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古い思想の樹族

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「なぁ、あんた達。俺たちは転移魔法の失敗で、この階に飛んできただけなんだ。だから全く情報を持ってなくてさ。同じ冒険者としてのよしみで、良かったら色々と教えてくれないか?」

 俺は小賢しく、ポーチから取り出したチョコビスケットをチラ見せしてみた。食べ物でとっかかりを作ろうって魂胆だ。

「・・・」

 ん?

 ロードのモズクも僧侶のシズクも、突っ立ったまま何も答えない。なんでだ?

「どうやら、お二人さん、古臭い樹族至上主義の方々のようだぜ?」

 トウスさんが、嫌悪の表情を露骨にして言う。鼻の横に皺を作り、少しだけ牙を見せ、舌を出している。

「こいつら、いつの時代に生きてんだよ。いいか、今の樹族国はな、現人神様の助言で、奴隷制度を止めたんだよ」

 が、ピーターの言葉にも反応は無し。ピーターは普通に可愛くないから無視されたのだろう。

「素人は黙ってろ。お前たちは向こうで、ムクの相手でもしとけ」

 サーカがここぞとばかりに、前に出て俺たちに下がれとジェスチャーで示した。餅屋は餅屋ってか。

 ・・・素人は黙ってろ、か。そのセリフは現ヒジランドの総督、元樹族国の拷問官、ゲルシの口癖だ。きっと憧れがあって使ってみたかったんだな。ヒジリの次に偉い彼は、ホログラムの部下たちが、国防に関して口出しをするたびに、「素人は黙っとれ!」と言うらしい。―――という、どうでもいい噂。

「私の名は、サーカ・カズン。カズン領の時期領主だ。カズン家は、ムダン卿直下の騎士であり、私自身はシルビィ隊の部下でもある。ところでここは、どの領地のダンジョンだ?」

 サーカの自己紹介に、モズクが一瞬動揺したように見えたが、直ぐに笑い始めた。

「ハハハ! あの呪われた不幸なるカズン家が、ムダン卿直下の騎士だと? 更に近衛兵騎士団の独立部隊ときたか、嘘つき冒険者め! さしずめ、没落貴族の娘だろう。もう少し交渉スキルを磨いたらどうだ? すぐばれる嘘をついても、相手の印象を悪くするだけだぞ。とはいえ、吐いた言葉はもう口には戻らないがな」

 なんか、モズクは誰かと似ているなぁ。というか、樹族が元々こんな感じだったのを忘れていただけか? ウィングも最初はいけ好かない印象だったけど、本当は滅茶苦茶優しい奴だったし。サーカもデレてからは、二人きりの時は甘えん坊だからな。本来の樹族はモズクみたいな奴ばかりなんだ。

「ほう、カズン家を知っているのか? 身元も明かさない冒険者に、我が一族が侮辱されるとは光栄の極み。ところで貴殿らは、この盾の紋章が見えないようだな?」

 サーカも負けていない。マウント合戦なら得意だ。わざわざ魔法点を一点消費して、敢えて【光の剣】を使い、その光を中盾に近づけ、炎と壁の紋章を強調して照らして見せた。

「無礼者が。どこで拾ってきた盾だ? 王の盾であるウォール家の名を騙るとは、不敬も不敬。貴様の未来、絞首刑とみた。馬鹿者が! ハハハ!」

 相手も頑固だなぁ。でも田舎騎士のカズン家の内情を知っているという事は、このダンジョンがカズン領からそう遠くない場所だとわかった。となると、ムダン領か。いいぞ、サーカ。もっと情報を引き出せ。

「まだ信じないのか、愚か者め。無駄に歳を重ねただけの頑固者は、さっさと冒険者を止めて、バルコニーで紅茶でも飲んで過ごすのだな。まぁお前の家に、バルコニーがあればの話だが」

 え、モズクって年寄なの? あぁ、そういえば、耳がサーカより垂れ下がっている。サーカはピンとして張りがあるから、まだまだ若いという証拠だ。

「黙れ、小娘。貴様が生まれる前から、我らは冒険者をしているのだぞ。そして、この状況下で冒険者にとって最も重要な物がなにか、全くもって、わかっていないようだな。地位ではない」

 マウント合戦は、一応サーカの勝ちだな。モズクの声のトーンが少し下がっている。

「重要なもの?」

 騎士である彼女に、ダンジョンを専門とする冒険者の大事な物が分かるわけないか。ピーターがこっそりとサーカに耳打ちする。

「情報、ですぜ、サーカお嬢様。地上じゃ吟遊詩人や、俺の同胞たちが情報をばらまくから、簡単に手に入りやすいけど、ダンジョンでは、お金に匹敵するんだよ。それだけこの黴臭いレンガの隙間には、俺たちの大事な最後の非常食である、口の中の歯糞のように、貴重なものが詰まっている」

 この邪悪なるどんぐり族は、時々ワンドリッター家のような物言いをする。多分真似しているのだと思うけど。

「ふん、それぐらい知っている」

 せっかく教えてやったのに、と不満顔のピーターは皮肉を込めて、主の顔色ばかり窺う家臣のように、頭を下げたままスススと陰に下がった。今度は三下召使の物真似か。お前は何を目指して、物真似ばかりしてんだよっ!

「で、我々が貴重な情報を得る為の対価はなんだ?」

「先ほどのアンデッドで察しはつくだろう。この階層に潜む、悪の死霊使いを倒す事だ」

「見たところ、あんた等はずっとダンジョンに潜って、そのネクロマンサーとやり合っているみたいだけど、固執する理由はなんだ?」

 彼らが樹族意外を無視するポリシーがある事を忘れて、俺はうっかり質問してしまった。勿論、返事はない。なのでサーカが改めて尋ね直す。

「固執する理由はなんだ? と我らがパーティーのリーダーである、神の眷属様が仰っている」

 眷属じゃねぇ!

「余計な詮索はするな。貴様らは黙ってネクロマンサーを探し出し、殺せばいいのだ。一度は我らが倒したはずなのだがな、奴は生きていた」

「身代わり人形でも持っていたのか?」

 俺が思わずそう言うと、初めてモズクが反応した。

「フッ! 愚鈍なる阿呆のオーガが」

 なんですとー! 頭の良さも素早さもそんなに悪くないぞ。まぁ、でもこのパーティメンバーは、皆ステータスが高いから、そんなでもないか。

「オビオは、神の眷属と言ったはずです。それは我が神を愚弄するのと同じ事ですよ」

 ウィングの細い目が更に細くなり、エペの柄に手を乗せた。神のことになると気が荒くなるなぁ、ウィングは。

「落ち着けよ、司祭様。オビオが馬鹿なのは、今に始まった事じゃないだろ。いいか、オビオ。身代わり人形が死を一回引き受けてくれても、本人はまだその場にいるんだから、素早く逃げなきゃ再び止めを刺される。このベテラン糞モグラ冒険者のご老人二人は、ネクロマンサーが身代わり人形を使っていない事を確認したうえで、死んだと言っているのだろうさ」

 ピーターが陰から現れて、俺に教えてくれた。こいつ、この冒険者二人を警戒しているな? また陰に消えたぞ。いや、違うな。いつでもバックスタッブを狙えるように準備してんだ。こいつ、暗殺者になってから有能だな。有能なるピーター君に改名するか。いや、それは早計だ。まだズボンの前がカピカピしている時があるし。

「確かに、モティの斥候がキリマルにやられた時は、身代わり人形を使った後、急いで逃げていたもんなぁ。でもネクロマンサーなんだから、自分を自動的に蘇生したり、或るいはアンデッド化できるんじゃないの?」

「自動蘇生はともかく、アンデッド化はありそうだな」

 サーカが顎を撫でながら、俺の考えに頷いたその時。

「わぁぁぁぁ!!」

 ―――迷宮の奥からの突然の悲鳴。

「皆、武器を構えろ!」

 黒闇の先に目を凝らすが、何も見えない。聞こえるのは皮ブーツの踵が激しく鳴る音のみ。

 真っ先にその声の正体を見つけたのは、トウスさんだった。

「不動聖山のリーダー、パンだ」

 彼はカズン領を去った後に、このダンジョンに来ていたのか。

「一人だけか?」

 足音が一つしかない事を不思議に思い、トウスさんに問いかけると「あぁ」と返事が返ってきた。

「おかしいな。他メンバーはどうした?」

「さぁな。全滅手前なのかもしれねぇ」

「よし、助けよう」

 助けようと即答すると、ピーターが嫌な顔をして呟いた。「お人好しの間抜け」と。聞こえてんだからな。お前、次回のデザート少し減らすぞ、覚えてろ。

 俺がお玉と鍋を構えて、声の方に進むと、メンバーも後ろに続く。更にその後ろから、シズクとモズクもついてきた。ついてくるのは良いが、「未熟な冒険者が迂闊に、この迷宮に入るからだ」と毒を吐いて嫌な気分にさせる。

「言っておくが不動聖山は手練れの悪魔殺しだ。ネクロマンサーが支配するアンデッドの迷宮なんて、目じゃないはずなんだけどな」

 一応、不動聖山を擁護しておく。あのロリッ子魔王相手に勇敢に戦ったからな。当たり前だがモズクからの返事はない。

「パンさん、こっちに!」

 こっちにと言っても一本道の通路で、迷う事はなく、彼は真っすぐと魔法の灯りを目指して走って来る。

「あぁ、なんたる幸運! バトルコック団の皆さんじゃないですか! でも気を付けてください! 敵は大量の蛆虫ですよ!」

 う、蛆虫だと! ここに潔癖症の自由騎士・ヤイバさんがいたら、卒倒していただろう。

「そんなもの、焼き払えばいいだろう!」

 パンさんの背後を埋め尽くす、蛆虫がそんな暇を与えてくれると思うか? サーカ。

「【物理障壁】!」

 あと少しで蛆虫の大群に飲み込まれそうになったパンさんの後ろに、ウィングが物理攻撃を反射する壁を張った。

「助かりました、ウィング司祭」

 パンさんは、俺たちのほうにやって来ると、ハンカチで禿げ頭の汗を拭き始めた。

 蛆虫たちは、バチバチと音を立てて焦げては落ち、死体の山を築く。いや、おかしい。焦げても尚、蠢き、物理障壁に攻撃を仕掛けている。

「あまり長く持たないよ、オビオ。どうする?」

 ウィングの言う「どうする?」は基本的に落ち着いているので、聞かれた側も慌てる事は少ない。さて、どうしたものかと考えていると、我が恋人がドヤ顔で前に出た。

「攻撃力に乏しいオビオに聞いても意味がないだろう、ウィング。私に任せろ!」

 サーカは【電撃】を撃つつもりか? 確かに直線的な動きで、後ろまで貫通して影響する魔法だから有効だけど、少し火力が足りないんじゃないかな?

 が、それは俺の杞憂だった。

 野太いビームのような魔法が、物理障壁を内側から破壊して、蛆虫たちをどんどんと一掃していった。

「そうか、その魔法があったか! でもなんでサーカの撃った魔法はウィングの張った物理障壁ごと破壊したんだ? ・・・あ、そっか。物理攻撃に近い魔法だからか」

 サーカがヒジランドで体得したオリジナル魔法のヒントは、ウメボシが目玉から放つ極太ビーム。現人神もウメボシもヘカティニスも、サーカのビーム魔法をその身に受けて焦っていた。あの超人やアンドロイドや英雄傭兵が三人がかりで、なんとか防いだ魔法だ。

 実質、科学と魔法を融合させたようなもので、サカモト博士に通ずるものがある。流石は秀才。魔法に関する学習能力の高さと発想力の凄さよ。

「まだ蛆虫が少し残っているぞ!」

 トウスさんが、そう叫んで後ろに下がった。皆もそれに倣って下がったが、考え事をしていた俺は、あっという間に蛆虫にたかられてしまった。
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