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禁断の箱庭と融合する前の世界(69)

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「サカモト神の様子はどう?」

 タスネは獣人戦争に加担したサカモト神の聞き取り調査をするようシルビィに頼まれてツィガル城までやって来ていた。

「まだまだだな・・・。博士を洗脳するナノマシンこそ排除できたが、まだ影響は残っている。邪神に植え付けられた感情や記憶はそう簡単にはクリア出来ない。今も博士は偽の記憶と対峙して葛藤中だ」

「そう。でも意外と間抜けな捕まり方したわね・・・。博士って呼ばれるぐらいだからもっと賢いと思っていたけども」

「誰だってどこか抜けている物さ。私も故郷にいた時はコーヒーを淹れて満足し、キッチンにコーヒーを置いたまま部屋に戻ったりしていた」

「あるよね~」

 暫くあるある話をした後、ヒジリ達が見下ろすバルコニーからは中庭でリツが部下と朝稽古をしている姿を黙って見た。

 スキルを発動をしているガードナイト達を見学し、中庭の隅で自分もスキルを体得しようと頑張るフランを見ながら二人は少し微笑む。

「リツさんはもう動いて大丈夫なの?」

「翌日にはピンピンしていたからな。彼女の部族は出産がスムーズで回復も早いらしい」

「そうなんだ。それにしてもヒジリの赤ちゃん可愛かった~。私も赤ちゃん欲しくなってきた」

「早くいい人が見つかると良いな。こればっかりはタイミングと運だから、仕方がない」

「え?ヒジリはアタシに種付けしてくれないのぉ?アタシの事嫌いなのぉ?」

 潤んだ目で見つめてくるタスネを見てヒジリはハハッと笑う。

「騙されないぞ?フランの真似をして私をからかうのは止したまえ」

「もー、少しはドッキリしてよ~」

 タスネは笑いながら何気に稽古中のフランを見ると、彼女が今しがた覚えたてのスキルを発動させたのを見て驚いた。

「わ!守りの盾だ!いきなりディフェンダーの上位スキルを覚えたよ!」

 ヒジリにもそれは見えた。フランの前方を広範囲に覆うフォースフィールドのような物が微かに見えたのだ。

「おや?僅かだが効果が見える。あれは魔法由来じゃないのかね?何だ?もしかして必殺技みたいなものもあるのか?」

「知らないわよ。スキルの仕組みなんて。必殺技にしてもスキルにしても人に教わったり、ある日突然閃いたりするのよ」

「これは脅威だな。スキルによる超絶的な必殺技を今まで私が受けなかったのは奇跡だ」

「必殺技は攻撃に魔力やら力やら器用さを籠めるから受けたら致命傷は免れないよね。でも今までもヒジリは何度も敵に必殺技を繰り出されていたけど、簡単に往なしたり回避してたよ?」

「そうなのかね?普通に斬撃や突きを回避していただけだが」

「特に魔法との複合技はヒジリには普通の攻撃に見えるかもね・・・。道理で必殺技を怖がらずにヒョイヒョイ避けれるわけだ。アタシなんて樹族がよくやり魔力の乗った攻撃を見ただけで足がすくむよ」

「じゃあ、ヘカの大剣を振り回して竜巻を周囲に発生させる攻撃も、リツの大盾の突進も必殺技だったのかね?」

「そうよ、技の仕組みや名前までは知らないけど」

 フォースシールドが発動しなかったり回避が出来なかった時の事を思うとヒジリはゾッとしたが、そういう状況は滅多にない。しかし油断はすまいと肝に銘じた。

 が、今まで油断して色々と手痛い目に遭っている。何度肝に銘じても慢心してしまうのが自分の悪い癖だとヒジリは反省する。

「必殺技か。羨ましい。カッコイイじゃないか・・・」

「ヒジリだって時々、手から竜巻発生させたり、アンデッドを消し去る神の御柱やるじゃん。あと次元を断ち切る蹴りを放つって噂で聞いたよ」

「う・・・。ハハハ、そうだった。(殆どウメボシやカプリコンのお陰だけどな。次元断踵落としに至っては普通の踵落としだ)」

 タスネの背後からにゅーと手が伸び、彼女を抱きしめる大きな陰が現れた。

「ちょっと!んっ!誰?魔王ヒジリ!」

 大きな影の正体は、鬼のような顔と闇のオーラを纏う魔王ヒジリであった。

「キュキュキュ!メンゴメンゴォ~!タスネちゃんは我々闇側の住人には抗いがたい魅力があるので気がつくとつい抱きしめていました」

「抱きしめていました、じゃないでしょうが!セクハラだよぉ!」

 実戦経験の増えてきたタスネの逞しい裏拳がカンフー映画の如くブンと唸りを上げて、顔を寄せてきて魔王ヒジリに飛ぶが、その魔王ヒジリであるナンベルはヒラリと後ろに下がって避けた。

 今は影武者になる必要もないのに、自分の姿に化けているであろうナンベルを見てヒジリは溜息をつく。

「気に入ってるのだな、その変装。話で聞く限りでは全然似てないと思うが・・・。ナンベルには私がそう見えているのかね?」

「まさか!陛下の威厳を高めるための見た目ですよぉ?」

「確かに見た目的には威厳が有るのかもしれんが、君自身の行動には威厳もクソも無いな」

「え?そんな・・・シドイ!シドイわぁ~」

 ナンベルは変装を解いてしゃがむとタスネの大きな胸に顔を埋めて嘘泣きをしだした。メイクは何故か服には付かない。

「奥さんに・・・告げ口するよ?」

 冷めた目で胸元のナンベルに言うと、彼は残像が見えるほどの速さでタスネから離れ、真面目な顔をしてバルコニーから外を眺めだした。

「はて?小生何かしましたっけ?」

「もう!」

「ほんと、闇側では男にモテるな、主殿は」

 部屋の中からそわそわしながらチラチラとタスネを見ていたヴャーンズが、ヤキモチを焼いたウェイロニーに耳を引っ張られて奥に消えるのをヒジリは見逃さなかった。

「モテるのは嬉しいけど、ヒジリ以外のオーガや闇の種族とは子供を作れないっぽいし・・・。でもやっぱりモテるのは嬉しいので時々来ちゃおうかしら!街でイケメン魔人族によく声を掛けられるのよ」

 タスネは手を頬に当て、甘い顔をした魔人族を思い出してぽーっとしている。

「呼んだ?キュキュ!」

「ナンベルさんもイケメンだけど、中年のおじさんだし既婚者だし」

「シドイ!」

 そう言って今度はヒジリの胸に飛び込んだが、思いの外優しい目で見つめてくるヒジリが怖いのと、じわじわとマナが吸われるのとで「ちょっとぉ、そんないやしい目で見ないでよぉ」とヒジリをドンと突き放した。

「相変わらずわけわがかんないね、ナンベルさんは・・・。そうだ!ヒジリに何か出産祝いをあげたいんだけど何が良いかな?」

「そうだな・・・ヤイバの探求心を育むような本が欲しい。何にでも興味を持つような人物になってほしいのだ」

「む、難しいわね。だったら地下図書館に行けば何か残っているかもしれないわ」

「イグナが焼き払った地下図書館かね?何も残って無いんじゃないかな?それにあそこは博士が召喚された場所。もしかしたら邪神の残り滓がいるかもしれない。行かない方がいい」

「そっか~。じゃあ次来るときまで考えとくね」

「楽しみにしておくよ」
 
 会話の流れからして、タスネは樹族国に帰るのかと思いきや三つ編みの先をクリクリといじっている。

「何だ?帰るんじゃないのかね?」

「博士の情報収集に一日貰っちゃったから、このまま帰るのも何だか勿体無いなと思って・・・」

 それを聞いたナンベルがくるりと一周りして魔王ヒジリに変身した。

「では、小生とデートしましょうか?近くの孤児院まで」

「孤児院?」

 ヒジリが何かに気がついたように答える。

「ああ、今日はサビカ孤児院へ行く日だったか。そう言えば私も樹族国の教会へ出向く予定があったのだった。じゃあ、主殿の事は頼んだぞナンベル。おーい、ウメボシ!行くぞ!」

 ヤイバをあやしていたウメボシは彼を乳母に任せてヒジリの所までやってきた。

「もう馬車の用意は出来ておりますので、すぐに出発出来ます」

「うむ、ではナンベル、主殿」

「いぃってらっしゃい、陛下」

「孤児院かぁ・・・」

 行っても退屈そうだなぁという雰囲気でタスネは二つの三つ編みをグイグイ引っ張っている。

「今日はチャリティーバザーで出店もありますよ?キュキュ」

「え?じゃあ行く。帝国の屋台の食べ物とか興味あるし」

 執拗に手を繋いでこようとするナンベルの手を何度も叩きながらタスネは孤児院に向かった。



「ねぇ、ガードナイトは連れてくる必要有るの?」

 タスネは後ろからついてくるエリートオーガ達を何度も振り返って言う。

「そりゃあ、一応ヒー君に扮していますからねぇ。お供つけないとおかしいでしょうキュッキュ」

 身長三メートルほどあるガードナイトの視線に圧迫感を感じて落ち着かないタスネを見てナンベルは笑う。

「ほら、見えてきましたよ。あれがヒジリ陛下がお建てになったサビカ孤児院です」

 旧市街地の廃教会跡を取り壊して作られた孤児院の大きな庭には、子供たちが食べ物や手作りのアクセサリーなどを売っていた。

 ズシンズシンと地面に響く足音に、孤児やボランティアの大人達は魔王ヒジリが来たことを知る。

 そしてその横の小さな地走り族に魅了されて年頃の男子達はタスネを見つめる。

 闇側の若い男たちから熱い視線を背後から受けて、タスネはどこかくすぐったいような気持ちいい様な気分になる。

(うふふ、見てる見てる。あたしの魅力に参っちゃっているわね!)

 少し肩を竦めて舌を出し、調子に乗る自分を許してねと心の中で自分に言った。

「おや?タスネちゃん、スカートが思いっきりめくれ上がってパンツ丸見えですよ?キュキュ!」

(びゃぁぁぁ!!皆見てたの、これかーーーい!)

 上半身は皮の胸当てをつけているが、下半身は軽いスカートで来ていたタスネは、胸当ての金具にスカートが引っかかっており、大きな尻と下着が丸見えだった。

(このくそ胸当てがぁぁぁ!!)

 慌てて直すも周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 顔を真っ赤にしてチャリティーオークションが開かれている会場に着くと、訳も判らないままナンベル共々ステージに上げられてしまった。

 ナンベルは気分良く大きな声でバザーに来た人々に挨拶をする。

「諸君、本日はこの孤児院への寄付のために集まってくれてありがとう。ワシはツィガルの皇帝ヒジリだァー!ドゥヘヘヘヘ!」

(それ誰の物真似だよ・・・。本人が知ったら怒るよ?)

「今日は貴様らのためにぃー、同盟国である樹族国から特別ゲストを招いた。なんと、ワシを使役することが出来る唯一の地走り族、タスネ・サヴェリフェ英雄子爵だぁ!拍手!」

 場内がざわつく。

 神であり国の最高権力者であるヒジリを使役する主がいるとは噂では聞いていたが、まさか本当にいたとは誰もが思わなかったのだ。

「えっ?アタシ?自己紹介するの?えーっと、樹族国で子爵をやっているタスネです」

 拍手が起こる。暫く拍手が続き、魔王ヒジリが手を上げて「うるさぁい!黙れ!糞ども!」と発狂すると拍手は徐々に止んでいった。

「さて、今日の最初のオークションは~ズバリ!神をも従える存在であるタスネ子爵から熱いキスをしてもらえる権利だぁー!グハハハ!」

「ちょっと!」

「ほっぺにキスするだけですよ。サビカ孤児院の孤児の為にもお願いしますキュキュ」

 そう耳打ちするナンベルに、まぁほっぺなら良いかとと承諾する。

 会場にいた男たちが盛り上がる中、オークションは開始された。

 オークの金持ちやら、ゴブリンの元貴族、お金持ちでもないのにキスして欲しさに無理して参加していると思しき魔人族の少年。

 タスネはイケメンの魔人族の美少年を密かに応援したが、結局タスネのキス権を競り落としたのは、豚人かと思うほど太ったオークの金持ちだった。

「金貨十ニ枚も?(正直、思いつき企画だし金貨一枚程度かと思ってたいましたが)流石はタスネ・サヴェリフェ子爵!その魅力は天井知らずだな!ガッハッハ!」

 魔王ヒジリはそう言ってズイとタスネをオークの前に押した。

(ふえぇぇ。脂ぎったほっぺた・・・)

 タスネのキスをまだかまだかと興奮して待ち構えるオークの肌はどんどんと脂っぽさを増していく。

(揚げ物の油が口に着くと思って我慢しよう・・・)

 タスネは素早くキスを済ませ、涙目で唇をハンカチで拭いていると、ステージの直ぐ下に待機していたタスネの召使が魔法水晶を主に掲げた。

 シルイビィと連絡がつくようにこしらえた緊急用の魔法水晶なのでシルビィ以外がこの魔法水晶を発動することはない。

 しかし、そこには赤い髪の騎士は映っておらず、水晶には虹色に暗く輝く空間でヒジリとウメボシが、見たこともない奇妙で巨大な鉄傀儡と向かい合っていた。

「ヒジリ!」

 タスネがそう叫ぶもヒジリ達には聞こえない。どうやら何者かが何らかの力を使って一方的に映像を流し続けているようだ。

 水晶からはくぐもった低い男の声が聞こえてきた。どうやらヒジリと対峙している鉄傀儡からの声のようだ。

「これより、第一フェーズに移行。この星最上位の存在を消去する。第ニフェーズ、原住民である樹族の知識を摂取、第三フェーズ、この惑星のエネルギーを取り込み同化。それで契約が完了します。私自身の目的も達成されかもしれません」

 タスネとナンベルは顔を見合わす。

「どういう事?」

「多分、ヒー君を殺して最終的に鉄傀儡はこの星を取り込むのではないでしょうか。キュキュ・・・笑えないですね」

 水晶の中のヒジリとウメボシは、何かを悟った顔をしている。

「ねぇ!ヒジリがあんな状況で妙に落ち着いているのっておかしくない?これってドッキリか何かでしょ?」

 タスネの声は、魔王ヒジリから皇帝付きの道化師に戻ったナンベルの姿を見て、驚き声を上げる民衆によってかき消された。

 ナンベルには民衆の声もタスネの声も聞こえていないようだ。真剣な眼差しと意識は魔法水晶のみに向けられていた。

 ステージ上の二人の異様な雰囲気に気がついた者は同じように近くにあった魔法水晶を見つめる。

「陛下だ!これは本物の陛下だ!」

 タスネのキスを巡って競りに参加していた魔人族の少年が水晶を見て声を上げると、一斉に皆が魔法水晶に集まった。

 滅多に口を開かないガードナイトのオーガが、ナンベルに状況を教えてもらおうと近づいてきた。

「道化師殿、陛下は一体何をなされているのでしょうか?」

 ナンベルにいつものおどけた雰囲気は無く、消え入りそうな声で答えた。彼は何度か邪神の存在をイグナから聞いていたので、この状況が解ったのだ。

「陛下は・・・遥か遠い昔、我々闇側がこの星に存在し始めた頃に現れた邪神と戦おうとしているのです・・・」

「邪神?稀に霧の向こう側からやって来る悪魔の類いではないのですか?」

「そんな生易しいものではありません。この星の全てを消し去る力を持っている存在です。この戦いは神話時代の再来、言わば邪神と我らの神との戦いと言えるでしょう・・・」

 ガードナイトは困惑し、ナンベルの目を見つめたが嘘を言っている気配はない。それを聞いた民衆は静かになり息を呑んでただ水晶を見つめるだけであった。
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