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シルビィとの契約
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シルビィ隊長の声に、キリマルも反応し、即座にバク転をして、長身の樹族の剣士に変身した。この姿で隊長と冒険してたわけか。まぁ悪魔の姿だと討伐対象になるわな。
「久しぶりだな、シルビィ。あの王子様は元気か?」
王子様? 誰の事だ? 俺は二人の会話を盗み聞ぎしながら、足が早い食べ物であるオティムポ牛と鬼イノシシを名刀金剛切りでさっくりと捌き、料理の準備を進めていった。
「相変わらず、遺跡に籠ったままだ。もはや遺跡守りみたいなもんだな。あれ以来、騎士たちが様子を見に行くと、遺跡守りと共に出てきて、威嚇攻撃を仕掛けてくる。シュラス国王も心配しているが、話し合いは無理だろう」
シュラス国王には息子がいたのか。以前に誰かから聞いたっけ? 初耳だな。いや、忘れてただけか? てっきり子供はいないと思っていたけど。
「クハハ。そのうちヒジリが調査名目で出張ってくるぞ。そうなったら、叩きのめされてお終いだな」
俺の周りにいる追跡ナノマシンがオフ状態で良かったな。起動していたら今の情報は、ヒジリに筒抜けだ。
「シッ! この事はヒジリ殿の耳に入れるなよ。ややこしくなる。それにしても、お前は東の大陸に帰ったと思っていたがな」
キリマルは東の大陸の樹族という設定で、隊長と組んでいたのか。
「いや、ニムゲイン王国に行っていた。レッサーオーガとエルフの島国だ。そこで俺様は暮らしている」
「ほう、あのノームの飛空艇でしか行けない、謎多き国か」
ニムゲイン王国の情報を頭の中でかき集めているであろうシルビィ隊長に、キリマルはにやりと笑った。
「そんな事より、歴史書を見たぞ。おめぇ、結構エグい事やってんな。俺が見逃してやったサラサスとシソの子を、獣人共々焼き払ったそうじゃねぇか」
「仕方あるまい。彼らは樹族国に有害な存在だったからな。しかし・・・・。その話はやめてくれないか、キリマル。あまり気持ちの良い思い出ではないし、こちらの魔法水晶からトウス・イブン・トウバの姿が見えている。彼には大いに関係ある話だからな。奴がスパイではない可能性も捨ててはいない。我々はまだ獣人国と事を構える準備ができていないのだ。・・・・はぁ、これも全ては私のせいだ。あの時、もう一歩踏み込んで、猿人どもを獣人国の政治の場から引きずり下ろしていれば・・・」
キリマルとシルビィ隊長は昔の冒険者仲間らしいが、新参者の俺に話の内容は理解できるわけもなく。でもトウスさんが関係している事だけはわかる。
落胆するシルビィ隊長を、キリマルが珍しく励ました。
「何言ってんだ。お前は樹族国の者だろ。気にするな。獣人国の事は獣人に任せとけばいいんだわ。トウバの息子が何とかすんだろ」
なんとかするつっても、現状、その革命家であるトウスさんは獣人国から、自分の子供を連れて逃げ出している。猿人は今も首長国の政治システムを無視して獣人国でのさばっているのだろうさ。トウスさんは祖国に対して具体的にどうしたいのか? 父親や奥さんはどうなったんだろうか? 本人から直接、話を聞きたいけど、どうも気を使ってしまって聞きづらい。
「で、キリマル。お前はいつまでモティの田舎村改め、ヒジランドの飛び地にいるんだ?」
少年漫画の主人公みたいな顔だが、美人の類の隊長は、少し甘い声を出したように思える。これはたぶん、何かキリマルに頼むつもりだ。
「んー、オビオの飯を腹いっぱい食うまでだな」
実はキリマルの腹いっぱいは大した事ない。意外と小食なのだ。多数の美味しい料理を少しずつ食べるタイプの人間、いや悪魔だ。
「悪いが旧友のよしみでもう二日間、その地を守ってやってくれないか」
やはり隊長の甘え声は、お願い作戦だったか。
「なんでだ?」
そうだよ。なんで俺たちじゃダメなんだよ。力不足ってか?
「ヒジリ殿が、聖騎士見習いのフランと闇魔女イグナをそこに派遣すると決定した。四人だけしかいないバトルコック団では心元ない」
確かに敵討伐数最多のピーターと、魔法使いなどの後衛の詠唱を阻害する役目の、魔物使いムクがいないのは戦術が狭まる・・・。でも俺達でも十分にやれるぜ? あんな雑魚神殿騎士。とはいえ、エース級ばかりに来られるとちょっと厄介か。村人を守りながら戦うってのは、かなり難しい。どこかに隠れさせても、敵の斥候が見つけてしまえば、すぐに人質にされてしまうだろう。
「フランちゃんと、イグナちゃんか・・・。懐かしいなぁ」
そう呟いて、俺はある事に気が付いて、ため息を漏らす。
だったらさ~。先に追跡ナノマシンで俺たちに教えてくれてもいいだろ、ヒジリさんよー。なんで隊長経由で色んな情報を知る羽目になってんだよ!
「ナルホドッ!」
ビャクヤが急に大声を出し、指を鳴らして、奇妙なポーズをとったので、俺は思わず驚いてビクリとする。危うく包丁で指を切るところだった。
「聖騎士見習いとはいえ、神の盾を名乗る者がこの地に派遣されればッ! モティはいよいよ手出しはできなくなるでしょうなッ! 暗殺者などを送れば、周辺国から悪魔の使徒の烙印を押されるでしょうしッ! 更に保険として、歩く最強砲台のイグナちゃんがいれば、鬼に金棒ッ! 敵の軍勢が多ければ多いほど、範囲魔法の餌食となるでしょうッ!」
ビャクヤの話を聞いたウィングが感涙し、朧月蝶を探したが、もう既にいなくなっていたので、天に手を合わせている。
「おお、流石は我が主神。そこまでお考えになっていたとは!」
「となれば、商人たちは戻って来るし・・・。それどころか、巡礼者も押し寄せてくるだろうな」
サーカがそう言いながら、ウィングを見ると彼も頷いた。
「この村を離れる理由が、ようやくできましたね・・・」
「長かった。当初はウィングを迎えて、何とかしてサーカの領地まで戻る予定だったもんな。結局、この村に一週間ぐらい滞在したか」
俺が大きな鉄板で焼くオティムポ牛のステーキの焼き加減を慎重に見極めていると、キリマルが不満そうな声を上げた。
「おい、待て、シルビィちゃんよぉ。その依頼、まだ引き受けるとは言ってないぜ?」
一部隊の隊長とはいえ、高位の権限を多数持つ人物に向かって、ちゃん付けで呼べる人物はそうはいないだろう。
「勿論、報酬は払うが?」
いいのかい? 隊長。相手は悪魔だぞ。悪魔の報酬は基本的に魂だ。まぁ例外も多かったけど。フラッ君とかは料理を望んでいたな。
「今度会った時に、お前が俺の頬にキスをしてくれるなら、引き受けてやってもいい」
は? 相手は王国近衛兵騎士団独立部隊の隊長で、王の盾の娘だぞ? そんな辱めを飲むわけないだろ。
「よし、決まりだな。旧友の私に気を使ってくれたようだが、後で約束を変えるなんてのは無しだからな?」
ええんかーい! 水晶の向こうの隊長は安い報酬に満足顔だ。魔刀アマリが怒っているのか、鞘の中でカタカタと暴れまわっている。
俺は慌てて、キリマルの肩に手を置いて、考えを変えるように言おうとしたが・・・。意識せず上位識別の指輪から流れ込んでくる感情は、好意だ。そしてキリマルの声も聞こえてくる。
(くー、シルビィめ。相変わらず、好みの顔しやがって)
こ、こいつ! 隊長が好きなんだ? いや、顔が好みなだけか。キリマルの意外な一面を見てしまった。
ビャクヤという主人に相談する事なく、勝手に契約を締結したキリマルは、村の外に広がる森に向かって両手を広げ大声を出した。
「いいか、聞け。モティのスカウトども。この村の領地に、少しでも近づいたら殺す」
なんともシンプルな忠告だ。
だが、悪魔が変身した樹族の剣士の言葉は、斥候に恐怖心を植え付けたはず。キリマルは恐怖のオーラを放っていないが、間違いなく彼らの背筋を凍り付かせただろう。
と、思われたが、はったりだと思った地走り族の斥候が一人現れる。種族特性の悪い癖が出てしまったようだ。地走り族は好奇心が強い。キリマルがどう出るのか、興味を持ってしまったのだろう。南無。
「クハハハ! お前はドッジボールで例えると、最後の生き残りなのに、イキッて前に出て、回避と玉取りに専念して失敗し、アウトになるアホと同じだ」
そんな例え、俺以外に通用しないだろ。
ショートソードと小盾で身構えつつ、徐々に走る速度を速める地走り族に、キリマルは、その辺の小石を拾って、素早く投げた。投げたと同時に、革製のフルヘルムと鎧を着た地走り族は爆発して、肉片を飛び散らして死んだ。
うわぁ・・・。そういうや、キリマルは爆発の能力者だったんだわ。手で触れた者や物を、爆発物に変えるという恐ろしい能力。威力は魔力値に依存するそうだが、キリマルはメイジになれる程度に魔力値が高い。
ただでさえ神殺しの実力があるのに、爆発の能力まであるのはチートだろ。身震いをした横で、キリマルが見抜いていたかのような顔で呟いた。
「まぁ、どうせそうだろうと思ったがよ」
何がだ? 樹族となった彼の視線の先を追うと、斥候のいた場所に藁人形がぽとりと地面に落ちるのが見えた。
「なるほど、身代わり人形か」
サーカが頷いた。一回だけ死を身代わりしてくれる高価なマジックアイテムの事だ。つまりあの斥候は死んではいない。とはいえ、懐は痛んだだろうな。好奇心の代償は大きかった。
「キリマルなら、身代わり人形を使った後に、逃げる斥候を、追撃で仕留める事も出来ただろうに、何でしなかったんだ?」
俺は不思議に思い、そう尋ねた。
「契約では村を守れって事になっているからな。攻めてくる意思を見せなければ、深追いはしねぇ」
流石は悪魔。あやふやな救済をする神と違って、悪魔は契約通り遂行する。契約は絶対なのだ。その点は信用できる。無用な死者が出なくて良かった。
「それにしても・・・。吾輩はッ! 監視されるのが嫌いでしてねッ! なぜならばッ! 孤高の自由人ゆえッ!」
孤高の自由人って、あんたニムゲイン王国の初代王だろ。
ビャクヤが仮面に不愉快さを表して、マントをバサバサと開いたり閉じたりしている。その動きに何の意味が?
「邪魔でんすねぇ。安全なモティの宮殿でッ! ふんぞり返ってこちらを窺う【遠見】の魔法とッ! 憎しみの籠った転移結界ッ! あまり、この世界に干渉はするべきではないのですが、この程度ならば良いでしょうッ!」
魔力の中に潜む感情を読み取る事が、できるのか? ビャクヤは。
リフレクトマントの中は、ビキニパンツ一枚と凄まじい数のマジックアイテム(指輪や護符、腕輪等)の魔人族は何の詠唱もする事なく、左手を斜め上にし、右手を斜め下にした。
すると途端に、地面に魔法陣が光り、すぐに消えた。
「なんだ? 何をしたんだ?」
俺がキョロキョロしているとビャクヤが、仮面に意地悪そうな表情を現した。
「ンッ! 今頃ッ! 【遠見】と結界を張った司祭たちは、地面に転がって、のたうち回っている事でしょうッ!」
だから、何をしたんだよ!
「初めて見た」
サーカは相変わらず腕を組んで、斜に構えつつもそう言った。
「何を?」
「【追跡反射】だ。リフレクト魔法の一種で、魔力の軌跡を追跡して、魔法使用者にダメージを与える魔法だ。【遠見】をしたメイジは目を焼かれ、結界を張った者たち―――、恐らく司祭たちは、自身の周りに結界が張られ、その結界に押しつぶされる」
エグッ! なんつー魔法だ。
「久しぶりだな、シルビィ。あの王子様は元気か?」
王子様? 誰の事だ? 俺は二人の会話を盗み聞ぎしながら、足が早い食べ物であるオティムポ牛と鬼イノシシを名刀金剛切りでさっくりと捌き、料理の準備を進めていった。
「相変わらず、遺跡に籠ったままだ。もはや遺跡守りみたいなもんだな。あれ以来、騎士たちが様子を見に行くと、遺跡守りと共に出てきて、威嚇攻撃を仕掛けてくる。シュラス国王も心配しているが、話し合いは無理だろう」
シュラス国王には息子がいたのか。以前に誰かから聞いたっけ? 初耳だな。いや、忘れてただけか? てっきり子供はいないと思っていたけど。
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俺の周りにいる追跡ナノマシンがオフ状態で良かったな。起動していたら今の情報は、ヒジリに筒抜けだ。
「シッ! この事はヒジリ殿の耳に入れるなよ。ややこしくなる。それにしても、お前は東の大陸に帰ったと思っていたがな」
キリマルは東の大陸の樹族という設定で、隊長と組んでいたのか。
「いや、ニムゲイン王国に行っていた。レッサーオーガとエルフの島国だ。そこで俺様は暮らしている」
「ほう、あのノームの飛空艇でしか行けない、謎多き国か」
ニムゲイン王国の情報を頭の中でかき集めているであろうシルビィ隊長に、キリマルはにやりと笑った。
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「仕方あるまい。彼らは樹族国に有害な存在だったからな。しかし・・・・。その話はやめてくれないか、キリマル。あまり気持ちの良い思い出ではないし、こちらの魔法水晶からトウス・イブン・トウバの姿が見えている。彼には大いに関係ある話だからな。奴がスパイではない可能性も捨ててはいない。我々はまだ獣人国と事を構える準備ができていないのだ。・・・・はぁ、これも全ては私のせいだ。あの時、もう一歩踏み込んで、猿人どもを獣人国の政治の場から引きずり下ろしていれば・・・」
キリマルとシルビィ隊長は昔の冒険者仲間らしいが、新参者の俺に話の内容は理解できるわけもなく。でもトウスさんが関係している事だけはわかる。
落胆するシルビィ隊長を、キリマルが珍しく励ました。
「何言ってんだ。お前は樹族国の者だろ。気にするな。獣人国の事は獣人に任せとけばいいんだわ。トウバの息子が何とかすんだろ」
なんとかするつっても、現状、その革命家であるトウスさんは獣人国から、自分の子供を連れて逃げ出している。猿人は今も首長国の政治システムを無視して獣人国でのさばっているのだろうさ。トウスさんは祖国に対して具体的にどうしたいのか? 父親や奥さんはどうなったんだろうか? 本人から直接、話を聞きたいけど、どうも気を使ってしまって聞きづらい。
「で、キリマル。お前はいつまでモティの田舎村改め、ヒジランドの飛び地にいるんだ?」
少年漫画の主人公みたいな顔だが、美人の類の隊長は、少し甘い声を出したように思える。これはたぶん、何かキリマルに頼むつもりだ。
「んー、オビオの飯を腹いっぱい食うまでだな」
実はキリマルの腹いっぱいは大した事ない。意外と小食なのだ。多数の美味しい料理を少しずつ食べるタイプの人間、いや悪魔だ。
「悪いが旧友のよしみでもう二日間、その地を守ってやってくれないか」
やはり隊長の甘え声は、お願い作戦だったか。
「なんでだ?」
そうだよ。なんで俺たちじゃダメなんだよ。力不足ってか?
「ヒジリ殿が、聖騎士見習いのフランと闇魔女イグナをそこに派遣すると決定した。四人だけしかいないバトルコック団では心元ない」
確かに敵討伐数最多のピーターと、魔法使いなどの後衛の詠唱を阻害する役目の、魔物使いムクがいないのは戦術が狭まる・・・。でも俺達でも十分にやれるぜ? あんな雑魚神殿騎士。とはいえ、エース級ばかりに来られるとちょっと厄介か。村人を守りながら戦うってのは、かなり難しい。どこかに隠れさせても、敵の斥候が見つけてしまえば、すぐに人質にされてしまうだろう。
「フランちゃんと、イグナちゃんか・・・。懐かしいなぁ」
そう呟いて、俺はある事に気が付いて、ため息を漏らす。
だったらさ~。先に追跡ナノマシンで俺たちに教えてくれてもいいだろ、ヒジリさんよー。なんで隊長経由で色んな情報を知る羽目になってんだよ!
「ナルホドッ!」
ビャクヤが急に大声を出し、指を鳴らして、奇妙なポーズをとったので、俺は思わず驚いてビクリとする。危うく包丁で指を切るところだった。
「聖騎士見習いとはいえ、神の盾を名乗る者がこの地に派遣されればッ! モティはいよいよ手出しはできなくなるでしょうなッ! 暗殺者などを送れば、周辺国から悪魔の使徒の烙印を押されるでしょうしッ! 更に保険として、歩く最強砲台のイグナちゃんがいれば、鬼に金棒ッ! 敵の軍勢が多ければ多いほど、範囲魔法の餌食となるでしょうッ!」
ビャクヤの話を聞いたウィングが感涙し、朧月蝶を探したが、もう既にいなくなっていたので、天に手を合わせている。
「おお、流石は我が主神。そこまでお考えになっていたとは!」
「となれば、商人たちは戻って来るし・・・。それどころか、巡礼者も押し寄せてくるだろうな」
サーカがそう言いながら、ウィングを見ると彼も頷いた。
「この村を離れる理由が、ようやくできましたね・・・」
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俺が大きな鉄板で焼くオティムポ牛のステーキの焼き加減を慎重に見極めていると、キリマルが不満そうな声を上げた。
「おい、待て、シルビィちゃんよぉ。その依頼、まだ引き受けるとは言ってないぜ?」
一部隊の隊長とはいえ、高位の権限を多数持つ人物に向かって、ちゃん付けで呼べる人物はそうはいないだろう。
「勿論、報酬は払うが?」
いいのかい? 隊長。相手は悪魔だぞ。悪魔の報酬は基本的に魂だ。まぁ例外も多かったけど。フラッ君とかは料理を望んでいたな。
「今度会った時に、お前が俺の頬にキスをしてくれるなら、引き受けてやってもいい」
は? 相手は王国近衛兵騎士団独立部隊の隊長で、王の盾の娘だぞ? そんな辱めを飲むわけないだろ。
「よし、決まりだな。旧友の私に気を使ってくれたようだが、後で約束を変えるなんてのは無しだからな?」
ええんかーい! 水晶の向こうの隊長は安い報酬に満足顔だ。魔刀アマリが怒っているのか、鞘の中でカタカタと暴れまわっている。
俺は慌てて、キリマルの肩に手を置いて、考えを変えるように言おうとしたが・・・。意識せず上位識別の指輪から流れ込んでくる感情は、好意だ。そしてキリマルの声も聞こえてくる。
(くー、シルビィめ。相変わらず、好みの顔しやがって)
こ、こいつ! 隊長が好きなんだ? いや、顔が好みなだけか。キリマルの意外な一面を見てしまった。
ビャクヤという主人に相談する事なく、勝手に契約を締結したキリマルは、村の外に広がる森に向かって両手を広げ大声を出した。
「いいか、聞け。モティのスカウトども。この村の領地に、少しでも近づいたら殺す」
なんともシンプルな忠告だ。
だが、悪魔が変身した樹族の剣士の言葉は、斥候に恐怖心を植え付けたはず。キリマルは恐怖のオーラを放っていないが、間違いなく彼らの背筋を凍り付かせただろう。
と、思われたが、はったりだと思った地走り族の斥候が一人現れる。種族特性の悪い癖が出てしまったようだ。地走り族は好奇心が強い。キリマルがどう出るのか、興味を持ってしまったのだろう。南無。
「クハハハ! お前はドッジボールで例えると、最後の生き残りなのに、イキッて前に出て、回避と玉取りに専念して失敗し、アウトになるアホと同じだ」
そんな例え、俺以外に通用しないだろ。
ショートソードと小盾で身構えつつ、徐々に走る速度を速める地走り族に、キリマルは、その辺の小石を拾って、素早く投げた。投げたと同時に、革製のフルヘルムと鎧を着た地走り族は爆発して、肉片を飛び散らして死んだ。
うわぁ・・・。そういうや、キリマルは爆発の能力者だったんだわ。手で触れた者や物を、爆発物に変えるという恐ろしい能力。威力は魔力値に依存するそうだが、キリマルはメイジになれる程度に魔力値が高い。
ただでさえ神殺しの実力があるのに、爆発の能力まであるのはチートだろ。身震いをした横で、キリマルが見抜いていたかのような顔で呟いた。
「まぁ、どうせそうだろうと思ったがよ」
何がだ? 樹族となった彼の視線の先を追うと、斥候のいた場所に藁人形がぽとりと地面に落ちるのが見えた。
「なるほど、身代わり人形か」
サーカが頷いた。一回だけ死を身代わりしてくれる高価なマジックアイテムの事だ。つまりあの斥候は死んではいない。とはいえ、懐は痛んだだろうな。好奇心の代償は大きかった。
「キリマルなら、身代わり人形を使った後に、逃げる斥候を、追撃で仕留める事も出来ただろうに、何でしなかったんだ?」
俺は不思議に思い、そう尋ねた。
「契約では村を守れって事になっているからな。攻めてくる意思を見せなければ、深追いはしねぇ」
流石は悪魔。あやふやな救済をする神と違って、悪魔は契約通り遂行する。契約は絶対なのだ。その点は信用できる。無用な死者が出なくて良かった。
「それにしても・・・。吾輩はッ! 監視されるのが嫌いでしてねッ! なぜならばッ! 孤高の自由人ゆえッ!」
孤高の自由人って、あんたニムゲイン王国の初代王だろ。
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「邪魔でんすねぇ。安全なモティの宮殿でッ! ふんぞり返ってこちらを窺う【遠見】の魔法とッ! 憎しみの籠った転移結界ッ! あまり、この世界に干渉はするべきではないのですが、この程度ならば良いでしょうッ!」
魔力の中に潜む感情を読み取る事が、できるのか? ビャクヤは。
リフレクトマントの中は、ビキニパンツ一枚と凄まじい数のマジックアイテム(指輪や護符、腕輪等)の魔人族は何の詠唱もする事なく、左手を斜め上にし、右手を斜め下にした。
すると途端に、地面に魔法陣が光り、すぐに消えた。
「なんだ? 何をしたんだ?」
俺がキョロキョロしているとビャクヤが、仮面に意地悪そうな表情を現した。
「ンッ! 今頃ッ! 【遠見】と結界を張った司祭たちは、地面に転がって、のたうち回っている事でしょうッ!」
だから、何をしたんだよ!
「初めて見た」
サーカは相変わらず腕を組んで、斜に構えつつもそう言った。
「何を?」
「【追跡反射】だ。リフレクト魔法の一種で、魔力の軌跡を追跡して、魔法使用者にダメージを与える魔法だ。【遠見】をしたメイジは目を焼かれ、結界を張った者たち―――、恐らく司祭たちは、自身の周りに結界が張られ、その結界に押しつぶされる」
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