255 / 282
可能性の蝶
しおりを挟む
「オビオのもとへ飛べ! サーカ! 俺はお前を信じるぞ」
祖国の奪還、復興にオビオを利用したいという後ろめたさもあったが、何よりも大切な仲間を失うわけにはいかない。トウスは吠えるように叫んで、サーカに転移魔法を促す。
「しかし・・・」
これまでの報酬で買った高価な転移魔法は、つい最近覚えたばかりだ。魔法早覚えの能力者とはいえ、練度は高くない。
「やれ!! どうなっても、お前を恨んだりなんかしねぇ!」
野太い声の獅子人は、そう言うと、胸いっぱい空気を吸い込んで覚悟を決めた。
「いや、俺は転移に巻き込むなよ? ムクだって幼いのに、転移したら石の中でした、なんてのは可哀想だろ?」
ピーターは、鼻くそを飛ばした手で、ムクの手を掴み、陰に潜むと消えた。
「わかった。ピーターとムクは置いていく。さぁやれ!! サーカ・カズン!」
獅子人の強引な命令を聞いて、二度目の迷いはなかった。【人探し】の魔法でオビオの位置座標を確認済みのサーカは、即座にスキルを発動して魔法詠唱を開始する。
「魔法の守りを穿て! 魔力貫通! そしてオビオのもとへ、刹那の先へ【転移】!」
どこぞの仮面を付けた天才魔術師のような適当な詠唱ではない。それは成功率を少しでも上げる真剣な詠唱だった。
―――シュッ!
結界を突き破り、上手く転送でき、安堵した矢先、状況を察したサーカは四つん這いになって嘔吐していた。
彼女が見たのは、解剖博物館に展示されているような、縦に割れたオビオの死体だったからだ。
「ディハハ! すげぇな、この脇差は! 持つだけで右手の武器の貫通力を上げてくれる。実質防御を無視した攻撃だったぜ!」
「伝説の脇差だから、それぐらいは当然だろう。しかしよぉ、やってくれたなぁ! 我がパーティのリーダーを殺りやがって! こいつは俺の希望でもあったんだぞ!! それをお前は・・・。お前はぁぁぁ!!」
無数のスキルを発動させ、トウスは激高し、戦闘態勢に入る。
「オビオ・・・」
厄介ごとを見つければ、首を突っ込んで解決し、腹が減ったという者がいれば料理を作って食べさせ、人々を喜ばせるオビオの笑顔が現れては脳裏に消える。
「さぁさぁ、お前も、オビオみたいにしてやるぜ」
強力な武器を手に入れて酔いしれ、段平を舐めるゼッドの近くで、幻のヒジリがトウスにアドバイスを出した。
「トウス、気を付けたまえ。そのオーガはオビオの加速も通じなかった。恐らく英雄以上の実力者だ」
獅子人は軽く吠える。
「だったらよ。俺だってそうだぜ、聖下様。どんだけ死線を掻い潜ってきたと思ってんだ!」
戦うコックという事で、やたらと目立つオビオにスポットライトが当たりがちだったが、実際、強敵はいつもトウスが引き受けていた事を、吟遊詩人が歌う事はあまりない。
「勝負は一瞬ですね」
一つしかない目で、真剣に勝負の流れを見守るウメボシは、主にそう告げた。
「ほう。知ったような口を聞くじゃないか。ウメボシ」
「身体能力は遥かにトウス様の方が上ですが、あの伝説級武器がオーガの力を底上げしています。トウス様ができる事は一つ。聖魔シリーズの魔法効果で鍔迫り合いや盾受けができないのであれば、回避しつつの一撃必殺あるのみ」
「魔法の武器の詳細が分かるようになったのかね?」
「いえ、これまでの皆の会話を聞いて、そう判断したまでです」
「そうか」
「ディハハ! いくぜぇ?」
腰を低くして、段平を肩の高さまで上げ、引き気味に後ろにやり、力を溜める。左手に持つ魔刀金剛切りは、標準を定めるために前に突き出してトウスに向けている。そのゼッドの姿を見て、トウスは「ゴゥ」と笑った。
「穿孔一突きか・・・。刀でそのポーズならわかるが、ブロードソードでそれは笑えるな」
穿孔一突き。貫通力を高めた一突きは、中距離からでも、白い軌跡を残して敵を屠る。侍がよく使う技だ。戦士であるトウスも使えるが、同名なだけで侍のそれより、性能が落ちる。
「何とでも言えや、これから死に逝く獅子人。そうだ、冥途の手土産に一ついい情報を教えてやるぜ、トウス。お前への暗殺依頼が、暗殺ギルドどころか、傭兵ギルドにも出回っていたぜ。何かやらかしたのか?」
「それがなんだ。これまでも暗殺者など、無数に退けてきたわ」
(神聖国にまで? とうとう本国のサルどもが、本腰を入れてきやがったか。バトルコック団で名前を上げ過ぎたのが原因だろう)
一瞬、樹族国の教会に置いてきた我が子たちを思い浮かべ、人質にされないかと冷や汗を浮かべたが、傭兵上がりの地走り族、シスター・マンドルがいるから問題ないだろうと、自分を安心させる。
「で、お前は何の技を出す?」
力の溜まりきったゼッドは、余裕の笑みを浮かべて、白い獅子人の目を見つめている。
「ただの斬撃だ」
それを聞いたゼッドの額に、数多の血管が浮かぶ。
「馬鹿が。射程距離でも、威力でも俺の方が上回っているのが、どうやら分かっていないようだな。もう一度聞く。この状況で、技・・・。いや、なんの奥義を出す?」
「斬撃で十分だと言っている」
ヒジリはこのやり取りを聞いて、トウスの挑発スキルの高さに関心した。そして、声色から彼が虚勢を張ってはいない事も感じ取る。
「そうか、残念だな。戦場でお前と対峙したかったぜ。そうすれば報酬は、もっと多かっただろうによ。さようならだ、竜の牙」
トウスが嫌う二つ名を言って、ゼッドは渾身の一撃を放つ。伝説の武器の効果も加わって、穿孔一突きは極太のビームのようになっていた。
「トウス!」
口を拭いながら、獅子人の名を叫んだその時、既にサーカの視界の中にトウスはなかった。
「くそ! トウスまで!」
彼女は、ゼッドの強化された穿孔一突きで、トウスが消し飛んだと思ったのだ。
地面を叩く、そんな彼女の脳に声が急に響いた。
―――可能性を信じろ。パーティメンバーである君が、あの獅子人を信じてやらなくてどうする。
二匹の青白く光る蝶が、辺りを飛んでいる。
しかし、その声はどう聞いても、現人神ヒジリの声だった。その彼の幻は、こちらを見ていない。腕を組んで戦いの結果を見守っている。
サーカは不思議に思った。現人神は竜のように念話ができるのだろうかと。
―――貴方は、トウス様が敗北するとでも、お思いですか?
今度はウメボシの声だ。そのウメボシだって、主の横で煙立つ戦いの勝敗を見極めようと必死だ。
「そうだな。仲間である私が信じなくてどうするんだ。オビオだって何とかしてくれますよね? 神様」
現人神様とは呼ばず、何故かサーカは声の主に対して、神様と呼んだ。
―――全ては可能性を信じる、君の心次第だ。
―――ここは魔法と可能性の星。それを忘れないでください。
「ぎゃああああ!!」
サーカの白昼夢を現実に引き戻したのは、オーガの悲鳴だった。彼の左腕が、根元から綺麗に切り離されていたのだ。頑強で隙間の少ない魔法のプレートアーマーの隙間に沿って、怪力で強引に斬ったのは、勿論白獅子のトウス。
「なんで、なんでぇ!?」
さっきまで勝ち誇った顔をしていたゼッドは、右手の剣を捨て、鎖帷子とミスリルプレートで作られたミトンをはめた手で左肩を押さえて痛みに耐えて、跪いていた。
そんなゼッドを見て、トウスは、魔剣を鞘に納めてから腰に浮かせ、そのまま腰に手を当てる。
「当たり前だ、阿呆。穿孔一突きは、攻撃力と貫通力が高まる代わりに、溜め時間が長い上、命中率も下がる。だから少しでも命中率を上げるために、左手で照準を合わすんだろ。お前のような、ちょっと侍の技を齧っただけのパワーファイターが、そもそも上手く扱えるわけないんだよ。それに練度が低いから見切り易いのなんの」
最初からこうなる展開になると知っていた、という顔で、腕を組みながらやって来たサーカは「ハハハ」と笑ってから、ゼッドの背中に、しなるような蹴りを入れた。
「必中必殺のキリマルや、必中の剣を持つトウスならともかく、穿孔一突きをお前がやっても意味があるか、馬鹿が。伝説の武器も宝の持ち腐れだな。これはオビオの物だ。返してもらうぞ」
主の居なくなった腕が握る拳から、強引に伝説の脇差を取り、サーカは勝ち誇ったような目でゼッドを見下す。
「これで、今までのような悪さはできまい。戦士として、貴様は終わりだ。高い金を払って僧侶の治療を受けたところで、カルマの低さで失敗し、腕の再生は見込めないだろう」
「まるで君の手柄のような態度だな、サーカ・カズン」
ヒジリが苦笑しているのを見て、サーカは「アッ!」と声を上げ、オビオのもとへ駆け寄る。
「早く、早くオビオを生き返らせてください、聖下様!」
綺麗に、から竹割にされたオビオの死体をなるべく見ないようにして、サーカはヒジリの幻に土下座をした。
「ふむ。半分ずつになった死体を重ね合わせてみてはどうかね? 案外くっつくかもな」
勿論、冗談である。
「へ? そんな事でオビオは生き返るのですか?」
一片の疑いも持たないサーカとトウスは即座に協力し合って、半分になった死体を重ね合わせた。
流石に度が過ぎる冗談を信じた二人を不憫に思ったのか、ウメボシがヒジリの耳元で怒る。
「マスター!! いい加減にしてください! オビオ様のナノマシンは、そこまで優秀ではありませんよ! 二人をからかって何が楽しいのですか!」
「す、すまん。まさか、信じるとは思わなかったのだ」
「では、罪滅ぼしとして、ボランティアポイントを使い、オビオ様を生き返らせてくださいまし」
「それは、断る。ポイントが勿体ないだろう」
「ななな! なんです! マスター!! ウメボシはマスターが、ここまでロクデナシだとは思いませんでしたよ!」
「私はなるべく、我が国の為にポイントを温存しておきたいのだ。それに地球の監視委員も煩くなってきたしな。最近なんて、彼らは監視仲間であるはずのカプリコンにまで、皮肉を言うようになってきたのだぞ」
「それがなんです! もういいです。ウメボシが転移して、彼を生き返らせますから」
「それは承認しかねるな。まだ遮蔽の霞は晴れてはいない。オビオなんかより、君を失う方が大損失だ」
現人神とその使い魔が口論していると、サーカとトウスの歓声が聞こえてきた。
「わぁ! オビオ!」
なんと、オビオがむくりと起き上がったのだ。
「あばばばば!!」
ヒジリが珍しく動揺している。奇妙な声を上げて、口を大きく開けていた。
「ま、まさか。冗談で言った事が本当になるとは・・・」
「そ、そんな事言って、実はオビオ様の蘇生にポイントを使ったのでしょう? マスター。 全く、ツンデレなんですからぁ」
「いや、正直に言う。断じてそんな事はしていない。ポイントを使うのが勿体ないと言ったのは本心だ。なにせ、いくら再生能力の高い彼でも、あの状態で生き返る可能性はゼロだったからな。肉体全体を再構成するしかないだろうし、その分余計に、ボランティアポイントを使用してしまう」
すると、サーカが不思議そうな顔でヒジリの方を向いた。
「えぇっ? 可能性を信じろと言ったのは、聖下ではありませんか」
ヒジリは頭にハテナマークをいくつも浮かべつつも、いつもの自信満々の顔に戻し、腕を組んだ。
「左様。ここは魔法の星だからな。何でもありだ。オビオが生き返って、私は嬉しいよ。くそっ」
科学で説明できない事を嫌うヒジリのやけくそな返答を聞いて、ウメボシがパワードスーツを貫通する電撃を浴びせたので、現人神は一瞬、「ひゃあ」と言って、目を白黒させ飛び跳ねた。
祖国の奪還、復興にオビオを利用したいという後ろめたさもあったが、何よりも大切な仲間を失うわけにはいかない。トウスは吠えるように叫んで、サーカに転移魔法を促す。
「しかし・・・」
これまでの報酬で買った高価な転移魔法は、つい最近覚えたばかりだ。魔法早覚えの能力者とはいえ、練度は高くない。
「やれ!! どうなっても、お前を恨んだりなんかしねぇ!」
野太い声の獅子人は、そう言うと、胸いっぱい空気を吸い込んで覚悟を決めた。
「いや、俺は転移に巻き込むなよ? ムクだって幼いのに、転移したら石の中でした、なんてのは可哀想だろ?」
ピーターは、鼻くそを飛ばした手で、ムクの手を掴み、陰に潜むと消えた。
「わかった。ピーターとムクは置いていく。さぁやれ!! サーカ・カズン!」
獅子人の強引な命令を聞いて、二度目の迷いはなかった。【人探し】の魔法でオビオの位置座標を確認済みのサーカは、即座にスキルを発動して魔法詠唱を開始する。
「魔法の守りを穿て! 魔力貫通! そしてオビオのもとへ、刹那の先へ【転移】!」
どこぞの仮面を付けた天才魔術師のような適当な詠唱ではない。それは成功率を少しでも上げる真剣な詠唱だった。
―――シュッ!
結界を突き破り、上手く転送でき、安堵した矢先、状況を察したサーカは四つん這いになって嘔吐していた。
彼女が見たのは、解剖博物館に展示されているような、縦に割れたオビオの死体だったからだ。
「ディハハ! すげぇな、この脇差は! 持つだけで右手の武器の貫通力を上げてくれる。実質防御を無視した攻撃だったぜ!」
「伝説の脇差だから、それぐらいは当然だろう。しかしよぉ、やってくれたなぁ! 我がパーティのリーダーを殺りやがって! こいつは俺の希望でもあったんだぞ!! それをお前は・・・。お前はぁぁぁ!!」
無数のスキルを発動させ、トウスは激高し、戦闘態勢に入る。
「オビオ・・・」
厄介ごとを見つければ、首を突っ込んで解決し、腹が減ったという者がいれば料理を作って食べさせ、人々を喜ばせるオビオの笑顔が現れては脳裏に消える。
「さぁさぁ、お前も、オビオみたいにしてやるぜ」
強力な武器を手に入れて酔いしれ、段平を舐めるゼッドの近くで、幻のヒジリがトウスにアドバイスを出した。
「トウス、気を付けたまえ。そのオーガはオビオの加速も通じなかった。恐らく英雄以上の実力者だ」
獅子人は軽く吠える。
「だったらよ。俺だってそうだぜ、聖下様。どんだけ死線を掻い潜ってきたと思ってんだ!」
戦うコックという事で、やたらと目立つオビオにスポットライトが当たりがちだったが、実際、強敵はいつもトウスが引き受けていた事を、吟遊詩人が歌う事はあまりない。
「勝負は一瞬ですね」
一つしかない目で、真剣に勝負の流れを見守るウメボシは、主にそう告げた。
「ほう。知ったような口を聞くじゃないか。ウメボシ」
「身体能力は遥かにトウス様の方が上ですが、あの伝説級武器がオーガの力を底上げしています。トウス様ができる事は一つ。聖魔シリーズの魔法効果で鍔迫り合いや盾受けができないのであれば、回避しつつの一撃必殺あるのみ」
「魔法の武器の詳細が分かるようになったのかね?」
「いえ、これまでの皆の会話を聞いて、そう判断したまでです」
「そうか」
「ディハハ! いくぜぇ?」
腰を低くして、段平を肩の高さまで上げ、引き気味に後ろにやり、力を溜める。左手に持つ魔刀金剛切りは、標準を定めるために前に突き出してトウスに向けている。そのゼッドの姿を見て、トウスは「ゴゥ」と笑った。
「穿孔一突きか・・・。刀でそのポーズならわかるが、ブロードソードでそれは笑えるな」
穿孔一突き。貫通力を高めた一突きは、中距離からでも、白い軌跡を残して敵を屠る。侍がよく使う技だ。戦士であるトウスも使えるが、同名なだけで侍のそれより、性能が落ちる。
「何とでも言えや、これから死に逝く獅子人。そうだ、冥途の手土産に一ついい情報を教えてやるぜ、トウス。お前への暗殺依頼が、暗殺ギルドどころか、傭兵ギルドにも出回っていたぜ。何かやらかしたのか?」
「それがなんだ。これまでも暗殺者など、無数に退けてきたわ」
(神聖国にまで? とうとう本国のサルどもが、本腰を入れてきやがったか。バトルコック団で名前を上げ過ぎたのが原因だろう)
一瞬、樹族国の教会に置いてきた我が子たちを思い浮かべ、人質にされないかと冷や汗を浮かべたが、傭兵上がりの地走り族、シスター・マンドルがいるから問題ないだろうと、自分を安心させる。
「で、お前は何の技を出す?」
力の溜まりきったゼッドは、余裕の笑みを浮かべて、白い獅子人の目を見つめている。
「ただの斬撃だ」
それを聞いたゼッドの額に、数多の血管が浮かぶ。
「馬鹿が。射程距離でも、威力でも俺の方が上回っているのが、どうやら分かっていないようだな。もう一度聞く。この状況で、技・・・。いや、なんの奥義を出す?」
「斬撃で十分だと言っている」
ヒジリはこのやり取りを聞いて、トウスの挑発スキルの高さに関心した。そして、声色から彼が虚勢を張ってはいない事も感じ取る。
「そうか、残念だな。戦場でお前と対峙したかったぜ。そうすれば報酬は、もっと多かっただろうによ。さようならだ、竜の牙」
トウスが嫌う二つ名を言って、ゼッドは渾身の一撃を放つ。伝説の武器の効果も加わって、穿孔一突きは極太のビームのようになっていた。
「トウス!」
口を拭いながら、獅子人の名を叫んだその時、既にサーカの視界の中にトウスはなかった。
「くそ! トウスまで!」
彼女は、ゼッドの強化された穿孔一突きで、トウスが消し飛んだと思ったのだ。
地面を叩く、そんな彼女の脳に声が急に響いた。
―――可能性を信じろ。パーティメンバーである君が、あの獅子人を信じてやらなくてどうする。
二匹の青白く光る蝶が、辺りを飛んでいる。
しかし、その声はどう聞いても、現人神ヒジリの声だった。その彼の幻は、こちらを見ていない。腕を組んで戦いの結果を見守っている。
サーカは不思議に思った。現人神は竜のように念話ができるのだろうかと。
―――貴方は、トウス様が敗北するとでも、お思いですか?
今度はウメボシの声だ。そのウメボシだって、主の横で煙立つ戦いの勝敗を見極めようと必死だ。
「そうだな。仲間である私が信じなくてどうするんだ。オビオだって何とかしてくれますよね? 神様」
現人神様とは呼ばず、何故かサーカは声の主に対して、神様と呼んだ。
―――全ては可能性を信じる、君の心次第だ。
―――ここは魔法と可能性の星。それを忘れないでください。
「ぎゃああああ!!」
サーカの白昼夢を現実に引き戻したのは、オーガの悲鳴だった。彼の左腕が、根元から綺麗に切り離されていたのだ。頑強で隙間の少ない魔法のプレートアーマーの隙間に沿って、怪力で強引に斬ったのは、勿論白獅子のトウス。
「なんで、なんでぇ!?」
さっきまで勝ち誇った顔をしていたゼッドは、右手の剣を捨て、鎖帷子とミスリルプレートで作られたミトンをはめた手で左肩を押さえて痛みに耐えて、跪いていた。
そんなゼッドを見て、トウスは、魔剣を鞘に納めてから腰に浮かせ、そのまま腰に手を当てる。
「当たり前だ、阿呆。穿孔一突きは、攻撃力と貫通力が高まる代わりに、溜め時間が長い上、命中率も下がる。だから少しでも命中率を上げるために、左手で照準を合わすんだろ。お前のような、ちょっと侍の技を齧っただけのパワーファイターが、そもそも上手く扱えるわけないんだよ。それに練度が低いから見切り易いのなんの」
最初からこうなる展開になると知っていた、という顔で、腕を組みながらやって来たサーカは「ハハハ」と笑ってから、ゼッドの背中に、しなるような蹴りを入れた。
「必中必殺のキリマルや、必中の剣を持つトウスならともかく、穿孔一突きをお前がやっても意味があるか、馬鹿が。伝説の武器も宝の持ち腐れだな。これはオビオの物だ。返してもらうぞ」
主の居なくなった腕が握る拳から、強引に伝説の脇差を取り、サーカは勝ち誇ったような目でゼッドを見下す。
「これで、今までのような悪さはできまい。戦士として、貴様は終わりだ。高い金を払って僧侶の治療を受けたところで、カルマの低さで失敗し、腕の再生は見込めないだろう」
「まるで君の手柄のような態度だな、サーカ・カズン」
ヒジリが苦笑しているのを見て、サーカは「アッ!」と声を上げ、オビオのもとへ駆け寄る。
「早く、早くオビオを生き返らせてください、聖下様!」
綺麗に、から竹割にされたオビオの死体をなるべく見ないようにして、サーカはヒジリの幻に土下座をした。
「ふむ。半分ずつになった死体を重ね合わせてみてはどうかね? 案外くっつくかもな」
勿論、冗談である。
「へ? そんな事でオビオは生き返るのですか?」
一片の疑いも持たないサーカとトウスは即座に協力し合って、半分になった死体を重ね合わせた。
流石に度が過ぎる冗談を信じた二人を不憫に思ったのか、ウメボシがヒジリの耳元で怒る。
「マスター!! いい加減にしてください! オビオ様のナノマシンは、そこまで優秀ではありませんよ! 二人をからかって何が楽しいのですか!」
「す、すまん。まさか、信じるとは思わなかったのだ」
「では、罪滅ぼしとして、ボランティアポイントを使い、オビオ様を生き返らせてくださいまし」
「それは、断る。ポイントが勿体ないだろう」
「ななな! なんです! マスター!! ウメボシはマスターが、ここまでロクデナシだとは思いませんでしたよ!」
「私はなるべく、我が国の為にポイントを温存しておきたいのだ。それに地球の監視委員も煩くなってきたしな。最近なんて、彼らは監視仲間であるはずのカプリコンにまで、皮肉を言うようになってきたのだぞ」
「それがなんです! もういいです。ウメボシが転移して、彼を生き返らせますから」
「それは承認しかねるな。まだ遮蔽の霞は晴れてはいない。オビオなんかより、君を失う方が大損失だ」
現人神とその使い魔が口論していると、サーカとトウスの歓声が聞こえてきた。
「わぁ! オビオ!」
なんと、オビオがむくりと起き上がったのだ。
「あばばばば!!」
ヒジリが珍しく動揺している。奇妙な声を上げて、口を大きく開けていた。
「ま、まさか。冗談で言った事が本当になるとは・・・」
「そ、そんな事言って、実はオビオ様の蘇生にポイントを使ったのでしょう? マスター。 全く、ツンデレなんですからぁ」
「いや、正直に言う。断じてそんな事はしていない。ポイントを使うのが勿体ないと言ったのは本心だ。なにせ、いくら再生能力の高い彼でも、あの状態で生き返る可能性はゼロだったからな。肉体全体を再構成するしかないだろうし、その分余計に、ボランティアポイントを使用してしまう」
すると、サーカが不思議そうな顔でヒジリの方を向いた。
「えぇっ? 可能性を信じろと言ったのは、聖下ではありませんか」
ヒジリは頭にハテナマークをいくつも浮かべつつも、いつもの自信満々の顔に戻し、腕を組んだ。
「左様。ここは魔法の星だからな。何でもありだ。オビオが生き返って、私は嬉しいよ。くそっ」
科学で説明できない事を嫌うヒジリのやけくそな返答を聞いて、ウメボシがパワードスーツを貫通する電撃を浴びせたので、現人神は一瞬、「ひゃあ」と言って、目を白黒させ飛び跳ねた。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった
さくらはい
ファンタジー
主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ――
【不定期更新】
1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。
性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。
良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。
公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!
秋田ノ介
ファンタジー
主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。
『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。
ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!!
小説家になろうにも掲載しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
公爵令嬢は父の遺言により誕生日前日に廃嫡されました。
夢見 歩
ファンタジー
日が暮れ月が昇り始める頃、
自分の姿をガラスに写しながら静かに
父の帰りを待つひとりの令嬢がいた。
リリアーヌ・プルメリア。
雪のように白くきめ細かい肌に
紺色で癖のない綺麗な髪を持ち、
ペリドットのような美しい瞳を持つ
公爵家の長女である。
この物語は
望まぬ再婚を強制された公爵家の当主と
長女による生死をかけた大逆転劇である。
━━━━━━━━━━━━━━━
⚠︎ 義母と義妹はクズな性格ですが、上には上がいるものです。
⚠︎ 国をも巻き込んだ超どんでん返しストーリーを作者は狙っています。(初投稿のくせに)
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える
ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─
これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる