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禁断の箱庭と融合する前の世界(38)

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「はぁ~いい湯だなぁ~」

 タスネがシオの別荘にある温泉で昨日の疲れを癒やしていた。大きな胸がプカプカと湯に浮いており、さながら晩白柚ばんぺいゆのようであった。

 湯けむりの中、大きな影が浮かぶ。当然のように入ってくる何者かに対してタスネは別荘の管理人である樹族の老婆かと思ったが、「果たしてこんなデカイ老婆がいるのだろうか?否!」と反語で否定した。

 静かに温泉に入ってくるのはいつものポニーテールを下ろした長髪のヒジリであった。

「なんだ、いたのかね?主殿。地味過ぎて気が付かなかったな」

 囁くような優しい声が疎らな湯けむりの向こうから聞こえてくる。

「地味で悪かったわね。何、当然のように入ってきてるの?」

「主殿が小さ過ぎて、誰も入っていないように見えたのだよ」

「はいはい、どうせアタシはチビで地味子ですよ」

 ヒジリはゆっくりと近づいてきて顔をタスネの耳元に寄せて真剣な声で言った。

「・・・そんな事はないぞ。大きな胸も魅力的だし、顔も可愛らしい。もっと自信を・・・持ったらどうだね?」

 急に妙な雰囲気になってしまい自分もそれに流されるのが解る。

 普段何とも思っていなくても、目の潤んだ裸のハンサムが目の前にいるのだ。色恋沙汰にとんと縁が無くなったタスネはこの瞬間、ヒジリになら・・・と考えるようになっていた。

 タスネも自らヒジリに近づいて行き、どちらからとも無く唇を重ね・・・。



「何だこの夢!」

 ハァハァと荒い息を吐いて、朝日の輝く空をカーテンの隙間から眩しそうに見た。

(あーアホらしい、何でヒジリとあんな雰囲気になってんのよアタシ)

 昨日、寝る前に読んだラブロマンス小説のせいね、と笑ってタスネはベッドから降りたが、体の異変に気が付き戸惑う。

(え?やだ・・・アタシ・・・濡れてる・・・!)

 タスネは脇の下を触って汗で濡れている事を確認した。

「どんだけ寝汗かいてるのよ~。も~。温泉にでも入ってきちゃおうかしら」

 シオ侯爵の別荘の管理人を早朝に起こすのも気が引ける。何よりも年寄の管理人に気を使わせるのが嫌なのだ。

 階段を降りて風呂場の更衣室に行くと、用意してあったタオルとバスローブを持ちだして小走りで温泉に向かった。

 キョロキョロしながら服を脱いで背の低い木に掛けて、木桶でお湯を汲むと汗を流した。そしてゆっくりと温泉に浸かる。

「はぁ~、いい湯だなぁ~」

 夢と同じ台詞を言って、ドキンとする。

「まさか正夢になったりしないでしょうね・・・」

 しかし誰かが来ることは無く、動くものといえば洞窟に帰りそびれたコウモリが木にぶら下がって毛繕いをしていただけであった。

 温泉を堪能していると、別荘の敷地に馬車が入ってくる音がする。そしてすぐに喧嘩するような声が聞こえてきた。

「いーや、シルビィは異国の騎士に色目を使った!」

「はぁ?誰が色目など使うものか!馬鹿者が!男の嫉妬はみっともないぞ!」

「色目を使ってないって言うのだったら・・・証明しろよな・・・」

「ば、馬鹿!ンー!シオの嫉妬は日に日に酷くなるな!ここんとこ毎晩だし・・・私の体がもたない!嬉しいけれども・・・」

 声で状況は解る。シオが無理やりシルビィにキスをしたのだ。

「朝から何やってるのよ・・・あの馬鹿夫婦は」

 お湯を手ですくって顔を撫でる。

「朝から中年のド汚いキスなんか見せんなよな!全くよぉ!」

 聖なる光の杖ががなる声が聞こえてきた。

 タスネはよくぞ言ってくれたとガッツポーズをした。

 ガッツポーズをするときはヒジリの国では、コロンビア!と言うそうなので、小さな声でコロンビア!と言ってみたりもする。

 シオが杖に反論しようとすると、ガチャリと扉が開いてヒジリの声がした。

「やぁ朝から来てもらって悪いな、二人共。むぅ!」

 これまた大体想像はつく。二人がヒジリに飛びついたのだろう。

「離れて下さい。マスターが困っています」

―――ピシャァ!―――

 ウメボシの雷が落ちる音がする。タスネはキシシと笑って痺れて地面に寝転んでいるであろう二人を思い浮かべた。

 アガガガと痺れる声がして暫く沈黙が続く。

 痺れから復活したのか二人は玄関前で少し何かを喋り、ヒジリと共に屋敷に入っていった。
 
 辺りは朝の鳥のさえずりと虫の鳴く声だけになった、と思ったがそうではなかった。

「その時~吾輩は~こう言ってやったのだ~♪それは~トウモロコシの一粒ではなく~曾祖母の~抜けた歯だと~♪」

 バリトンの声が陽気な歌を歌いながら近づいてくる。

「素晴らしきかな、この自由!あの陰気な遺跡の中で、鍋で沸かしたお湯で体を拭くだけの日々は終わったのであーる!今から吾輩は温泉に浸かって自由を楽しむのである!」

 ダンティラスは誰に言うでもなく、両手を広げて自由を賛美している。

 湯けむりの中、腰にバスタオルを一枚巻いただけの吸魔鬼の赤い瞳が、温泉に浸かるタスネの黒い瞳とバッチリと合った。

「おっと、先客がいたか。失礼した」

 踵を返して帰ろうとする紳士にタスネは声をかける。

「大丈夫ですよ。タオルで体を隠していますから。それに久しぶりの温泉なのでしょう?良かったら一緒にどうぞ」

「そうかね?ではお言葉に甘えて」

 ダンティラスは背中から出した触手を大きな桶の形にしてお湯を汲むと少し離れた場所で、仁王立ちになり、石鹸で体を念入りに洗いだした。

「ああ、芳しき石鹸の香り!文明の匂いがする!」

 一々感動している。そりゃあそうだろうなとタスネは思う。アタシだったらあんな遺跡にいたら一ヶ月で気が狂う自信がある。それを気の遠くなるような長い時間を過ごしてきたのだから尋常ではない精神力だ。

 触手で作った桶の中のお湯をざぶんと被って石鹸を流すと、ダンティラスはこれから丁度いい湯加減のお湯が全身を包む事になると想像して嬉しくなり、自然と鼻歌が出てくる。

 低い声で鼻歌を唄いながら湯加減を確かめるように慎重に足先をそっとお湯につけ、するりと入ってアッー!と一声上げた。

「まさにこの世の楽園、触感のご馳走」

 訳の分からない事を言うダンティラスをタスネはニコニコしながら観察する。

 よく白目を見てみると、その白いはずの黒い部分には何かが蠢いている。いつものタスネであればヒエッ!と腰を抜かすのだが、今日は何故かそれが魅力的に思えた。大きく垂れたクマのある目。後ろに流しただけの黒髪。高い鼻。整えられた立派な髭。細く引き締まった体。

(昨日からおかしいな、アタシ・・・。何でこんなに誰にでも好意を抱くようになったんだろうか)

「その好意が心からのものであれば、我輩も喜んで受け入れたのだがな。残念である」

 【読心】でタスネの心を読んダンティラスは、うねる触手を背中から伸ばして、木にぶら下がるコウモリを掴みマナを吸いだした。

「質の悪いインキュバスめ!この娘に取り付くのは止めぃ!」

 ただのコウモリにしか見えないが、ダンティラス曰くインキュバスなのだそうだ。読心が出来る彼なら間違いないのだろうとタスネは思った。

 コウモリはカラカラに干からびてぽとりと地面に落ちた。

 途端にタスネの胸のモヤモヤとした疼きが無くなる。

「妖魔のたぐいが遺跡に近づこうとしているな。恐らく遺跡の呪いが呼び寄せているのだろう。幸い、ここいらの妖魔は冒険者程度で何とかなるものばかりだが」

「きゃあ!タオルが溶け出した!」

 いつの間にかスライムが温泉に入り込んでいたのだ。タスネのタオルを溶かして裸体を露わにしている。

「こういう意思を持たない魔物は厄介であるな。心が読めないゆえ」

 タスネを溶かそうとするスライムにダンティラスの触手が触れると、スライムはどんどんと小さくなり、クラゲのようにお湯に浮かんで死んでしまった。

 ダンティラスはそれを掴むとビュっと投げた。細い体に関わらず腕力があるのか凄い速さでスライムの遺骸は飛び去っていく。

 別荘の方がにわかに騒がしくなった。

「主殿の悲鳴が聞こえた気がする!」

「もしや魔物に襲われているのでは?」

「そういやこの辺、魔物増えてねぇか?」

 ヒジリ達の足音と声が段々近づいてきた。

「わぁぁぁ!アタシ、裸なのにどうしよう!」

「よし、吾輩が水着になってやろう」

「えっ?」

 うねる無数の触手がダンティラスの背中から湧き出し、タスネに巻き付いた。きゃあ!と驚いて思わず目を閉じてしまい、再び目を開けると体には黒いワンピースの水着があった。

 代わりにダンティラスの姿がない。彼自身が水着になってしまったのだ。

「いや、助かったけど・・・何かこれ恥ずかしい。」

 特に股間。ダンティラスが触っているようなものだからだ。

「気にする必要はない。吾輩とて長く生きた吸魔鬼。色んな経験をしておるがゆえ、女体の感触に一々興奮したりはしない」

「そうは言ってもアタシが恥ずかしいのよ!」

 そんなやり取りをしているとヒジリ達がタオル一枚の姿で現れた。

「主殿の悲鳴が聞こえたが?」

「だ、大丈夫、何でも無かったよ」

 ヒジリはタスネの黒いワンピースの水着を見てポツリと呟く。スクール水着・・・。

 マンガやアニメで至高の水着と位置づけされる水着。確か紺色だったような気もするがと記憶を探る。

「中々良い水着だな、主殿」

「そ、そうかな?年季の入った水着だよ・・・」

「昔の我が国ではその水着はロリコンとかいう幼児性愛者が好んだそうだ」

 タスネの頬に不満気なほうれい線が現れる。

「そんな知識は要らないわよ!馬鹿!」

 ヒジリは笑うとかけ湯をして温泉に入った。ざぱぁとお湯が流れ出ていくが、お湯はこんこんと湧き出すので問題ない。

 ウォール夫妻も温泉に浸かり、当たり前のようにヒジリの膝の上に座っている。シルビィはここ最近、色気が増してフェロモンがこれでもかというぐらい出ていた。

(こりゃ、シオさんに相当愛されているな。あー羨ましい事!ごちそうさま!シオさんも美少女みたい見た目なのにやっぱり男なのねぇ・・・)

 視線をチラリとシオの股間に向ける。やはり腰のタオルには膨らみが有る。胸にも僅かな膨らみが有るが隠そうとはしていない。

 二人共オーガの鋼のような胸にスリスリと顔を擦りつけ、やりたい放題だ。

 タスネは眉間に皺を寄せ注意する。

「いいの?シルビィさん。ヒジリにそんな事してるとウメボシの電撃の鞭が飛んで来ますよ?お湯に電撃が飛んできたらアタシまで巻き添えじゃないですか」

「ウメボシなら、今、周辺を警戒をしているぞ。だからやりたい放題好き放題なのだ」

 シルビィが嬉しそうに言って、ヒジリの乳首を噛んだ。

「狡いぞ!シルビィ!」

 シオも乳首を舐める。

「くすぐったい!やめたまえ。私は以前ほど劣情に抗うことは出来なくなっているのだ。ここで変なことになったらどうするのかね?」

「の、望むところだ!レロレロレロレロ!」

 シオはギュッと目を瞑って何かを期待するかのようにまたヒジリの乳首を激しく舐め始めた。

「残念だが君たちとは交配は出来ない。ウメボシ曰く、それをすると私の陰部がかぶれるそうだ。(直ぐに治るが・・・)どうも樹族の特定の体液は私に限らず哺乳類を祖先をとするものにとっては毒なのだそうだ」

「そ、そんなぁ・・・」

 シルビィとシオの耳がゆっくりと垂れ下がる。絶望した樹族がよくやる仕草だ。

「朝からなんと破廉恥な話題か!」

 タスネから声がした。

「いつの間にか渋い声になったな主殿」

 タスネは焦る。水着になったダンティラスが急に喋り出したからだ。知られると吸魔鬼を使った変態プレイかと思われてしまう。

「フハハハ!そうであろう!吾輩のダンティラスの声真似はどうだ?」

 タスネは咄嗟に吸魔鬼の物真似をする。

「さっきは似ていたが今は似ていないな・・・」

 物真似の話題から逸らそうとして、タスネは手で口元を隠してヒジリにヒソヒソと尋ねる。

「そんな事より、何でウォール家の二人を呼んだの?」

「遺跡に入る許可が欲しかったのだ。もしかしたら遺跡に関して何か決まり事があるかも知れないと思ってな。さっき話しをしたらやはり遺跡に入るには、基本的に王政に関わる樹族の付き添い人が必要だそうだ。だからこの二人を呼んだのだ」

 二人がヒソヒソ話をしていると、話を聞いていたシオが会話に加わって来た。シルビィは死んだ目をして「ダーリンとしたかった・・・」とどストレートな感想をぶつぶつと言いながら呆けている。

「俺たちも遺跡の発見は初めてでよ。いろいろ調べたら古い法律書に短い文で遺跡を見つけた場合、権力を持つ樹族が立ち会うようにと書いてあっただけなんだ。多分、昔の人は何かしら遺跡の情報を持っていたんだろうけど、今残っている文献はそれだけだった」

 ヒジリは再び乳首を舐められないように深く湯に浸かりながら言う。

「私はこの星の謎を少しでも知りたい。それこそが私の願いなのだ」

「え?そうだったの?確かにいつも難しい事ばかり言ってたけど、もしかしてヒジリって学者か何かなの?」

 タスネはのぼせてきたので温泉の縁の岩に腰掛けて聞く。

「我々は生涯を調査や研究に費やすのが生きがいでね。星の国では私はそれを中々見つけることが出来なかった半端者なのだ」

 地球での嫌な思い出でも思い出したのかヒジリは暫く黙ってから口を開く。

「私はこの星に来てからマナの存在を調べていたのだが、どうもそれが樹族の遺跡が深く関わっているのではないかと考えるようになった」

「どうして?アタシはマナの事なんか考えたことも無かったわ。ありふれた存在だし」

「まだ確証はないのだが勘というか。樹族が・・・特に遺跡の存在を知った高等なメイジが命を賭してまで守る理由がマナの秘密なのではないかと」

 呆けるのを止めて話を聞いていたシルビィは岩に腰掛けて男らしく座っている。

 反対側に座るタスネにはシルビィの股間のそれが丸見えだった。嫌なものを見たと心の中で呟いて、タスネはそれが見えなくなる位置まで移動した。

 しかしシルビィは大股を開いて温泉の淵に寝転んだので、移動した先でもタスネの目には彼女のソレが見えた。

 わざとタスネに陰部を見せるという悪戯をしていたシルビィは少しニヤケながらヒジリに話しかける。

「マナの秘密はきっと樹族のタブーに引っ掛かるのではないかなぁ。近くの遺跡はもう遺跡守りがいないから良いとして、またどこかの遺跡で別の遺跡守りと戦う事になるのではないかな。そこまでリスクを負うだけの成果が得られるといいが」

「学者や科学者とは往々にしてそういうものであろう。ほんの僅かな手掛かりの為にリスクや危険を冒す」

 また水着に扮したダンティラスが勝手に喋り出したのでタスネが慌ててフォローする。

「吾輩は湯にのぼせそうなので、先に失礼する。ではさらばだ諸君!フハハハ!」

「似てる時と似ていない時の差が激しいな、主殿。もう少し精進したまえ」

「う、うん。頑張る・・・」

 タスネはナハハと誤魔化すように笑って、別荘の裏口から風呂場へ行き、更衣室に入るとバスローブを羽織った。

「ちょっとダンティラスさん~。勝手に喋ったら怪しまれるでしょう」

「我輩が水着になる事の何が変態なのか。別に隠す必要など無かったろう」

「十分に恥ずかしいわよ!それに時々アタシからマナを吸ってたでしょ!」

「こ、堪え切れなかったのだ。劣情は起こりはしなかったが、マナを吸いたいという欲には勝てなかった」

「何よ、マナを吸いたいという欲って・・・。でもお陰で裸を見られずに済んだわ、ありがとうね」

「どういたしまして。吾輩も元の姿に戻るとしようか」

 タスネのバスローブの下からウジュウジュと這いずり出てきて、ダンティラスは人の形を取る。吸魔鬼が持参したタオルは温泉の中なので今は素っ裸だ。

 なのでタスネの前で裸の男性がアレがブラブラとさせながら立っている事になる。

「きゃああ!おチンチンくらい隠してよ!」

「ドッ!!」

 タスネは濡れたタオルでダンティラスの一物をビシッっと叩いて逃げていった。

「なんと酷い仕打ちか・・・」

 暫くダンティラスは股間を押さえて蹲り、その場から動けなくなった。

 吸魔鬼の弱点であるコアは体中どこにでも移動できる。

 タスネに濡れタオルで股間を叩かれた時、丁度そこにコアを移動させていたのだ。
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