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可能性の蝶

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「オビオのもとへ飛べ! サーカ! 俺はお前を信じるぞ」

 祖国の奪還、復興にオビオを利用したいという後ろめたさもあったが、何よりも大切な仲間を失うわけにはいかない。トウスは吠えるように叫んで、サーカに転移魔法を促す。

「しかし・・・」

 これまでの報酬で買った高価な転移魔法は、つい最近覚えたばかりだ。魔法早覚えの能力者とはいえ、練度は高くない。

「やれ!! どうなっても、お前を恨んだりなんかしねぇ!」

 野太い声の獅子人は、そう言うと、胸いっぱい空気を吸い込んで覚悟を決めた。

「いや、俺は転移に巻き込むなよ? ムクだって幼いのに、転移したら石の中でした、なんてのは可哀想だろ?」

 ピーターは、鼻くそを飛ばした手で、ムクの手を掴み、陰に潜むと消えた。

「わかった。ピーターとムクは置いていく。さぁやれ!! サーカ・カズン!」

 獅子人の強引な命令を聞いて、二度目の迷いはなかった。【人探し】の魔法でオビオの位置座標を確認済みのサーカは、即座にスキルを発動して魔法詠唱を開始する。

「魔法の守りを穿て! 魔力貫通! そしてオビオのもとへ、刹那の先へ【転移】!」

 どこぞの仮面を付けた天才魔術師のような適当な詠唱ではない。それは成功率を少しでも上げる真剣な詠唱だった。



 ―――シュッ!

 結界を突き破り、上手く転送でき、安堵した矢先、状況を察したサーカは四つん這いになって嘔吐していた。

 彼女が見たのは、解剖博物館に展示されているような、縦に割れたオビオの死体だったからだ。

「ディハハ! すげぇな、この脇差は! 持つだけで右手の武器の貫通力を上げてくれる。実質防御を無視した攻撃だったぜ!」

「伝説の脇差だから、それぐらいは当然だろう。しかしよぉ、やってくれたなぁ! 我がパーティのリーダーを殺りやがって! こいつは俺の希望でもあったんだぞ!! それをお前は・・・。お前はぁぁぁ!!」

 無数のスキルを発動させ、トウスは激高し、戦闘態勢に入る。

「オビオ・・・」

 厄介ごとを見つければ、首を突っ込んで解決し、腹が減ったという者がいれば料理を作って食べさせ、人々を喜ばせるオビオの笑顔が現れては脳裏に消える。

「さぁさぁ、お前も、オビオみたいにしてやるぜ」

 強力な武器を手に入れて酔いしれ、段平を舐めるゼッドの近くで、幻のヒジリがトウスにアドバイスを出した。

「トウス、気を付けたまえ。そのオーガはオビオの加速アクセラレーターも通じなかった。恐らく英雄以上の実力者だ」

 獅子人は軽く吠える。

「だったらよ。俺だってそうだぜ、聖下様。どんだけ死線を掻い潜ってきたと思ってんだ!」

 戦うコックという事で、やたらと目立つオビオにスポットライトが当たりがちだったが、実際、強敵はいつもトウスが引き受けていた事を、吟遊詩人が歌う事はあまりない。

「勝負は一瞬ですね」

 一つしかない目で、真剣に勝負の流れを見守るウメボシは、主にそう告げた。

「ほう。知ったような口を聞くじゃないか。ウメボシ」

「身体能力は遥かにトウス様の方が上ですが、あの伝説級武器がオーガの力を底上げしています。トウス様ができる事は一つ。聖魔シリーズの魔法効果で鍔迫り合いや盾受けができないのであれば、回避しつつの一撃必殺あるのみ」

「魔法の武器の詳細が分かるようになったのかね?」

「いえ、これまでの皆の会話を聞いて、そう判断したまでです」

「そうか」

「ディハハ! いくぜぇ?」

 腰を低くして、段平を肩の高さまで上げ、引き気味に後ろにやり、力を溜める。左手に持つ魔刀金剛切りは、標準を定めるために前に突き出してトウスに向けている。そのゼッドの姿を見て、トウスは「ゴゥ」と笑った。

穿孔せんこう一突きか・・・。刀でそのポーズならわかるが、ブロードソードでそれは笑えるな」

 穿孔一突き。貫通力を高めた一突きは、中距離からでも、白い軌跡を残して敵を屠る。侍がよく使う技だ。戦士であるトウスも使えるが、同名なだけで侍のそれより、性能が落ちる。

「何とでも言えや、これから死に逝く獅子人。そうだ、冥途の手土産に一ついい情報を教えてやるぜ、トウス。お前への暗殺依頼が、暗殺ギルドどころか、傭兵ギルドにも出回っていたぜ。何かやらかしたのか?」

「それがなんだ。これまでも暗殺者など、無数に退けてきたわ」

(神聖国にまで? とうとう本国のサルどもが、本腰を入れてきやがったか。バトルコック団で名前を上げ過ぎたのが原因だろう)

 一瞬、樹族国の教会に置いてきた我が子たちを思い浮かべ、人質にされないかと冷や汗を浮かべたが、傭兵上がりの地走り族、シスター・マンドルがいるから問題ないだろうと、自分を安心させる。

「で、お前は何の技を出す?」

 力の溜まりきったゼッドは、余裕の笑みを浮かべて、白い獅子人の目を見つめている。

「ただの斬撃だ」

 それを聞いたゼッドの額に、数多の血管が浮かぶ。

「馬鹿が。射程距離でも、威力でも俺の方が上回っているのが、どうやら分かっていないようだな。もう一度聞く。この状況で、技・・・。いや、なんの奥義を出す?」

「斬撃で十分だと言っている」

 ヒジリはこのやり取りを聞いて、トウスの挑発スキルの高さに関心した。そして、声色から彼が虚勢を張ってはいない事も感じ取る。

「そうか、残念だな。戦場でお前と対峙したかったぜ。そうすれば報酬は、もっと多かっただろうによ。さようならだ、竜の牙」

 トウスが嫌う二つ名を言って、ゼッドは渾身の一撃を放つ。伝説の武器の効果も加わって、穿孔一突きは極太のビームのようになっていた。

「トウス!」

 口を拭いながら、獅子人の名を叫んだその時、既にサーカの視界の中にトウスはなかった。

「くそ! トウスまで!」

 彼女は、ゼッドの強化された穿孔一突きで、トウスが消し飛んだと思ったのだ。

 地面を叩く、そんな彼女の脳に声が急に響いた。

 ―――可能性を信じろ。パーティメンバーである君が、あの獅子人を信じてやらなくてどうする。

 二匹の青白く光る蝶が、辺りを飛んでいる。

 しかし、その声はどう聞いても、現人神ヒジリの声だった。その彼の幻は、こちらを見ていない。腕を組んで戦いの結果を見守っている。

 サーカは不思議に思った。現人神は竜のように念話ができるのだろうかと。

 ―――貴方は、トウス様が敗北するとでも、お思いですか?

 今度はウメボシの声だ。そのウメボシだって、主の横で煙立つ戦いの勝敗を見極めようと必死だ。

「そうだな。仲間である私が信じなくてどうするんだ。オビオだって何とかしてくれますよね? 神様」

 現人神様とは呼ばず、何故かサーカは声の主に対して、神様と呼んだ。

 ―――全ては可能性を信じる、君の心次第だ。

 ―――ここは魔法と可能性の星。それを忘れないでください。

「ぎゃああああ!!」

 サーカの白昼夢を現実に引き戻したのは、オーガの悲鳴だった。彼の左腕が、根元から綺麗に切り離されていたのだ。頑強で隙間の少ない魔法のプレートアーマーの隙間に沿って、怪力で強引に斬ったのは、勿論白獅子のトウス。

「なんで、なんでぇ!?」

 さっきまで勝ち誇った顔をしていたゼッドは、右手の剣を捨て、鎖帷子とミスリルプレートで作られたミトンをはめた手で左肩を押さえて痛みに耐えて、跪いていた。

 そんなゼッドを見て、トウスは、魔剣を鞘に納めてから腰に浮かせ、そのまま腰に手を当てる。

「当たり前だ、阿呆。穿孔一突きは、攻撃力と貫通力が高まる代わりに、溜め時間が長い上、命中率も下がる。だから少しでも命中率を上げるために、左手で照準を合わすんだろ。お前のような、ちょっと侍の技を齧っただけのパワーファイターが、そもそも上手く扱えるわけないんだよ。それに練度が低いから見切り易いのなんの」

 最初からこうなる展開になると知っていた、という顔で、腕を組みながらやって来たサーカは「ハハハ」と笑ってから、ゼッドの背中に、しなるような蹴りを入れた。

「必中必殺のキリマルや、必中の剣を持つトウスならともかく、穿孔一突きをお前がやっても意味があるか、馬鹿が。伝説の武器も宝の持ち腐れだな。これはオビオの物だ。返してもらうぞ」

 主の居なくなった腕が握る拳から、強引に伝説の脇差を取り、サーカは勝ち誇ったような目でゼッドを見下す。

「これで、今までのような悪さはできまい。戦士として、貴様は終わりだ。高い金を払って僧侶の治療を受けたところで、カルマの低さで失敗し、腕の再生は見込めないだろう」

「まるで君の手柄のような態度だな、サーカ・カズン」

 ヒジリが苦笑しているのを見て、サーカは「アッ!」と声を上げ、オビオのもとへ駆け寄る。

「早く、早くオビオを生き返らせてください、聖下様!」

 綺麗に、から竹割にされたオビオの死体をなるべく見ないようにして、サーカはヒジリの幻に土下座をした。

「ふむ。半分ずつになった死体を重ね合わせてみてはどうかね? 案外くっつくかもな」

 勿論、冗談である。

「へ? そんな事でオビオは生き返るのですか?」

 一片の疑いも持たないサーカとトウスは即座に協力し合って、半分になった死体を重ね合わせた。

 流石に度が過ぎる冗談を信じた二人を不憫に思ったのか、ウメボシがヒジリの耳元で怒る。

「マスター!! いい加減にしてください! オビオ様のナノマシンは、そこまで優秀ではありませんよ! 二人をからかって何が楽しいのですか!」

「す、すまん。まさか、信じるとは思わなかったのだ」

「では、罪滅ぼしとして、ボランティアポイントを使い、オビオ様を生き返らせてくださいまし」

「それは、断る。ポイントが勿体ないだろう」

「ななな! なんです! マスター!! ウメボシはマスターが、ここまでロクデナシだとは思いませんでしたよ!」

「私はなるべく、我が国の為にポイントを温存しておきたいのだ。それに地球の監視委員も煩くなってきたしな。最近なんて、彼らは監視仲間であるはずのカプリコンにまで、皮肉を言うようになってきたのだぞ」

「それがなんです! もういいです。ウメボシが転移して、彼を生き返らせますから」

「それは承認しかねるな。まだ遮蔽の霞は晴れてはいない。オビオなんかより、君を失う方が大損失だ」

 現人神とその使い魔が口論していると、サーカとトウスの歓声が聞こえてきた。

「わぁ! オビオ!」

 なんと、オビオがむくりと起き上がったのだ。

「あばばばば!!」

 ヒジリが珍しく動揺している。奇妙な声を上げて、口を大きく開けていた。

「ま、まさか。冗談で言った事が本当になるとは・・・」

「そ、そんな事言って、実はオビオ様の蘇生にポイントを使ったのでしょう? マスター。 全く、ツンデレなんですからぁ」

「いや、正直に言う。断じてそんな事はしていない。ポイントを使うのが勿体ないと言ったのは本心だ。なにせ、いくら再生能力の高い彼でも、あの状態で生き返る可能性はゼロだったからな。肉体全体を再構成するしかないだろうし、その分余計に、ボランティアポイントを使用してしまう」

 すると、サーカが不思議そうな顔でヒジリの方を向いた。

「えぇっ? 可能性を信じろと言ったのは、聖下ではありませんか」

 ヒジリは頭にハテナマークをいくつも浮かべつつも、いつもの自信満々の顔に戻し、腕を組んだ。

「左様。ここは魔法の星だからな。何でもありだ。オビオが生き返って、私は嬉しいよ。くそっ」

 科学で説明できない事を嫌うヒジリのやけくそな返答を聞いて、ウメボシがパワードスーツを貫通する電撃を浴びせたので、現人神は一瞬、「ひゃあ」と言って、目を白黒させ飛び跳ねた。
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