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禁断の箱庭と融合する前の世界(5)

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 ドワーフに作らせた無骨で頑丈な椅子に座るオークは、フリルの付いたシャツからはみ出たお腹を摩りポンと叩く。

 それは部下の報告に満足したという表現であり、立ち上がって後ろ手を組むと賄賂として送られてきた数々の調度品の横を通り過ぎて窓際まで歩いて行った。

「昨日は実に良いタイミングで黒竜が来てくれたものだな。ブッヒッヒ!天運は我にあり。しかし、ゴールキ将軍達が抜けたのは痛い。黒竜のお蔭で戦いが有利になったのだと言って報酬をケチったのが悪かったか。まぁ問題無いだろ、昨日の戦で光側は戦力の半分を失ったのだから。ブヒヒィ!」

 報告はまだ続いており、庭を歩く売春婦上がりの愛人の尻を眺めながていたブヒドリッヒ伯爵は、最後の報告内容に濁った目を見開いて驚いた。

「・・・の後方から国王直属の近衛兵団が諸侯を引き連れて国境まで向かっております。騎士と傭兵の数を合わせるとその数一万程」

「ブ、ブヒィ!いいいい一万!何故辺境の国境線に近衛兵団まで出張って来るのだ!あいつら王とアルケディアを守るのが仕事だろうが」

 貴族としての威厳を捨てて、感情のままに驚く主の前で部下のゴブリンは膝まづいたまま事務的に答える。

「そこまでは解キャりかねますが、斥候の報告によりますとシュラス王と思しき姿が見えたとの事です」

「ジャクヒン侯爵は何しておられる?王国軍は?ちゃんと報告をしたのだろうな?何故、音沙汰がない?」

 自身が発する汗で湿気た伯爵の癖毛は一層丸まった。

 汗をハンカチで拭きつつ幾つかの可能性を考え、より現実的なものを想定して答えを導きだした。

「また上の連中の下らん権力争いか!宰相様はどうしてもジャクヒン侯爵を貶めたいようだな。国がどうなっても構わないのか!あんの糞豚が!」

 ブヒドリッヒ伯爵は近くにあった机の脚を蹴って逆につま先を痛めた。カートゥーンのお約束のように足を抱えて「オホホホーイ!」と叫びながら一本足で飛び跳ねている。

(あんたも豚だろうギャ!)

 と部下のゴブリンは醜態を晒すブヒドリッヒ伯爵を見て心の中で密かにツッコミを入れると伯爵の目がゴブリンを睨め付けた。

 心を読まれたか?とゴブリンは一瞬身構えたが、伯爵は【読心】を使えるほど有能ではない。

「仕方あるまい。ゴールキ将軍に使いを出して呼び戻せ。なんとしてでもな。援軍は期待出来ないと思え」

「ハッ!」

(こりゃケツまくって逃げた方が良さそうだな。お前のトロールより酷い面を拝むのも今日までだ!あばよインチキ貴族のクソ豚野郎!ギャハハ!)

(命あっての物種。伯爵なんて名ばかりの安月給な役人の肩書にしがみ付くメリットは無い。悪いな貧民街のゴブリンども。俺は消えるぜ?ブッヒッヒ!)

 ブヒドリッヒ伯爵も部下のゴブリンもお互い似た様な思惑を巡らせ、逃げる為の費用の計算やルートの確保をどうするか等を考えて足早に屋敷から消えていった。


 
 イグナとヒジリは孤児院の庭で朝を迎えていた。勿論ウメボシの温度調整の効いたフォースフィールドの中である。

 ヒジリの腕の中で眠るイグナの横で、ウメボシは何かを警戒するように一晩中主を睨んでいた。

 一度眠ると中々起きず、朝に弱いヒジリだが、ウメボシの血走った視線を一晩中受けて居心地が悪かったのか早朝に目覚める。

「何かね!一体!何故私をそんなに見つめているのだ!気味が悪いぞウメボシ!」

「・・・。マスター、お体に変化はありませんか?動悸やら感情の高ぶりやら体の一部に血が集まる感覚やら」

「無い。何を心配してる?」

「実は・・・。宇宙船から雪原に飛ばされた時にマスターの抑制チップが一部壊れております。この星への転送時に高確率でチップに異常が起きるようです。以前にも似たような事が起こりましたがマスターに要らぬ心配をかけたくなかったので黙っておりましたが・・・。しかし今は以前よりは容易に宇宙船に戻れる事が出来ますので言います。今のマスターには古代地球人と同じく性欲があります。原始的な方法で接触交配をしてしまう恐れがあり、ウメボシはそれを非常に心配をしております」

 ヒジリはため息をついて、腕に寄り添ってリスの様に体を丸めて眠るイグナをそっと離すと胡坐をかいて座った。

 そして、片足に肘をついて頬杖をつくと目の前を浮くドローン型アンドロイドを見つめる。

 朝日に目を細めて自分を見つめてくるヒジリは一層ハンサムに見えて、ウメボシはドキリとした。

「で、私が劣情に身を任せて、まだ幼い十歳のイグナを襲うとウメボシは思ったのだな?」

「いえ、滅相もございません。警戒も兼ねての見張りです。戦場が近くにありますので」

「まぁそう言う事にしておいておこうか」

 プライドを傷つけられ少し拗ねたような顔をする主にウメボシは胸がキュンとなり、ヒジリの頬にスリスリして、睫毛の長い半眼で甘えた声を出す。

「そう怒らないでくださいませ、マスター。その・・・感情が抑えきれなくなったら・・・・・ウメボシに言ってください。スッキリさせてあげますから!」

「えっ?う、うむ」

 ヒジリは背筋がゾゾゾとした。自分をスッキリさせてくれる方法を想像して。きっとウメボシはあの球体の体の下に質量の有るホログラムの体を作り出すだろう・・・。そして・・・。

 イグナが欠伸をして目覚め、身を起こして聞く。

「何をスッキリさせるの?」

 ウメボシはホログラムの汗をまき散らしながら答える。ピュピュピュ、ピュイ~!と変な効果音も付いている。

「何って・・・。ナニです・・・。ゲフンゲフン。ゴニョゴニョ」

「???」



 昨日ヒジリが慌てて入った事で大破した孤児院の入り口は豪華な装飾が施されていた。

 ウメボシが再構成する時にナンベルがああでもないこうでもないと口出しをして現在の金の獅子が咆哮する顔がドア枠となっている。

 そのドアからナンベルが鶏の物真似をしながら出てきた。

「起きてくだチャイ~ピチュピチュ~!起きないとライオンの物真似をした小生が踏みつけちゃいまチュよ~ヒヒ~ン!ってもう起きていましたか!おはようございます!我がホテルの高級スィートルームはお気に召したでしょうか?キュキュ!」

 ナンベルのボケに突っ込むのも無粋な気がしたのでウメボシは話を合わせた。

「枯葉が秋の風に舞って軽やかな音色を奏でる、とても素敵な部屋でした」

「それはよぅござんした」

 ウメボシの返事が気に入らなかったのかナンベルは素っ気なく返事をすると真面目な顔でヒジリの前に来て正座をした。

 そして何の脈絡もない話をしだす。

「逃げてしまいまシた」

「誰が?」

「豚が」

「早く追いかけて捕まえればいいだろう」

「綺麗に足跡を消す豚でしてね。ついでに闇側の王都と連絡が取れません」

「何の話かね?」

「へぇ、それがでしてね・・・野宿の旦那ァ」

 妙に甲高い声でナンベルは誰かの物真似をするがヒジリ達には解らなかった。

「ふざけないでちゃんと喋ってください!」

 ウメボシが電撃をナンベルに向けて放つも、ワ!シビレタ!と言っただけで動じた様子はなく普通に喋り出した。

「ブヒドリッヒ伯爵がトンズラしたのです。オークだけに。キュキュキュ」

「で、代わりの統治者も来ず、何かしらの妨害で王都とも連絡が取れないと?」

「ハイ。国境砦の向こうからは光の軍勢が迫って来ております。行政機関も混乱しており逃げ出す役人が続出。言うなれば今現在無政府状態デす。これを住民が、確かな情報も無く噂や流言といった形で知れば間違いなく混乱が起きますネ」

「将軍たちはどうした?」

「ブヒドリッヒ伯爵が報酬をケチった所為でゴデから出て行きました。黒竜の牙で武器を作ってもらうと言ってアーイン鉱山近くのドワーフの集落に向かって今朝出発しましたヨ」

 ヒジリは顎を摩ってなんとなくウメボシを見つめた。考え事をしている為、実際は焦点が合っておらずウメボシの向こう側を見ていると言うべきか。それでもウメボシは照れて目を伏せている。

「そうか・・・.では、このゴデの街と近隣一帯を私が占領する」

「ほぇ?!正気ですか?ヒジリ君!キュキュキュ!」

 道化師は唐突過ぎる占領宣言に驚いてすっくと立ち上がり、何か行動を起こす素振りをして何もせずまた座った。

「私がゴデを占拠したと噂が流れれば、闇の王国軍は無視できないはずだ。私が占拠するという事は光側の領土になるという事だからな。そうなれば闇側の王国軍も軍隊と執政官ぐらいは送ってくれるだろう。ゴデの街が無防備になる事は避けられるはずだ」

 ナンベルは暫く立ったり座ったりを繰り返して考えたが、現状それが一番だと考えたのか同意した。

「そぉですねぇ。無政府状態になって殺し合いや略奪が起きるよりはいいですネ。私は子供達が平和に暮らせればそれでいいのです。それにヒジリ君なら平和的に統治してくれる事でしょう」

「私が占領しても統治するとは限らないのだがな。恐らくしばらくは光側の軍政統治が続くだろうが、ゴデの住民が不利益を被らないように交渉してみるつもりだ」

「となるといよいよ小生も兄のフリをしないといけませんね。これからはホクベルと呼んで下さい、ヒジリ君」

「兄も凄腕の道化師なのかね?」

「兄は有名な付魔師でして今は田舎の山奥に作業場を構えて真面目に働いております。戦いとは程遠い世界に住んでいますヨ」

 戸籍から足がついて兄は迷惑を被ったりしないのかとヒジリは憂い問うた。

「戸籍?何ですか?美味しいのですか?それは?兄は丁度王都から田舎の山奥に引っ越したばかりでして、今の名を捨てて無名から始めたいと言ってチュウベルという名前を名乗っおります。なので名前を快く貸してくれました」

「では、今後人前ではナンベル孤児院のホクベルと呼ぶ事にする。今後ともよろしくホクベル殿」

「はぁい、よろしくお願いしますヒジリ殿。それにイグナちゃんにウメボシ殿も。子供達にはもうナンベルは死んだと言うように仕込んでありますから」

 ドアから小さな魔人の男の子がパジャマ姿のまま、ナンベルを探して「オトウターン!」と叫んだ。

「え?彼は息子さんなんですか?」

 ウメボシは驚いてナンベルに聞く。

「いえ、彼は友人の子なんでス。彼の母親は魔人族では珍しく傭兵をしておりましてね。小生に子供を預けたまま暗黒大陸の千年戦争に赴き、ついぞ帰って来なかったのです。子供を押し付ける時に小生の事を父親と呼ぶように言って置いていったんですよぉ。仕方ないからパパをしておりまチュ。キュキュキュ」

「そうでしたか・・・。(はて?それにしては遺伝子に繋がりがありますが・・・。まぁ黙っておきましょうか。ナンベル様も女性関係で色々お有りなのかもしれない)」

 魔人族の子供は親指をしゃぶりながらナンベルに飛びついて抱っこしてもらい、ウメボシをじっと見た。そしてイービルアイを指さし、ナンベルに顔を向けアァーアァァーと驚いた声を出した。

「マンマー!マンマンマンマンマン!マンマー!」

「ああ、そういう事ネ。ウメボシちゃんが昨日美味しい物を出してくれたから顔を覚えちゃったのでちゅか。美味しいマンマ欲しいでちゅね~!チラ!チラ!」

 その様子を見ていたイグナは眠たい目を擦りながら笑う。

「ウメボシはどこでも美味しい物を出しちゃうから」

「ハイハイ。出しますよ。朝食を出せばいいんでしょう」

 ウメボシはもうやけっぱちになっている。

「おおっと!食堂にお願いします。みなさ~~~ん!朝食をウメボシちゃんが出してくれますよ~!甘いケーキもオマケしてくれるって!」

「四十人以上の食事をデュプリケイトするとなると孤児院の周りの草は確実に無くなりますが、よろしいですか?」

「へ?草?周りの草原には貴重な草は無いから大丈夫だヨ」

 ウメボシはそれではと一言残し、食堂に向かうと既に子供達は着席していた。ミミは笑顔でイグナを手招きして座れと誘っている。ナンベルも子供を抱いたまま上座に着席する。

 一人孤児院の外で考え事をしていたヒジリは食堂から子供達の喜ぶ声を聞いて現実に戻り、ゆっくりと食堂へと向かった。



 光側の天幕では大きな丸いテーブルを囲んで、シュラス、リューロック、シルビィ、タスネ、そして何故かゲルシが座っていた。

 皆、薄いパンケーキの様な物を沢山の果物と一緒に食べている。シュラスは上品にテーブルナプキンで口を拭うと、お気に入りの拷問官ゲルシに話しかけた。

「しかし、黒竜まで倒してしまうとなるとヒジリはいよいよ最強のオーガと言えよう。なぁゲルシよ」

 場違いな場所に同席させられて最初こそ緊張していたゲルシだったが、次第に慣れて今は落ち着いている。

「正に無敵のオーガですね、シュラス陛下。私は彼の訃報が届いた時、全く信用しておりませんでした。根拠はありませんが必ずどこかで生きていると信じておりましたから」

 天窓から差し込む光がドヤ顔のゲルシを照らす。彼の禿げあがった頭から反射した光がシュラスの目を射し、シュラスはウッと呻いて少し苛立つ。

「ほんとかのう?わしはこの世に無敵など存在せんと思っとる。あの訃報は満更嘘では無かったのかもしれんぞ。実際ヒジリは死んでおったのかもしれん。何かしらの手段で復活しようとしたが、それには数か月の時間が必要だった。だから今頃になって現れた。どうじゃ?」

「ま、その可能性は無きにしろ在らずです。生き返ったにしろ死んでいなかったにしろ黒竜を倒したのは事実ですし無敵と呼んでもよろしいんじゃないですかね?」

 リューロックとシルビィは、すっかり仲良くなった二人のやり取りを苦笑いしながら聞いている。

 突如部屋の隅に置かれた魔法水晶が起動して誰かが映った。

「確認モニターが無いから、映っているかどうか解らないな・・・。映っていると思うか?ウメボシ」

「ウメボシは魔法水晶の仕組みが良く解りません。なので映っているかどうかは受信用の魔法水晶で確認するしかありませんが、残念ながら孤児院にある受信用の魔法水晶は割れております」

 魔法水晶の設置してある天幕は騒がしくなった。

 昨日、生存を確認したとシルビィ隊長から発表があったばかりの英雄オーガがそこに映っていたからだ。

 シュラスとゲルシは水晶まで近寄り興奮して口の中の物を飛ばし喜んでいる。

「ヒジリ殿だ!なんだ?一体なんの発表だ?」

 水晶のような禿げ頭が魔法水晶を覆ってしまい、シュラスは脂の浮いた頭をテーブルナプキン越しにグイと押しやる。

 一瞬水晶の映像が途切れ、見る者に不安が走る。ザザーとノイズが走った後、またオーガの姿が映った。

「マスター、水晶に触らないようにしてください。マナが遮断されてしまいます」

「すまない。アーアー、エェ声~!」

 シルビィとタスネが無駄に良い声で音声テストをしだすヒジリを見て吹き出す。

「では、緊急発表を行う。特に闇側の王族、貴族の方に聞いて頂きたい。今現在、ゴデを含むデイストリン地方は行政機関が機能しておらず無政府状態と言える。そこで私がゴデの街を占領下に置き、統治する事にした。因みに私は光側の英雄子爵、タスネ・サヴェリフェが所有するオーガであり、実質ゴデの街は光側の支配下となる。だからといって住民は暴動や略奪等を起こさず大人しく家で待機しているように」

 ブツンとまた映像が消える。次に映像が映った時にはウメボシが癇癪を起していた。

「また!触りました!」

「おっと!すまん。占領統治が安定するまで富裕街の門には警備員を立たせ出入りの制限を厳しくする。貧民街はナン・・・ゴホン!今は亡き”貧民街の殺し屋軍師”ナンベルが兄、ホクベル殿率いる自警団の巡回を実施する。彼は自治会会長も兼ねているので何かあれば相談するように。以上。・・・・こんな感じで良かったかね?解りやすく伝わったかな?」

「ええそれはもう、辞書の内容を絵草子で表現するが如しでしたよキュッキュー!」

「それはいくらなんでも大げさな・・・」

 ウメボシがツッコミを入れかけた所で映像は切れた。

 王の天幕に宰相が慌てて入って来る。

「陛下、今のは陛下が許可をお出しになっての占領でしょうか?」

「え?そ、そうじゃよ?言ってなかったかな?フィッフフヒ~♪」

 吹けていない口笛を吹く王を宰相は怪しむ。

「ええい!なんじゃその目は!おい!シルビィ隊長とタスネ子爵・・・それから拷問官ゲルシも!直ぐにヒジリの元へ行って補佐してやれ。独立部隊と裏側は暫くゴデ周辺を警戒。闇側がこのまま何もしてこないというのはまず無いじゃろう。リューロックとワシはここに三日ほど残る。その間に闇側の使者が来れば直接会おう。宰相は王都で政務に励め!」

「三日も王都を空けるのですか?」

 シュラスは何か文句あるのかという顔で宰相を睨む。宰相はたじろいだ後、予定変更で大きく変わる王のスケジュールに頭を悩ましながら天幕から出て行った。

 英雄オーガの元で補佐をしろと言った王の優しさにゲルシは嬉しそうに拳を握りしめた。

 王は拷問官の耳の近くで「貸しじゃからな!」と不愛想な声で小さく囁く。

「えらいこっちゃ~!こらえらいこっちゃで~!ゴデの街が光側の領土に!動くで~!時代が動くで~!」

 ゲルシは興奮して故郷の方言でそう喚きながら自分の荷物を預かり所まで取りに行く。

 すれ違う騎士達はゲルシの言葉を聞いて不安になり僅かに浮足立つ。闇側に何があったのかは解らないが、彼らがこのまま領土を奪われたままではいないからだ。
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