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禁断の箱庭と融合する前の世界(67)

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(陛下には先に現地に出向いて様子を見るとは言ったものの、大して時間は残されていないぞ・・・。どうする?チョールズ)

 馬車に揺られながら、杖に寄りかかって座り冷や汗を垂らし年老いたゴブリンメイジは自問自答していた。

(憎たらしいバートラの連中の事など知ったことではない。あ奴等は全員死んでしまえばいいのだ。しかしそれでは施政を任された私の立場も危うい。それに陛下は怒りの沸点が変わっていると道化師殿から聞いたことがある。どこで陛下の怒りに触れるかは判らんな・・・)

 退屈そうに玉座に座る影武者のナンベルから聞いた話をヴャーンズは思い出した。ヒジリ陛下は破廉恥なノームモドキに要らぬ杞憂をさせられた事があり、それほど怒る内容でもないのに相当怒り狂った事があると。

 その怒りが自分に向いた時の事を想像して身震いをする。

 バートラの首都であるバートラが見えてきた。国の名前と首都の名前が同じで、覚えやすいが単純でもある。

 部下のメイジ達が放ったイービルアイの報告では人の生き血を吸う魔物が暴れているとのことだったが、まだその痕跡は見えてこない。

(さっさと吸血鬼とやらを倒し、バートラのクズ共を出来るだけ支配して陛下をお出迎えする。これしか手は無いな。毎月の報告書ではバートラも他国と同じような扱いをしていると書いているのだ。バレたら処刑は確実だろう)

 自身でも付け焼刃的な対応だとは解っているが、まさか皇帝がこの貧国を視察するとは思わなかったのだ。

 段々と見えてきた首都は報告通り死の街と化していた。貧民たちが吸血鬼に怯えて身を潜める静かな街を馬の蹄の音だけが響く。

「ヴャーンズ様、本当に私達だけで吸血鬼とやらを倒せるんですか?血を吸う魔物なんて気持ち悪いですよー」

 ウェイロニーが不安そうに聞く。

「うむ、あまり聞いたことの無い魔物だな。今のところ弱点は無いらしい。さてどうしたものか・・・」

「弱点の無い生き物なんているんですかねぇ?ヒジリ皇帝陛下だって鬼のように強いですが、無敵ではないですし」

 ヴャーンズは異界の魔物について書かれた本をめくって、とあるページで目が釘付けになる。

「ヴァンパイア?これのことじゃないか。エクセレント!」

 興奮するヴャーンズにウェイロニーは顔をくっつけて本の内容を読んだ。

「なになに?ニンニクが苦手、流水が苦手、白木の杭が苦手、太陽光で灰になる、クロスしたマークが苦手・・・。苦手だらけですね。馬鹿みたーい!」

 サキュバスはクスクスと笑っている。

「しかし、おかしい。今は太陽が出ておるが、あの化物は灰になっておらん」

 馬車の窓から遠くの吸血鬼を見る。太陽の日差しの中、目を瞑って死体の山の上で座禅を組んで眠っている。

「ウェイロニー。とりあえず、ニンニクでも投げてこい」

 そう言ってヴャーンズは【食料創造】の魔法でニンニクを出した。

「えーー!私がですかぁ~?嫌ですよヴャーンズ様ぁ~!」

「いいから行け!」

 ほぼ丸出しの尻を蹴られて、ウェイロニーは馬車から追い出された。ふて腐れていると、主にポイとニンニクを投げつけられる。

「酷い!後でいっぱい搾り取ってやるんだから!」

「お前も吸血鬼みたいなものだな・・・」

 乱暴に扱われた事で怒るサキュバスはパタパタと飛んで、上空からニンニクを投げつけて様子を見た。

 しかし、ニンニクはボヨーンと跳ね返されただけで何も起こらない。直ぐ様逃げ戻ってヴャーンズに報告する。

「跳ね返されましたぁ~!」

「見れば解るわ!次はその辺の飼い葉桶から水を汲んで奴に浴びせろ」

 言われたとおりにすると、吸血鬼は若干肌艶が良くなったように見える。どうやら寝ている間は吸血鬼の手の届く範囲外からの攻撃には反応しないようだ。

「効果ありませーん!」

 弱点を次々と攻めては様子を見てみるが、結局どれも効果がなくヴャーンズは異世界魔物図鑑を窓から放り投げた。

「ふん、役に立たない本だ。仕方あるまい。これは万が一、陛下と完全に敵対した時用に取っておいた秘策だが今ここで使うか」

 そう言うとゴブリンメイジは【火球】を吸血鬼の周りの死体に撃ち始めた。死体は直ぐに燃えだし、吸血鬼を焼き出した。

「魔法を無効化する者にも、魔法が持つ副次的な効果は効く。【火球】を直接ぶつけてもかき消されるだけだが、周辺の物についた火は本物だ。見ろ、吸血鬼はどんどん燃えていくぞ!エクセレント!」

 沢山の死体とともに吸血鬼が燃えるさまを、両手の指を合わせながら見つめているヴャーンズの目に炎が映り、その姿は邪悪にすら見える。ウェイロニーはうっとりとした目で主を見つめている。

 ヴャーンズが馬車から降り、動かなくなった吸血鬼に近づいて死体をよく確認すると、魔物は生焼けの水ぶくれ状態だった。

 しかし膨らみ方が尋常ではなく、焼け焦げた皮膚がズルリと崩れて剥けると中から吸血鬼が現れ、長い腕でヴャーンズに襲いかかった。

「危ない、ヴャーンズ様!」

 ウェイロニーが間一髪で主を抱えて、建物の上に飛び去る。

「よくやった、ウェイロニー」

 しかし、吸血鬼は二人めがけて跳躍しようと四肢に力を込めて四つん這いになっている。

 今まさに化け物が跳ねようとしたその時、上空からズキューンという音と共に光が吸血鬼を貫いた。

「何だ?」

 ヴャーンズが上空を見ると、全体的に尖った槍のような鉄傀儡が空に浮かんでいた。手に持つハンマーの柄の先から、ウメボシが出すようなビームを発していたのだ。

「危ないから、下がっていて下さい・・・。あ!貴方は!」

 鉄傀儡からまだどこかあどけなさの残る声が発せられ、ヴャーンズを見て驚いている。

「ああ、君達の大好きな前皇帝、チョールズ・ヴャーンズだ。宜しく」

 鉄傀儡は手を横に薙ぎ払って怒りを現す。

「今頃来るなんて!どうして魔物が出てきた時に帝国は直ぐに助けてくれなかったんですか!」

「ああ、情報の伝達が遅くてね。埋め合わせに私が直々にやってきたのだ。感謝してくれ」

 ヴャーンズがしれっと嘘をつくと、向かいの家から女性の怒声が飛んできた。

「嘘よ!魔法水晶で何度も連絡を取ろうとしたのに貴方は応じなかった!イービルアイで現状も知っていたはずでしょ!」

 リンは窓を開けて屋根の上のヴャーンズを睨みつけた。

「それは済まなかったね。色々と手違いや不具合があったのだ。それより吸血鬼をさっさと倒すべきじゃないかな?」

 吸血鬼が窓を開けたリンの元へ歩み寄ろうとしていた。鉄傀儡から今一度ビームが放たれて吸血鬼の動きを止める。

「ビコノカミ!接近戦だ!」

 ビコノカミは浮遊装置を切ると、落下する力を加えたハンマーの一撃を吸血鬼に叩き込む。

 吸血鬼はひしゃげて押しつぶされたように見えたが、暫くすると元に戻りビコノカミの腕を掴んで握りつぶそうとしてきた。

 凄まじい握力でビコノカミの腕が軋みだす。

「くそ!なんて馬鹿力だ!力負けして恥ずかしくないのか、ビコノカミ!」

 鉄傀儡は答えずに、目からレーザービームを出して吸血鬼の腕を焼き切って難を逃れた。

 切った傍から吸血鬼の腕は生えてくる。

「気持ちの悪い!お前のような魔物はこの世界に来るべきじゃないんだ!コノォ!」

 吸血鬼にハンマーを薙ぎ払って距離を置く。

 吸血鬼は吹っ飛び壁に激突した。その壁の近くの路地裏に子供の姿が見えた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!どこ?」

 四歳くらいの幼いゴブリンが兄を探して泣きながら大通りに出てきた。

「チキ!何でこんな所に!」

 ムロは驚いて一瞬動きが止まった。その隙に吸血鬼の片手は素早くチキに伸びた。

「ええい!」

 吸血鬼が伸ばした腕をヴャーンズが仕込杖で斬る。

 そしてチキを抱えるとウェイロニーに命令してまた屋根の上に飛んで避難した。

「不本意ですが、お礼は言います。妹をありがとうございます!」

「ふん、私にも妹はいたのだぞ!親も妹もお前たちバートラの一族に惨殺されたのだ!」

 皇帝の座を勝ち取って、やっと両親や妹と裕福な暮らしが出来ると思った矢先にヴャーンズの家族は暗殺者によって亡き者にされてしまったのだ。

 家のドアを開くと玄関には三つの首が並べられており、年老いた父親の口には脅迫状が挟まっていた。言葉無くその場に崩れ落ちたあの日をヴャーンズは忘れてはいない。

「歳を取ってから両親が発奮して作った・・・あの歳の離れた妹は丁度、お前の妹ぐらいの歳であった。それを・・・それを・・・」

 杖が闇が纏い始め、【闇の剣】を形作る。その剣先がチキの首元にゆっくりと近づく。

「止めてください!妹を殺さないで!」

 ヴャーンズを止めようと空中に浮こうとしたビコノカミの脚を吸血鬼が捕まえて地面に叩きつけた。

「うわぁぁ!」

「お兄ちゃん!」

 チキのお兄ちゃん!という叫び声を聞いてヴャーンズの記憶の中の妹が走ってくる。

「お兄ちゃん!今日ね、木に登って虫を捕まえたよ!ホラ!」

「うわぁ!やめなさい。お兄ちゃんは虫が苦手なんだ」

 妹の手の中で芋虫がうねうねと動いている。

「じゃあお兄ちゃん!肩車してよ!」

「お兄ちゃん、非力だから出来るかなぁ~?」

 妹の手の中にある芋虫に怯えながら、肩車をしてヨタヨタとよろめく。そんな自分をからかうようにして芋虫を顔に近づけてくる妹の笑顔はもう二度と見る事はできない。

 能力と実力で皇帝の座についたその日、妹は玄関で首だけになり、蝋人形のような不自然な表情で目を瞑って物言わなくなっていた。

(目の前の、この幼い子供に妹と同じ事をしたところで家族は生き返るのか?いいや、感情の問題だ!私が生きている限りこいつらを苦しめる事が出来れば、じくじくと心を蝕む憎しみも少しは癒される!)

 ヴャーンズはそう自問自答して杖に魔力を込め、幼いチキに手をかけようとしたが、自分の妹の顔がチキと重なって涙が止めどなく溢れた。

「何で私が・・・お前たちを助けてやらんといかんのだ!私の大切な家族を奪ったお前たちを・・・何で!!」

 涙をボタボタとこぼすヴャーンズはチキに向けていた杖を吸血鬼に向けて魔法を詠唱しだす。

 魔力が高まりでローブがはためくと、今まで誰にも見せたことのない秘蔵中の秘蔵魔法、【虚無の渦】を吸血鬼の背後に発生させた。

 シオがファナ討伐の時に使ったアイテムと同じ効果の魔法だが、極めて貴重で覚えている者は世界に数えるほどしかいない。

「その鉄傀儡で吸血鬼を渦に押しやれ!」

 協力者がいないと成立しない魔法だが、効果は絶大で渦に触れた者が何者だろうが分解して吸い込んでいく。魔法と呼ぶには異質とも言えるこの無属性魔法をメイジ達は虚無と呼ぶ。この虚無はヒジリ皇帝に対しも有効だろう。

 しかしあの現人神をこの渦に追いやれる者など、恐らくこの星にはいない。

「やってみます!」

 ビコノカミは地面に叩きつけられた姿勢のまま覆い被さろうとする吸血鬼を蹴ると、吸血鬼はよろめいて手を離した。

「うぉぉぉぉ!」

 素早く立ち上がって、バランスを崩した吸血鬼を渦に押しやる。

 ヒジリの時と違って魔物を渦に導くフォースフィールドの囲いは無い。それでも方向を修正してビコノカミは押していく。

 吸血鬼の背中が渦に触れた時にムロは気づく。

「こいつ、僕を道連れにするつもりだ!」

 渦の近くでは強力な吸引力が発生している。渦と自分の間には吸血鬼がいるので吸い込まれはしないが、抱きつかれて引っ張られると一緒に分解される可能性がある。

 吸血鬼は豚のような、コウモリのような顔に玉汗を滲ませながらもニヤニヤと笑ってビコノカミをしっかりと抱き締めている。

 ヒジリであれば、こういう事を想定してある程度距離を取ってパンチの連打で絡みついてこようとする触手なりを拳で押し返す。が、ムロにそこまでの戦闘経験はなかった。

 吸血鬼は徐々に液体のようになってビコノカミに纏わりるき始めた。

「あやつ、吸血鬼では無かったのか!スライムのような生き物だ!」

 ようやく敵の正体を見極めたが、何かしらアクションを起こせるだけのマナは殆ど残っていない。【虚無の渦】はマナの殆どを使用するからだ。

 擬態した吸血鬼からスライムの姿に戻った魔物の体に、核のような玉を発見したヴャーンズは瞬間的にそれが弱点だと勘づく。

 ウェイロニーに体を浮かせてもらい、杖で必死に核を叩き割ろうとしたが非力な彼では割れなかった。

 仕込杖で斬りかかっても効果はなく、吸血鬼と鉄傀儡は徐々に【虚無の渦】に近づいていく。

「ヴャーンズさん、離れて下さい。リミッターを解除して何とかしてみますから!」

 ビコノカミにやってはいけないと言われていたリミッター解除だが、ムロは今それをしないとどの道死ぬと考えた。

 それを聞いたヴャーンズはスライムから離れたが、ビコノカミには一向に変化がない。

「くそ!咄嗟に感情を高ぶらすのは意外と難しいものだ」

 死んでいった仲間の顔を思い浮かべたが、悲しいだけで感情が昂ることはない。

 その間にもビコノカミは渦にドンドン近づく。

 リンは窓からその様子を見て必死に祈っている。

「私には祈ることしか出来ません。神様、お願いします!あの鉄傀儡と中の人をお助け下さい!星のオーガ様!」

 そう叫んだ直後、願いが通じたのか上空から鉄傀儡よりは少し小さいオーガが降ってきた。

「アンドゥーサン・ガ・テイィー!」
 
 オーガは意味不明な掛け声と共に鉄傀儡の肩に纏わり付くスライムの核にチョップをした。

 鉄傀儡の肩諸共、核は壊れてスライムは虚無の渦に飲み込まれ、すぐに渦も消えた。

「陛下!」

 鉄傀儡をマジマジと見つめるヒジリにヴャーンズとウェイロニーは跪いた。

「これはどういう事かね?何があった?」

 そう聞くヒジリの横にウメボシが降り立ち、スキャンをしている。

「死傷者百人以上。大惨事ですね」

「霧の魔物か?」

「はい。強力な吸血鬼・・・いえ、吸血スライムによってバートラは大きな被害を被りました」

「ガード達はどこにいる?やられたのか?」

 ヴャーンズが黙っているとリンが駆け寄ってきて跪き進言する。

「陛下!私はこの街で町長を務めるリンと申します。一つ報告させてください!この男は!チョールズ・ヴャーンズは我らバートラの敵なのです!我々が憎いがために、霧の魔物対策もせず、長年に渡り経済を滞らせ、じわじわと私達を殺そうとしていたのです。今回の件も帝国政府に知らせましたが彼に無視されました!」

「事実かね?ヴャーンズ」

 少し黙った後、年老いたゴブリンは嘘をつこうかと思ったが止めた。

「・・・はい。全ては私の私情が招いた事です。処分は何なりと・・・」

「残念だ。君は忠実なる部下だと思っていたのに・・・。今回の件は被害が大きい。通常の処分では示しがつかないだろう。しかし、これまでの君の功績を考慮して死罪は止めておこう・・・。ウメボシ、動物変換銃を出せ」

「はい」

 ウメボシはそう言うと空中からツルッとした銃を取り出して主に渡した。

「ヴャーンズ、君を動物にする。リン、彼に相応しい動物は何かね?」

「愚鈍なロバが良いと思います。いえ、ロバですら生易しい!醜いハダカデバネズミがお似合いです!」

 チャッと銃をヴャーンズの額に当ててヒジリは言う。

「では、君をハダカデバネズミに変換する。最後に言い残すことは?」

「・・・ありません、陛下」

 ヒジリがトリガーに指をかけたその時、鉄傀儡のハッチが開きムロが転がり落ちながら現れてヴャーンズの前で土下座をした。その横でチキも一緒に土下座をしている。

「陛下!お待ち下さい!ヴャーンズさんは僕の妹を助けてくれました!一族の者がヴャーンズさんの家族を殺したにも関わらず、彼は僕の妹を助けてくれました!どうか彼をお許し下さい!」

「でも、私たちは何十年も苦しめられたわ!」

 リンがムロの言葉を遮る。

「リンさん!僕たちはいつか終わりにしなくちゃならないんだ!憎しみはどこかで断ち切るべきなんです。ヴャーンズさんだって生きている限りずっと家族のことで苦しんでいるんですよ。そして我が一族の馬鹿な大人達のせいで、それとは関係のない世代の僕達も苦しんでいる。こんな負の連鎖、どこかで断ち切るべきなんですよ!だから僕は許します!ヴャーンズさんのこれまでの事を許します!人と人はもっと解り合うべきなんだ!」

 ヒジリはピリリーンとこめかみ辺りに光が走る。

「この少年、ニュータイプなのか?人類の革新を望んでいる!」

「マスター。彼は今、とても真面目な話をしているのですよ!しっかり聞いてあげて、その気持ちを汲んでやってください」

「うむ・・・。すまん。解った、少年よ。部下の不始末は私の不始末でもある。許してくれ」

 躊躇なくペコリと頭を下げたヒジリ皇帝にムロは驚く。

「そんな!恐れ多い!陛下が頭を下げるなんて!」

「いや、下げさせてくれ。それから約束する。この国は私が直接介入して施政を行うとしよう。これからは君達のような子供達が暗殺業に手を染めなくても良いように雇用を作る。私の部下がかけた迷惑は私が償う。ヴャーンズも、もうこの一族を許してやれ。感情的には難しいだろうが、時間をかけてゆっくりでいい。許してやるのだ」

 耳を垂らし憔悴しきった顔でヴャーンズは頭を下げた。

「はっ。慈悲深い裁定に感謝します。それから、少年よ。庇ってくれてありがとう。私も君達と分かり合えるよう努力するよ」

 手を差し伸べ、皇帝代理は鉄傀儡のパイロットと握手をした。

「私は少々戦いで疲れましたので先に帰らせてもらいます・・・」

「うむ。帰ったら少し休養を取るが良い」

「はい・・・」

 ウェイロニーに支えられながら馬車に乗り込むヴャーンズは、釈然としないものの心の傷が少し癒えたような気がした。

(あの傀儡乗りのような若い世代が世界を変えつつある。そう、彼らには私の憎しみなど関係のないなのだ。私がするべき事は自分のような者を減らすために、彼らを貧困から救う事だったのかもしれない。国民全員が暗殺者の国なんてあってはならんのだ)

 動き出した馬車の窓から見る空は春の日差しで満たされており、窓から入ってくる若い草木の匂いがヴャーンズの鼻をくすぐる。

 流れ行く風景の中、枯れ木の近くから新しい若木が生えているのを見て、年老いたゴブリンはニッコリと微笑んだ。
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