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「おお、期待通りだぞ、カズン! お前の奴隷は優秀だな。ノーム国から鉄巨人を召喚するとは!」
スカールの時ような搦め手としての使い方と違って―――、全身全霊を込めて投げた鉄球を受け止めた鉄傀儡を見て、ムダンは心弾ませていた。
「お褒めの言葉、光栄の限りです。閣下」
彼らとは逆に、デカイは狼狽える。ノームと言えば、科学力で世界を制圧できるほどの種族だ。だが、温厚がゆえに、それをしない。しないどころか、時々災害時にどこの国だろうが助けに来てくれるので、光側闇側関係なく、慕われているのだ。
が、今回は違った。
召喚士に召喚された以上、命令されれば、この身長十八メートル鉄巨人は容赦なく襲いかかってくるだろう。いくらビコノカミ・プロトタイプの装甲が厚く、推進力もあり、パワーがあろうが、大きさが違うのは致命的だ。
「ただのウドの大木だったらいいんだろうけどねぇ。・・・そんなことは、まぁないさね。そこから離れな! スカール! 全力疾走で砦から飛び降りるんだよ!」
「無茶言いうな! 知ってっか? オーガでも高い砦から飛び降りれば死ぬんだぞ!?」
「砦の下は、ふわふわの獣人の死体ばかりさ。精々、脚の一本折れるだけだろうさ。男だろ? 覚悟を決めるんだね。三十秒で逃げな! グズは嫌いだよ!」
「くそ! もっと戦いたかったぜ、おっさん! あばよ!」
スカールはムダンに手を振ると、「南無三!」と叫び、高い砦から獣人の死体の山に飛び降りた。下から「いてぇ!!」という彼の声が聞こえる。声の調子からして、無事であることがわかる。
「よし、これで準備は整った」
先手必勝とばかりに、デカイは忙しくタッチパネルを操作する。
胸を開きメガフォトン粒子砲をのぞかせ、両手の銃、腰のブラスター及び、脚部のポッドについているミサイルの狙いをしっかりと定めた。
「同じ闇側のノームを殺すのは忍びないが、死んでもらうよ。これも孫の為なんだ!」
デカイにとって、頭部の強化ガラスのドームに守られた小さなノームが不気味で恐ろしく見えた。何を考えているかわからない表情、ドワーフ並みに蓄えた白髭、ふざけたパーティーコーンのような帽子。
一片の恨みもない彼の顔を睨みつけて、ホログラムのタッチパネルのキーの最後の一つを押す。
と同時に、全ての遠距離武器が火を噴いた。
「いっけぇぇぇぇ!!」
その威力は、恐らくノームが操縦かんも握る必要のない仕組みの―――、モノアイの騎士のようなロボットの周囲を巻き込んで大きな被害をもたらすだろう。
「ハァハァ・・・。可愛い坊やの為なんだ。あぁ坊や・・・」
マナを原動力とするビコノカミ・プロトタイプの機体の隙間から、侵入してくる灰色の霧は、デカイのマナすらどんどんと消費していった。意識を保つのがやっとの彼女の目には、嬉しそうに帝国に旅立つ制服姿のチャールズの背中を、刹那の白昼夢の中、見ている。
夢想しながらも、腰のバックを探り、彼女は思わず舌打ちをした。
「あー、やだやだ。と、歳は取りたくないねぇ。マナ供給の予備パックを忘れてきちまったい。待ってな、アタシの可愛いチャールズや。今すぐこいつらを消し炭にしたら、必ず生きて帰るからね・・・」
チャールズはガーレジにあるちょっとした休憩所で寝る若いオークを見て、頭に疑問符を浮かべる。
「お兄さん、誰? 泥棒?」
「んぁ? 誰が泥棒だ! 俺は城からの伝令だ。跪け、一般市民が」
深くは眠ってなかったのか、オークはゆっくりと半身を起こして、眼鏡のゴブリンを見る。
「伝令が何しに来たの? 昼寝しに、お祖母ちゃんとこに来るわけないし」
「聞いてないのか? お前の祖母ちゃんは、戦争に行ったんだよ」
デリカシーのないオークは、鼻くそを穿ってから食べた。
「そんな! 聞いてないよ! 機工士なのに! なんで戦争に行かないと駄目なんだ!」
「知らねぇよ。狂王の命令だから仕方ねぇだろ」
チャールズはデカイの置手紙でもないか、キョロキョロする。しかし、見つけたのはマナ供給パックだった。
「あっ! これ!」
「どした!?」
「お祖母ちゃん、大事な物を忘れていってる! 最近、お祖母ちゃんが嬉しそうに鉄傀儡を調整してたから、退屈でさ。その時に、この筆箱みたいなのを触ったら、凄く怒られたんだ。それで、この箱は何って聞いたら、動力の予備パックだって言ってた!」
伝令の若いオークは相変わらず鼻くそをほじっている。チャールズが焦る理由を気にした様子は、その鼻くそほどもない。
「それが、どったの?」
「ばかぁ!」
チャールズは、身近にあったスパナで、自分より背の高い伝令の頬を殴る。
「ぶべらっ!」
「あの鉄傀儡は、操縦者がマナの蓄電器になっているんだよ?」
頬を擦りながら、オークは不思議そうな顔をする。蓄電器という言葉と意味を、かろうじて知っていたからだ。
「操縦者が蓄電器になってるなら、予備パックなんかいらねぇだろ」
チャールズはスパナでガラクタの入っている箱を叩きながら、焦りを一掃濃くした。
「じゃあ聞くけどさ。マナ変換が間に合わない場合、どうなるか知ってるの?」
「知らねぇよ! 俺は機工士じゃねぇし」
「ばかぁ! 僕だってメイジだい!」
「はべらっ!」
また頬を殴られて、涙目で頬を撫でる伝令は「二度もぶったぁ!」と喚く。怒ってチャールズに仕返ししようとしないのは、この眼鏡のゴブリンが天才魔法使いで有名だからだ。下手に手を出せば、返り討ちに遭うのは目に見えている。
「変換が間に合わないと、自身が電池の代わりになるんだよ!」
「で、・・・でんち? うんちじゃなくて?」
「ばかぁ!」
「すべからくっ!」
あまり殴られると、オークの命である下顎から突き出ている牙を折られかねないので、これまでの人生で一度もしたことのない真剣な顔で、伝令は正座をし、真っすぐと透過する瞳でチャールズを見つめた。
真面目に聞く気になったオークを見たチャールズは、スパナをテーブルに置いて、黒板に絵を描いて説明する。
「さっきも言ったけど、お祖母ちゃんの作った鉄傀儡の操縦者は、空気中に存在するマナ粒子を体に蓄え、動力を調整する役目をしているんだ」
「なるほど!」
オークは知ったかぶりをして、チャールズの話を聞く。例え話が理解できなくとも、彼の話を真剣に聞くことが大事なのだと悟った。
「そう。もし、マナを蓄えられなくなって、容量を超えた行動をすると、操縦者はどうなると思う?」
ただの伝令とはいえ、狂王に仕える高級伝令。プライドと意地で答えて見せようと頭をフル回転する。
(メイジで例えて考えるんだ、俺! メイジはマナを失うとどうなる? 疲れてフラフラするだけだ。じゃあ、魔力の権化みたいな魔人族はどうだ? あいつら、マナを使い切ると失神するぞ! こ、これだ!)
オークはゆっくりと背筋を伸ばし、得意げな顔で、三回ほど残像が見える速さと滑らかさで手を上げる。
「ハイッ! 気絶します!」
「正解!」
チャールズはご褒美として、伝令にその辺にあったカップケーキを渡した。オークは肉の方が良かったなぁと思いつつも、カップケーキに齧りつく。
「気絶する程度ならまだマシなんだよ。それはコンデンサとしての役目が果たせなかっただけだからね。普通の操縦者ならそこで、鉄傀儡から排出されて終わりなんだ。だけど、お祖母ちゃんは魔力も高く、ガッツもある! いざって時に、自身が電池になる事ができるんだ。簡単に言うと無理ができるって事! わかる?」
「ヴぁいっ!」
オークはカップケーキを急いで食べて、手を上げて勢いよく返事をする。
「ここまで言えば、この補助パックが、なんで大事な物かこれでわかったでしょ? お祖母ちゃんが、無理をした時にこれがあれば、マナを補充してくれるんだ」
「じゃあ、この補助パックがないと、どうなるのでありますか!」
「最悪、焼け焦げて死ぬんだ・・・。うわぁぁぁん! おばあちゃぁぁぁん!!」
チャールズは最悪を想定して、へたりこむと天井に顔を向けて大泣きしだした。
(フッ! 天才魔法使いも所詮は子供だな。こんなに大泣きして。仕方ねぇな。ここは大人の威厳を見せてやろう)
「まだ起きてないことに、杞憂して泣く奴があるか。いいか、小僧。今年の我が軍は数が多い。ババァが活躍する場面なんてねぇよ」
「うそだ! 僕は戦場に出るゴブリンが棍棒と鍋の蓋を装備していたのを見たよ! 今年のグランデモニウム王国軍は烏合の衆! 二つ名のある戦士なんてスカールとベンゾウとオーキンだけじゃないか!」
オークは更に大人の雰囲気を醸し出そうとして、立ち上がってチャールズに背を向け、どこを見るともなく後ろ手を組んだ。
「いいかい、坊や。今年は更にバートラのゴブリンも雇っているんだよ。敵なんて、陰に潜んで背後からグサリ! だ。それから貴族の使役するサイクロップスもいる。そう簡単にやられたりしねぇよ」
そして、振り返り両手を広げ「だから心配す・・・」と言いかけて、止めた。
チャールズは右目に軽く握った拳を当てて、その拳の穴から国境砦の方を見ている。つまり【遠目】の魔法を使っているのだ。
「うわ、あああ。サイクロップスはもう既に死んでるー! でも確かにグランデモニウム王国軍の方が優勢だけど、お祖母ちゃんが、大きな鉄傀儡と対峙しているじゃないかぁ!」
「よし! お兄さんに任せない、デカイの孫。その補給パックをババァに届けてやるよ」
しかし、チャールズは手を差し出す伝令を白眼視している。信用していないのだ。途中のゴブリン谷で売り払うに違いないと。
「なんだ、その目は!」
憤慨するオークに、もう一つの懸念点をチャールズは容赦なく言う。
「お兄さん、伝令ばっかりやってた斥候でしょ? 戦場の最前線に出るには力不足だよ。陰潜みできるの?」
「うぐっ!」
王に仕える伝令とはいえ、下っ端で斥候としても。戦いについては経験不足。陰潜りすらできない。物陰に潜むのが得意なのと、狂王の気まぐれで採用されたようなものなのだ。
「僕もついていくよ! 【姿隠し】を覚えてるし」
「馬鹿言え、【姿隠し】は自身にしかかけられない魔法だろ。いくら優秀なお前でも、戦場に現れたら餌食になるのが目に見えている。メイジは戦士に守ってもらってナンボだからな。それに俺は力不足で戦場に行っても・・・。 ん? ま、まさか!」
チャールズは何かに気づいた伝令に嬉しそうにウィンクする。
「そうさ。僕は他者付与のスキルを持っている。そしてお兄さんは、足が速い。僕をおぶって走ってよ!」
「末恐ろしいガキだぜ。その歳で・・・。そういうことなら! いいぜ、行こうか坊主! いや、未来の偉大なる小さな魔法使いさんよぉ!」
辺り一帯を焦土と化す攻撃力を持つビコノカミ・プロトタイプのフルバーストは、樹族国近衛兵騎士団や、その他の武将、そしてカズンたちに戦慄させる暇を与えず、襲い掛かった。
「キュル!」
早口で有名なノームが何かを叫んで、鉄傀儡の盾の裏から飛び出した小さなビットを、広範囲に配置して平面的なバリアを完成させる。
バリアは凡その攻撃を防ぎ(いくつかのビットはデカイの攻撃が命中してしまい、バリアを消失させてしまった)、国王の天幕を守る近衛兵騎士団に数名に、銃や腕の下部から飛び出たガトリグガンの弾の餌食になる程度で済んだ。
「ちくしょおおお!! 小賢しいノームめ!」
デカイは皴の多い顔を掻きむしり、悔しがった。浮遊するエネルギーもないのか、ビコノカミ・プロトタイプは地上に降り、地面に膝をついた。
これで、機動力と回避力を失った事気づいて、老婆の額に玉汗が浮かぶ。
「ハハハ! 神の遺物よりも現代のノームの機体の方が優秀だったようだな! さて、我らが鉄傀儡様の反撃といこうか!」
カズンがモズクに向かって、顎で「やれ」と命令するも、ノームの鉄傀儡からは、「キュル」という声が聞こえただけだった。
「なんだ? ノームは何と言っている?」
全く動こうとしないノームの鉄傀儡を見あげて、カズンは翻訳機を持つモズクに説明させた。
「彼はこう言っています。ノームは戦争をしない。本国の許可がない限り、どこかの国に加担した場合、重い処罰が待っている。でも人命救助は別。助かって良かったね、と」
「そんな馬鹿な! 召喚の契約はどうした?!」
カズンはムダンからの冷たい視線を受け、焦せってモズクのローブを引っ張った。
「勿論、契約は成功しています。ノームの鉄傀儡との契約は」
「操縦者のノーム込みじゃないのか?」
「私もそう思っていましたが、どうやら違うようです、カズン様。鉄傀儡は私の命令では動きません。動かしている本人が契約の範囲外なので・・・」
そうこう言っている間に、ノームはまた一声「キュル」と言うと、大きく上空にジャンプして飛行形態になって飛び去ってしまった。
「どういうことだ! カズン!」
戦場では鬼のように厳しいムダンは、フルアーマーのカズンの首を片手で掴み、持ち上げる。
ムダンの怒りを逸らそうと、カズンは必死に考え、咄嗟にビコノカミ・プロトタイプを指さして、適当なことを言う。
「ゲホゲホッ! お待ちください、ムダン閣下。良くご覧ください、あの敵の機体を。どうも様子が」
ムダンは視線を敵の鉄傀儡に向け、静かにカズンを地面に下ろす。それから自軍を見て「ウム」と頷いた。唯一敵の捕虜になっていないスカン・カズンが、近衛兵団を広範囲の祈りで癒しているのが見えたからだ。
「機体に不具合が生じたようだな。今がチャンスなのかもしれん。この中でまともに前衛を張れるのは、ワシとお前ぐらいだ、カズン。一対一といきたいところだが、そこまで余裕はない。まずは魔法が通用しない、あの装甲を物理的に破壊する」
「御意」
カズンは一日、一度だけ使えるスキル、支援効果の増強を発動させ、ムダンを強化した。更にお互い、自己強化のスキルや魔法を発動させる。
「右足だけをメイスで執拗に狙え、カズン。その後、距離を取るのだ。その間に、ワシが一番威力の出る中距離から鉄球をぶつける。それを体力が続くまで何度も繰り返すぞ。それで駄目ならお手上げだ。素直に身代金を払うしかあるまいて。ガハハ!」
スカールの時ような搦め手としての使い方と違って―――、全身全霊を込めて投げた鉄球を受け止めた鉄傀儡を見て、ムダンは心弾ませていた。
「お褒めの言葉、光栄の限りです。閣下」
彼らとは逆に、デカイは狼狽える。ノームと言えば、科学力で世界を制圧できるほどの種族だ。だが、温厚がゆえに、それをしない。しないどころか、時々災害時にどこの国だろうが助けに来てくれるので、光側闇側関係なく、慕われているのだ。
が、今回は違った。
召喚士に召喚された以上、命令されれば、この身長十八メートル鉄巨人は容赦なく襲いかかってくるだろう。いくらビコノカミ・プロトタイプの装甲が厚く、推進力もあり、パワーがあろうが、大きさが違うのは致命的だ。
「ただのウドの大木だったらいいんだろうけどねぇ。・・・そんなことは、まぁないさね。そこから離れな! スカール! 全力疾走で砦から飛び降りるんだよ!」
「無茶言いうな! 知ってっか? オーガでも高い砦から飛び降りれば死ぬんだぞ!?」
「砦の下は、ふわふわの獣人の死体ばかりさ。精々、脚の一本折れるだけだろうさ。男だろ? 覚悟を決めるんだね。三十秒で逃げな! グズは嫌いだよ!」
「くそ! もっと戦いたかったぜ、おっさん! あばよ!」
スカールはムダンに手を振ると、「南無三!」と叫び、高い砦から獣人の死体の山に飛び降りた。下から「いてぇ!!」という彼の声が聞こえる。声の調子からして、無事であることがわかる。
「よし、これで準備は整った」
先手必勝とばかりに、デカイは忙しくタッチパネルを操作する。
胸を開きメガフォトン粒子砲をのぞかせ、両手の銃、腰のブラスター及び、脚部のポッドについているミサイルの狙いをしっかりと定めた。
「同じ闇側のノームを殺すのは忍びないが、死んでもらうよ。これも孫の為なんだ!」
デカイにとって、頭部の強化ガラスのドームに守られた小さなノームが不気味で恐ろしく見えた。何を考えているかわからない表情、ドワーフ並みに蓄えた白髭、ふざけたパーティーコーンのような帽子。
一片の恨みもない彼の顔を睨みつけて、ホログラムのタッチパネルのキーの最後の一つを押す。
と同時に、全ての遠距離武器が火を噴いた。
「いっけぇぇぇぇ!!」
その威力は、恐らくノームが操縦かんも握る必要のない仕組みの―――、モノアイの騎士のようなロボットの周囲を巻き込んで大きな被害をもたらすだろう。
「ハァハァ・・・。可愛い坊やの為なんだ。あぁ坊や・・・」
マナを原動力とするビコノカミ・プロトタイプの機体の隙間から、侵入してくる灰色の霧は、デカイのマナすらどんどんと消費していった。意識を保つのがやっとの彼女の目には、嬉しそうに帝国に旅立つ制服姿のチャールズの背中を、刹那の白昼夢の中、見ている。
夢想しながらも、腰のバックを探り、彼女は思わず舌打ちをした。
「あー、やだやだ。と、歳は取りたくないねぇ。マナ供給の予備パックを忘れてきちまったい。待ってな、アタシの可愛いチャールズや。今すぐこいつらを消し炭にしたら、必ず生きて帰るからね・・・」
チャールズはガーレジにあるちょっとした休憩所で寝る若いオークを見て、頭に疑問符を浮かべる。
「お兄さん、誰? 泥棒?」
「んぁ? 誰が泥棒だ! 俺は城からの伝令だ。跪け、一般市民が」
深くは眠ってなかったのか、オークはゆっくりと半身を起こして、眼鏡のゴブリンを見る。
「伝令が何しに来たの? 昼寝しに、お祖母ちゃんとこに来るわけないし」
「聞いてないのか? お前の祖母ちゃんは、戦争に行ったんだよ」
デリカシーのないオークは、鼻くそを穿ってから食べた。
「そんな! 聞いてないよ! 機工士なのに! なんで戦争に行かないと駄目なんだ!」
「知らねぇよ。狂王の命令だから仕方ねぇだろ」
チャールズはデカイの置手紙でもないか、キョロキョロする。しかし、見つけたのはマナ供給パックだった。
「あっ! これ!」
「どした!?」
「お祖母ちゃん、大事な物を忘れていってる! 最近、お祖母ちゃんが嬉しそうに鉄傀儡を調整してたから、退屈でさ。その時に、この筆箱みたいなのを触ったら、凄く怒られたんだ。それで、この箱は何って聞いたら、動力の予備パックだって言ってた!」
伝令の若いオークは相変わらず鼻くそをほじっている。チャールズが焦る理由を気にした様子は、その鼻くそほどもない。
「それが、どったの?」
「ばかぁ!」
チャールズは、身近にあったスパナで、自分より背の高い伝令の頬を殴る。
「ぶべらっ!」
「あの鉄傀儡は、操縦者がマナの蓄電器になっているんだよ?」
頬を擦りながら、オークは不思議そうな顔をする。蓄電器という言葉と意味を、かろうじて知っていたからだ。
「操縦者が蓄電器になってるなら、予備パックなんかいらねぇだろ」
チャールズはスパナでガラクタの入っている箱を叩きながら、焦りを一掃濃くした。
「じゃあ聞くけどさ。マナ変換が間に合わない場合、どうなるか知ってるの?」
「知らねぇよ! 俺は機工士じゃねぇし」
「ばかぁ! 僕だってメイジだい!」
「はべらっ!」
また頬を殴られて、涙目で頬を撫でる伝令は「二度もぶったぁ!」と喚く。怒ってチャールズに仕返ししようとしないのは、この眼鏡のゴブリンが天才魔法使いで有名だからだ。下手に手を出せば、返り討ちに遭うのは目に見えている。
「変換が間に合わないと、自身が電池の代わりになるんだよ!」
「で、・・・でんち? うんちじゃなくて?」
「ばかぁ!」
「すべからくっ!」
あまり殴られると、オークの命である下顎から突き出ている牙を折られかねないので、これまでの人生で一度もしたことのない真剣な顔で、伝令は正座をし、真っすぐと透過する瞳でチャールズを見つめた。
真面目に聞く気になったオークを見たチャールズは、スパナをテーブルに置いて、黒板に絵を描いて説明する。
「さっきも言ったけど、お祖母ちゃんの作った鉄傀儡の操縦者は、空気中に存在するマナ粒子を体に蓄え、動力を調整する役目をしているんだ」
「なるほど!」
オークは知ったかぶりをして、チャールズの話を聞く。例え話が理解できなくとも、彼の話を真剣に聞くことが大事なのだと悟った。
「そう。もし、マナを蓄えられなくなって、容量を超えた行動をすると、操縦者はどうなると思う?」
ただの伝令とはいえ、狂王に仕える高級伝令。プライドと意地で答えて見せようと頭をフル回転する。
(メイジで例えて考えるんだ、俺! メイジはマナを失うとどうなる? 疲れてフラフラするだけだ。じゃあ、魔力の権化みたいな魔人族はどうだ? あいつら、マナを使い切ると失神するぞ! こ、これだ!)
オークはゆっくりと背筋を伸ばし、得意げな顔で、三回ほど残像が見える速さと滑らかさで手を上げる。
「ハイッ! 気絶します!」
「正解!」
チャールズはご褒美として、伝令にその辺にあったカップケーキを渡した。オークは肉の方が良かったなぁと思いつつも、カップケーキに齧りつく。
「気絶する程度ならまだマシなんだよ。それはコンデンサとしての役目が果たせなかっただけだからね。普通の操縦者ならそこで、鉄傀儡から排出されて終わりなんだ。だけど、お祖母ちゃんは魔力も高く、ガッツもある! いざって時に、自身が電池になる事ができるんだ。簡単に言うと無理ができるって事! わかる?」
「ヴぁいっ!」
オークはカップケーキを急いで食べて、手を上げて勢いよく返事をする。
「ここまで言えば、この補助パックが、なんで大事な物かこれでわかったでしょ? お祖母ちゃんが、無理をした時にこれがあれば、マナを補充してくれるんだ」
「じゃあ、この補助パックがないと、どうなるのでありますか!」
「最悪、焼け焦げて死ぬんだ・・・。うわぁぁぁん! おばあちゃぁぁぁん!!」
チャールズは最悪を想定して、へたりこむと天井に顔を向けて大泣きしだした。
(フッ! 天才魔法使いも所詮は子供だな。こんなに大泣きして。仕方ねぇな。ここは大人の威厳を見せてやろう)
「まだ起きてないことに、杞憂して泣く奴があるか。いいか、小僧。今年の我が軍は数が多い。ババァが活躍する場面なんてねぇよ」
「うそだ! 僕は戦場に出るゴブリンが棍棒と鍋の蓋を装備していたのを見たよ! 今年のグランデモニウム王国軍は烏合の衆! 二つ名のある戦士なんてスカールとベンゾウとオーキンだけじゃないか!」
オークは更に大人の雰囲気を醸し出そうとして、立ち上がってチャールズに背を向け、どこを見るともなく後ろ手を組んだ。
「いいかい、坊や。今年は更にバートラのゴブリンも雇っているんだよ。敵なんて、陰に潜んで背後からグサリ! だ。それから貴族の使役するサイクロップスもいる。そう簡単にやられたりしねぇよ」
そして、振り返り両手を広げ「だから心配す・・・」と言いかけて、止めた。
チャールズは右目に軽く握った拳を当てて、その拳の穴から国境砦の方を見ている。つまり【遠目】の魔法を使っているのだ。
「うわ、あああ。サイクロップスはもう既に死んでるー! でも確かにグランデモニウム王国軍の方が優勢だけど、お祖母ちゃんが、大きな鉄傀儡と対峙しているじゃないかぁ!」
「よし! お兄さんに任せない、デカイの孫。その補給パックをババァに届けてやるよ」
しかし、チャールズは手を差し出す伝令を白眼視している。信用していないのだ。途中のゴブリン谷で売り払うに違いないと。
「なんだ、その目は!」
憤慨するオークに、もう一つの懸念点をチャールズは容赦なく言う。
「お兄さん、伝令ばっかりやってた斥候でしょ? 戦場の最前線に出るには力不足だよ。陰潜みできるの?」
「うぐっ!」
王に仕える伝令とはいえ、下っ端で斥候としても。戦いについては経験不足。陰潜りすらできない。物陰に潜むのが得意なのと、狂王の気まぐれで採用されたようなものなのだ。
「僕もついていくよ! 【姿隠し】を覚えてるし」
「馬鹿言え、【姿隠し】は自身にしかかけられない魔法だろ。いくら優秀なお前でも、戦場に現れたら餌食になるのが目に見えている。メイジは戦士に守ってもらってナンボだからな。それに俺は力不足で戦場に行っても・・・。 ん? ま、まさか!」
チャールズは何かに気づいた伝令に嬉しそうにウィンクする。
「そうさ。僕は他者付与のスキルを持っている。そしてお兄さんは、足が速い。僕をおぶって走ってよ!」
「末恐ろしいガキだぜ。その歳で・・・。そういうことなら! いいぜ、行こうか坊主! いや、未来の偉大なる小さな魔法使いさんよぉ!」
辺り一帯を焦土と化す攻撃力を持つビコノカミ・プロトタイプのフルバーストは、樹族国近衛兵騎士団や、その他の武将、そしてカズンたちに戦慄させる暇を与えず、襲い掛かった。
「キュル!」
早口で有名なノームが何かを叫んで、鉄傀儡の盾の裏から飛び出した小さなビットを、広範囲に配置して平面的なバリアを完成させる。
バリアは凡その攻撃を防ぎ(いくつかのビットはデカイの攻撃が命中してしまい、バリアを消失させてしまった)、国王の天幕を守る近衛兵騎士団に数名に、銃や腕の下部から飛び出たガトリグガンの弾の餌食になる程度で済んだ。
「ちくしょおおお!! 小賢しいノームめ!」
デカイは皴の多い顔を掻きむしり、悔しがった。浮遊するエネルギーもないのか、ビコノカミ・プロトタイプは地上に降り、地面に膝をついた。
これで、機動力と回避力を失った事気づいて、老婆の額に玉汗が浮かぶ。
「ハハハ! 神の遺物よりも現代のノームの機体の方が優秀だったようだな! さて、我らが鉄傀儡様の反撃といこうか!」
カズンがモズクに向かって、顎で「やれ」と命令するも、ノームの鉄傀儡からは、「キュル」という声が聞こえただけだった。
「なんだ? ノームは何と言っている?」
全く動こうとしないノームの鉄傀儡を見あげて、カズンは翻訳機を持つモズクに説明させた。
「彼はこう言っています。ノームは戦争をしない。本国の許可がない限り、どこかの国に加担した場合、重い処罰が待っている。でも人命救助は別。助かって良かったね、と」
「そんな馬鹿な! 召喚の契約はどうした?!」
カズンはムダンからの冷たい視線を受け、焦せってモズクのローブを引っ張った。
「勿論、契約は成功しています。ノームの鉄傀儡との契約は」
「操縦者のノーム込みじゃないのか?」
「私もそう思っていましたが、どうやら違うようです、カズン様。鉄傀儡は私の命令では動きません。動かしている本人が契約の範囲外なので・・・」
そうこう言っている間に、ノームはまた一声「キュル」と言うと、大きく上空にジャンプして飛行形態になって飛び去ってしまった。
「どういうことだ! カズン!」
戦場では鬼のように厳しいムダンは、フルアーマーのカズンの首を片手で掴み、持ち上げる。
ムダンの怒りを逸らそうと、カズンは必死に考え、咄嗟にビコノカミ・プロトタイプを指さして、適当なことを言う。
「ゲホゲホッ! お待ちください、ムダン閣下。良くご覧ください、あの敵の機体を。どうも様子が」
ムダンは視線を敵の鉄傀儡に向け、静かにカズンを地面に下ろす。それから自軍を見て「ウム」と頷いた。唯一敵の捕虜になっていないスカン・カズンが、近衛兵団を広範囲の祈りで癒しているのが見えたからだ。
「機体に不具合が生じたようだな。今がチャンスなのかもしれん。この中でまともに前衛を張れるのは、ワシとお前ぐらいだ、カズン。一対一といきたいところだが、そこまで余裕はない。まずは魔法が通用しない、あの装甲を物理的に破壊する」
「御意」
カズンは一日、一度だけ使えるスキル、支援効果の増強を発動させ、ムダンを強化した。更にお互い、自己強化のスキルや魔法を発動させる。
「右足だけをメイスで執拗に狙え、カズン。その後、距離を取るのだ。その間に、ワシが一番威力の出る中距離から鉄球をぶつける。それを体力が続くまで何度も繰り返すぞ。それで駄目ならお手上げだ。素直に身代金を払うしかあるまいて。ガハハ!」
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英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。
なつめ猫
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公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。
失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。
――そう、引き篭もるようにして……。
表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。
じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。
ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。
ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~
芦屋貴緒
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売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。
駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。
だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。
彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。
経験値も金にもならないこのダンジョン。
しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?
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