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禁断の箱庭と融合する前の世界(71)

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 世界で猛威を奮っていたナノマシンは動きを止めて、風に乗り散っていった。

 建物の崩壊は止まり、黒い霧から何とか逃れて生き残った人々は、薄明光線の降り注ぐ空を見て脅威が去った事を確認した。

「もう、怖いのイナイイナイなの?」

 地走り族の幼女が母親の顔を見て言う。

「ええ、きっと神様が悪い神様を倒してくれたのよ」

 部屋の隅に転がる、何も映らない魔法水晶を母親は見つめて我が子を抱きしめた。



 王都アルケディアでは被害状況を確認する為に、各地へと派遣する隊を編成している。
 
「なぁ、聖下は本当にお亡くなりになられたと思うかい?」

 調査隊に組み込まれたゴルドンは隣のキウピーに問いかけた。

 暫くキウピーは考えて、ゴルドンを見る。

 伸ばした赤い髪は肩まで届くほどで、邪魔なのか伸びた髪を後ろで束ねて紐で止めている。ここ三年で甘えた坊っちゃんの顔から、少し大人びた顔になっていた。

「神様が死ぬわけないと言いたいけど・・・」

 キウピーは目を閉じてヒジリの最期を思い出す。

 光が消える最後まで水晶を見つめていた彼は、光の中に消えていく二人の影と邪神の胴体を見ていたのだ。あの全てを溶かす高熱のエネルギーの中で生き残れる者はいないだろう。

 近くで城の崩壊時に落下して骨折した怪我人の傷を癒やしていた若い僧侶が嘆く。

「我々はまた神を失った・・・。神は神話の時代に我々を置きざりにしてどこかに消え、再び聖下がお現れになられたかと思えば、今度は邪神と相打ち・・・。きっと我々の罪が深いから神はいなくなるのだ」

 それを聞いた信心深い幾人かの騎士たちは、両手を組んで祈りヒジリを思い浮かべて悔い改めている。

「見習い騎士の隊は北の門から街道を見てきてくれ。近くの農家や村の被害状況を確認だ。トラブルが起きたら逃げろ。君達はまだ正規の騎士ではないのだから」

 城の中庭で直接指示を出していたシルビィがゴルドン達にそう言うと立ち去った。

「姉上は大好きな聖下が死んでも普段通りだな」

「まだ実感が湧かないからじゃなかな?聖下は我々の知らない所で逝ってしまわれたのだし」

「そうかもね・・・」

 誰もが浮かない顔をしている城の中庭を後にして、ゴルドン達は北の街道へと向かった。




 地球の部屋の中央で目を閉じて浮くサカモト博士は仮想現実の中で裁判に出廷していた。

「では、サカモト氏が第一発見者という事は否定しないのですね?」

 ウィスプに似た黄色い一つ目のアンドロイドは感情のない男性の声でそう聞いてくる。

「まぁ・・・間違いなくワシが第一発見者じゃ。偶然とは言え遥か過去に時間移動をして見つけたのじゃから」

「時間移動・・・・?!ゴホン。彼の証言や送られてきた大神聖氏のデータからして、大神聖氏の権利を剥奪するに十分だと思われますが裁判長?」

「しかし!ワシは発見の申請はしておらん。所有権すら主張しておらん!」

 黄色いドローン型アインドロイドは瞬きを一度してじっと頭のサイドにモジャモジャの毛が付いた博士を見つめた。

「それは重要な事ではないのですよ。聖氏が第一発見者かどうかが大事なのです」

「それに、ワシはあの星の権利を欲したりはせんぞ。彼には私を乗っ取ったナノマシンを取り除いてもらった恩がある」

 ウィスプが博士の横で囁く。

「もしこの裁判で地球政府が勝って博士が権利を得ないのであれば、法律上、あの星の権利を地球政府に譲る事になりますが・・・」

 正宗が手を上げて裁判長に発言を乞うた。

「どうぞ」

「申請が受諾されて、そこで初めて第一発見者ではないでしょうか?(全く・・・こんなつまらん揚げ足取りにはウンザリだな)それにサカモト氏は時間移動をしたと言っていますが、それは不可能であると科学的にも証明されています。なので信用出来ない要素が彼にはあります」

 何事にも無関心といった感じの裁判長は、小さく「時間移動・・・」と呟いてから提案する。

「当の本人である聖氏の意見も聞きたいと思いますが、どうでしょうか?」

 両陣営とも異論はないと答えると、裁判長は惑星ヒジリの軌道上で待機するカプリコンを呼んだ。

「はい、こちらカプリコン」

 如何にも紳士といった落ち着いた声が返ってくる。

「大神聖氏を呼んでくれませんか?」

「残念ながら大神聖様は惑星ヒジリには存在しておりません」

 正宗は驚いてガタッと席を立つ。心に押し寄せてくる不安を何とか堪えて、モニターに映る狐の頭のような形をしたカプリコンの次の言葉を待った。

 その意味を知っているサカモト博士は鼻から深い息を吐いて、人差し指と親指で目を押さえた。

 カプリコンは聖の最期を映した魔法水晶の映像を提出するかどうか迷った。裁判には彼の父親もいる。正宗は聖同様、親しい仲だ。

 しかしモニターを通して自分を見る正宗の目は真実を知りたいと言っている。

「私自身が直接記録した物ではありませんが、彼の最後の映像は記録してあります」

「見せてください」

 裁判長がそう言うと直ぐに大きなスクリーンに亜空間での邪神との戦いや最後の言葉が流れた。

 それを見た傍聴席から、悲鳴や驚愕の声が聞こえる。

 正宗はがっくりと肩を落として椅子に座った。彼のオールバックの髪がハラハラと崩れていく。

 それを見た地球政府側のドローンは、目を細めて(目的を果たせそうだ)と内心でほくそ笑んだ。

(ああ、聖・・・・。何故そこまでして・・・)

 黄色いドローンは目を細めたままの表情は変えず発言する。

「裁判長、彼は亜空間で命を落としております。死亡確認が出来ない以上、行方不明者扱いとなり惑星ヒジリでの彼の権利は失われたといえます。我々はもうこれ以上何も言うことがありません。大神氏にも意見が無いようであれば判決をお願いします」

 裁判長は項垂れる正宗に聞く。

「よろしいか?」

「はい・・・裁判長・・・」

 暫く陪審員からの意見や他の裁判官からの意見に裁判長は目を通していたが、判決には然程時間は掛からなかった。

 正宗は放心しており判決が出るまでの間、壁をじっと見つめて死んでしまった我が子の幼かった日を思い出して涙を堪える。

 公園で虫をじっと見つめたりキノコを見つけるのが好きで、他の子よりは変わっていたが素直で優しい子だった。

 思春期以降、あまり他人と関わらないようになり親に反発するようになったが、それでも可愛い息子には違いなかった。

 思い出に耽ける正宗の耳に裁判長の声が響く。

「判決を言い渡します。ハイヤット・ダイクタ・サカモト氏の発見は法律に則った惑星発見の定義に該当しておらず、引き続き大神聖氏を第一発見者と認定します。そして大神聖氏が自力で復活する可能性を考慮して彼の惑星ヒジリでの権利は継続。惑星ヒジリの住人が地球に来れるだけの科学技術を身につけるレベルになるまで、地球人の接触を基本的に禁止します」

 黄色いドローンは目を剥いて驚いている。権利は勝ち取れずとも、彼の死で聖の権利の消滅や凍結を確信していたからだ。その間に次の手が打てると考えていた矢先、権利どころか地球人の接触も禁じられてしまった。

 惑星ヒジリに関する裁判で、政府側の腹の底を何度か見てきている裁判員達が懲罰的な意味合いを篭めて接触を禁じるよう意見したからだ。

 正宗は実質裁判に勝ったに関わらず項垂れたままだった。

(もう裁判なんかどうだっていい・・・。息子が死んでしまったのでは意味がない。それにあの星への接触を禁じられては、孫に会いに行くことも叶わん)

 少しざわつく裁判所に小槌の叩く音が鳴り響いた。

「これにて閉廷」

 正宗は現実の自分の部屋に意識を戻して目を開くと、惑星ヒジリの一部が映るスクリーンを見つめた。聖の権利は剥奪されていないので、カプリコンは待機したまま惑星ヒジリを映し続けている。

 息子を失った悲しみで正宗にはもう動く気力が無く、ベッドの上で屍のように横たわった。




 イグナは泣くのを止め、抱えいた魔法水晶をミミに渡すと自分の荷物から、遺跡で見つけた魔法に関する本を取り出して開いた。

「急にどうしたの?何の本なの?それ」

 愛しい人を失って、しゃくりあげるように泣いていた彼女がピタリと泣くのを止めたのを見て、ミミはまたイグナの心がまた壊れたのかと心配した。

「魔法やマナの仕組みについて書かれた本。ヒジリが喜ぶと思って集めておいたの。もしかしたらヒジリとウメボシを復活できるかもしれない」

「でも、二人には魔法が効かないし、イグナは僧侶や司祭じゃないわ」

 しかしイグナはもうこれしかないのか、本を夢中になって読んでいる。暫く沈黙が続き、ミミがソファーに腰掛けようとした時、イグナの目が大きく見開かれた。

「本来、マナは・・・人の強い想いに集まるエネルギーを持った小さな粒の事を指す。時々、強い感情や願いが不可思議な現象を起こすのはその所為である。それを体系立てて、呪印や呪文、触媒によって願いの方向性を決め、イメージし易くしたものが魔法なのだ。もし、我々樹族がサカモト博士によって発見されたマナの仕組みを体系立てて制限しなければ、願望の強い偏執狂が世界を好きなように歪めていたかもしれない。恐らく過去にそういうこともあっただろう。これまではあやふやで不確実だった魔法を確実なものにする偉大な仕事に関われた事を私は誇りに思う」

 書かれている文字は古く、内容が難解で今まで殆ど読んでいなかったが、最後に書かれた走り書きのような文章はイグナにも簡単に読めた。

「人の願いや想いに集ってそれを叶える粒がマナの正体・・・」

「それってつまり、強く願えばそうなるってこと?」

 ミミは半信半疑で質問した。

「やってみる」

 イグナは跪いて両手を握りしめヒジリやウメボシの復活を強く願った。願いながらも頭に思い浮かんだのはウォール家の庭で朧月蝶を見て凄く喜ぶヒジリの顔だった。

 自分達にとって何でもない蝶々を彼は興味深そうに見ていた。あの時はヒジリが喜ぶ姿が嬉しくもあり、同時に蝶々に嫉妬もした。

「何も起こらないね・・・」

「一人じゃ駄目なのかも。ミミも祈って」

 ミミも跪いて祈る。しかし何も起きない。

 泣きそうな顔をするイグナを見て親友のミミは元気づけようと適当な思いつきを口走った。

「ね、ねぇ!イグナ。もっと大勢の人に祈ってもらえれば良いんじゃないかな?」

 それを聞いたイグナはハッと何かを思いつき、ミミの肩を掴んだ。

「ありがとう!ミミ!」

 イグナは風で紺色のワンピースが捲れるのも気にせず、孤児院から飛び出すとオーガ酒場に向かって走り出した。

 オーガ酒場ではヘカティニスの大きな泣き声が響いている。ゴデの街はカプリコンのナノマシン無効化の範囲内だった為被害は少なかったが、それでも蝕まれた壁の穴からヘカティニスの声はよく響く。

 流石に誰も静かにしろとは言えず砦の戦士たちは余計に陰鬱な気持ちになるばかりで辟易とした。

―――チリン―――

 酒場のドアが開いてイグナが現れた。

「どうしたい?イグナちゃん」

(滅入る泣き声を頭から追い出せるなら何だっていい)

 スカーがそう思いながら声をかけると、話す時間も勿体無いという感じで彼女は口早に質問する。

「死者の大行進の時にヒジリが使っていた強力な魔法水晶はどこ?」

「それなら、ヘカの部屋の横にある物置に置いてあるぜ?」

 【高速移動】の魔法でも使っているのかと思うほど、イグナは素早く二階に駆け上がって物置をガサゴソと探した。

「うどぅさい!だでだ!」

 隣の部屋で自分が誰よりも一番煩くして泣いていたヘカティニスが、物置の騒音に目くじらを立てて扉から中を覗いた。そしてゴソゴソと何かを探す小さな陰の正体を確かめようとする。

「イグナ・・・どうした?」

「魔法水晶を探して!」

 普段、物静かで冷静なイグナが狂ったように探しものをしている姿にヘカティニスは驚いた。普通であれば自分同様、涙に暮れてても不思議ではないのに、この小さな魔女は必死で魔法水晶なんかを探している。

「何か・・・何か良い事思いついたんだな?わがった!探す!」

 ヘカティニスが適当に使われていないタンスをヒョイと持ち上げると、その後から魔法水晶が転がり出てきた。

「あった!」

 イグナはすかさず拾い上げてマナを水晶に流し込む。
 
「この水晶を見ている皆さん、どうかお願いがあります。邪神から世界を救うために消滅してしまったヒジリ聖下の復活を強く願ってください。マナは人の強い願いを具現化します。皆が祈ればきっと聖下は復活します。喋るのが下手で上手く伝わったかどうかはわかりませんが、どうか聖下のために祈ってください」

 強力な魔法水晶と言っても精々帝国から樹族国までの範囲にしか届かないこの映像は、何の力か全世界にまで流れた。

 カプリコンの恩恵を受ける事が出来ず、邪神が消滅するまで活動していたナノマシンから甚大な被害を受けた遠い国の瓦礫の下で―――今まさに命の灯火が消えようとする兵士は目の前の魔法水晶からの呼びかけを見て強く願う。

「我らの神に復活あれ!」

 怪我人を癒やす疲れた顔の修道女はイグナの映像を見て、ペンダントを取り出して祈る。

「我らに導きを!」

 地下室で震えて抱き合い、つい先ほどまで地面に転がる魔法水晶の中で邪神と戦うオーガを見ていたゴブリンの母と子は、すぐに彼が噂の現人神ヒジリだったのだと理解して祈りだした。

「神様生き返って!」

「どうか直接お礼を言わせてください!」

 世界中の人々の同じ願いにマナは集まり、とある場所でそれは具現化を開始した。


 
 北の街道でキウピーは奇妙な車輪の跡を見つけて首を傾げた。

「なんだろうか。車輪が急に現れて暫く進むとまた消えている。不思議だね」

「そういえば、陛下がよく馬車ごと【転移】してるのを見たことがある。そのまま目的地まで飛べばいいのに、御者の仕事が無くなるからってわざわざ離れた地点に現れていたらしいよ」

 ゴルドンの言う通り、まるで馬車ごと【転移】の魔法で飛んできたかのような車輪の跡は、石畳で舗装された上に積もった土を撒き散らした後、少し進んだ所で消えていた。

 さっさと被害状況を確かめようと近くの農家に向かおうとしていたゴルドンは、キウピーが執拗に気にする轍の跡が消えた場所を何気に見た。

「おい!キウピー!下がれ!何かおかしいぞ!」

 空間に揺らぎが有ることを確認してキウピーに警告する。

 キウピーは咄嗟にその場を離れゴルドンのいる場所まで退避した。

 揺らぎから弾き出されるように現れたのはニ匹の朧月蝶だった。そして蝶々は空高く飛ぶと見なくなってしまった。

「なんだよ、脅かすなよ。ただの蝶々じゃないか!」




 オーガの酒場のテーブルでヘカティニスとイグナはヒジリの復活を信じて待っていた。

「おでは信じてる。きっとヒジリは蘇ってくるって」

 イグナは黙ってまだ祈り続けている。

―――チリンチリン―――

 酒場のドアが勢い良く開いた。

「ヒジリ?」

 イグナは祈りを止めてドアを見るも誰もいない。

 代わりに朧月蝶が二匹飛んでおり、イグナの周りをヒラヒラと飛びヘカティニスのお腹の辺りを飛んで窓から飛んで出ていった。
 
「何だったんだ今の?」

ヘカティニスは首を傾げる横でイグナはポタポタと泣き出した。

「どうした?イグナ?」

「今の蝶々からヒジリの声がした。私の愛しいイグナって」

「イグナも?おでは、ウメボシの声で、お腹の赤ちゃんは女の子ですよって聞こえた!空耳じゃなかったのか!」



 水晶のある部屋でリツは息子を抱いたまま、ただ目を閉じて夫の復活を祈っていた。突然ヤイバがアーと一声あげる。いつの間にか部屋に入ってきた蝶を見て声を上げたのだ。

「どうしたの?ヤイバ・・・!!」

 声が聞こえる。

―――我が子を頼んだ―――

「あなた?どこ?お帰りになられたの?」

 リツはドアを開けてヒジリを探しに部屋から出ていった。




 王都でずっと働き詰めだったシルビィは、彼女を心配してやってきたシオとよちよち歩きのヌリを見て安堵し、ヒジリの死を今頃になって実感して壊れた様に泣き始めた。

「ヒジリが・・・ヒジリが・・・」

「俺もびっくりしたよ。ヒジリが邪神を倒すために命を投げ出した事を。だから祈ったんだ。またあの太くて逞しい腕に抱かれたいって!シルビィはイグナの放送を見たか?」

「忙しかったので見ていない。何だ?」

「マナは人の願いを具現化するって言ってたぜ。だからヒジリの復活を願って祈ってくれって」

 シルビィはそれを聞いて直ぐに祈りだした。

「ん?朧月蝶だ」

 シオがそう言って城の窓から入ってくる二匹の朧月蝶を指差すと、蝶々は指差した指に止まって次に、シルビィのお腹辺りを飛んで、飛び去っていった。

「今、ヒジリとウメボシの声が聞こえた!」

 シオがそう言うとシルビィも空耳じゃなかった事を確信する。

「第二子、おめでとう!だって!」

 二人共、同時に同じ言葉を叫んだ。



 サビカ孤児院では、ナンベルとタスネと姉のもとへとやって来たフランが未だにパニックを起こす人々に声をかけて沈めようとしていた。

「大丈夫ですよぉ!もう邪神はいませんから!陛下が命を賭して我々を守ってくれたのですヨ!」

 しかしパニックは収まらず、バザーに来ていた大人たちに一人の孤児院の子供が踏み潰されそうになったその時。

―――落ち着きたまえ、諸君―――

 空に飛ぶ青い朧月蝶から、囁くような声が響き渡った。

 人々は足を止め、空を見つめて口々に叫ぶ。

「陛下?ヒジリ陛下なのか?」

 しかし声はそれっきり聞こえなくなり、人々の混乱はウソのように収まった。

「今の声、ヒジリよねぇ?」

 フランはキョロキョロしてヒジリを探している、

「はは~ん?さてはまたヒジリの悪戯でしょ?復活したのに、アタシ達を騙そうとして!おーい!ヒジリー!いい加減出てきなさーい!」

 タスネは嬉しそうに巨乳を弾ませて辺りを駆け回って探している。

「はて?悪戯にしては中々現れませんねぇ・・・」

 ナンベルは顎に手をやり首を傾げた。



 惑星ヒジリの遥か上空で、カプリコンは今しがた入ってきた通信に驚いている。

「おや?ヒジリ様!よくご無事で?一体どうやって・・・え?はい。しかし、惑星全体にというのは遮蔽装置が邪魔をして無理かと・・・?え?遮蔽フィールドを既に消してある?畏まりました。が、ナノマシンに食われて消滅してしてしまった方々も多いようです。そういった方々は復活の取っ掛かりすらないので再構成するのは難しいかと。なに?私なら出来る?そうですか?では不肖、カプリコン、力の限りやらせて頂きますか。はは!そこまで褒めて頂くと私もやる気が出てきました。ええ!やりますとも!私はやりますよ!限界なんて糞食らえ!です」

 世界にカプリコンの大規模なスキャニングの光が走る。何も知らない住人たちにとって、それは神々しい光のように見えた。

 もう一度光が走ると、瓦礫の中であと一呼吸で死ぬと思われていた兵士は息を吹き返し、瓦礫は元の建物へと戻っていった。

 僅かな肉片と灰になった我が子をかき集め嘆いていたオークの母親は、灰から我が子が復活する様を見て驚く。

 両足をナノマシンに蝕まれて出血多量で死にそうになっていたネコ人は、何事もなかったように立って軽やかに宙返りをして喜んだ。

 邪神によって倒れた人々が次々と蘇り、世界に歓喜の声が駆け巡る。

 コロネは崩れてきた瓦礫から自分を守ろうとして怪我をした召使の傷が瞬時に癒え、元気になって立ち上がったのを見て、ヒジリ達のお陰だと気づき、サヴェリフェ家の周りを探した。

「ヒジリ?ウメボシ?」

 しかし、姿はない。

 代わりに何処からともなく青い蝶々が二匹飛んできた。二匹の蝶がくるくると戯れるように飛ぶと、そこにはヒジリに仕える馬車の御者であった地走り族の男が空間から浮き出るように現れた。

 御者は自分が何故サヴェリフェ家の庭にいるのかを不思議に思っている。

 コロネは蝶からメッセージを受けたのか、ドラ声で喋り始めた。

「え?うん、解った。御者さんをサヴェリフェ家で雇って欲しいんだな?お姉ちゃんに伝えとく!それから私はヒジリ達の事は心配してないからな!いつか戻ってくるって信じてるもん!」

 青い蝶はヒラヒラとコロネの周りを飛んだ後、空へと上がっていった。



「お別れの挨拶はもういいんじゃな?」

 蝶々のすぐ近くにはとても小さな赤ん坊を抱いたドワイトの魂が寄り添っていた。

「ああ、構わない」

「しかし、なんじゃな・・・。お前さん達、本当の神様になってしまうとはなぁ!ガッハッハ!」

「人々は我々を神だと信じて疑いませんでしたから。惑星ヒジリの住人達の願いはマスターを神として復活させる事でした。物理的にマスターの復活を期待していたイグナには可哀想ですが・・・」

 ウメボシの蝶が答える。

「イグナはいつも私を気にかけてくれて行動していたのに・・・。結局私はいつも彼女の期待を裏切っていたような気がする・・・」

 もう一匹の蝶からはいつもの囁くようなヒジリの声が聞こえる。

「イグナお嬢ちゃんは、ああ見えて芯が強い。いつかはお前さんがいなくなった事を受け入れるじゃろうて。それよりも、この子を最後に抱いてやったらどうじゃ」

 小さな赤ん坊の魂は喜ぶように瞬き、ヒジリの蝶の背に乗った。暫く触れ合うとドワイトのもとへと戻っていく。

「じゃあの。儂らの魂はここまでじゃ」

「うむ、色々とありがとう、ドワイト。君が生まれ変わる日を楽しみに待っているよ」

「今度はイケメンに生まれ変わらせてくれ、ヒジリ。出来るよな?神様じゃろ?」

「ハハハ、解った。出来そうならやってみる」

 ドワイトと我が子の魂は手を振ると空に溶けて見えなくなった。

「ではいくぞ、ウメボシ。我々はこの星の神となって人々を導くのだ。これは実に興味深い事だぞ!」

「はい、マスター!これからはずっとマスターと一緒なんですね?嬉しい!マスターの事が大好きです!愛しています!」

「ああ、ずっと一緒にこの星を見守って行こう。我々の愛おしい、この惑星ヒジリをいつまでも」

 青い二匹の蝶は混じり合い、光の矢となって空を突き抜け宇宙まで来ると今度は広がり、青い光は惑星ヒジリを覆うようにして消えていった。
 
 その日は終始空にオーロラが浮かんでおり、全てが元通りになるという奇跡を目の当たりにした人々は神の祈りを捧げたのだった。
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