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禁断の箱庭と融合する前の世界(65)

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「ブーマー。こっちに来て話をせんか?ほら飴玉をやるから」

 飴玉と聞いてブーマーは鉄格子の前まで急いで向かった。しかし甘い飴が貰えると期待していた愚鈍なるオーガの目から光が消える。

「それは石ころだ。飴玉ではないど」

「そう、石ころ。石ころでもこう使うとな・・・」

 パワーグローブの親指に弾かれた石は目に見えない速さでブーマーの胸にめり込む。

「ドッ!」

 ブーマーは胸を押さえると地下下水道の汚い地面に倒れた。

「悪いな、ブーマー。間抜けで可哀想なお前にこんな事はしたくなかったんじゃが。どうもワシはこの星に長く居過ぎたようじゃ。結界効果のあるその鉄格子に触れると魔法による痛みが体中を走るようになってしもうた。ついこないだまで小さい魔女の魔法を無効化しておったんじゃがのう」

 博士はミト湖の湖底の施設で対峙した地走り族の少女を思い出したが、直ぐに意識をブーマーの腰にぶら下がっている牢屋の鍵に向ける。

「どれ、カギに手が届くといいのじゃが」

 鉄格子に触れないように目の前に倒れるオーガから鍵を奪うのは中々難しかった。届きそうで届かない自分の短い腕を恨みながらも、ようやく指先が鍵束の輪っかに届いた。

「よしよし!後は強引に引きちぎるだけじゃ」

 サカモト博士が鍵束を引きちぎろうとしたその時、オーガーがむくりと起き上がる。お蔭で座りの悪かった手からは鍵束が逃げていく。

「あで?おで寝てしまったか。あ!口の横に昨日落とした海老の尻尾が付いてる!」

 ブーマーは汚水塗れの海老の尻尾を舌にくっつけてモグモグと食べてしまった。

(なにぃ!確かにオーガの心臓を止めるくらいに力を籠めて石を弾いたはずじゃぞ!しかもばっちい海老の尻尾を食いよった!ミィーバリア!)

 サカモト博士は人差し指と中指を交差させ、ウルトラマンが作りそうなバリアを脳内で作り出す。

「なんで、おでは寝てたんかなぁ。さて見回りに行くど」

(くっそー!あと少しじゃったのに!・・・何かほかに手段はないか・・・。というか今何時なんじゃ。地下は常に暗いから時間が解らなくて困る。夜なら逃げやすいんじゃが・・・。三十五世紀製のアンティーク腕時計は壊れておるしのう・・・)

 博士はまじまじと腕時計を見つめて何かを思いついたのかニンマリと笑った。




「助けてください!誰か!」

 地下下水道を巡回するブーマーの耳に声色を変えたサカモト神の声がする。

「またあの爺さん、おでを騙す気だ」

「助けて―!誰かぁー!」

「誰かってだれでしょうねぇ~。きっと誰かが助けてくれるど~!」

「助けてー!ブーマー!」

「わぁ!誰かがおでの名前を呼んでる!助けに行かないと!」

 ブーマーは三歩程歩くと今しがた自分が言った言葉や考えを忘れてしまう事がある。

 一大事だと感じたブーマーは声のする方へと向かった。そしてサカモト神の牢屋前まで来ると驚く。

「助けて!ブーマー!」

 ブーマーの基準では美女(一般のオーガの基準ではそうでもない)が牢屋の中にいたからだ。

「なんてゴリマッチョで可愛い女なんだ・・・。深い堀、天までつり上がった鼻、情の深そうな分厚い唇!おで惚れてしまいそうだ」

(ヒヒヒ!ブーマーは魅了されとる!これはオーガ後期型第一号のホログラムじゃ。容姿を無視して能力を重視したからゴツイのが出来てのう。面白くてついこの腕時計で撮影したんじゃったわい)

「ブーマーさん、私は博士に騙されて檻の中にいます。どうか出してつかーさい」

「あんた爺さんみたいな声してるけどまぁいっか・・・。サカモト神爺さんに騙されたんか?可哀想に!。今すぐ出してやるど!」

 タンクトップに短パンだけのこの女性はブーマーにとってはとてつもなく妖艶に見えた。ホログラムの手を握るといきなり求婚する。

「おでの子供を身籠ってほしい」

 真剣な表情をするブーマーの横で遮蔽装置で身を隠したサカモト博士は女の声色で言う。

「良いですとも。貴方様の好きなようにしてくんさい」

 腕時計がなくてもホログラムはその場に暫く残るが、あった方が長時間残る。実体のあるホログラムを投影する腕時計をその場に置くとサカモト博士はそっと牢屋から出た。

(以前、遮蔽装置で消えて無人の牢屋を装おうとした時は気配で見破られたが、今回は上手くいきそうじゃ)

 実体のあるホログラムには人工知能がついていないので、人形の様なものである。その人形を押し倒して嬉しそうにするブーマーを尻目に、博士は地下牢から鉄傀儡のある玉座の間へと向かった。




「何という事だ!ハハハ!間抜け共はどこに行ったんじゃ!ガードナイトすらおらん!」

 サカモト博士は急いで玉座の間の隅に鎧のように飾ってある鉄傀儡に向かった。コクピットに乗り込むとシステムを起動させ、モニターを見ながら損傷具合を確認する。

「ほうほう、まだ生きとるわい。あちこち焼け焦げとるが何とかなるじゃろう。ワシのビコノカミと違って自己修復機能が無いのが残念じゃのう。なんじゃ浮遊装置も無しか。ロケット噴射で少し飛ぶだけか。誰じゃこんなポンコツを作りおったんわ!まぁええ。生身でノームの島まで行くのは厳しいもんがあるからの」

 博士がレバーを握って操作すると、作動音と共に丸っこい戦車のような鉄傀儡の目が光る。

「なるほど、色々シンプルにして誰にでも操作できるように作ってあるな。性能はイマイチじゃが、操作性を重視したわけか」

 誰もいない玉座の間の大扉に進み、鉄傀儡で開くと女のオーガとばったりと出くわす。

「鉄傀儡が動いていますわ!中で動かしているのは誰です?」

 リツは思わず驚いて鉄傀儡に組み付く。

「なんじゃ!人がおったんか!誰もおらんかと思っておったが」

「その声は・・・サカモト神!どうやって逃げ出したのです?ヒジリ陛下が帰ってくるまで逃がしはしませんわ!」

 リツが鉄傀儡を締め付けると、機体のあちこちからミシミシと音がする。

「ええい!馬鹿力が!後期型は数千年の間にここまで進化しよったんか!・・・。凄い!ワシ、ちょっと嬉しいわい!」

 自分の生み出した傑作が長い年月の間交配を繰り返しここまで強くなった事をサカモト博士は嬉しく思った。が、このピンチを切り抜けなければ喜びを噛みしめる時間はない。

「振動装置は・・・ない・・・。ないない尽くしセールじゃな。仕方あるまい!」

 鉄傀儡はランドセルのバーニアを噴射させると真正面にしがみ付いて締め付けてくるリツごと天井に突っ込んだ。

「きゃあ!」

 組み付いていた手足を放してリツは床に尻もちをつく。

 戦場で先陣を切って活躍し、新たな領地を獲得したヒジリ皇帝を国を挙げて出迎えに行っているこの時に、まさかの博士の脱走。いや、この時を狙ったのか?しかし一体どこから情報を得て?ブーマーには何も情報を与えてはいないはず。リツの頭の中で疑問が浮かんでは消える。

 天井を突き破りきれなかった博士は鉄傀儡の頭を天井から引き抜くと、バーニアを噴射させてバランスを崩さないように着地した。

 しかしその着地の瞬間を狙ってリツが体当たりをし、鉄傀儡を玉座の間の奥へ吹き飛ばす。

 リツは急いで大扉を閉めると仁王立ちして鉄傀儡を睨んだ。

「陛下には気分よく帰城してほしいのです!フーリー家の名誉にかけても貴方を逃がすことはできません!」

「煩い奴じゃ。ワシはお前らの生みの親じゃぞ?なぜ従わん?お前は親に逆らうのか?」

「何千年も前の事に感謝しろという方がおかしいですわ。子は親離れして巣立っていくものです。我々を生み出してくれたサカモト神には感謝していますが、今の我らの主はヒジリ陛下!陛下が貴方を拘束しろと仰った以上、それは絶対なのです」

「ふん、堅物め。ここで問答しているとお前の仲間が返ってくるやもしれん。悪いがそこを退いてもらうぞ」

 博士は他に武器はなかったかと、モニターを探る。

 しかし、操縦者の思考を読んで欲しい情報を提供するこの鉄傀儡に足止め用の装備はなく、他の兵器も弾薬不足やエネルギー不足で使えないので博士は舌打ちをする。

「チッ!仕方あるまい」

 目から威力の低い威嚇用のレーザービームでリツの目を狙う。ビームは見事リツの眼鏡を壊して目に命中する。

「うぐっ!」

「悪いな、ワシはどうしても樹族に制裁を・・・。はて?ワシはそこまで樹族が憎かったかな・・・?」

 コクピットの中で博士は首を捻る。どうして自分は必死になって樹族を滅ぼそうとしているのか。

(樹族が契約を守らず非協力的じゃったからじゃ。・・・はて?樹族と契約なんかしとったかの?そうじゃそうじゃ、アヌンナキの情報を・・・。アヌンナキって誰じゃ?)

 痛みに呻きながら目を押さえてリツはフラフラする。

 その横を博士の鉄傀儡が通り過ぎようとしたその時、皇帝の忠実なる鉄騎士は脚にしがみ付いてきた。

「行かせるものですか!私の不名誉はフーリー家の不名誉。そして夫であるヒジリ皇帝陛下の不名誉にも繋がります!死んでもここは通しません!」

「健気じゃのう。だがワシにも目的があるんじゃ。その目的を阻むなら容赦はせん。このバーナーでは中々死ねんから長い事苦しむじゃろうが・・・。恨むなら自分の頑なさを恨んでくれ」

 鉄傀儡の右手指先からガスバーナーが噴射する。

 バーナーの音と熱が頭に近づいてくるのが、盲目となったリツにはとてつもなく恐怖だった。何も確認できない恐怖で体が痺れる中、走馬灯を見たのか小さかった頃を思い出す。

 父親が品質の良い武器を作ってもらおうと、自らの足で赴いた有名な鍛冶屋で聞いた音だ。

 ふいごが石炭を真っ赤にする時に立てる音に似ている。

「怖い・・・。助けて!あなた・・・ヒジリ!!」

 どこかでシュっという音がした。

 最初それは鉄傀儡の武器が自分の頭を焼いた音だと思った。しかし痛みはなく自分が何かをされたわけではなかった。どうやら誰かが転移してきたようだ。

「これ以上、私は何も失いたくはないのだ。リツのお腹には私の子がいるのだぞ、博士」

 ヒジリの声だった。その声は静かだったが悲壮感が含まれていた。悲しいがそれでも過去の出来事に立ち向かうような強さをリツは感じた。

 メキメキとリツの耳に破壊音が聞こえてくる。

 ヒジリが握った鉄傀儡の両腕が、古くなった蟹の甲羅のように簡単に破壊された。

「やめろ!ワシはこれでノームの島まで行くんじゃ!壊すな!」

 しかしヒジリは何も答えずに鉄傀儡のハッチを剥がし中から博士を無理やり引きずり出した。

「ウメボシ、博士の洗脳ナノマシンを取りだせ。前回と同じく報告として地球にサンプルを送っておいてくれ」

「畏まりました」

 ウメボシの声の後に博士の呻き声が聞こえて静かになったが、リツには何が起きているか判らない。

 何もわからないリツの顔にヒジリのグローブが触れた。

「これは酷い・・・。本来なら気を失うほどの痛みだっただろう。凄まじい精神力だな。リツの目を直ぐに治してくれ」

「はい」

 リツの目の前が一瞬明るくなり、目の中の毛細血管を流れる血が見えたような気がすると視界は徐々に戻っていった。

 目の前にはいつもの愛おしい人の爽やかな微笑みがあった。

「大丈夫か?リツ。よくやった。君が博士を逃がさないように頑張ってくれたのだろう?」

「はい。陛下の凱旋を祝う日に恥ずかしい事はできないと思いまして・・・」

 ヒジリはぎゅっとリツを抱きしめた。

「だが、無理はするな。私はもう何も失いたくはないのだ。君も、私たちの子も」

「あなた・・・」

 かつてのヒジリに対しては飄々としていて掴みどころがなく真面目なのか不真面目なのか判らない変人という印象があったが、ここ最近彼の表情や感情が自分たちに近くなってきたとリツは思う。ヘカティニスとの間に出来た子を失って彼は変わったのだろうか?

 ヒジリはリツの頬にキスをして立ち上がると、ウメボシが空中に浮かせている意識のない博士を抱き上げた。

「博士は様子見のため、もう少し地下牢に閉じ込めておく」

「陛下自ら地下牢へ?なりませんわ。あんな不潔な場所。ブーマーは一体何をしているのかしら?」

「まぁ行けば解るだろう」

 ヒジリは博士を脇に抱え、地下下水道兼地下牢へと向かったのでリツも慌てて後ろをついてく。

「おどぉぉ!おでの愛おしい人が消えたぁぁぁぁ!!」

 汚水の臭いが充満する中、遠くからブーマーの声が響いて来た。

 ヒジリがブーマーのいる牢屋に来ると、餌を見失ってクルクルと回る犬のようなオーガがそこにいた。

「どうしたね?ブーマー」

「おでの嫁が消えたんです!陛下!何でも黙って受け入れてくれる、おでの優しい嫁が!」

「嫁?」

「ええ!確かにここにいたんです!陛下!何でも黙って受け入れてくれる、おでの優しい嫁が!」

「それはさっき聞いたがね」

 ヒジリは牢屋のベッドに博士を寝かせると、部屋の隅にあった腕時計を見つける。

「なるほど」

 ヒジリは珍しい腕時計のスイッチを押すとオーガの女性が現れた。

「おでの嫁!」

 ブーマーはホログラムに抱き着くと彼女の頬を凄い勢いでペロペロと舐めまわしている。

「す、凄まじい愛情表現だ」

「それにしても珍しいですね。これは三十五世紀のカシィオ製の腕時計です。腕時計を必要としない時代に敢えて大昔の腕時計を発売するなんて」

 ウメボシが珍しい物を見たといった表情で目から光を出して腕時計をスキャニングしている。

「結構な高機能腕時計だな。壊れて時間こそ判らないが、録画したものを質量の有るホログラムに変換できる機能があるし、まだ安定している。もし博士が過去にこれで強力な兵器を録画していたらとんでもない事になっていた」

「でも映っているのは女性ばかりですね・・・」

「いやらしいですわ。その腕時計は映した女性のリアルな人形を作りだせるのですわよね?それでサカモト神は一体何をしていらしゃったのかしら?」

 動かないオーガの女性に興奮するブーマーを見てリツは嫌悪する。

 しかしウメボシがここぞとばかりニンマリと笑って意地悪な顔をした。

「あら?リツ様はそんな事を言える立場でしょうか?マスターの人形とエッチな事をしたのをお忘れですか?」

 リツの顔が真っ赤になる。

「あ、あれは!うううう、ウメボシィ!」

 恥ずかしさのあまり拳を振り上げてリツはウメボシに襲い掛かったが、ウメボシは笑いながらそれを躱して逃げていった。

「こーらー!待ちなさい!言いふらしたら承知しませんことよ!」

「待ちませんーだ!ウェイロニーさんが喜びそうなこのゴシップをウメボシの口が我慢できるかどうかはわかりません」

「こらー!」

 二人の声は地下牢から階上へと向かう。

「全く・・・。子供みたいだな、二人は。ハハッ。さて私もパレードに戻るか。いつまでもナンベルに影武者をやらせるわけにもいかないしな」

 そう言ってヒジリは牢屋から出ると鍵を閉めて立ち去った。勿論腕時計は一時没収だ。ホログラムは一定時間その場に留まるのでブーマーも暫くは満足するだろう。

 既に意識を取り戻していたサカモト博士はベッドの上で、ホログラムに欲情するブーマーを薄目で見ながら冷や汗をかいている。

(お、おい・・・。これはどういう状況じゃこれは・・・。ヒジリはなんでワシをこんな状況に置いて去った!はっ!さてはあいつ!天然じゃな?いやド天然じゃ!完全に色々と忘れて牢屋に鍵をかけていきよった!牢屋にブーマーと二人きり・・・。あのホログラムが消えたらワシはどうなるんじゃ!!きっとワシは貞操の危機に陥るじゃろうて!)

 博士の心配を知ってか知らずかホログラムはすっと消える。ブーマーは何も無い空間を抱きしめてキョトンとする。

「おどぉ!おでの嫁がまた消えた!また消えたぁぁぁぁ!!」

 オーガは怒りに震える白目で博士を睨み付ける。

「サカモト!おでの嫁、どこにやった!」

「よ、呼び捨てぇ?!ひえぇぇぇえええ!!知らん!ワシは知らん!ぎゃあああ!!」

 下水道に博士の悲鳴がこだまする。しかし人のいなくなった城で博士の悲鳴を聞いて駆けつけるものはいない。

 後の世にサカモト博士が書いた惑星ヒジリに関する詳細なレポートが発見されるが、何故か牢屋での出来事だけは、あやふやで抽象的な表現が多かった。
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