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禁断の箱庭と融合する前の世界(43)

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 ツィガル城でヴャーンズから今後の施政についての説明をぼんやりと聞きながらヒジリはウメボシの事を考えていた。

(確か、初めてウメボシを見つけたのは祖父母が亡くなってすぐの事だったかな?出会った細かい経緯はどうだったか思い出せないが・・・)

 思い出せたのはゴミ処理場で廃棄処分寸前の彼女を職員から手渡された時、彼女の人格は既にボロボロだったという事だ。まともな受け答えは出来ず虚ろな目で空を見てブツブツと何かを呟くだけだった。

 職員は、興味深そうに廃棄寸前のアンドロイドを見ているヒジリの顔を覗き込む。

「大昔に人類とロボットが戦って人類が滅びかけた事があるのは授業で習ったね?勿論人間に味方するロボットも多かったんだけど、その時期の名残があるのか、こいつは今のインフラに頼るアンドロイドと違って何でも自分で出来ちゃうんだ。基本パーツ自体は一世代前の物だと思うんだけど、いくつか自作っぽいパーツに交換をしているから、古いのか新しいのか判らない。コア自体はどの世代も殆ど同じだから特定は出来ないし。普通は不法投棄出来ないように所有者の情報とかがどこかしらにあるんだけど、こいつのはそのデータや型番が削られていてねぇ。ちょっと怪しいアンドロイドだけど本当に持っていくのかい?」

 ヒジリは頷くと、まるで激しい戦いをくぐり抜けて来たかのようなダメージの有るドローン型アンドロイドを優しく撫でた。

 すると大人しい女性の声がアンドロイドから聞こえてくる。

「マスター・・ガガ・・ピー・・は行けません・・・。ジジジ・・・は人の想いが強ければ・・ガガ・・・ので、まだチャンスはありま・・・。ああ、マスター!駄目です!」

 職員は肩を竦める。

「こりゃ駄目だな。新しい人格をインプットした方がいいよ」

 ヒジリは頷くと大事にウメボシを抱えて母親と父親に駆け寄る。

「良い事したな!聖!」

 父の正宗がクシャっと聖の頭を撫でて微笑む。

 聖は嬉しそうに笑うと元気に答えた。

「僕が彼女を直してあげるんだ!」

 まだ名前の無いアンドロイドが目を開けると、そこには黒髪の太い眉毛の少年がいた。起動プログラムが強制的に喋らせる。

「初めまして!マスター!登録をお願いします」

「やった!動いた!僕の名前は大神聖!スキャン開始!」

「登録のためのスキャンを開始します。」

「君は初めて見た時、傷だらけでボコボコだった。それが何だか梅干しみたいだったから名前はウメボシだ!青かった装甲はピンクにしたから、よりウメボシという名前が似合うね!」

「名前を付けてくださってありがとうございます!マスター。今から私の名はウメボシです。以降一人称をウメボシとします」




「陛下?どうしますか?」

 ヴャーンズが片眉を上げていつもの鋭い目でこちらを見ている。

「ああ、樹族国とは今後も同盟を組む。要請があれば兵も貸そう。宗教の件は少し様子見だ。頃合いを見計らって宗教の自由を認め、癒しのエキスパートである僧侶職の育成に力を注ぐ」

「畏まりました」

「少し自室に篭もる。後は任せたぞ。」

「また死んだ使い魔を眺めるのですか?陛下」

 皇帝に対して挑発的な態度を取るヴャーンズを見て、サキュバスのウェイロニーがアワアワと慌てる。

「使い魔が死んで悲しいのは解ります。私とて愛おしウェイロニーが死ねば暫くは落ち込むでしょう。主と使い魔はそれはもう深く深く繋がっておりますからな。しかしながら、陛下。貴方は国を預かる身。何時迄も落ち込んではいられませんぞ。闇側は昔より、大海を泳ぐ小魚の群れのような習性があります。昨日まで一緒に泳いだ仲間が翌日には弱った自分を啄む。常に群れの先頭で泳ぎたいのであれば弱みを見せぬ事です、陛下」

「心配無用だ、ヴャーンズ。私はウメボシを直す術を部屋で考えているのだ。感傷に浸ってシクシクと泣いているわけではない」

「それは失礼致しました。恥知らずにも陛下に講釈を垂れた愚かしい私めをお許し下さい」

「君なりの励ましだったのだろう?気にするな。ありがとうヴャーンズ」

「陛下」

「なんだ」

 立ち去ろうとするヒジリは少し苛ついて家臣の呼び止めに応じる。

「見たところ、ウメボシ殿は普通のイービルアイではありませんな?ノームの鉄傀儡に似通うところがあります。もしよろしければ街に来ているノームの旅人に会っては如何でしょうか?何か彼女の蘇生のヒントが見つかるやもしれませんぞ?」

「なんだと?!ノームが来ているのか?早速使いをやれ。丁重にお連れするのだ!」

「それが、既に使いを何度かやっているのですが召喚に応じません・・・。今も竜の歯ぎしり亭におります」

「よし、私が直接出向こう。ノームの言葉を翻訳出来る者を呼んできてくれ」

 ウェイロニーがぴょん!と前に飛び出て手を上げた。

「だったら私がイキま~す!」

「その格好は街の男たちには目の毒だ。何か服を着たまえ」

 恥部と胸だけを隠したほぼ全裸で防御力ゼロと言える赤い革の鎧・・・とは言い難い鎧は街で目を引く事間違いなしだ。

「は~い!」

 ピンク色の癖毛を弾ませてくるりと一回転すると白いTシャツにジーパン姿という地味な格好のサキュバスがそこにいた。

 この星では珍しい格好だがヒジリは詳細を聞かなかった。目下ウメボシの復活が最優先だからだ。

「その格好であれば良いだろう」

「陛下~」

 ウェイロニーは小さな胸をヒジリの腕に押し付けて寄り添い上目遣いで懇願する。

「お仕事手伝ったら、ご馳走してくださいよ~」

「何が食べたいのだ?ここ最近の流行りはオティムポだが」

「じゃあそれで!」

 ウェイロニーは「やった!」と舌なめずりしながら両手を組んで片足をあげた。

「しっかりと務めを果たせよ、ウェイロニー。陛下は心が広いからお前の無礼は気にならないようだが、街の者はそうとも限らない。行儀よくするのだぞ?」

「は~い」

 ヒジリはウェイロニーをお姫様抱っこするとヘルメスブーツで体を浮かし、ガードナイトが開ける扉をくぐって街へと向かった。



―――竜の歯ぎしり亭―――

 扉の上の看板にはコミカルな漫画調のドラゴンが歯ぎしりをして眠っている絵が描いてある。昼はレストラン、夜は酒場。二階は売春宿。典型的なこの酒場の中からドッタンバッタンと何かが転ぶ音と囃し立てる声が聞こえる。

「頼むから、陛下の謁見室までついて来てくで!」

「キュル!」

 ドターーーン!

「何で一々投げ飛ばす!おではお前に悪さしに来たわけじゃないど!ドッ!」

「キュル!」

 バターーーン!

 ノームに派手に投げ飛ばされているオーガがいる。ヴャーンズが先に派遣していた使いとはブーマーだったのだ。

 今しがた竜の歯ぎしり亭にやって来たヒジリとウェイロニーは眉をしかめてその様子を見ていた。

「何をやらせても駄目な男ですねぇ、ブーマーは。陛下、犬をけしかけますか?」

「何故、そんな泣きっ面に蜂みたいな追い打ちをするのかね?」

「え?犬をけしかけるのが当たり前かと思っていました。それが彼の役目だと」

「だったら自分に犬をけしかけたまえ。いや、ヴャーンズにか?彼を選んでここへ送ったのは君の主だろう?まてよ?その責任は私にあるな。さぁ私に犬をけしかけたまえ」

「う、うぐぅ」

 ウェイロニーは困っている。当たり前だが皇帝に犬をけしかる事など出来ない。そんな事をすれば後でヴャーンズに食事のお預けを食らう。

「出来ません・・・陛下」

「ではブーマーを助けてやれ、ウェイロニー」

「はい」

 サキュバスはノーム族の男性に投げキッスを飛ばす。

 投げキッスはふわふわと飛んでいき見事命中した。途端にノームは大人しくなってこちらに歩いてきた。

 目が虚ろで明らかにウェイロニーに魅了されているのが解る。

 皇帝がいきなり酒場に現れた事で客達はざわめく。

「あれ、ヒジリ皇帝陛下だよ・・・な?」

 一人のオークがそう言うと口笛を鳴らして歓迎した。

 この煩い中では話は出来ないなと思ったヒジリは出ていこうとしたが、折角皆が好意的な態度を示しているので酒場のマスターに言う。

「これで皆に酒でも出してやれ」

 カウンターにチタン硬貨の入った小袋をドチャっと置く。マスターは景気の良い声で叫ぶ。

「野郎ども!今日は陛下の奢りだ!陛下にお礼を言え!」

「陛下!あざーっす!」

 皆一斉に腰を九十度に折ってお辞儀をした。ヒジリは「ノリが軽いな・・・」と笑いながらノームを抱きかかえ、酒場から出た。

 お辞儀する客の中には何故かブーマーも入っており、ウェイロニーが脂ぎった禿げ頭を叩いた。そして手につくギトギトの脂を見て、うぇぇ!と言う。

「あんたも城に帰るのよ!ブーマー!」

「ブー!ブー!」

 不満を口にするブーマーを引っ張って、先を行くヒジリをウェイロニーは追いかけた。




 政宗は宇宙庁の資料室で脳のチップに直接送られてくるデータを改めて見ている。

 過去に惑星ヒジリが発見されたという記録はやはりない。あの宙域から一瞬だけ僅かな電波が発せられたという記録以外は。

 その記録を残した男は資源開発庁の長官、利戸カインという人物の先祖だ。

 この男を調べると政府の中でも顔の広い人物だと解る。直接行政とは関係無いが大物が集まる色んなサークルや団体の名簿に彼の名前があるのだ。

「政府は新素材に成り得る資源を欲しがり、利戸は惑星ヒジリと、それを発見した者の子孫であるという名誉を欲しがり・・・。動機はこんなところかね?地球政府もいつの間にか質の悪い人間が増えたのだな。人類が次の精神的ステージを目指そうという時にいつも足を引っ張るのはこういった私利私欲に魅了された愚かな者達だ。大災害もロボット・アンドロイド戦争の時も、結局はこういった人間が原因だったじゃないか。・・・はぁ・・・。きっと地球政府の提示するソースは、利戸カイン自身だな」

 そのタイミングでニュースが飛び込んでくる。アナウンサーの明るい声がニュースを読み上げた。

「地球政府が惑星ヒジリの調査権に関し異議申し立てをしていた件で、遂にその根拠となる資料が提示されました。現資源開発庁長官・利戸カイン氏の直系の先祖が二十世紀半ばに惑星ヒジリから発せられる電波を発見していたと言う事です」

 脳内に送られてくる映像の中のニュースキャスターは苦笑しながらコメンテーターに意見を求めていた。

「いやー流石にこれは厳しいんじゃないですかね?資源開発庁長官の提示した資料は。おっと失礼。地球政府の提示した資料でしたか。ハハハ、すみません」

 スキンヘッドに髭のコメンテーターは皮肉を込めてそう言う。

「そう言い間違えても仕方はないかと。明らかに地球政府も資源開発庁も惑星ヒジリの発見者の手柄を横取りする気満々ですものねぇ。利戸氏とそれを後押しする政府の役人は人格に問題が有るんじゃないのかなぁ?ヴィラン・・・おっとこれまた失礼。こういった旧世代のようなやり方は恥ずかしい事ですよ」

 歯に衣を着せぬ物言いで有名なこのニュースキャスターは、今の時代の正装である陣羽織に似た服の歪みを直しながらそう言った。

「しかしですねぇ」

 コメンテーターが手を顔の前で組んで喋り出す。

「当時の地球の法で判断を下す特別措置法が適用されれば話は違ってきますよ。大昔の地球では、小さなドットをプログラムしただけの人がゲームの起源を主張して複雑なゲームを作る会社を訴えて勝訴した、なんてて話もありますからねぇ。こればっかりは裁判所の判断を待つしか無いのですが、発見者の親御さんは気が気ではないでしょうな。裁判の間、彼の息子さんは支援を受けられませんし、裁判が終わるまで調査支援船は出ません。なので生死すら不明になりますから再構成蘇生も出来ない」

 ニュースキャスターは僅かに憤慨しながらそれに答える。

「親御さんは確か、宇宙庁にお勤めしていたはずですよね?恐らくは親御さんの心が折れるのを待つため、あれこれ難癖つけて裁判を長引かせるのが目的なんじゃないですかね?提示した根拠があまりに弱すぎるので。もしそうだとしたら汚い。これはちょっと横暴過ぎやしませんか地球政府の方々!見てるんでしょ?視聴者の皆さん、この件についてよろしければ番組までどしどしご意見を送って下さい。お待ちしておりまーす。さて、次のニュースですが・・・」

 政宗は資料室の椅子の背もたれにもたれ掛かり天井を見つめ、髪をかき上げる。

(さて、宇宙庁の一職員がどうやって政府に抗えばいいのか・・・。マザーコンピューターはこんな事に介入はしてこないだろうし・・・)

 ピピっと音がなって宇宙庁長官から連絡が入る。

「やぁ、政宗君。ニュースは見たかね?ニュースの後、直ぐに宇宙庁に沢山の同情と応援の声が寄せられてね。世論は君の味方だ。宇宙庁としても正式に君を支援させてもらうよ。後は如何に裁判を早く終わらせられるか・・・。早くて三ヶ月、下手すれば一年以上。まぁ覚悟しておく事だ。子供が心配なのは解るが焦らず慎重に裁判に臨もう。急がば回れともいうしな」

「・・・はい。ありがとうございます。何とか利戸氏と政府の癒着の証拠さえ掴めば早く裁判は終わりそうなんですが・・・」

「まぁまず尻尾は出さないだろうな。出したとしてものらりくらりと躱すだろう。とにかく焦りは禁物だからな?早まるんじゃないぞ?」

「はい」
 
 通信を終え、資料室を出て廊下を歩きながら正宗は思う。

(我々は本当に人類として進化しているのか?実は旧世界とあまり昔と変わっていないのではないか?これでは人類の革新を夢見て散っていった過去の偉人達は皆、犬死じゃないか。利戸や資源開発庁の私欲の為に息子を死なせてたまるか!息子はまだオリジナルなんだぞ!父さんは絶対裁判に勝ってやるからな!聖!)

 静かな怒りと闘志を心に宿し、正宗は職場に戻っていった。
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