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思いがけない幸運

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 神殿騎士は撤退したようだが、相変わらず補給路は断たれたままだった。この数日間、村の噂を聞いた商人が来ないのだ。

「いよいよ、各家庭の備蓄が無くなり始めたか。まぁ、肉や野菜は亜空間ポケットにあるから、この村の規模なら現地調達しつつ、一週間は持つか」

 一人ぶつくさ言っていると、キリマルが近づいてきた。神をも超越する、あらゆる次元で最強の悪魔は、なんかモジモジしてて気持ち悪い。

「なんだよ、お菓子ならやっただろ。ビャクヤの子供の為に乳ボーロまで作ったし、和菓子も作った。さっさと過去に帰れよ。何日いるんだよ」

 正直言うと、怖いんだよ。こいつは。急に「クハハハ」と笑って、俺を殺しにかかってきてもおかしくないからな。

「そんな冷たい事いうなよ、オビオちゃぁ~ん。どうせ、ビャクヤのタイムワープ使えば、過去では一瞬消えて戻ってきた状態なんだからよぉ。それよりも、これから、村でバーベキューやるんだって? 俺も混ぜてくれてもいいだろ? なぁ、のび太ぁ?」

 ジャイアンみたいな圧をかけるんじゃないよ。

「余計な分はないぞ。余計な分とは、キリマルやビャクヤやゼッドの事だ」

 キリマルは食わなくても生きていけるし、ビャクヤもゼッドも携帯していた食料で凌いでいるので村の負担にはなっていない。

 ビャクヤに限っては食料や水を出す魔法を知っているらしいが、それは最終手段にしてほしいと言っているので、そうすることにした。何やらリスクのある魔法だそうな。

 ゼッドがなぜ、まだこの村にいるかというと、敵の斥候の気配が消えていないからだ。つまり追っ手を撒くタイミングを見計らっているのだ。キリマルやビャクヤなら、彼らを何とかする事ができるが、基本的に不干渉を貫いているので、どうにもならない。

 それでも、トウスさんが何人かモティの斥候を仕留めている。

 俺が食い物を分け与えるかどうかで否定的な態度を取り続けていると、キリマルは近くにいたゼッドの肩を抱き寄せて、馴れ馴れしく頬ずりする。

のヒジリの寵愛を受けたオーガも、『おで腹減った何か食いたい』って言ってるぜ? なぁ? のび太ぁ」

 キリマルにかかれば、誰でものび太だな。

「え、いや、俺は別に。もうすぐ立ち去ろうと思ってたし。斥候も減ったし、明日か明後日が脱出の頃合いじゃねぇかな」

 左腕を失ったゼッドは、俺が渡した右手の中の紹介状をじっと見ている。リツ・フーリー宛に書いた紹介状だ。ヒジリの城には、ツィガル帝国の外交官として送り出された、鉄騎士団団長のリツさんがいるからだ。

「なぁ。なんで悪人の俺に紹介状なんか書いてくれたんだ?」

 ゼッドは理解できないという顔で俺を見る。

「権力者に媚びへつらい、虎の威を借りるような事ばっかりやってる傭兵よりも、定職に就いた方が悪さしにくいだろうと思ってな。内政に注力し、規律に厳しいヴャーンズ皇帝の下では特に」

 とはいえ、ゼッド以外の事で懸念点がある。それは恐らく、彼の病気に罹らない能力に興味を抱いて、ヒジリが国民になるよう説得するかもしれない。が、ゼッドは憧れのツィガル帝国に行きたがっているので、リツさん宛に紹介状を書いたのだ。

 戦士として生きていけなくなったゼッドは、戦医として生きていくつもりだそうだ。ツィガル帝国に僧侶はいない。シャーマンや錬金術師の力で、ヒーリングをするが報酬は高めなので、民間療法が流行っている。そんな彼らより安い料金でゼッドは病気を治してやるというのだ。なんせ、爪の垢や髪の毛、フケ、鼻くそなんかでも、病気を治す効果があるからな。だが、相手の病気の度合いによって、犠牲にする体の量は増える。

「きっと傭兵やるなんかより、儲かるんだろうな。ディハハハ!」

 リスクを知ってもなお、陽気に笑うゼッドを見て、ビャクヤの仮面が急に曇る。多分、こいつはこのオーガの事はどうでもいいはず。となるとヒジリの事を言うのだろう。

「聞きなさい、ゼッド君ッ! ヒジランドに立ち寄ったならばッ! 必ずやッ! 現人神がッ! 『私ならば腕を再生する事ができる』と言って、君を引き留めるだろうが! 聞いてはいけないんぬッ! リツ・フーリーから、雇用許可が出たならばッ! 即ッ! 帝国に向かうのでんすッ!」

 相変わらず、帝国訛りがきついなぁ、ビャクヤは。リツさんとかは普通に共通語を喋るのに。

 キリマルが徐に親指でアマリの鍔を上げた。

「腕ならよぉ~。アマリでゼッドを殺せば、生えてくるが~?」

 俺の料理を食いたくて恩を売ろうって気だな?

 すると、トウスさんが牙を見せて抗議する。とはいえ、キリマルに殺された事のあるトウスさんは、視線をゼッドに向け直した。それだけ、キリマルの恐怖の呪いは強力なのだ。

「腕を生やしたら、また悪事を働くだろうが。片腕でもいくらでも悪さはできるけどよ・・・。俺に負けた戒めとして、一生片腕でいろ」

 トウスさんの言葉に、キリマルは何か思う事があるのか、呆れたようにして肩を竦める。

「俺様とトウバの息子とは同じ混沌属性なのに、善人だとこうも違ってくるものかね」

 トウスさんの父親の知り合いらしいキリマルはぼやくが、無視して俺はゼッドに意見した。

「俺もトウスさんに同意見だ。どうしても片腕が不便だと思うなら、樹族国のロケート砦に行けばいい。あそこには、シルビィ隊所属のロケ―ト鉄傀儡騎士団がいる。高性能な義手や義足なら簡単に作ってくれるぞ。まぁ、行くまでに悪事を働いて、指名手配にでもなろうものなら、鉄傀儡に叩き潰されるだろうけどさ。あと収入によって、治療費が高くなるから、お前が悪さをして貯めこんだ金は一気に消えるだろうよ」

 ここまで言えば、こいつはロケート砦まで行こうとは思わないだろう。が、選択肢は与えておく俺は優しい。ふへへ。

「そんな事より、飯だ飯。オビオ。久々にお前の飯が食えるんだ。涎が止まんねぇわ」

「お前の分はねぇって言ってんだろ。キリマル。モンスターでも狩ってくるなら話は別だけどさ」

 そう言うと、キリマルはシュッと消えて、一分後に沢山のモンスターを狩って帰ってきやがった。

「これでいいだろ~? オビオさんよぉ~」

 担ぎあげたモンスターの死体の山を、無造作に地面に置く悪魔は、興奮しているのか、クラックから赤い光を発していた。中には無害で人懐っこい魔物までいる。殺戮は楽しかったかい? この悪魔め!

 巨大な山蟹、魔犬の大ボス、ワイバーンに、頭以外が、クラックのないキリマルみたいな見た目のデスクロー。鬼イノシシ。白い毛玉が血に濡れている可愛い魔物フワワ。そして、モティにはいないはずの、オティムポ牛。他のモンスターが霞むほどデカイ。全長十五メートルはあるだろうか?

「なんでオティムポ牛がいるんだよ! モティだと超高級品だぞ。金がどんだけあっても、買えない時は買えないからな」

「知らねぇよ。モンゲルにでも飛ばされてきたんだろ」

 モ、モンゲルか。ありうるな。数こそ少ないが、危険を感じると相手をランダムに転移させてしまう狸みたいなモンスターだ。そういえば、なぜかヘカティニスさんが、モンゲルの被害によく遭う。

 集まってきた村人が、大量の食料に大騒ぎし、キリマルに拍手を送って喜んでいる。

「んんん、流石、キリマルですなッ!」

 自分が使役する悪魔の手柄は主人のもの、とばかりにビャクヤがシルクハットを脱いで、あちこちにお辞儀しているのが、滑稽だ。

「クハハハ! お祭りの開催だぁ~~~!! 酒持ってこ~~い!」

 キリマルが勝手に盛り上げ始めた。村人たちがそれに呼応するように、「うぉぉぉぉ!」と叫ぶ。中には家まで走って、酒樽を転がして持って来る者まで現れる始末。

「おい、キリマル。この村はこれから持久戦が始まるんだぞ。一時とはいえ、村人に贅沢をさせるな」

 サーカの言う事も尤もで、これから始まるであろう教皇軍との戦いは、どうなるかわからない。物資の消費を早める焦らすような戦いなのか、暗殺者を大量に寄越すのか、神殿騎士の精鋭による正面突破か。

 俺もキリマルに注意しようとしたその時。

 サーカの魔法水晶に連絡が入った。シルビィさんからだ。

「喜べ、サーカ」

 挨拶も何もなく、シルビィ隊長はいきなりそう言った。この状況で何を喜べと?

「はぁ。どうしたのです、隊長。いつ巣に侵入してくるかわからないスズメバチが外を飛ぶ中、我々ミツバチが一体何を喜ぶのです?」

 珍しくサーカが貴族らしい皮肉を言った。

「ウィング司祭の村は、これよりダーリン・・・。ゴホン、ヒジランド王の支配地となった。各国にそう宣言したのだよ」

「はぁ? どういう事ですか?」

 ほんとだよ、一体何がどうなってそうなった?

「例の花だ、サーカ。ヒジリ聖下が、モティと取引をした絶望平野の森に住むリッチを拘束し、密約書を押収したのだ。それに聖下は、ウィング司祭の領地を、モティが放棄したと認識している。その目で確認したそうな。領地を得たのは、勝手にリッチと接触した事や、この花の起源をヒジランドに擦り付けようとした事への報復だ」

 正確には、俺に付着した追跡ナノマシンから得た情報だけどな。

「ですが隊長。そんなものは、モティ側がしらを切れば終わってしまう話なのでは? モティの愚か者が勝手にリッチと取引をして、この村に毒の花を植えたと・・・」

 すると、魔法水晶に映ったシルビィ隊長は、熱血漫画の主人公のような赤い癖毛を揺らして笑った。

「まぁオビオは、独立部隊の情報の外にいるから、知らなくても仕方がないか。モティは余程見つからない自信があったのか、神聖国の魔法の印が押してあったのだ。これは、絶対に言い逃れのできない印でな。約束を反故にすれば、呪いが発動するタイプのものだ。呪いを確実にするには、契約者同士素性をハッキリさせておかねばならないのだ。聖下にその証拠を掴まれて、洗いざらい喋ったリッチは呪いが発動して、これまで習得した魔法を全て忘れ、ただの樹族に戻ってしまったぞ。ハハハ」

 多分、密約書に付着していた垢か何かで、遺伝子情報を特定し追跡したのだろう。これはヒジリでもウメボシさんにもできる芸当だ。後は、ヒジリ本人がリッチの住処に乗り込んで、パラライザービームで捕縛したのだろうさ。

 あぁ、想像できる。無駄な壁をぶち壊しながら、一直線にリッチのもとへ向かうヒジリの様子が。リッチは相当恐ろしかっただろうな。

 結果論だけど、花をヒジリに取られたのは正解だった。俺が調べて特効薬をすぐにでも作るつもりだったけど。ゼッドがいたからそれも不要だったけどさ。

 俺はある事を思い出して、ポンと掌を拳で叩く。

「あぁ、約束の呪いみたいなものですね」

 この星において、魂を込めた本気の指切りげんまんは、確固たる契約になる。約束を破れば勿論、呪いが降りかかるのだ。

「まぁ、それに近いか。オビオの主様は本当に優秀だな。独立部隊や裏側の立つ瀬がない」

 いや、俺はヒジリの眷属じゃないってば、シルビィ隊長さんよぉ。まぁ説明するのも面倒だから言わないけど。

 独立部隊が動く気満々だったって事は、同盟国である樹族国は、この件でヒジリに恩を売るつもりだったんだろうな。

「となると、迂闊にウィングの領地を攻撃できないぞ。何せ神の領地だからな。良かったな! 皆! それにウィング!」

 ウィングが飛びついてきて、俺の頬にキスしまくる。それをサーカが横目のジト目でみているが、何も言わないのが、ちょっと寂しいな。

 当然ながら村人たちから、激しい歓声が起こる。そりゃそうか、神の庇護下に置かれたこの飛び地は安泰と言えるからな。攻撃しようものなら、周辺国からモティへ非難の声が上がる。だろうさ。

「はぁ~。肩の荷が下りたわ」

 俺が地面にへたり込んでいると、キリマルが「クハハハ! となると正真正銘、お祭りだな! オビオぉ!」と大声で言ったので、魔法水晶内のシルビィ隊長が反応した。

「そ、その声は! キリマルが、そこにいるのか!?」
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