーを逆手に構えてジリヒンに襲い掛かった。
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その渦から突き出てきたロングスタッフがダガーを弾き返す。黒い渦はどんどんと大きくなり、渦の中心の漆黒から闇魔女が現れた。
「大丈夫?ジリヒン」
「イグナ!」
ジリヒンは首にかけた簡素な模様のメダリオンを見つめた。
「まさかこの魔法のメダリオンに守られる日が来るとはね・・・」
イグナがジリヒンの誕生日に渡したメダリオンは、彼に危機が迫った時、自動的に自分を呼び寄せる魔法が施されている。
「【闇の炎】!」
イグナの得意魔法である闇の炎はオーガを焼く。
「母さん・・・お母さん・・・」
激しく纏わり付く炎に熱さを感じないのかオーガは棒立ちだ。
未だに混乱して「あぁぁぁ!」と叫ぶと彼を焼いていた黒い炎は掻き消えてしまった。
「・・・まさか・・・彼は星のオーガ?!私の【闇の炎】は簡単に掻き消せないのに!」
闇魔女の魔法を簡単にレジストが出来る者は世界に数える程しかいないだろう。その誰もがアンチ魔法を極めた年寄りのメイジ達だ。こんな若いオーガがアンチ魔法を極めるのは到底無理である。たどり着く結論は一つ。彼は星のオーガなのだ。
長い黒髪のストレートヘヤーを逆立てて色白のオーガは咆哮を上げると、窓を突き破って通りへ飛び出しイグナ達の視界から直ぐに見えなくなってしまった。
タカヒロは泣きながら通りを走る。
驚いた人々は何事かと走り去る彼を振り返って見送ったが、彼が見えなくなるとまたいつも通りの生活に戻った。
(あれから・・・あれから何年経ったんだ?自分の成長具合からして十年か?暗殺者として育て上げられている間に俺は心を失った。自分の全てを騙して・・・自分をオーガだと思い込むことにして生きてきたんだ・・・。命惜しさに母親を見捨てて自分を騙して生きてきたんだ!糞野郎だ、俺は!)
タカヒロはいつ爆発するかわからない体内の爆発虫に怯えながら走る。どういった条件でこの虫が爆発するのかは判らない。
「神様がいるなら・・・俺を助けてくれ!神様がいるなら・・・俺の体内から爆発虫を消してくれ!」
タカヒロが走りに走って辿り着き、縋った先はタスネ家の庭にあるヒジリの銅像であった。
ヒジリの隣には同じく銅像の、英雄ドワーフであるドワイト・ステインフォージが仏頂面で斧に寄りかかって立っている。
ヒジリの直ぐ近くには使い魔であったウメボシがオーガの姿で立っていた。
何年か一度、寄付金で銅像は建て替えられているので、以前司祭に魔法水晶で見せてもらった時とポーズ等が違うのだ。
「頼むよぉ・・・。俺はまだ生きてなきゃ駄目なんだ・・・。母さんを助けるまで死ねないんだよぉ!お願いだよ・・・・」
サヴェリフェ家の庭を守る年寄りの守衛は銅像の前に蹲る信者に辟易としていた。
(まただ。もう庭の開放時間は終わっているのに・・・。熱心に祈るのは構わんが、ルールぐらいは守ってくれ・・・)
そう思いながら軽くため息を付き、蹲る大きな信者に近づいた。
その信者はボロ布のような服を纏ったオーガだったのだ。
「おい、君。もう庭から出ていく時間だと主に伝えてくれないか?」
「なぁ、神様はどこにいる?」
「神について談議する時間も終わったんだ、早く帰ってくれ」
タカヒロは立ち上がると守衛の肩を掴み持ち上げた。
「神様に会わないと俺は死んでしまうんだ!神様に会わせてくれ!」
「レディさん、バクバク!不審者だ!来てくれ!」
守衛がそう叫ぶと、普段は屋敷を守っている二匹が近づいて来る音がする。一匹は地面の中を。一匹は草を踏む微かな音をさせて静かにやってくる。
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「黙れ!わけの判らん事を!時々お前のような狂信者がやって来ては騒ぎ立てる。子爵様もいい迷惑してんだ!帰れ帰れ!」
―――シュルルルル―――
アラクネのレディの蜘蛛の糸がタカヒロを包み込む。地面からはバクバクが現れ彼の脚に体当たりをして地面に倒れさせた。
「くそっ!くそっ!」
藻掻くタカヒロの頭に守衛が小さい棍棒の一撃を食らわせようとしたその時、屋敷から声がした。
「お止めなさい」
風呂上がりなのか、白いバスローブを着た妖艶な美女が近づいてくる。
(サキュバスか?)
タカヒロはフランをサキュバスと勘違いして、拷問を受けるのではと恐怖した。
「そのオーガは何となく・・・なんとなくだけど、ヒジリと同じ匂いがするの」
濡れた金髪をタオルで拭きながら彼女は地面に寝転ぶタカヒロの前に立った。
「なぁ、あんた!頼む。ここは聖地なんだろ?神の奇跡が起きる場所なんだろう?神様に会わせてくれ!」
「残念だけどここで奇跡なんて起きたことは無いわよ?聖地を全て巡ってようやく数人の信者が奇跡を体感したと言っていたけどぉ、本当かしらね?」
守衛はフランに対して心の中でツッコむ。(あんた、星のオーガの聖騎士だろうが!自分の神様の奇跡を信じて無いのか)と。
「聖地巡礼なんてしてたら・・・俺は・・俺は死んでしまう・・・。母さんを助ける前に死んでしまう!」
「おい!お前の戯言でフラン様を煩わせるんじゃないぞ!」
守衛が棍棒を振り上げてオーガを殴ろうとしたがフランがそれを手で制して止めた。
「いいわ、話を聞いてあげる。今日はお姉ちゃんもダンティラスさんもいるし、このオーガが暴れても何とかなるわね」
何か問題ある?といった態度で聖騎士は見つめてくるので守衛は水滴のような鉄兜に指を入れて頭を掻く。
「しかし・・・」
この銅像と庭の管轄は神学庁なのだ。つまりサヴェリフェ家には何も権限はない。
サヴェリフェ家の者が幾ら許可を出しても神学庁が認めなければ、自分は職務不履行で仕事を失う可能性が高い。トラブルでサヴェリフェ家の者や神の銅像に傷が付けば、貴族の地位も失う。
「私が責任を持つから。最悪貴方が責任を取らされてクビになったとしてもウチで雇うから・・ね?」
フランがウィンクをすると妖しい魅力が守衛を包み込んだ。
英雄子爵に雇われるというのは名誉なことだ。今より素晴らしい生活が送れるだろう。
守衛は心の何処かで(オーガよ、ハチャメチャに暴れろ!)と不埒な事を一瞬考える。
「うう・・・わかりました・・・。では後々の事は頼みましたよ?私はこの事は見ていない事にします」
そう言って年老いた・・・と言っても見た目が子供の地走り族の守衛は庭の片隅にある詰め所に入っていった。
「さて、レディ。糸を切って彼を自由にしてあげて?」
タカヒロは慈愛に満ちた視線で見つめてくる彼女を見上げた。
フランの美しい微笑みは薄暗い夕闇の中ですら輝いており、その顔は暫くの間タカヒロの心に焼き付いた。
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俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
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