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禁断の箱庭と融合する前の世界(35)

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「お忙しいところを恐縮です、サヴェリフェ子爵様」

 エポ村近くの別荘に仕える執事は丁寧な挨拶でタスネ達一行を出迎えた。少し行けばヒジリが吸魔鬼と戦ったシオの別荘も有る。

「いいえ、これも仕事の内ですから」

「無礼な質問かと思いますが、どうかご容赦下さい。本日は聖下とご一緒ではないのでしょうか?」

 タスネの依頼で共について来た修道騎士の三姉妹の中から怒りの仮面を被ったソレイが冷たい声で言う。

「忙しい身である聖下がこんな辺鄙へんぴな場所に来るとでも思っているのか?馬鹿者め」

「これ、失礼が過ぎますよ。ソレイ」

 不気味な微笑みの仮面を被った長女キミは妹を諌める。

 タスネは庭に開いた穴を見て近寄って見る。穴の中を覗くと斜面になっておりその奥は暗くて何も見えない。

「これですか・・・。調査に来たうちの騎士達や冒険者達がアンデッドに襲われて逃げ帰ってきたという穴は」

「はい、ここ最近の大雨で穴が空き、洞窟に繋がったのだと思われます」

「騎士達はジャイアントスケルトンが襲いかかって来たと言っていたわ。よろしく頼むわね、修道騎士様達」

 本当は対アンデッド用メイジといえるシオに来て欲しかったのだが、今や彼は既にタスネの部下ではないし、ウォール家の領地統治に忙しい。

 リューロックに「有能な部下を引き抜いてしまい申し訳ない、うちは良い婿を手に入れた!ガハハハ!」と笑いながら謝罪されてしまう程、彼は領主として有能だった。既にシオは王都周辺のウォール家領地で、商売人を優遇し税収アップに貢献している。

 その代わりのように、タスネの受け持つクロス地方は少し活気を失ったように見える。彼に代理を任せていた時に施行した、商人を呼びこむ為の優遇政策が定着する前にタスネが規制を厳しくしてしまったからだ。

 彼女にとってシオの敷いた優遇策が商人への贔屓に見えたのだ。本来であれば商人達を優遇しつつゆっくりと税を上げて長期的視点で利益を得るのが上策なのだが、タスネはそれを嫌った。

 今はヒジリの信者がエポ村を勝手に現人神降臨の地として、毎日のように押し寄せてお金を落としていくので何とかなっているが・・・。

 もう一つ任された領地のゴデはほぼ自治領みたいなもので、収入は期待できない。最近、ようやっとオティムポという誤解を招きそうな名前の―――実際、ヒジリがその名前を口にした時、タスネはコラー!とナイフとフォークを持って追いかけ回した―――牛が、こっちで有名になり、飛ぶように売れているが軌道に乗るまではまだ時間がかかりそうだ。

 「子爵殿?」

 気が付くと不気味な微笑みの天使の顔が目の前にあった。ヒィ!と叫んで尻餅をつく。

「声をかけたのですが、子爵殿は考え事をしていたようなので。驚かして申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ御免なさい。もう一度お願いします」

「我々は子爵殿の左右後を守りながら進みますので、子爵殿の使役する魔物を前衛に置いてもらってよろしいでしょうか?」

「わかりました。レディ!バクバク!先に洞窟に入って進んでちょうだい」

 喋れるが無口なレディはコクリと頷くと土喰いトカゲと共に洞窟内に入っていった。レディがなにかと面倒を見るバクバクと呼ばれる土喰トカゲはまだ幼い。

 タスネは結局ヒジリが捕まえた土喰いトカゲを説得できず、住処の廃鉱山に返したのだ。トカゲが去り際に産んだ卵を持ち帰り孵化させて懐かせたのがバクバクである。

 バクバクはメスでタスネを母親のように慕っているのでタスネも可愛くて仕方がない。なので本当ならば前衛には置きたくない。大きさは大人の土食いトカゲの半分だが既に強力な爪と硬い皮膚を持っている。ずんぐりとした体に見合わず”火を吐かないドラゴン“という異名を持ち戦闘力は高い。

 レディが回避を主体とする盾とすればバクバクは攻撃を受けて耐える盾といえる。レディが敵を絡めとりバクバクが大きな口で噛みついてとどめを刺す。いつもこの連携で上手くいっている。

 暗い洞窟でもレディとバクバクは目が利く。修道騎士達は【暗視】を唱えて周りを見ている。タスネだけはヒジリのカチューシャ型暗視スコープを目に付けて慎重に進んだ。

 タスネはヒジリが光の粒になって消えた時からこのアイテムをずっと大事に持っている。後々返そうとしたらヒジリが心配させたお詫びに、と言ってくれたのだ。暗い中でも昼間のように見えるし、モードを切り替えれば生き物の体温が色で表示される。

「それにしても、この辺りはアンデッドに縁があるのかしら?吸魔鬼といい、ジャイアントスケルトンといい」

 厳密に言うと吸魔鬼はゾンビや幽霊の類ではないとウメボシは言っていた。

 テラメアの摩耗が無い寄生生物が生き物に寄生して共存している状態なので、マナを依代にして蘇るアンデッドよりは魔法的要素は少ないと意味不明な事を言っていた。

(吸魔鬼は幽霊のようにマナを吸うのにウメボシは何を言っているのか)

 タスネは理解できなかったウメボシの解説を必死になって脳内で反芻し消化しようと頑張ったが、結局自分の考えうる範囲でしか理解出来なかった。

「子爵様は~吸魔鬼と戦った事あるんですよね~?」

 泣き顔の仮面を被った末妹のダレイは全く緊張感の無い声で聞いた。

 タスネは思い返す。邪魔しかしていないと。後方で見ていただけならまだしも、敵に情報を与えて勢いを付けてしまったのだ。それは恥ずかしいので言うまいと思いながら答える。

「アタシは見ていただけだよ。殆どヒジリやイグナやシオ侯爵や騎士達が戦っていたもの」

「ご謙遜を~。モンスターテイマーは後方で的確な指示を出すのが役目ですから~。神であるヒジリ様を従わせてるなんて尋常じゃありませんよ~?」

 一瞬の間が空き、洞窟の天井の水滴が鍾乳石の先端に当たる音がした。

 自分に対してダレイの言葉には棘がある気がする。ダレィの声に「この神を操る不届き者め!」という響きをタスネは感じ取ったのだ。勿論被害妄想かもしれない。

 タスネと同じ事を感じ取ったのか、すかさず姉が諌める。

「聖下が子爵様に仕えるのも深い考えがあっての事。一修道女が口出しして良い事ではありませんよ、ダレイ。お許し下さい子爵様」

「いえ、気にしないでください」

 タスネは焦りながらも、ヒジリが神、或いはその使いとして行動しているようには見えないけどなぁと心の中で思う。

 訳の分からない装置を見て二時間も理解不能な言葉でウメボシとあれこれ議論していたり、「この美味しい牛の名前を言うのだ、主殿。さぁ!」とセクハラしたりするのが神の深い考えというのなら神とは相当生臭いものだと少し可笑しくなる。

「聖下の普段の様子が知りたいな・・・」

 怒りの仮面からは女版ジュウゾといった感じの冷たい声が発せられた。しかしそれは憧れからくるものでアイドルの日常を知りたがるファンのものに近かった。

 が、とうとう妹達の好き勝手な発言に長女の堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減にしなさい、貴方達!先程からどれほど聖下やサヴェリフェ子爵を愚弄しているか気がついていないのですか!今すぐここでペンダントを出して懺悔なさい!」

「すまない姉者」

「ごめんなさい~」

 妹達は素直に姉に従い、胸から木の形をした銀のペンダントを出すと跪いて神に祈りだした。

 タスネは思う。この修道騎士の妹達は自分の妹達と違って実に素直だと。

 真っ先にコロネの反抗的な顔をタスネは思い浮かべた。反省したふりをして、鼻くそを自分の服に擦り付けて逃げたりする。

 次にイグナだ。無愛想なのを注意するとムスっとしてその場から立ち去る。

 フランはあまり悪い事はしないので怒った記憶が無い。というかフランに喧嘩をふっかけるのはいつも自分だ。胸が大きいとか美人過ぎて腹が立つとか言って。

 突然、レディとバクバクが落ち着かなくなった。

「どうしたの?レディ」

「何者かが近づいてきまシュー」

 口が裂け、顔に複眼が8つ現れてレディが戦闘態勢に入ったのが解る。

 闇からぬうーっと巨大なドクロの顔が現れた。生前着ていた黒いボロボロのローブがナンベルのローブを思い出させる。

 そしていきなりなぎ払うように太い骨の手が右から現れた。

 バクバクがそれを体当たりで食い止め、母親だと思っているタスネへ攻撃が届かないようにしている。

 今度は左手の拳骨がゆっくりと振りかぶられた。

 レディが素早く洞窟に糸を張り巡らせ、振り下ろされる拳骨の一撃を跳ね返す。

 巨大な骸骨がバランスを崩した所にバクバクが体当たりを食らわすとジャイアントスケルトンはバラバラになって地面に崩れ落ちた。

「浄化の祈りの準備をしなさい、ソレイ!ダレイ!」

 長女は【光玉】を連続で唱え、空中に浮かせている。

 バラバラになった骨は十秒ほどで元通りになり、ジャイアントスケルトンは攻撃の構えをとった。

「神の力を思い知りなさい!不浄の者よ!」

 【光玉】は次々に大きな骸骨に飛んでいき、命中していく。

 骸骨が怯むところに二人がかりの浄化の祈り―――文字通り、不浄を浄化する祈りの光がジャイアントスケルトンを照らす。

 ヒジリの時に見たような聖なる光が、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた巨大な骸骨を包み込むと白い骨は静かに灰となって光の中に消えていった。

「聖下はこれを強力なドラゴンゾンビや何万ものゾンビに向けて放ったのです。人類には到底不可能な御業です。我らは三人がかりでようやく、この巨人の魂を開放しあの世に送ることが出来ました。聖下の偉大さを思い知ったでしょう。もう軽口を叩くのは止めるのですよ、妹達」

 妹達は黙って頷くと、死してこの世に縛り付けられていた巨人が安らかに眠れるように祈り、力を貸してくれた神であるヒジリにも感謝の祈りを捧げる。この姉妹はヒジリの神の御柱を見て以来、星のオーガ教へと改宗している。

「少し奥の様子を見て帰りましょうか」

 タスネはそう言ってレディとバクバクを撫でると奥へ進んでいった。慌てて三姉妹は追いかける。

 奥へ進むと段々と鍾乳石が少なくなり人工的な壁や樹族の石像が代わりに現れた。

「これって何かの遺跡かな~、ソレイ姉者」

「こういう場所に留まるのは樹族のタブーだと聞いたことがあるぞ。早く立ち去りたいものだな」

 タスネは周りをキョロキョロと見て変わったものが無いかを調べている。そして像の持つ盾が本物だと気づく。罠や仕掛けがない事を確認して盾を取ると修道騎士達に見せた。

「これ、魔法の盾だよね。赤く光っているし。誰か識別出来きますか?」

 長女があまり得意ではありませんがと断りを入れて、【知識の欲】で調べだした。練度が低いと得られる情報は少ないが、名前と簡単な魔法効果ぐらいなら解る。

「これは弾き返しのバックラーという名前の盾ですね。どの種類の攻撃を弾き返すのかまでは判りませんが、完璧に何かを弾き返すようです。呪いは無いですね」

「ありがとう修道騎士様。うーん、滅多に喰らわない特殊攻撃だけ弾き返すとかだったら嫌だなぁ。取り敢えず持っときますか」

 タスネは小さな盾の取っ手を左手で持った。持った途端取っ手は消えて手の甲に張り付くように盾は装備された。

 びっくりして盾をはがすと取っ手がまたぼんやりと現れる。また取っ手を持つと手の甲にスルッと自動で張り付いた。本来バックラーは相手に突きつけるように持つのだが、その必要がないという事なのだろうか?

「わぁ。これ左手も使えて便利」

 そう言いつつタスネは像の足元にあった指輪も無意識に拾う。地走り族の習性なのだ。しかも無意識に指にはめている。

 三姉妹たちはそれに気が付かず目の前の大きな扉に見入っていた。

「どうやらここまでのようですね。きっと仕掛けがあるか、鍵で開けるか、或いは聖下のような力持ちが開けるのか。扉を開く術を知らない我らはこれ以上助けにはなりません。一度戻りましょうか」

 そう言って立ち去ろうとしたその時、扉が少し開き白目が黒く瞳の赤い樹族が此方を覗いていた。

 扉の向こうの暗闇からこちらを覗く瞳は赤く光っている。赤い瞳は吸魔鬼の証。

 タスネの全身の毛が逆立った。まさか人生で二度も個体数の極端に少ない吸魔鬼に遭遇するとは・・・。

 石の大扉がゆっくり開いて吸魔鬼が出てくる。

「誰かに直接会うのは千年ぶりである。もう言葉を忘れるところであった・・・」

 オールバックの吸魔鬼がそこに居た。

 先に気づいてもおかしくないレディとバクバクは何故か大人しかった。吸魔鬼に魅了されてしまったのだ。その場でじっとして動かない。

「命運尽きたか?いや、まだ吸魔鬼と戦った事の有る英雄子爵様がおられる!」

 怒りのマスクの下でソレイは恐怖を呑み込み、子爵を見ると彼女はハワワワワと怯えている。

(彼女は本当に英雄なのか・・・?)

 そう思いながら視線を扉に戻してうっかりと吸魔鬼の瞳を見てしまい体の自由がきかなくなる。

 タスネと同じ黒髪のやせ細った吸魔鬼はハハハと笑い手招きをしている。

「我輩はここの守りを任される者。さぁそこの騎士達よ、此方に来て我が供物と・・・アタッ!!」

 魅了された騎士達が虚ろな目で扉に近づこうとしたところをタスネが何かを投げつけて、吸魔鬼の邪魔をした。

 吸魔鬼は足元に転がるどんぐりのような実拾い上げてまじまじと見つめる。

「これは・・・。ほう、マナの実であるか」

 タスネはそれがマナの実とは知らなかった。というか、何故腰の小袋に入っていたのかも判らない。よく見るとごっそりとマナの実が入っている。何処で拾ったのかさえ覚えていない。無意識に拾っていたのだろう。

「一粒かじればマナと体力が2割回復する、一粒で二度美味しい貴重なものであーる。しかし我輩は一粒では満足しないぞ?あた!」

 バラバラとマナの実が吸魔鬼に投げられた。吸魔鬼は嬉しそうにマナの実を拾い上げている。

「これだけあれば、十分だな。ところでお主には吾輩の魅了が効かないのである。ということは魅力値が吾輩より上だと言うことか。人は見かけによらんな。さぁこちらへ来たまえ。少し話し相手になってくれると嬉しいのだが」

 タスネは逃げ出したかったが、皆を置いて逃げれば貴族として末代まで笑われる事になるだろう。最悪ヒジリが助けに来てくれる・・・はず、と思いながら足を一歩前に出す。

「勇気があるな。吾輩がお前ならとっくに逃げている事だろう。フハハハ」

 タスネは歯を食いしばり冷や汗を流しながら扉に近づく。

 吸魔鬼はそれを見ると満足するように頷いて踵を返し中へ入って行った。覚悟を決めタスネが中に入ると中は以外にも生活臭がした。

 遺跡内を勝手に弄って作った暖炉や調理場、ベッドなどが置かれていたのだ。

 樹族の像のあらゆる出っ張りにはマナを吸ったであろうコウモリやモグラの燻製が蜘蛛の糸で吊るされている。

 壁にあるライオンの彫像の顔から出る湧き水の近くには使い古された手ぬぐいと歯ブラシによく似た穂が台に置かれていた。

 タスネはもっとカビ臭いひんやりとした遺跡を想像していたが、暖炉の暖かそうな光に安らぎを感じた。

 吸魔鬼はマナの実を齧りながら、座りたまえとソファを指差した。ソファは大事に使っていたのか何度も繕った跡がある。

「マナの実は味のない栗のようで正直美味しくはない」

 そう言って隈の有る大きな垂れ目がギロッと此方を睨む。

 やはりマナを吸う気なのか?タスネは焦る。そして咄嗟に思いつく。

「石臼はありますか?」

「無い。無いがすり鉢ならあるぞ。ここに薬の材料を探しに来た錬金術士が表の巨大なドクロを見て荷物をおいて逃げ出していったのだ。あの骸骨は何故かは知らんが勝手に住み着いていて私の手間を省いてくれていた。お主たちが来るまではな」

 吸魔鬼が壁を掘って作った棚からすり鉢とすりこぎ棒を持ってきてタスネに渡した。

 タスネはマナの実の皮を割って中身をすり鉢に入れて潰していく。実(み)は十分に乾燥していたのでどんどんと簡単に粉状になった。

 それに水と自分の鞄からからしょっぱい乾燥肉を出して刻んで入れると生地をよく捏ね、伸ばして細長くしてから火かき棒に巻きつけて暖炉の遠火でゆっくりと焼いた。

 暫くすると香ばしい匂いが辺り一帯に漂う。中まで火が通っているのを確認すると食べやすいように切って、棚にあったお皿に乗せて出した。

「ああ、誰かの手料理を食べられる日が来ようとは!」

 吸魔鬼は顔を輝かせて首の周りにボロボロになった布切れを巻き、テーブルの端に常に置いてあるフォークとナイフを手に持ってタスネ特製の棒焼きパンを食べた。

 パンを口に含むとゆっくり大事そうに噛んでから飲み込んだ。

「ンマーーーーーイ!!!」

 背中がピーンと伸び、常に眠たそうだった目が見開かれる。

「外は香ばしくてカリッとしており、中はふんわりフカフカ!乾燥肉の旨味と塩気が味のアクセントとなってシンプルなのに奥が深い!あぁ!マナが満たされていく!」

 食べ終わると黒いマントに付いた食べかすを払ってから目を瞑り両手で頬を押さえる。口の中に微かに残る味の余韻に浸っているのだ。

「吾輩はな・・・。元々この遺跡に守護者では無いのだ・・・。タスネ・サヴェリフェ子爵殿」

 マナが満たされた吸魔鬼は勝手に語りだした。【読心】で心を読んだのか既に此方の名前を知っていた。

 タスネは咄嗟に心を閉じ無心になる。イグナがよく自分にも使うからだ。

「勝手に心を読んですまないのである。せっかちな性格なもので直ぐに人の心を読む癖があるのだ。そう身構えるでない。自己紹介を忘れていたな。我が名はダンティラス。始祖の吸魔鬼である」

「し、始祖の吸魔鬼!!お伽話の存在だと思ってた!」

 タスネは驚いて思わずそう言うとダンティラスはフハハと笑った。

「まぁお主たちに正体がばれぬよう一万年も世界中を旅しておったからな。吾輩は吸魔鬼にしては野心の無い珍しい個体でな。マナを容赦なく吸うが殺しはしない。で、世界中をのんびりと好き勝手に旅をしておったある日、この遺跡を見つけて冒険心に心を弾ませながら中に入った」

 魅了の技がなくてもこの吸魔鬼は十分に魅力的だとタスネは思う。ミミズクのようなオールバックの黒髪の下には吸魔鬼の恐ろしい目があるが全体的に人好きのする顔である。立派なカイゼル髭がどこか愛嬌を醸し出している。

(樹族の黒髪は珍しいわ。黒髪は闇樹族の証として忌み嫌われるから)

 基本的に樹族は緑色の髪と瞳をしている。次に多いのが金髪と青い瞳。次にシュラス王のような栗色。シルビィのような赤い髪や黒髪は相当珍しい。ゴルドンの友達であるコーワゴールド家のキウピ―も黒髪だが散々周りから馬鹿にされてきただろうとタスネは思う。

 髪の色の事を考えて横道にそれそうになったタスネは意識をダンティラスの言葉に集中する。 

「すると!扉の前に来ると素っ裸の同族がここを守っていたのである。彼も吾輩と似て野心が無く、しかも人からマナをあまり吸いたがらない優しい奴だった。が、全くの世間知らずでな、吾輩の話をこれ以上ないほど興味深く聞き入り、一喜一憂する可愛らしい一面があった。彼は割と若い固体で生まれてから何千年もずっとこの遺跡を守っていると言っていた。吾輩は彼を不憫に思い、代わりにここを守ってやるから少し外の世界を見てこいと約束してしまったのである。優しいだろう?吾輩は!フハハハ!」

 優しいだろう?という彼の言葉には自嘲が籠められていた。彼が今、此処に居るという事はその吸魔鬼に裏切られたのだ。

「その通りである、子爵殿。ここの呪いは遺跡守りを必ず一人この場に留まらせるものなので、我輩が留まれば彼は開放される。丁度私はゆっくりとしたいと思っていたのでニ百年毎に交代してやると約束したのだが、彼は最初のニ百年で帰ってこなくなった。いや、最初のうちは外の世界の報告をしに一々戻って来ていたのだ。目を輝かせて壊れたノームの傀儡のように永遠と思えるほどべらべらと喋っていた。吾輩はそんな彼を見るのが嬉しかった。なのでいつも彼が気の済むまでずっと話を聞いてやっていたのである。なのに・・・。」

 しょぼくれて肩を落として、オールバックが乱れても気にせずダンティラスは顔を押さえる。

 タスネはダンティラスが急に可哀想になり隣に座って背中をさすって慰めた。

「子爵殿は優しいのである。惚れてしまうやもしれん」

「そ、それはちょっと・・・。でもその話、前に戦った吸魔鬼と関係あるのかなぁ?」

 タスネは可哀想な人生を歩んで狂気に魅入られ、最後には虚無の渦に消えていったファナの事を思い出していた。更に追憶の燭台の映像も。

 それを【読心】で知ったダンティラスは顔を上げて突然笑いだした。

「フハハハ!彼は・・・彼は我輩を裏切っていなかったのだな!馬鹿な奴め!優しさと無知が仇となって消えていったのか!吸魔鬼はマナを長期間吸わないと消滅する。彼はそれを知らなかったのだろう。当然知っていると思って私は彼にそんな話をした事が無かったからな。フハハ・・・ハ・・・。」

 笑いながら彼は泣いていた。親友は自分を裏切っていなかった。ただマナを吸わずに過ごした為に最初のニ百年で灰と化し消えてしまったのだ。

「伴侶も得て子もいたのか。子は不幸だったかもしれないが、彼はどうやら幸せだったようだな。いや、不幸だったのか?家族を持つことで自己の存在を疑問に思い否定したのだから。でもやはり追憶の燭台の中の彼は幸せそうであるな。良かった・・・本当に良かった・・・。良い人生を送ったのなら吾輩はここに居た甲斐があったというもの。願わくば吾輩も此処から開放されたいものだが・・・。何度か自殺を試みたが生きようとする本能には抗えなかった。彼の意志の強さは生半可なものではなかったということか。うう・・・」

 優しい。優しすぎる。目の前で泣く吸魔鬼にタスネは共感し涙を流した。そしてヒジリの顔を思い浮かべる。彼なら呪いを何とかしてくれるかもしれない。それに彼は樹族の古代遺跡の場所を知りたがっていた。

「ねえ、ダンティラスさん。もしかしたら何とかなるかもしれないよ?私の知り合いに星のオーガがいるから」

「星のオーガ・・・だと?博士であるか?博士は確か・・・」

 タスネの心に浮かぶその男は、自分の考えていた男ではなかった。オーガの亜種に見える。

 長く生きたダンティラスの記憶の中に今もはっきり映る神は唯一人。自分を作り出したあの人だ。

 ダンティラスは少し過去を思い出して黙り込んだ。

 寄生虫だった頃の自分が入っていたカプセルの向こう側で、失望してこちらを見つめるあの老人は・・・タスネの記憶の中のオーガとは全くの別人だ。

 あまり昔の記憶に浸りタスネを待たせるのも悪いと思って、ダンティラスは意識を現実に戻した。

「お主の記憶の中の星のオーガはどうやら本物のようだ。吾輩の知る星のオーガではなかったが・・・。あぁ・・・。聖下に来てもらうことを我輩はこれ以上無い程渇望している。だが、それは無理なのだ。ここを知った者は殺すか記憶を消すかせねばならん。呪いはそのように吾輩を動かす。勿論、我輩は君たちを殺しはせん。だがここでの記憶は消させてもらう。そうなっては聖下を呼ぶこともままならないのである・・・」

 星のオーガと聞いて一度は希望に輝いたダンティラスの目は光を失う。

「そんな・・・!」

「いいのだ、心優しい地走り族の子爵よ。お主と出会った意味はあったのだ。友人が裏切ってはいなかったという事実を知る事が出来ただけでも我輩の心は救われたような気がする。楽しい一時であったよ。ありがとう。そしてさようなら」

「待って!」

 ダンティラスの憔悴しきった顔が無理やり笑顔を作り、彼の手がタスネの額に触れた。

 段々と薄れていく記憶にタスネは泣きながら何度も待ってと言うが目の前は暗くなっていく。



 タスネは穴の外でぼんやりしていた自分を不思議に思う。

 修道騎士の姉妹達も同じで皆して穴の周りで黙ってぼんやりと立っていたのだ。なのでタスネはこの状況が可笑しくなって笑いながら手を叩く。

「さぁさぁ!穴を埋めちゃって!もう大きな骸骨は退治しちゃったし、穴なんか空いてても危ないだけだからね」

 屋敷の者が雇った召喚士が土の精霊を引き連れてやってきた。問題を解決したら穴を埋める約束をしていたのだ。空いた穴は土の精霊によってどんどんと埋められていく。

 埋まっていく穴を見つめながらタスネは心の隅には誰かが可哀想だったという感情が強く残っている。優しい誰かがいたような・・・。ヒジリとは違う誰か。頭をひねってウンウンと考えるもやはり何も浮かんではこない。

 考えている間にも依頼主の庭の穴は埋まっていくが、その塞がれる穴とは逆に彼女の心にはぽっかりと穴が開いていく。切なさの原因が解らないままモヤモヤとし、ひたすら穴埋め作業を見つめるタスネであった。
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元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

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元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
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400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

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